あべこべ世界で地味男な冒険者になって生きるだけ。 作:ダイコンハム・レンコーン
世界が可笑しいのか、自分が可笑しいのか。大真面目にそんな事を考える経験なんてそう無い筈だ。無い筈なんだ。
だがどういう訳か、この世界に
きっかけは、産まれて間もない頃。ベビーベッドの柵の隙間から見えた父の姿だ。父は毎日毎日家事をして、出稼ぎに出ている母を待っている様な生活を送っていた。少なくとも僕の記憶における一度目の人生では、そんな光景は無い事もなかったが、珍しい部類には入っていただろう。
次に、僕が育ち始めて物心ついたと
流石に僕も、この頃には男女のポジションが僕の知ったソレより変わっている事に気付いていた。母は必要な時以外僕を外に出そうとはしなかった辺り、男は守られる立場なのだろう。
次は、僕がもう少し成長してからの事。成長した僕は母に似て体格の良い方だった。対して父はまるで青年、いや少年の様な風貌のまま歳を重ね、僕はすっかり背も追い抜いてしまったが、父はそんな自分を気味悪がる事もなく、成長を喜んでいた。
この頃には僕も護身の為に母から剣を教わる様になったのだが、才能は全く無く、妹にすら勝てた試しのない有様。母からは目の良さと集中力だけは褒められたが、どうにもお世辞にしか聞こえなかった。
この時、僕は男女の身体能力にやや差があるのではないかと考えていた。妹から聞くと、それは当たっていたようで、人間に限らず凡ゆるオスメスがメス優位にあるのだと教えてくれた。どうもこの世界には魔力というファンタジーな物があり、メスは魔力を多く持って生まれるそう。それが身体能力にまで影響しているらしい。ただメスの派生であるオスは、その変化の過程で魔力に関連した器官が小さくなってしまったとか。
なるほど、と手は打ったものの、変わった世界だと再認識させられた瞬間だった。
そして、今。
「……う〜ん」
「どしたのお兄ちゃん」
僕は切り株に座り、空を見上げていた。隣から駆け寄ってくる短い黒髪の女の子は妹のウズホ。因みに僕の名前はアルバだ。名前の雰囲気が違うのはそれぞれ父と母が自身のルーツから名付けたからである。
「いや、将来の事が気になってさ」
「将来?」
「誰かの旦那になるとか、正直言って想像出来ないんだ」
前世の知識や常識は世界を測る為の物差しになるが、反対に枷にもなる。あり得ないなんて感性は土台が違えば見当違い甚だしい。
だとしても、それを綺麗さっぱり捨て去る事なんて出来るわけもなく。今の今まで二人三脚でやって来た思い出でもある事だし、それはもう諦めた。
「……確かに、お兄ちゃんって他の男の人より少しやんちゃだよね」
「やんちゃか、そう見えるなら、多分そうなんだろうね」
引き継いだ価値観が形造る自分は、やはり他者から見てやや浮いた存在に見えるらしい。それも仕方ない事だ。
「僕は、少しでもいいから自由にやりたい。それからでも遅くはないと思うんだ」
「……やっぱり、なるつもりなんだ。冒険者」
いきなり誰かの家庭に放り込まれて、すっかり馴染めるとも思えない。お見合いなんて経験も無いんだから、どうやったって不平不満は出て来るだろう。そんでもってそこから先は誰かの夫として一生を送る。
それはやっぱり、想像出来ないな。だから、ちょっとだけ
「腕っぷしには自身は無いけど……それを埋める方法には当たりは付けてある」
「剣以外って、魔法?」
「ああ、それともう一つ」
僕は布で包まれたそれを取り出した。
布を開けば出てきたのは、ややファンタジックで繊細なデザインの回転式拳銃。洒落た水差しにも見えるが、歴とした武器だ。
剣は使えない、弓も力が足りない、クロスボウは威力が足りない。だから、これ。母に出先で買って来て貰った。魔法と組み合わせれば、最低限自衛には使えるだろうと考えている。
「どう、格好よくない?」
「う〜ん、分かんない」
「そうなんだ……」
妹にはまだこのロマンを分かって貰えていない。けれども挑戦者が理解を得られないのはいつの世も同じだ。一先ずは、これでやって行こうと決めた。前世ではテレビや映画の中でしか見た事のない代物故に使うのに少し苦労はしたが……と、扱いを間違えて
母と父にはとっくに挨拶は済ませた。妹にも今からするつもりだ。父には最後まで心配された。けどもう決めた事だから。
「……もう、行っちゃうんだ」
「うん、
僕は瓶底眼鏡とパッとしない茶色のコートを着て、切り株から立ち上がる。今の僕はかなり地味な身なりに見える筈だ。素のままで行くのは不味いからと父の助言に従ったコーディネートだ。
肩には普通のカバンと魔導書用のカバンを二つ下げ、コートの裏に銃を仕舞う。コートは少し分厚く重いけれど、身を守る為にもこれくらいはあった方が良いとは母の言葉だ。
さあ、旅立ちの日だ。別れを告げて歩き出そう。
「行ってらっしゃい。お兄ちゃん、すぐ追いつくから」
「待ってるよ、ウズホ」
妹から差し出された手を握ると、そのまま引っ張られて腕の中へ。強く抱きしめられた僕も抱き返す。
「もし、お兄ちゃんの隣に誰か居たら……」
「ウズホ?」
「ううん、何でもない。元気でね」
「そっちこそ、風邪とか引かない様にね」
なんて事はない、日常の会話の延長線。再会がすぐそこにあるからこそ、僕達にはそれで十分だった。
そうして僕は、住み慣れた我が家を離れ、大陸から数多の冒険者達が集う都市、眠らぬ街『インライン』へ向かった。
『……あの子の良さを知っているのは私だけだな』
そう思う女が1人。それなりに名を売っている冒険者である彼女は、自らの赤竜の血を活かし、無類の前衛として大剣を振るう生粋のウォーリアーであった。
冷静沈着に戦況を分析し、打開の為ならば自らの命すらチップとする。そんな彼女が傷付く事は日常で、自らも特段気にする事はなかった。今までは。
ある日の事、女がいつもの様に依頼を受注しようと冒険者のギルドへ足を運んだ時。モンスター『牙狩り』の討伐依頼を掲示板から取ろうとした赤い鱗に覆われた手が色白の手と重なった。
隣を見れば、野暮ったい丸眼鏡にコートの金髪男。男の冒険者は女に比べて圧倒的に少ない為、女もその男の事は知っていたが特段関わり合いもなく、これからも縁なんて無いだろうと考えていた。
そう言えば、なんて目の前の男の風評を思い出す。
『男は男だけど……あんな如何にもな田舎男になんてアタシの対象外だし』
『流石に私だって誰でも良い訳じゃないわよ?』
『ワタシは少し気になりますねえ。面白そうで』
殆どは散々なものだった。そもそも、女からすれば冒険者になろうなんて男と言うのは、粗暴で婿の貰い手も無い様な
……だが、これには女の強がりも多分に含まれている。
──別に自分はパートナーなんて居なくても充実してるから。
──出会いがないから独りなだけ。有ったら直ぐだって。
──男目当てに冒険者なんてやってないし。
女社会の冒険者稼業。その中でまだ男を諦めきれない大多数の自己防衛本能が作り出した常識だ。そしてこの女もまた、その大多数に属していた。
『男にがっつくなんてないから』そんな考えを元に、女はここは硬派にクールに行こうと決めた。
『──あっ、ごめんなさい!』
『構わない。これは君に譲ろう』
『ありがとうございます!』
完璧だ。出来る女とはこうでなくては。次の展開に備え、彼女は準備した。冒険者として培ってきた瞬時の判断が生きる時だった。
「あっつっ!?」
「い、いや、なななな、大丈夫かぁぁぁっ?!」
悲鳴1つで女の威勢は吹き飛んだ。
女の種族は竜人【ドラゴニュート】、彼女のルーツは赤竜であり、その体温は他の生命体より高い。最も、火傷する程ではない。ただ男からすれば、暖かいと熱いの境目に感じてしまったが故の反射的な反応だった。
だが女は男の涙に弱いというのがこの世界。
手で触れる訳にもいかず、女の両手は宙を右往左往。いつからゴーストになったんだとツッコミを受けそうな様子。このままでは情けない奴だと彼に思われる。逃げ出したい、でも彼を置いたままで良いのか、羞恥心と罪悪感がせめぎ合い、後者が優った。
「すっ、すまない。昔から私の体温は高くて……違う! こんな事が言いたいんじゃなく……!」
しどろもどろ。情けない上、情けない。女は今なら顔どころか身体全体から火を吹けるのではないかとすら思う。
「あっ、僕は大丈夫ですから! ちょっとびっくりして大袈裟になっただけで!」
けれど、そんな彼女を男は笑わなかった。
……女は、少し落ち着いた。
「や、火傷はしてないか?」
「大丈夫ですよ、ほらこの通り!」
と、手を広げて見せた彼。
「っ! 指が……」
「これは元からですから! 大丈夫です」
「そ、そうか」
そうして落ち着いた女は、再び頭を下げようとする。けども男は手で制し、彼女の手を取り両手で包み込む。
「何を──」
「びっくりしただけなんです。本当に」
「あっ……」
その時、彼女は不思議な体験をした。自らの手は熱く、他者の体温なんてそうそう暖かいとすら思わない筈だと言うのに、確かに彼女は感じたのだ、男から伝わる両手の温度を。
「ほら、大丈夫です」
そう言って穏やかな笑みを浮かべる男に、女は確かな
「分かった。お前は大丈夫なんだな」
「はい、これでも人並み以上に丈夫なつもりですから」
「……驚かせた詫びに、あの依頼は君に譲ろう」
ようやっと本調子に戻った女は、依頼を譲ろうとする。掲示板に張り出された依頼は早い者勝ち。本来の報酬に加えギルドから特別報酬が出る為、取り合いになる事も珍しくはないが、女は格好を付けようとしていた。もう手遅れだろう、そんな声が聞こえそうな話だが。
「一緒に行きませんか?」
「そうか……一緒に……えっ、えっ? ……えっ?」
──またも女の脳は誤作動を起こした。
男日照りの冒険者にとって、男からの誘いと言うものは例え夜の誘いでなくとも貴重なもの。夢か幻か、インキュバスに拐かされていると言われた方が腑に落ちる状況に、もはや全壊したクールキャラを何とか保とうとする女は耐えきれなかったのだ。
いっそインキュバスが相手と言うなら喜んで抱きしめていただろうに。なんて考えが脳裏を過ぎる女だったが、男の目の前でそんな事を考えた事に僅かながらダメージを受けていた。
「僕、どちらかと言えば後衛寄りなので」
「はっ?! わ、分かった。行かせて貰おう」
「では報酬は7対3で……」
「あぁ……」
……………………
…………
……
それからは進むやり取り、互いに名も名乗った辺りで女は少し安堵した。
男は強かだ。決して自分に理由なく優しい男など居ない、寧ろそれで良いのだと。『7』を相手に譲って確保出来る心理的な壁が、今は有難いと。
「じゃあ、行きましょうか」
「ああ、もう一度確認だが、君が7で私が3だな?」
「あれ? 僕が3ですよ?」
「はっ? ふっ? へっ? 私が?」
「だって貴女は前衛なんですから、命を張る立場で謙遜する事なんてありませんよ」
「ほ〜っ??」
もはやどこも正常ではない。
バグり散らかした彼女の脳に残るのは『もしかしてこの子私の事が好きなんじゃないか』なんて誤答しかない。
身体の熱で脳まで茹ったのか、知り合いからそう言われそうな無様を現在進行形で晒す彼女であったが、流石に外の風に当たれば落ちつくというもの。
2人きりで道具を調達するなど依頼への準備を済ませ、馬車に乗り、依頼に記載された場所へ向かう。
「(あれ? 男の子と2人きりで買い物とか、ましてや馬車なんて初めての経験じゃないか?)」
世にも珍しい頭ピンク色の竜が誕生した。
野暮ったい服に身を包んだパッとしない男と言う世間の評価は、既に彼女の頭では崩壊している。寧ろその
お前たちは分かってないな……なんてどこから目線の境地に辿り着かんとしていた女だが、その前に馬車が目的地に着くのが早かった。幸運な事だ。もし遅れていれば彼女は取り返しのつかない事になっていただろう。
馬車が止まったのは、街道の辻、様々な馬車の中継地となる小さな村であった。依頼によれば、付近の森に『牙狩り』は出ると言う。
牙狩りとは、強力な酸を持つ大蛇の事だ。冒険者の装備や得物を容易く溶かす事から牙狩りと呼ばれ、駆け出しの冒険者達から恐れられる存在だ。
しかしながら、とっくにルーキーは卒業した女にとっては慣れた相手。心配は共に来た彼だけだと考えていた。
そして両者は森の中へ。
牙狩りの残した特徴的な痕跡を探せば、間も無くそれは見つかった。
左右に爬行しながら進んで出来たと思わしき幅広の獣道。
「これは牙狩りの痕跡だな」
「……大きいですね」
「……もう一度言って欲しい」
「あ、はい。……大きいですね?」
女は道幅から大型の個体と推察した。そして男が真面目な様子で『大きいですね』と言ったその言葉に、不思議なトキメキを感じていた。手の施しようがない。長い冒険者人生が、彼女をここまで拗らせたのだ。今の彼女はどんなモンスターよりもモンスターであった。
しかし、そんな弛緩した雰囲気は長くは続かない。
鳥が逃げ出す音が、2人の背後から響く。
それが狼煙となり、女の目が鋭さを帯びた。
「構えろ」
女が背中からゆったりと引き抜いた蒼銀の大剣。身の丈2m以上の彼女に合わせて作られた大剣である事から只人ではマトモに振るう事も許されないオーダーメイド。名のある冒険者は皆、象徴的な得物を持つと言われるが、それは彼女にも言える事だった。
長さ約2mと半分。ここまでの長物かつ重量物、尻尾でバランスを取れる竜人でもなければ十二分に使いこなすのは難しいだろう。
男は眼鏡の奥で目を輝かせながら、自身も白磁の銃身を持つリボルバーと鋼で装丁された鈍色の魔導書をそれぞれ握る。
女が前、男は後。その陣形に真っ向から向かってくる存在。木々の合間を抜けて飛び出した長い影をまずは女が大剣で打ち払った。
「牙狩りだ!」
「あれが牙狩り……!」
すかさず背後の男が銃撃。鋭く加速した弾頭が影に突き刺さる、が、貫く事はなかった。男に驚く様子は無いが、苦い表情だ。
木々に隠れた巨躯が徐々に姿を現す。長く黒光りする巨体、男は前世の太巻きを連想する。それだけでない、しゅるりと空気を撫ぜる細長い舌、心胆を寒からしめる瞳、短剣の如き白い牙。
正真正銘の大蛇。まともな者ならば出会った瞬間逃げ出す所だ。しかし冒険者なんて生き方はマトモではやって行けない。恐怖のタガを外して脅威の前に立ち塞がる、それが世間一般の冒険者だ。
「シャァァァッ!」
叫びと共に襲い来る牙狩り。女は身を盾にする覚悟で構えを取る。女はいつだって男の前では格好を付けたがるものだ。
「伏せて!」
「っ!」
しかし背後から響いた男の声に、女は咄嗟に身体を動かした。有無を言わせない迫力がそこにはあった。
迫る牙狩り、既に眼前に。
「シュッ?!」
が、その体躯は空へ打ち上げられていた。
男の放った弾丸に込められた魔法……本来ならば術者を中心に結界を生み出す魔法が弾丸と共に放たれ、牙狩りの突進を押し留め弾き返したのだ。
「今です!」
「はあぁっ!」
無論、そんな隙を逃す筈もなく。女はガラ空きの胴体へ一閃。赤々とした血肉が黒い体表から顔を出す。
「やった……!」
「まだ浅い! 油断するな!」
「……っはい!」
更なる追撃……は、牙狩りが地面に触れていた尾を起点に身を翻した事で空を切った。
すかさず返す様に放たれた尾の一撃を打ち返し、女は身を引き、男の側に戻る。牙狩りは木々の合間に身を隠す。
「気を付けろ」
2人は背中を合わせて周囲を警戒する。木々のさざめき一つすら聞き漏らさずには居られない。張り詰めた糸の様に、目を凝らし、耳を澄ませて。
そしてこの森に……静けさが訪れた。
知らぬ間に、ほんの少し、ほんの少し2人の緊張の糸が緩んだ。
その時、地面が揺れた。
「っ、下!」
女は咄嗟に男を突き飛ばそうとしたが、先に女が吹き飛ばされていた。
視界には、銃を構えた男の姿。結界弾により吹き飛ばされたのだ。
「っ、アルバ!?」
女は生まれて初めて父以外の男の名を叫んだ。竜の名残を残す威圧的な容姿故に、男から避けられていた彼女が。
しかし、残酷にも地面から突き上げられたアルバは、牙狩りが開いた暗がりへと続く穴へ呑み込まれていく。
「──クソッ!」
吹き飛ばされた身体を、小さな翼と尻尾で立て直した女は、すぐさま攻勢に打って出る。男に庇われた挙句、死なせるなんて事になれば、冒険者として、女として終わってしまう。
──竜は誇り高い生き物だ。
決して屈せず、決して折れず、決して破れず。
弱肉強食の世界で常に喰らう側であると自負する存在だ。
しかし、男の取り合いとなると話が変わる。
竜人はメスオスの差が激しい種族の1つだ。
オスは皆見目麗しい少年の様な姿に対し、メスは皆長身で怪力の持ち主。古くはオスがメスの庇護にあったが、昨今ではオスが外へ流出し、メスはそうそうオスにあり付けなくなっていた。
力に差があり過ぎる関係に嫌気が差したオスが出ていってしまったのだ。
──竜は誇り高い生き物だ。
それでも彼女達は喧伝する。
『男に逃げられるだけの種族とか笑えますねえ』なんてドライアドに嘲笑われても。
私達の魅力を知らないだけだと。
だからこそ、竜人のメスは皆見栄を張る。
彼女達は常に飢えている。男に見栄を張れる瞬間を。
しかし牙狩りは既に逃げの体勢にあった。再び地面に潜り、逃げ出せばこちらの勝ちであるのだから、あんな恐ろしいモノを相手する必要はないと言わんばかりに。
だが、地面に潜ろうとした瞬間、その動きはピタリと止まる。
「シャァァァッ?!」
悶える様にのたうつ牙狩り。その身体はまるで葡萄の様に歪に膨らんでいた。中でアルバは結界弾を乱射していたのだ。幾ら伸縮性があろうと限界はある。筋肉で押さえ付けられないと見るや、何とか吐き出そうと試みるが、その逡巡は今命取りだった。
数十歩先、背中の翼を大きく開いた彼女が、羽撃きと共に剣を振りかぶりながら飛翔する。
「ぁぁぁあああっ!」
飛び上がった彼女の身体は空中で縦回転しながら一直線に落ちていく。
牙狩りの生涯最期に見る光景、それは空から迫る殺戮丸鋸と化した彼女の一撃だった。
──斬。
一刀両断、牙狩りは間も無く絶命した。
………………
…………
……
「申し訳ない。頼りにされたと言うのに、君を危険に晒してしまった」
「大丈夫ですよ。結局は助けて貰ったのは僕なんですから」
帰りの馬車の中で、女はアルバに頭を下げていた。流石に、先までの浮ついた考えもこんな結果では出そうもない様子であった。
対して男はあっけらかんとしている。別に大した事じゃないと、そう言いたい様だ。
「……はぁ、でも残念です」
ただ、少し表情には影が落ちていた。女はやはり嫌われたのではないかと慌てふためいている。
「な、何がだ? 色々と心当たりしかないが……!」
女が痛みを覚悟で聞き出す。
「最後の一撃を見たかった……っ!」
「は……?」
「空から急降下の一撃なんてロマンじゃないですか。僕が喰われてなければ、見れてたかもしれないと思うと」
想像を絶する答えに女は言葉を失った。あんな事があったんだぞ、と叱りたい気持ちもあれど、そうなってしまった原因が言える事ではないと思い、口は重くなる一方だ。
男が怪我をすれば、その傷痕が残ってしまえば婿の貰い手が減るのは常識だ。女からすれば、男の尊厳を傷付けかねない事をした引け目しかない。
だから、アルバが女の手を取った時、彼女は瞠目した。
「だから、心配しなくて良いんですよ? 僕はこうしてピンピンしてますし、怖いとも思ってませんから」
「……それは」
アルバは、彼女が落ち込んでいる事を察していた。男に見栄を張りたい、などという下心に満ちたものであるとまでは理解していなかったが。
「本当にありがとうございます。頼りになりましたし、戦ってた時の姿はその、格好良かったですよ?」
冴えない格好など、些細なもの。少し照れ臭そうにはにかみ、そう言ったアルバをそのまま抱きしめて持ち帰りたいと思った女は決して責められはしないだろう。あのドライアドですら同情した筈だ、これは生き殺しだと。
自らの特徴を評価してくれる異性、それだけでメスの性は刺激されてしまうのだ。人間だろうと竜人だろうとそれは同じだ。
だが鋼の精神で以って、彼女が手を出す事は無かった。
──それ以来、彼女は密かに冒険者アルバの追っかけとなった。
未だアルバの事を冴えない男だと目にも留めない冒険者の女達や、パーティの中心で女を手玉に取り悦に入る冒険者の男達を見て、女は『分かってない』と内心で思う。
例え地味だとしても、確かな存在感を持ち、荒んだ冒険者達の心に癒しを届けるアルバの様な存在こそ、真に推すべき存在だと。
「……あの子の良さを知っているのは私だけだな」
今日も彼女は彼の後方で腕を組み、そう呟く。
──アルバの被害者は今日
貞操逆転世界で人口比を弄るのは邪道か否か。私には、分からない。