顔のいい姉の弟に生まれたので姉を曇らせたい 作:じゃがありこ
最近睡眠薬を使うことが増えた。
流石に、自分の趣味や思考が塗りつぶされるという恐怖体験はきつかった。一応、軽い日記をつけていたので、それを頼りに戻ってくることはできたが、あの時の感覚を思い出すと眠れなくなる。
そういう暗いニュースだけではなく、明るいニュースもあるのだ。
姉はどうやら俺の隠し事に気づきかけているようで、最近 音楽の話題をあまり振らなくなってきた。
おそらく、俺の配信アカウントであるYMと弟が同一人物であると考えているのだろう。
つまり、アカウント内で闇発言をすれば姉にダイレクトアタックできるというわけだ。ちょっと楽しくなってきた。
………よし、現実逃避はここまでだ。端的に言って、俺は睡眠薬のせいで寝坊した。それも文化祭当日にだ。
窓の外からは明るい日の光が差し込んできており、長身と短針が昼近いであることを告げている。携帯には、寧々、類、司、今日演奏を共にするバンドメンバーからメッセージが来ている。
そう、俺は今日助っ人としてバンドメンバーに加わり演奏を行う予定だったのだ。
「………ライブは夕方だし間に合うな………ただ、司の劇が走らないと見れないな」
諦めて部屋を出て顔を洗いに行く。メッセージを流し読みするとそこには文化祭Tシャツを着た寧々の写真があった。どうやらクラスの女子が写真を撮って俺に送って来たようだ。
髪にワックスを付けて鞄を持って外に出る。やる気が漲って来たぜ。
2年生の企画にゲーム大会の文字があり、必ず寧々が出ると踏んで類を呼んで見に行った。案の定、出場していた寧々を見て大声で声援を送る。
「ファイトだ!寧々ー!!!!!キャー赤面も可愛い!今日も可愛い!ゲームうまーい」
「フフ、応援が逆効果になってそうな気がするけど楽しそうだしいいかな」
元々有名な類とそれなりに有名な真音が揃って応援しているので目立つ。それもかなり熱の入った応援だ。むしろ煽っているように見える。
寧々は羞恥心と喜びと怒りで、プレーが雑になっているが余裕の勝利だった。
「優勝は草薙寧々さんです!ぶっちぎりのハイスコアで優勝でした。コメントをどうぞ!」
「あ、え、えっと、あ、あ、ありがとうございます………」
照れながら顔を伏せて、モジモジと体を揺らす寧々。
「ずばりコツは何でしょうか!!!!!」
「え、えっと………ずっと、家でやってただけで」
「彼氏の応援が効いたのでしょうか」
ニヤニヤとする司会の言葉に寧々が固まった。その後、アワアワと真音との関係を否定するが弱弱しい否定だった。
解放された寧々は顔を真っ赤にして涙ぐみながら、類と真音に詰め寄る。それを愉快そうに眺める真音と類。この二人が揃うと自分はひどく振り回されていると感じる。
「いやー、優勝おめでとう。寧々は何着ても似合うな。どうですか、
真音は中性的な顔立ちだが、自分の魅せ方をよく理解しているためイケメンナイト役も演じられる。寧々は、耳元を鳥の羽根で撫でられているかのように身をすくめながら、上ずった声で、「………全部奢りなら喜んで」と答えた。
屋台を満喫した真音は寧々たちと別れ、司の劇を見に行く。3-Bの焼そばを片手に歩いていると声を掛けられた。
「朝は来ていないと騒ぎになっていたが間に合ったのか」
振り向くとそこにはクラスメイトがいた。
「おはよー、青柳」
「宵崎、今は昼だ」
「えー、硬いこと言うなよ。俺って夜行性なんだ。彰人もおはよう。えーと、君は?」
真音は三人目の人物を観察する。ピンク色の髪をサイドテールにして緩く巻いているそのその人物は大興奮と言った顔で真音に近づいてきた。
「宵崎ってまさか、もしかしなくても奏の弟だったりする!?」
目を白黒させる真音だったが、困惑気味に頷いた。
「俺は確かに、宵崎奏の弟だけど君は?」
「ホントに!?ビンゴ~!弟がいるって聞いてたけどホントに会えるなんてね~」
押され気味な真音を見て、彰人はデジャブを感じる。
「ボクの名前は暁山瑞希。1年A組だよ!よろしくぅ!奏とは…結構深い仲だよ!」
「………ほう。深い仲、ですか。ちなみに暁山さんは姉をどう思いますか?」
「え、どう思うって………大切なサークル仲間だし「そういうことではなくて」」
真音の眼が据わる。
「姉の魅力を言ってみてください」
「え、えーっと高い作曲センスに優しくて努力家あとは………何といっても小さくて可愛いことかな!」
少し茶化して伝えたが、真音にはそれで十分だった。
「暁山さん………いや、瑞希さん!姉とこれからも仲良くしてあげてください。姉は、優しいし、音楽に関して憎いくらい天才で、努力家で可憐で生活力が壊滅しててカップ麺用の電気ケトルを加湿器代わりに使う適当だし、割り箸を取りにキッチンに行くのが面倒だからとお湯を入れたのにもかかわらず部屋にあるエネルギーメイトで食事を済ませようとするし、動き易く洗濯も簡単だという理由で常にジャージの女だけど、責任感が強いし健気で何より強い想いを持った自慢の姉なので!!!!!」
瑞希は完全に引いていた。真音の恐ろしい
彰人たちはそれ以上に引いていたし、驚愕していた。いつも一歩引いた位置にいる真音とは似ても似つかなかったからだ。
奏の魅力語りは司の劇が始まるまで続いた。
夕方になり外ステージに用意されたライトが点灯する。ステージの前には多くの観客が集まっていた。類や司と合流した瑞希を含め、生徒が大半だ。しかし、何人かは外部の人間が混じっている。
例えば、そう。演奏を見に来た奏もそうだ。
奏が来ているとは知らず、真音は舞台に上がる。舞台袖ではなく客席側から舞台に跳躍して上がる。真音は、そのまま10秒ほど演奏し視線を集めきった。
「すいません。遅れました!ギターを務めます、宵崎真音です。よろしく!」
真音は、様々なスターを模倣したが故に見せ方が上手い。どうすれば、観客の視線を誘えるか、興味を持たせられるか知っている。ただ、何故自分が注目を得ようと思ったのか、真音自身が理解できていなかった。
「カッコつけすぎー」
「かっこいい!!!!!」
「この目立ちたがりー!」
「え?今の演奏やばくなかった?」
「プロかと思った!」
派手な登場に知り合いからはヤジが、観客からは拍手が飛んできた。
「それでは聞いてください。『夏色の恋』」
演奏している音楽は明るくポップで、若干ロックよりといった曲だが、ステージ周りは口を閉じているものの方が多い。
わずかな音すら聞き逃すことを躊躇い、神経を集中させているものが多いからだ。
その中をゆっくり歩を進め宵崎奏は、この空間を作り出している少年の姿を視界に収めた。
そこにいたのは奏が探していた弟であって、そうではなかった。
そこにいたのは、奏が知らない弟だった。奏が知る真音はこういった音を響かせない。こんな絶望的に空っぽな音を弾くような子ではなかったはずだ。記憶の弟は、楽しそうに音楽に関わる子供だった。
素晴らしい演奏なのだろう。カバー曲でありながら、おそらく本家の演奏技術は軽く凌駕してしまっている。感情も乗っており、音に言葉を乗せて演奏している。響く音から踊る指から、奏でる全身から、完璧で衝撃的な強さを感じる。
それでいて、驚異的なのは周囲の演奏技術を下手に思わせない絶妙な塩梅であること。
しかし、姉である彼女には分かってしまった。そこには熱も色もなく、弟自身の感情は何一つ乗っていない。
弟がどこかから仮面で本心を覆っているのだと。
作り笑いの下は泣いている。奏はあまりにも痛々しいその姿にその音に、耳を塞ぎ、目を塞ぎたかった。
「………なんでっ!そんなつまらなそうに………」
奏は、整理のつかない、言語化できない自分で自分がよくわからないまま、叫びたいような衝動に駆られ、両手を握りしめた。
まだ気づきませんが、少しづつ不穏な空気を弟から感じ始めます。