「うおっ!?」
足元が急に消え、生まれ出た浮遊感に変な声が出る。暗いトンネルを通っているよう景色が数秒ほど続くと足元から光が照らされていく。飛び出した先はどうやら外ではなく、廊下。変な体制で落ちた上にいきなり落とされたこともあってうまく着地できるはずもなく、尻を強打する。
「〜〜ッッッッッ!!」
痛みにのたうち回る。すると、今度は上に現れたもう一つ穴が見えてくる。そこからは気絶したスバルが出てきた。
「ッ!里香、受け止めろ!」
【はぁい】
痛みを無視して里香に指示を出す。指輪をつけていないため手しか出てこなかったが、スバルを掴むことくらいはわけない。里香は地面にぶつかるよりも前にスバルを捕まえるとそっと床に下ろした。慌てて様子を確認すると寝ているようで特にこれといって以上は見られなかった。そのことにホッとしたが、あんな目に遭っていたこともあってこのままには出来ない。そう思って背負おうとすると、
「あれ?どうして2人ともこんなところにいるの?…あ、もしかして探検?もう、朝早くから元気いっぱいなのね」
後ろから聞き覚えのある声が聞こえてくる。昨日、スバルがその身を挺して助けて見せた庄司、エミリアがいた。長い銀色の髪の美しさは陰りを知らず、今日は結びをほどかれて自然と背中へ流されている。服装は町で見かけたローブ姿ではなく、黒い系統が目立つ細身に似合ったデザインの格好だ。スカートは膝丈よりやや短く艶やかだが、その領域は腿の上まで届くニーソックスが隠している。
スバル出なくとも男子どもが見たら大喜びしそうな格好をしているが、乙骨としては今はそれどころではない。しかし、人を治す術を持つエミリアと会えたのは運が良かった。
「エミリアさん!いいとこに!」
「えっと私、あなたと自己紹介をした事ないんだけど…」
「えっ…。あぁ!ごめん!お互いに名前を教えてないのに知ってたら怖いよね!?僕は乙骨憂太。君の名前に関してはスバルから聞いたんだ」
「そうなんだ。あ!そうだあなたのことはユータって呼ばせてもらうわ」
「どうでもいいからスバルのこと診てくれないかなぁ!?」
呑気に自己紹介をしてくるエミリアにスバルを差し出す。不思議そうな顔をしているが乙骨の尋常じゃない様子に不可解な気持ちになったのか気絶しているに手を差し出す。すると、
「これは…魔力を徴収されてる?誰にやられたの?」
「ベティーって名乗る子にやられた」
「え!嘘!ベアトリスが!?」
「で、大丈夫なの?」
「うん…。取り敢えず寝かせておけばすぐに戻るはずよ」
どうやら大したことはなさそうらしくエミリア自身に寝てたら治ると太鼓判を押される。それを聞いた乙骨は「よかったぁ」と言いながら笑ってその場で座り込む。倒れたことに対して心配していたのもあって気が抜けたのだ。あと、スバルを支えるのが限界だった。何気に筋肉質なスバルは貧弱な乙骨にとってかなり重く感じられるのだ。しかし、床で寝かせるわけにもいがない為、エミリアにスバルの部屋を聞いて運ぼうとする。すると、
「あの…、大丈夫?変わろうか?」
「大っ、丈夫、かなッ」
「もう、無理しないのっ」
乙骨の顔を覗き込みながら心配してくるエミリア。それに対して乙骨は震える声で大丈夫と告げるが容易く大丈夫ではないと見透かされる。しかし、ここでエミリアにスバルを渡すと男としての
「ラム、レム。助けてあげて」
「「はい、エミリア様」」
「ラムにレム…?」
人名と思しきものを呼び出した。すると間をおかずして一糸乱れぬ様子でそれに答える二つの声。そして二つの影が乙骨を横切ると回り込む。それは容姿は瓜二つである双子の少女だった。身長はおおよそ百五十センチ真ん中ぐらい。大きな瞳に桃色の唇、彫の浅い顔立ちは幼さと愛らしさを感じさせる。瓜二つの顔をした二人は髪形もショートカットに揃えているが、髪の色は桃色と水色でそれぞれ違う。さらに髪の毛で片目を隠しているが、桃色は左目で水色は右目を隠しているというのも違いだ。
「……メイドさん?」
双子であることも驚いたが、まさか現実で本職バージョンのメイドを見ることになるとは思わなかった。黒を基調としたエプロンドレスに、頭の上に乗せたホワイトプリム。メイド服としてオーソドックスなクラシックスタイルに身を包む、双子の美少女。一部どころかかなり広い範囲での層から見てもメイド理想の体現といえる。思わぬ職種の人物を前に驚いていると、
「大変ですわ。お客様が重荷を背負って苦労しておられますわ、姉様」
「大変だわ。人1人背負った程度で顔を歪めるなんてモヤシにも程があると思わされるわ、レム」
「し、辛辣だなぁ」
模範的なのは見た目だけなの?と問いかけたくなるような言葉の投げかけに乙骨は思わず苦笑いをする。このままキープするのはキツイため1秒でも早くスバルを寝室に届けるべく、歩き始めようとする乙骨。すると、
「お客様、そちらの方をいただきます」
「モヤシ様、そちらの重荷をいただきます」
「モヤシ様!?」
双子のピンク髪のほうの少女から思わぬ呼び方で呼び止められ驚き足を止める乙骨。すると、止まったと同時に青髪のメイドがスバルを攫っていく。いきなり軽くなったことにバランスを崩しかけ、その様子を見たピンク髪のメイドが「ハッ!」と鼻で笑ってくる。割と屈辱的だったが、驚きの方が優った。
「重くないの?」
「? ええ、この程度でしたらいくらでも」
なんと青髪のメイドは片手でスバルを抱えて運ぼうとしていた。振り返った際に見えた顔からは疑問と余裕が見てとれた。自身よりも30センチ近くも身長が違うにも関わらず筋肉質の男を問題なく運べている少女に驚きを隠せない乙骨。すると、誰かが乙骨を小突いてくる。振り返るとそこには足を振りかぶっているピンク髪のメイドがいた。
「……今、蹴ろうとしなかった?」
「なんのことでしょう、お客様」
「いや、でも、振りかぶってたよね?」
「ハッ、過去を引きずりすぎよ。そんなんだからモテないのよ」
「なんで僕がモテないこと知ってんの!?……はぁ。エミリアさん心配してくれてありがとう」
「どういたしまして。また会いましょうユータ」
傲岸不遜を自でいく彼女を相手に乙骨は思わずため息を吐くだけで何も言えない。というか「モテないんじゃないの?」と疑問系にするのではなくや「モテないのよ」と断定してくるあたり性格の悪さというかなんというか言葉にしにくいものが滲み出てる。スバルもいない以上、ここにいる理由もなくエミリアに別れを告げてその場を後にする。帰り道の道中は乙骨自身が話しかけるタイプの人間ではない為、沈黙が続く。沈黙が痛く感じ始めた頃、ようやく自室に着いた。
「ありがとう。それよりもさっきの子は本当に大丈夫?」
「心配は不要よ。ラムの妹があんなものを抱えた程度で根を上げることはないわ」
あんなもの扱いされているスバルを憐れむ乙骨。そしてそれと同時に双子のうちピンク髪の子がラムで青髪の子がレムであることを知る。すると、ピンク髪の子が扉を開けて入室を促してくる。
「あの程度で根を上げるなんて情けない」
「悪かったって思うからそんなに言わないでよ…」
「全く…立派なのは身長と一部だけなのね」
「はいはい。……待って『一部だけ』?」
そろそろ罵倒されるのもうんざりしてきた為、促されるまま自室に戻ろうとするとラムの口から聞き流せないワードが飛び出してくる。そして自身の服装を見直す。今の自身の服装は夏仕様の学生服ではない。恐らくだが、洗ってくれているのだろう。今の服装は上下ともに同じ色で統一された寝巻きと思しきもの。下着を確認しても別のものに変わっている。体もサッパリしてることから体も洗われているということになる筈だ。着替たり体を洗ったりなどはなど気絶していた乙骨には無理だ。
じゃあ、誰が体を洗ったり着替えさせたりしてくれたんだ?
それを自覚した瞬間、嫌な汗がブワッと一斉に出てくる。錆びついたラムを見る乙骨。
「一部って、なに?」
「ナニよ」
乙骨は恐る恐るといった様子でラムに問いかける。ラムの目線が身長差もあって若干だが下がる。目線を辿るとそこは乙骨の下腹部。しかもど真ん中部分だった。
理解して固まる乙骨を無視して「失礼しました」といいながら扉を閉めるラム。10秒ほど固まった後、少しして窓を見る乙骨。まだ早朝の世界を昇り始めた朝日が祝福しているのが見えた。そんな陽光の温かさに目を細めて、それから乙骨はベッドの方へと歩を進めて、倒れ込む。
「もうお嫁にいけない」
過去の自分がどんな業を背負っているのか。そんなことを思いながら枕に顔を押し付けて、今度こそ乙骨は男の子としてさめざめと泣いた。
◇
ひとしきり枕を顔面に押し当てて絶叫してなんとか羞恥心を治した乙骨。初めは似たような境遇を味わったであろうスバルと共に屈辱によってあった傷を舐め合おうとした。しかし、
「あの状況に割り込むほど無粋にはならなかったなぁ」
なんとビックリ、エミリアと共に中庭でデートのもどきのようなものを行っていた。コミュ能力は高いが褒められたりすると引っ込んでしまうことから奥手だと思っていたがそうでもなかったらしい。会話の内容までは聞こえてこなかったが、友人が想い人と共に楽しげに話しているのを邪魔する気にはなれない。
さて、それじゃあどう暇をつぶしたものかと考える乙骨。このまま突っ立ってても特にやれることはないと自室に戻り、扉を開けた瞬間、
「あ」
「む、なのよ」
扉の先にあったのは自室ではなく、禁書庫だった。本棚目掛けて空中浮遊する本という奇怪な光景が拝めた。しかし、それ以上に禁書庫の番人であるベティー、エミリア曰くベアトリスとバッチリと目があった。
((き、気まずい))
その瞬間、両者の心情が一致する。片や腹いせや妥当な判断だったとは言えマナーのなっている人間の前でその友人を気絶してしまったことに対して。片や友人を気絶させられたとは言えこちら側にも非があったにも関わらず、それを隅にやって怒りをあらわにしてビビらせてしまったことに。
乙骨とベアトリスが互いに見つめ合う。乙骨は謝ろうにも超常じみた相手を怒らせた時の対処法などわからず、せめてパックかエミリアを間に挟んでから謝ろうとドアを閉めようとする。すると、
「ちょっと待つのよ」
「え」
去ろうとする乙骨を引き止めるベアトリス。このまま去った方が良いのではないのかと思いながら視線をベアトリスの方へと戻すと小さな手を動かしてこちらへ来るように仕向けている。恐る恐るといった様子で乙骨は禁書庫へと足を運ぶ。
「座るがいいかしら」
「は、はい…」
いつの間にか現れていた椅子に腰掛けるように促される。特に断る理由もない為、その椅子に座る乙骨。少しの間、禁書庫内に気まずい空気が流れる。乙骨は「あー…えっと…」としか言えずにいるとベアトリスが盛大にため息を吐き、そして
「…悪かったのよ」
「ぇ」
「あの無礼な小僧に謝る気は無い、だけど書物を大切にするお前の気分を害したのは反省しているかしら。だから、その、ごめんなさいなのよ」
謝ってくるベアトリス。それに対して乙骨は思わず目をひん剥く。何せベアトリスの話口調や態度からは少し傲慢な態度が見え隠れしていた。その為、謝るなどの行為は絶対にしないし、するとしてもこちらから謝らないと謝罪を返してくるとは思えなかったからだ。思わぬ反応を前に少しポカンとして「ぷっ」と吹き出し、くつくつと笑い出す乙骨。
「なぁ!ベ、ベティーが謝ったのにその態度はなんなのかしら!」
「ご、ごめんごめん。君が謝るとは思わなくてさ」
「むぅ〜」
笑い出した乙骨に対して顔を真っ赤にして怒り出して指を刺すベアトリス。そんなベアトリスを見て少しだが乙骨は認識を変える。ベアトリスという少女は傲慢なのではなく、ただ素直でないだけなのだと。
「こちらこそ僕の友人が失礼な態度をとったにも関わらず、止めずにいてごめん。こんな僕だけど今後もここに足を踏み入れてもいいかな?」
「…別にかまいやしないのよ」
笑いながらも誠心誠意、頭を下げて謝る乙骨。それに対してぶーたれながらも許可を出すベアトリス。友人が増えたようで少しだけ嬉しいと喜んでいると、
「ん」
目の前に一冊の本が差し出される。どうやら読んでもいいとのことだ。それが嬉しくて「ありがとう!」とテンション高めに礼を言うと本を開く。手触りは素晴らしく手入れが行き届いている。これだけの数の本を所有しながらもしっかりと管理が行き届いている証拠だ。本のページをめくって文字に目を走らせる。少ししてから本を閉じて「ふっ」と笑う。そして、
「……ごめんなさい。文字が読めないので教えていただけると嬉しいです」
「はぁ!?なのよ!?」
頭を下げて文字の読み書きを注文する乙骨と思わぬ返答に驚くベアトリス。なんとも締まらない形になったが、こうしてベアトリスも乙骨の交友関係が始まったのだ。