なんか見てくれてる人多いな〜って思ってたら日間ランキングに乗ってました!皆さんのおかげです、ありがとうございます!これを励みにもっと頑張っていきたいので今後ともよろしくお願いします!
「いやー!ここまで上手く行くなんてなぁ!やっぱ俺って冴えてるぅ!」
「引き換えに服の清潔さとプライドを失ったけどね……」
ガハハハ!と高らかに笑うスバルと肩を落とす乙骨という対照的なコンビは足取りを軽くしながら裏路地を歩く。前回のループで盗品蔵の場所は突き止めた。しかし、交渉前に徽章を回収するためにもフェルトの居場所を知る必要があったのだが、貧民街の人間がそう易々と無償で教えてくれるとも限らない。そこで思いついたのが、
「名付けて『同情するなら情報をくれ!』作戦。我ながら上手くいきすぎて怖いまであるぜぇ…」
「スバル。次はないと思いたいけど転がる場所は考えたほうがいい。服の背中部分に犬か猫の糞がついてる」
「おわぁ!?」
スバル考案の作戦である。結果はご覧の通り大成功。しばらくの間、乙骨の脳内で貧民街の住民たちの終始、そのひきつった笑みから同情の色が消えることがなかった顔を忘れることはないだろう。それでも結果は上々。貧民街でフェルトの情報を聞いて交渉内容や住居の場所、そして彼女が住居に戻ってくるのが遅くなることを知った2人。
「そういえばスバル。わかってると思うけどサテラとあっても他人のふりをした方がいいと思うよ?」
「え?なんで?」
「………僕たちからすると2度目になるけど彼女からすれば初対面だからね?いきなり名前をいい当てたら怖いでしょ?」
「あ、そっか!忘れてたぜ……。やっぱ初対面だし、自己紹介からのほうがいいよな?」
お互いに軽い軽口を叩き合っていると日の当たらない場所を見つける。そして、少しペースダウンして段差がある場所を見つけるとスバルはその場に座り込み、乙骨は壁には中を預けた。
「で、スバルはさっき見たものについて聞きたいんだよね?」
「おう。わかんねぇまんまは流石にむず痒いからな」
思わぬ返答に乙骨は「なんだそれ」と返して笑うと天を仰ぐ。そして大きく息を吐いて覚悟を決めたように顔を下ろす。
「まず初めにスバルには言っておきたいんだけど、次からは『アレ』なんて呼ばずに『里香』って呼んでほしいな」
「ん?里香?まるで人名みたいだけど」
「うん、だって人間だからね」
「………いま、なんつった?」
想像のはるか斜め上をいく乙骨の言葉にスバルは目を見開き、呆気に取られたように、信じられないように反応する。
「里香のことを知るには今から9年前に遡る必要があるんだけど、聞く?」
それに対して乙骨は気にすることなく自身の過去について話そうかと問いかける。それに対してスバルは唾を呑むとこちらを見据えて首を縦に振るう。それを見た乙骨は目を閉じて懐かしそうに語り始めた。
◇
「憂太、誕生日おめでとう」
9年前。その日、その瞬間は、間違いなく乙骨憂太にとって最良の時間だった。里香にとっては憂太と共にあることが幸せで、憂太にとっても、里香と共にいることが自然で、当然のことだった。根拠もなくぼんやりと、一年後も、十年後も、きっと里香とは一緒にいるのだろうと思っていたし、それを疑ってもいなかった。小学生男子の想像する未来図なんて、個人差はあれど、ふんわりとしたものだ。
けれど、女子というのはいつだって、男子に対して早熟で里香は憂太よりも多少、具体的な未来を描いていたのだろう。その証が憂太への誕生日プレゼントだ。彼女が差し出したのは子供の両手にもすっぽりと収まるほどの小さな箱。公園の砂場で夢中になって砂山の形を整えていた憂太は里香の声に顔を上げると、その差し出された箱の存在に気が付いた。
「やったあ!開けていい!」
「いいよ」
「開けていい!」
「いいってば」
それは、おもちゃやゲームの包みに比べれば随分と小さな入れ物で、男の子にはあまりピンとこない作りの物だった。開けてみれば滑らかなビロードのクッションに収められた銀色のリング。憂太はそれをつまむと日に透かすように掲げてみる。
「ゆびわ?」
「婚約指輪」
「こんにゃく?」
それは、亡き里香の母親がつけていた指輪だった。里香がこっそりと祖母のタンスから持ち出してきてプレゼントにしてしまった。正直言って幼い憂太にとってはあまりピンとこない代物だった。けれど、里香の手がぎゅっと小指を包んでくれば、憂太も胸が高鳴る何かを感じずにはいられなかった。
「約束だよ」
白く滑らかな里香の小指が、憂太の小指を絡めて結ぶ。古くから続く約束を結ぶための形。それは流石に憂太にも分かる。大人から見ても里香は妖しいほどに美しい少女だった。そんな里香が指を繋ぎながら好意をハッキリと示して言うのだ。憂太にだって伝わるものは大いにあった。里香はめいっぱいの愛しさをその声と微笑みに込めて宣言した。
「里香と憂太は……大人になったら、結婚するの」
そうか。里香ちゃんがそう言うなら、そうなんだろう。聞いた時は胸から言葉がストンと落ちた。憂太は何も疑っていなかった。子供の描く幸せな未来図なんて本当にふんわりしたもので……十年後も、二十年後も、ずっとこの時間の延長線上にあるものだと漠然とそんな風に信じ続けていたのだ。
だから、その直後の出来事が、理解できなかった。
アスファルトがタイヤを削る音も、車体がひしゃげる音も、道路に長く尾を引いた、赤黒いペースト状の何かもが。騒々しい街の気配も、集まってきた人々の会話も。
『おい!救急車!』
『バカ、よく見ろ!助かるわけねーだろ!頭潰れてんだぞ!』
彼らが話している言葉も、何もかもが理解できなかった。あまりにも先ほどまでの現実と連続しているとは思えなくて、悪い夢にでも迷い込んだようだった。悲鳴と怒号が入り乱れるこの空間が別世界のように思えてしまった。
だって、約束したのだ。
結婚するんだと。
いつまでも、一緒にいるのだと。
だから、あるわけがない。
里香が車に轢かれて、死んだなんてことは、
「――――――――」
信じられなかった。
信じられる、わけがなかった。
だって、先ほどまでずっと、いつものように笑って、喋って、手を握っていた。今見ている景色の方が、頭の潰れた体の方が、何かの間違いなんだと思った。だから、憂太は呼んでしまった。彼女の名前を、呼んでしまった。そうしたら、もしかしたらいつものように、何事もなかったかのように元気に里香が起きて、憂太の名を呼んでくれるのではないかと思って。
「……里香ちゃん?」
―――そして、それは現実のものとなってしまった。考えうる限り、最悪な形で。
【ゆ゛ううううううううう、たああ゛あああああああぁああ】
「えっ」
里香は、憂太の呼びかけに応えた。
応えてみせた。応えて見せて、しまった。
【ゆ゛ゔたああああああああああああああああ】
それはもう、憂太の知っている里香ではなかった。アスファルトに赤い帯を引き、磨り潰され、乙骨の足元まで伸びていた里香の血だまりから、異形の手が伸び、憂太を掴んだ。
【大人にな゛ぁあぁたぁぁああら゛ぁ、結、婚、するるるるるる゛ん゛んん】
血肉と泥がまじりあって濁ったようなものが、盛り上がって唇の形を作り、憂太の名前を呼ぶ。醜くおぞましいその”何か”は、しかしどこか、甘えているように唇を尖らせる。
こんなものが、里香であるものか。
そう否定できれば、どれだけ楽だったのかもしれない。けれど憂太は、その甘い唇の仕草に、たしかに里香の面影を見た。
見てしまった。
――――約束だよ。
遠のく正気の向こうで、声が聞こえた。
◇
「これが今も現在進行形でいる里香ちゃんと僕の全てだ」
「………まさかここにきてラブロマンスをお前の口から聞けるとは思わなかったよ。というか俺、今まで存在を認めてないけどいたのね幽霊」
話の全てを聞き終えたスバルは茶々を入れるが、乙骨のある種壮絶な人生を聞いて驚愕するのと同時に幽霊が実在していたと言う事実に慄いていた。無理もない話だ。確かに以前から心霊番組というカテゴリーがあるため、存在自体は確認されていた。けれども、近年の技術の発展もあってファンタジー要素が皆無なあの世界では幽霊やUMAなどの存在は否定されつつあるのが実情。かくいうスバルも幽霊などの存在にはどちらかと言うと否定派であった。しかし、今日からその価値観が変わろうとしている。一応、乙骨がとち狂ってるという説もないことはないが、
「現物見せられたんなら否定できねぇよなぁ」
それは目の前にいる異質な存在感を出すものによって否定される。乙骨の影から飛び出しているのは異形の手。死人を思わせるほど青白い肌に伸び切った爪はいやでも幽霊を彷彿とさせる。とりわけおかしいのはその大きさ。片手でスバルの全身を覆ってもあまりあるほどには大きい。
「つーか、里香がいるんなら先に襲撃者をボコれば済む話なんじゃね?」
「そう都合のいい話じゃないんだよ」
「てーと?」
「里香ちゃんは僕の呼びかけには応じてくれるけど操れるってわけじゃないから」
「あー…、なるほどね」
スバルの指摘に対して乙骨は苦笑いしながら答えると、納得したようにスバルは頷く。確かに里香は乙骨に取り憑いているし、乙骨の呼びかけであればすぐにでも馳せ参じることができる。しかし、それはあくまでも交友関係に近しいものであって主従関係では断じてない。今こうやって大人しくスバルの前にいるのは『里香ちゃんに友達を紹介したい』という名目があるからだ。仮に乙骨に危害を加えようとするものがいればどうなるか?答えは単純、惨劇である。必死にってやめさせようとしても相手が動かなくなるまで暴れるのは記憶に新しい。
それに何よりも乙骨自体が里香を操るという発想が存在していないと言うのがデカかったりする。
「ネットニュースの速報できてた男子校生三、四人が病院送りなったのお前らが原因だったわけね」
「うん。その、前々から僕のことをいじめていて抑えてたんだけど限界が来てしまって、それで」
「……いじめってワードは無視するとして、強さはどの程度なん?少なくともトンチンカン組は確実に蹴散らせそうだな」
「元の世界だと戦う機会もない上に僕としても里香ちゃんが他の人を傷つけることは嫌だったからよくわからないかなぁ。あ、でも大型トラックの正面衝突を片手で雑に払ってひしゃげさせてたよ」
取り敢えず戦力の把握としてスバルが聞いてみると、わかりやすい事例として以前起こったことをあげてみると「スタープラチナかよ」と呟く。そんな様子のスバルを見て乙骨は言った。
「僕はね。正直言ってこの世界にこれたことをすごい運がいいって思えてるんだ。剣と魔法が跋扈するオカルトが主流なこの世界だったら里香ちゃんを解放できるかもしれないから」
「……そりゃあ、バケモンが暴れるのは怖い「そういうことじゃないんだよ。そもそも僕が怖いのは『里香ちゃん』にじゃない。僕が原因で『里香ちゃんが他人を殺すこと』が怖いんだ」
「――――――そっか」
自身の言葉を遮ってそう宣言する乙骨をみてスバルは確信する。こいつはどこまでも『一途』であると。美女と野獣のように生涯を誓った相手が異形に変わっても愛し合えるのは所詮は幻想だ。人の夢と書いて『儚い』と読んでしまうようなどうしようもない現実だ。そう思っていた。しかし、乙骨だけは違った。彼は里香を恐れてなどいなかった。むしろ言葉の端々から愛していることを感じ取ることさえ出来たまである。そんな彼が怖がっているのは凄まじい力を持っている里香に対して、ではなく里香に力を振るわさせてしまう情けない自身を恐れていたのだ。
自身にもできるだろうか?異形に変わってもなお、ここまで愚直にサテラを愛することを。
そんな自問自答を繰り返していると乙骨のスマホからアラームが鳴り響く。それは貧民街の住民から聞いたフェルトが帰ってくるおおよその時間を告げる合図だ。乙骨の「行こっか」という言葉に釣られてスバルは乙骨の後を追う。心の奥底に生まれた劣等感を押し隠すように。
◇
時間も近いこともありフェルトの住居目掛けて貧民街を闊歩していく2人。いい加減、服の汚さも周りからの同情の視線にも慣れ始めてきたころ、
「イテッ!」
スバルが出合い頭に誰かとぶつかった。ぶつかりかけた相手はおっとりとした仕草で話しかける。
「あらあらごめんなさいね。大丈夫かしら?」
声の主が女性だった時、乙骨は素直に驚いた。何せスバルはチンピラ3人組に負けるほど弱いにせよシックスパックといかないが意外と身体は鍛え抜かれている。おまけに剣道などもやっていたこともあって乙骨が思う以上に体幹が強い。故に女性にぶつかった程度では揺るがないと思っていた。
「こちらこそすみません!服の汚れとかないですか!?」
「ふふ、心配してくれてありがとう。だけど平気よ。汚れもついてないしね」
そこには編むように束ねた長い黒髪に目尻の垂れたおっとりした雰囲気の美女がいた。耳にかかる髪をかき上げる。ただそれだけの仕草がどこか艶めかしく、挙動の一個一個がやたらと色っぽい。情欲を誘うその姿にスバルは鼻の下を伸ばし、乙骨も頬を赤らめていた。しかし、どうしてか違和感を覚えていた。何故か初対面の彼女にどこか覚えがあったからだ。
「あらあら、可愛い反応ね。そんな反応してくれると私も捨てたもんじゃないと思わされるわ」
「い、いやー!こんな場所でこんな綺麗な人に出会えるなんて思えなかったもんでして!」
艶かしく笑う黒ずくめの女とスバルが話せば話すほど、初対面なのに会ったことがあるという矛盾した違和感が強くなっていく。そして、
「あら、お上手」
「ッ!」
口元に手をやり笑みを隠すように喋った際に聞こえた声を聞き、違和感は確信へと至る。それを理解した瞬間、乙骨の顔は真っ青になってしまった。
「面白い子達。ごめんなさいね、もう少しお話ししたいのだけれど時間が惜しいの。この辺でお暇させていただくわ…いずれにせよ、あなたたちにはまた会う気がする…」
「さよーならー!」
「さ、さよなら…」
独り言のようなことを言って彼女は去って行った。スバルは元気よく見送ったが、乙骨にはそんな余裕はどこにもなかったため、かなり覇気のない声を出してしまう。それに気づいたスバルは乙骨の方へと目線を向けるとギョッとした顔をする。
「ど、どうした乙骨!美人が怖いタイプか!?グラマスな美女に見惚れて里香ちゃんがブチギレだったか!?」
「スバル、ちょっと急ごう」
「え、なんで急に?」
「アイツ、思い出した。前のループでスバルたちを殺した奴だ」
乙骨の言葉にスバルは一瞬、理解が追いつかなかったのか惚けた顔をするとすぐに頬から冷や汗が流れ始める。
「いやいや、んなわけないって」
「声が、全く同じだったんだ」
「いやいやいやいや、それだけじゃあ浅いって」
「声だけじゃない、話す口調もタイミングも驚いたのがフリにせよ事実にせよそのタイミングで言葉の始まりに『あら』をつけるのも同じだったんだッ」
「…………このでかい国の中でピンポイントで俺たちを殺した殺人鬼に出くわすとかどんな確率だよ」
スバルと乙骨は悟られないためにも走ることはせず、先ほどよりも早めの足でフェルトの元へと向かった。