お久し振りです。今回小物ムーブはお休み。
今日も今日とて冒険者は酒を呑む。騒いで呑んで、呷った酒で酔いも笑いも加速する。俺もまたいつものメンツ。金髪モヒカンにグラサンのモホーク、うだつの上がらねえ白髪混じりのおっさん、ダイバと酒を囲んでいた。しかし、今日の酒席は珍しくも静か。驚嘆せざるを得ない一つの酒がそこに並んでいたからだ。
「ほー、シディル酒ねえ……」
「おおー……結構黒いな!」
酒ってのは別に美味くはない。これはあくまでも俺の意見だが、酒、アルコールを含んだ液体は好んで飲むような代物ではない。何よりこの独特の苦味がどんなに慣れても不快感を与えてくるのだ。しかし、こんな世界ともなれば話は違う。水しかマトモな飲み物が無いこの世界で清涼飲料水を求めようとすれば、それはどれ程の富と時間が必要になるのか。そんなことを考え出してから俺は果実酒なんかで欲を満たすようになった。酒が嫌いなくせに酒で誤魔化すなんてお笑い草も良いとこだが、これが最善だろう。まあ他にも冒険者として溶け込む為だとか、飲みニケーションだとか、理由自体は幾つもあるが。
そして今目の前には赤黒い液体の入った透明なグラスが一つ。天井の光を遮断する深い赤黒さは騒々しい酒場には似つかわしくない高級感がある。冷えた液体から発せられる冷気がグラスに水滴を生んでいた。
「しっかしモホークお前、こんなの何処で手に入れたんだ?」
「遂にお前もお縄に……」
「いや違うが!?」
酒。それも冒険者が飲むような大衆的な安酒とは違う。貴族やお偉方が娯楽として楽しむような高級品。それがこのシディル酒だ。そう、そうなんだが……見た目がなあ……。
「ワインだろこれ……」
「ん?何だって?」
「ああ、別に何でも」
俺も名前だけしか聞いたことが無かったし、お目にかかることも無いだろうと思っていたが、まさかあのシディル酒がワインだったとは。一庶民がどうやって手にしたかは知らんが、入手ルートによっては罰則モノだぞこれは。モホークの野郎俺達を巻き込むつもりか?
「一応聞くが、俺達を共犯にしようってんじゃねえだろうな?」
「お前まで疑うのか……。心配すんな、懇意にさせてもらってる貴族からの貰い物だ」
確かにこいつは腕も評判も良いベテラン冒険者だ。常連の貴族が居るのも嘘ではないしな……疑わしいところは無いか。
「なら遠慮無く!」
「あっ、ダイバてめえっ!」
「こっちにも寄越せ!」
クッソやられたっ!こいつ、一人で全部持ってく気か!?
「俺が果実酒好きなの知ってるだろっ、寄越せコラッ!」
「そもそも俺のモンだろうがっ!折角分けてやろうと思ったのにお前ら……!」
「チマチマすんなよぉ!新人の時にお前を助けてやったじゃねえか!」
こんな時に限ってしぶといなこのっ!さっさと渡せば良いものを……!
「んなのとっくに利子付きで返しただろうがっ!」
「おいおいダイバぁ!それを言うなら今まで助けてやった分俺も返して貰おうか?」
「うっ…!いやそれはそもそも「そこまで」うおっ!?」
意識外から繰り出された唐突な手刀によって場は鎮まる。しかしそれは新たな外敵の到来を意味すること。このワインを狙っているのか?鋭く、恐ろしい殺気を纏ったその手刀。しかし何か見覚えがあるような……
「あっ」
「皆さん、ギルド内で何をしてらっしゃるんですか??」
ああ……随分綺麗な手だと思ってたんだ……。しかしそれがこいつだなんて……。そこに居たのは、いつも通りの笑顔ではあるものの確実に怒気を孕んだ受け付けのギルド職員。ベテランであり俺の後輩である、元金級冒険者のラーテルだった。
「逃げ」
「逃がしませんよ?」
「ッ!?」
クソッ、回り込まれた!?ならあいつらと……って、あいつらもう居ねぇ!?
「裏切り者め……!」
「何が裏切り者ですか……はぁ……」
「あっ、いやっ、そのぉ………違うんですよ」
「……」ニコッ
結果は最早言うまでも無いだろう。あの笑顔は二度と見たくないものだ。
◆◆◆
ギルド内にある部屋の一室、数十分に渡る説教も鎮まりを見せ始めた頃。俺はラーテルに頭を下げながら、逃げた野郎二人を呪っていた。
「はぁ、まったく……ああ、それにしてもシディル酒ですか」
「はい」
「……気持ちは分からなくもないですが、ギルド内で先輩達が暴れたらシャレになりません。もうベテランなんですから、節度を守って下さい」
確かに俺は相当なベテランだろう。あいつらも十年以上冒険者を続けている。しかしだ。だからと言ってシディル酒は訳が違う。あれを飲める機会なんてのは縁に恵まれない限り、それこそ俺のような端くれには二度と無いだろう。
「……はぁ」
「まだ何か?」
「いや、何でも…」
良い大人としては失格だろうが、そんなことを言ってられないようなこともあるのだ。
「……まさかこの期に及んで飲みたかったとか思ってないですよね?」
ギクッ
「…いやー、まあ、そんなことは、別に……」
誤魔化しは…利かないよな…。仕方ないな。流石に、この感情は無視できるものじゃない。例えこいつの怒りが再燃するとしても、この落胆には敵わないしな。
「……そんなに果実酒が好きなら、臨界都市にでも行けば良いでしょうに」
臨界都市ねえ。そんな大層な名で呼ばれるくらい、あそこには悪夢が続いているらしい。冗談のようにぼやくこいつも、あの都市に訪れたことなど無いから言えるんだろう。
「臨界都市なんて、やめてくださいよ。人生に匙を投げるような真似はしたくないんです」
臨界都市、それは数十年前に突如として現れた最悪の街の通称。曰く世界で最も危険な場所、イカれた奴らの遊び場、異界と繋がる蜃気楼など様々に呼ばれているが、全てその街を指している。
「でも面白そうじゃないですか。あちらの技術で世の中は便利になりましたし。娯楽なんかも凄いみたいですよ?」
彼の都市は表も裏も既存の道理や常識が通用しない。この星で一番に警戒すべき土地であり、発現以来世界中が注目し続ける特異点。そうせざるを得ない最大の要因は、ファンタジーな世界をぶち壊す程、現代日本も真っ青な超高度文明都市の出現によるものだ。兵器に娯楽、ミジンコサイズの精密機械から最高にぶっ飛ぶ麻薬まで。あそこを構成している全ての存在がイカれて壊れたそんな街。
「それはそうなんですがね。やめておいた方が良いと思いますよ」
「何故です?別に観光するぐらいなら……」
「観光とかじゃないんです、あそこは。貴方じゃ、死ぬか生きるかだ」
当然その名は瞬く間に世界中へと轟き、この星の勢力図を一変させてしまった。核兵器の存在しない世界にそれ以上の劇薬が投入されたのだから、そりゃあ話も変わってくる。世界を一日で緊張状態へと落とし込み、一度内部勢力が破綻すれば世界の崩壊を招くという薄氷の上の平和を作り出したのだ。従来とは全く異なる文明と力を保有するあの都市を、想像したくもない争いと、それを優に越える乱闘騒ぎが起こっている、非日常が日常であるあの伏魔殿を、誰も目を背けることが出来ないまま、今も世界は廻っている。これが、この世界の現状。
「それ程ですか?」
「えぇ、今は知りませんが、俺が知っている頃なら特に」
「あのちょっと待って下さい。先輩ってあの街出身だったんですか!?」
「へ?ああいや、以前訪れたことがあるだけです」
諸事情で俺はあそこに滞在、というか出れずにいたことがある。当時は特に嫌な時期だったからな。まあ、もう数十年前だし、色々変わっている部分もあるだろう。
「そんなこと初めて聞きましたよ」
「まあ、話す機会も無いですから」
「だとしてもですよ……。というか、それならそちらに留まっても良かったのでは?」
「いやぁ、待っていればどうせ周りの国が発展しますから。このぐらいで十分だと思ったんですよ」
以前にも魔導科学やらなんやらは確立されていたものの、あの街が現れるまでこの世界には原子なんて概念すら無かった。純粋な科学技術や物理学なんてのは余りに使い道が無い学問とされてきた。しかし臨界都市の出現以降、その文明を解き明かそうとあらゆる学問が急速な発展を続けている。まあ、それだけでは到底説明出来ない力もあの街には働いているようだが、それは良い。
「……まあ、それもそうですよね。あと数年もしたらこっちにも色々影響がありそうですし」
「でしょ?いつかは果実酒なんかよりもっと良いものが出てきますから。俺は待とうと思います」
俺自身この体に寿命があるのかは分からないが、あと百年は固いだろう。その間にジュースとまではいかなくとも、その原形は作られて欲しいものだ。
「……はあ、もう怒る雰囲気じゃなくなってしまいましたよ。僕も仕事がありますから、今日はこの辺で終わりにしましょう」
「分かりました。じゃあ俺はお先に」
「はい、今後は気を付けて下さいね」
「ははっ、善処します」
臨界都市なんて久しぶりに思い出したが、彼らは今も元気でやっているだろうか。もしかしたらもうこの世に居ないのかもしれないが、それも仕方ないだろう。まあ、この国はあそこからかけ離れているのだから、もう関係のない話だな。
「はぁ、飲み直しだな」
シディル酒も飲めねえし気分も余り良いもんじゃない。こういう時は美味いモンでも食って晴らしたいところだ。
「おっ、出てきたか」
相も変わらず騒がしいギルド内の酒場に戻れば、そこに居たのは先程俺を置いて逃げた顔が見える。金髪モヒカンにグラサンのモホーク、白髪混じりのダイバ。今日ばかりはこいつらを殴りたくなる衝動を抑えられそうにない。
「お前ら……覚悟は出来てるんだろうな?」
「っおいおい、待て待て待て」
「…辞世の句ぐらいは聞いてやる」
ったく、この期に及んでまだ何を……
「ほらよ」
「あ?…ってこれ……!」
唐突に放られた物体を受けとれば、それは赤黒い液体の入ったボトル。ガラスで精巧に作られたそれには、やはり遥か遠き街の影響が見て取れる。俺の求めていたシディル酒がこの手に握られていた。
「感謝しろよー、わざわざ残しておいてやったんだからよ」
「お前ら………だからって逃げたのは変わらないからな?」
「まあまあまあ!良いじゃねえかよそんなこと。お前だって同じ状況だったら逃げただろ」
モホークよお、それが逃げ出した野郎の言う言葉か?ダイバも残しておいたからって随分と大きく出やがって……。
「それはこっちも同じだ。お前らも俺の立場だったら呪ってる………ま、取り敢えず今は、そうだな」
仕方ない。今回の借りはいつか返すとして、先ずはこの杯を上げるとするか。
「飲み直しだな」
「あぁ」
「おっ、良いじゃねえか」
今日も冒険者は酒を呑む。鳴らした杯に酒が揺れ、先があるのかないのか分からぬ日々に酔う。栄光を信じるのか、愉快な世界の祝福に浸るのか、怠惰の先にある死に場所を望むのか。刹那に生を賭けた冒険者というこの人種を、俺はもう少し眺めていようと思う。
「「「乾杯っ!!」」」
初めて飲んだワインは不味かった。やはり酒は嫌いだ。
評価感想等ありがとうございます!更新は未定ですが次回もよろしく!