顔のいい姉の弟に生まれたので姉を曇らせたい 作:じゃがありこ
「いいショーだったな」
観客がゾロゾロと帰宅するのを眺めつつ、ショーの内容をを振り返る。劇の内容は、少々重くファンタジー系の世界で、記憶喪失の少女が人の言葉を喋れる小鳥と共に、旅をして、記憶を取り戻していく物語だ。
中盤から、小鳥は少女が記憶を取り戻すことをひどく嫌がる。それは記憶を取り戻したところで幸せになるとは限らないという魔女の助言があったから。事実 、終盤で暗示されていた少女の記憶は素晴らしいものとは言い難く、ある種のトラウマから逃げるため、彼女は記憶を失っていたのだ。
しかし、最終的に少女は自分の生きる目的を明らかにして前に進むために記憶を取り戻すことを選び、トラウマを完璧に克服した。音楽や演技、コミカルな描写を入れることで シリアスを感じる時間は短かったが 台本を含めて かなり重厚なストーリーだった。どちらかといえば、大人向けの作品だったのではないだろうか。
演出も曲も、台本も素晴らしいものだった。特に目を引いたのは歌を歌っていたあの女優。多くのプロの技術を見てきた真音から見てもハイレベルだった。真音は席を立ち、最後の一人である観客として扉を潜ろうとしたところで声を掛けられた。
気が付けば、そこには一人の女性が立っていた。
「あなたは………宵崎さんだったかしら?」
「………主演の女優?」
高飛車そうなその女性は先ほど歌っていた人物だ。金色の髪に意思が強い目。化粧は舞台用だというのに、驚くほど似合っていた。
「私はこのフェニックスステージの歌姫・青龍院櫻子!フェニックスステージの歌姫ということは、つまり、フェニックスワンダーランドのナンバーワン!同じショーをやる人間として、私を知らないなんてことはないわよね!」
「知っていますよ。今回のショーで認識しました」
「………喧嘩を売っているのかしら?」
顔を引く付かせ割と本気で感情を持て余した青龍院を見て、真音は勝ったと心の中で思う、何となくの反抗心だ。
「よく俺のこと知っていましたね」
真音は主導権を渡す気はなかった。
「………園内のショーはすべて見ているようにしているもの。あなた達のこと知っているし、ショーも見たことがあるわ」
「驚きましたね。俺はワンダーランズ×ショウタイムの一員ですけど、裏方ですよ。よく知っていますね」
「あなたが一度だけショーに出たのを見たことがあるわ」
「………」
ハプニングでネネロボが調子が悪く、メンテナンスが間に合わないということで端役だが真音が代行したことがあった。
「これも何かの縁だわ。本当の実力を見せなさい」
「何のことを言って――――――」
「あの時手を抜いていたでしょう?わかるわ」
有無を言わせず彼女は真音の襟首を捕まえて観客のいなくなったステージに連れていく。
「草薙さんに歌を教えているのはあなたなんでしょう?」
「教えるほど大したことはしていないです」
「歌で勝負よ」
「話聞かないな、この人」
ずるずると引きずられていった先に5人程キャストがいた。真音を見ると一様に苦笑いをしている。
「ごめんなさいね、宵崎君。青龍院さんは悪い人ではないの、自信家で高飛車だけど思慮深くて努力家だから嫌わないであげてくれないかな?」
「別に嫌いではないのですが、話を聞いてほしいです」
フォローを聞きながら座っていると、青龍院が台本を渡してきた。それは数週間前にワンダーランズ×ショウタイムが行った演目。
「何でこれ持ってるんですかね?」
「細かいことはいいわ!私もこの台本と歌は頭に入っている。終盤の一幕で勝負なさい!」
高飛車な悪役令嬢みたいな見た目している癖に内容はワンダーランズ×ショウタイムの奴でハンデのつもりだろうか。
「俺が勝ったらどうします?」
「あら?生意気ね。そうねぇ…あなたが勝ったら何でも言うことを一つ聞いてあげる」
「俺が負けたら?」
「どうもしないわ。私があなたを測りたいだけだから」
そういうと彼女はステージに出て、息を吸う。歌い出した青龍院に目を細めて、台本を閉じる。
「♪♪♪~」
メリハリがあり、客を引き込む歌い方。音はまるで目に見えるように空気を縫って、素晴らしい香りのように立ち上って行った。美しい歌声だった。かすれて、甘く、正確で厳しく、それでいて震えを秘めていた。
歌い終わった彼女に拍手をして、声を掛ける。
「少年と少女が別れるシーンに相応しい切なくも眩い歌だった。流石ですね、青龍院さん」
「ふん、当たり前でしょう?この私を誰だと思っているの?青龍「じゃあ、俺も歌いますね」聞きなさいよッ」
真音は青龍院の前に立ち、目を瞑って深く息を吸い込む。思い出すのは大手劇団員の歌姫。同じことはできないが、その技を完全に再現することはできる。歌に関しては、努力で後れを取った覚えはない。
「♪~」
声が聞き手を包む。思わず聞き入ってしまい、それでいて強弱があり飽きさせず、エッジボイスが時折背筋を駆け抜ける。
いつまでもこの空間に、音のなかで泳いでいたい。誰もがそう思う。そういう天才の歌だ。白くて、粒子が細かくて、澄んでいて涼しい風のような歌声だ。
だけど、どこか既視感があって聞く準備ができている人間にしか届かない。そんな色のない歌だった。
拍手が響く。青龍院からの拍手だ。感情が混ざりすぎて何とも言えない顔をしていた。
「これでわかった。あなたに感じていた違和感」
「違和感………俺の歌下手でしたか?」
「素晴らしかったわ、高校生とは思えないプロと比較してもまったく遜色ないレベルよ」
予想外のべた褒めだ。評価と感情を切り離しているのだろう。おそらく、青龍院は誰よりもショーや歌に本気で真摯だ。言葉に嘘はない。だからこそ批判が効いた。
「でも――お粗末ね」
「………ッ」
「確かに技術は一流よ。私も認める。けれどトータルで私は負けない。あなたの歌には中身がないもの」
「…中身、ですか」
「わかる人にはわかるわ。あなたは歌っているのではなく歌という作業をしている。だから一定水準のより上には通用しない。何のためにあなたは歌っているのかしら?何を考えて仲間といるの?」
それは真音にとって最も聞かれたくないことだ。考えたくない、逃げてきたことだから。自分の矛盾や異常を知っているが故に、痛いほどその指摘が響く。
「これではっきりした。歌に関して、あなたが勝つ確率はゼロね」
「………俺は」
「あなたの歌は軽すぎるわ。あなたの課題は―――ちょっ待ちなさい!」
気が付けばその場から逃げ出していた。走って、走って、走って、走って、走って、走って。大勢の人に見られて、不思議がられて。でもそんなことはどうでもよくて、外に出た後からはとにかく駅に向かって本気で走った。息切れしてもう限界だと思い、改札機を通ったところでへたっと倒れこむ。身体が焼けるように熱い。心臓がバクバクして飛び出そうだった。
この感情、「悲しみ」だけは自分のものだと断言できる。それでも涙は出てこなかった。