Re:ゼロから始める呪術生活   作:アーロニーロ

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 日間ランキングでの順位や評価が上がってることにニヤケが止まらない奴ってだーれだ? 答え、おれ。

 本当にありがとう!


顕現

 

 

 氷柱同士の容赦ない交差、それは室内に白い霧を巻き上げ、黒の外套の影を低温の嵐の中に覆い隠す。仮に里香抜きの乙骨やスバルがいれば100回やっても抜け出せないし、殺されている。仮に相手が達人であっても重傷は免れないであろうというレベルのものだった。しかし、

 

「やりおったか!」

 

「おいコラ、ジジイ!デスノボリ!」

 

 ロム爺、まさかの死亡フラグを設立する。しかも限りなく典型的なセリフで。ここが現実である以上、お約束などあってないようなものなのだが、乙骨としても内心おそらくと言うか間違いなくというか生きているとは思う。そしてその予想は普通に当たっていた。

 

「備えはしておくものね。重くて嫌いだったけれど、着てきて正解」

 

 白煙を切り裂くようにして、女は姿を現した。しかし完全に回避したようではなく、羽織っていた黒の外套がなくなっていた。代わりにその下の肌にフィットした黒装束だけになっている。しかし以外は先ほどまでと違いは見られない。すると、視線に気がついたのかこちらを見てにっこりと笑って答える。

 

「私の外套は一度だけ、魔を払う術式で編まれていたの。命拾いしてしまったわね」

 

「随分と、親切ですね」

 

「話しても問題ないからよ」

 

「よそ見して、余裕のつもり?精霊術の使い手を舐めないこと。敵に回すと、恐いんだから」

 

 無傷な理由の種明かしをしてくる彼女目掛けてサテラは手を向ける。瞬間、形成される大量の氷柱が女目掛けて殺到する。それを女は即座にバク転で後ろへ回避。それを追うように地面に突き立つのは、ややサイズを小さくした氷柱の連撃。『十字砲火』よろしく、1人と1匹で氷柱をマシンガンのように放つサテラとパックもそうだが、それを全弾回避しつつ映画やアニメでしか見たことがない動きをする女も大概だった。

 

「すげぇ、エルザと互角にやり合ってる」

 

「今さっき天井にいたのに、次の瞬間には壁に…もう何が何やら」

 

「あの女子も恐ろしいがあのハーフエルフの娘がやってることも末恐ろしい。アレこそが精霊術師が恐れられている所以じゃ」

 

「てゆーと?」

 

「片方が攻撃して、片方が防御。場合によっちゃ片方が簡単な魔法で時間を稼いで、もう片方が大技をぶっ放す……なんてのもできる。『精霊使いに出会ったら、武器と財布を投げて逃げろ』ってのが戦場のお約束じゃな」

 

 まさに一進一退の攻防を前にして息を呑むと4人。そんな中でロム爺は解説に回っている。スバルが魔力切れの心配をするが、精霊術師は魔法使いと違って、精霊使いが使うのは自身の中でなく、外にある魔力であるため世界が枯渇しない限り、精霊使いに弾切れは存在しないとのこと。あまりにも反則じみた事実を前に慄いていると、

 

「ふぁ〜。どうしよう、ボク眠たくなってきちゃったよ…」

 

「は?何言って…って、おい待て、今何時だ」

 

 氷柱を放ちながら眠たげな眼を擦っているパックがいた。場違いな行動にスバルは驚くがすぐに思い当たる節があり、乙骨に時間を問う。乙骨が慌てたようにスマホを見る。時差があって当てにはならないが、示された時間はまごうことなくパックが消えた時間と同じだった。

 

「…マズイの、精霊が引っ込みかけておる。精霊抜きじゃと、一気に形勢が傾くかもしれんぞ」

 

「あら、私を置いて先に寝てしまうなんて、つれないわ」

 

 ロム爺の言っていることは正しく、パックがどんどんと船を漕ぎ始めている。それを見た女は笑みを深めると軽く膝をたわめて、エルザが跳躍の構えを取る。それを見たパックは先ほどの眠たげな態度をよそにやってウィンクをする。

 

「無目的にばらまいてたわけじゃ、にゃいんだよ?」

 

「……してやられたってことかしら?」

 

 2人の会話を聞いた乙骨は目線を下に向ける。女の足下、その右足が凍結した床に縫い付けられている。砕かれた氷塊がわずかに降り積もり、彼女の足を絡め取る楔の役割を果たしていたのだ。足を皮膚ごと縫い止められた女を前にパックは両手が前に突き出され、そこからこれまでで最大級の魔力が集中し始める。

 

「年季の違いだと思って、素直に賞賛してくれていいんだよ?それはさておき、オヤスミ」

 

 瞬間、パックの手から放たれた一撃は氷ですらなかった。青白い光が射線上の全てを凍てつかせ、盗品蔵を一挙に白く染め上げる。青白い光が盗品蔵の戸すらも吹き飛ばし、後から氷となって辺りを凍結させていく。身動きが取れない上で放たれた一撃。どう足掻いても回避し切れるものではない。そう、

 

「ああ、素敵。死んじゃうかと思ったわ」

 

 相手が常人であれば、の話だ。

 

「……女の子なんだから、そういうのはボク、感心しないなぁ」

 

「なんて、馬鹿なことを…」

 

「馬鹿とは失礼ね。最適解を導いただけよ?」

 

 行為自体に不満を抱いているパックと足元を見て回避方法を知ってしまった乙骨を前に女はそう返した。女が不可避の攻撃を回避した方法は単純明快、氷結した部分を削いだ。ただそれだけだった。確かに言葉の通り死ぬよりはマシな行動なのだろう。だからと言って、

 

「痛いってレベルじゃないだろ!」

 

「ええ、そうね。痛いわ。素敵。生きてるって感じがするもの。それに……」

 

 スバルの絶叫に対して頷き、女はその出血する足を持ち上げると、躊躇なくすぐ傍らの氷塊に足裏を押し付ける。大気がひび割れるような音が鳴り、「うううぅん」と艶めかしい声をエルザが奏で、直後に振るわれるククリナイフが氷塊の表面を撫で切る。

 

 これで足裏に氷塊の一部を張りつけた乱暴な止血は完了となった。おおよそ常人には決して思いつかない止血方法に言葉も出ないが、事態はかなり悪化している。何せパックが引っ込んだ。その上、止血しても足自体に欠陥を抱えているはずの女の動きに翳りが見えないからだ。

 

「そろそろ、ただ見てるだけってわけにはいかんな」

 

「ダ、ダメですよ!」

 

 すると、状況を不利と見たのか、棍棒を握りしめ、重い腰を上げたのはロム爺だ。それを見た乙骨は思わず引き止める。ロム爺は訝しんだ目でこちらを見てくる。

 

「……おい、手を出さんとあのお嬢さん本気で死ぬぞ」

 

「それは…っ、そう、だけど」

 

 ロム爺の言葉に何一つとして偽りはない。事実、パックありきで互角だったのがさっきまでの戦闘だ。いくら相手の足が不自由になったとはいえ、三次元的に動き回って戦う以上、未だに地の利は向こうにあるのだ。サテラでは死んでしまう可能性すらある。しかし、乙骨は知っている。前のループでロム爺が、フェルトが、スバルが、サテラが死んでしまうことを。

 

「無駄よ」

 

「ッ」

 

「その男は動かない。幾度となく見てきた恐れ進まず停滞を望んだ人間の顔だもの」

 

 戦いながら嘲笑すら向けずに呆れたように告げる女に乙骨は何一つとして言い返せない。横を見ればフェルトもスバルもいつでも飛び出せる準備をしている。それを見た瞬間、乙骨は恥ずかしさと情けなさで死んでしまいたくなった。ロム爺やサテラと比べて無力な2人ですら他人のことを案じている。分かっている。その「助けにいこう」という訴えに「任せておけ」と胸を張って答えられたら、どんなに良いか。

 

 けれど、できるわけがない。

 

 誰かを助ける自分の姿なんて、憂太自身が一番想像できないのだから。

 

「無理だよ、僕じゃ「のう、乙骨とやら」

 

 だが、そんな後ろ向きな返答は、言い切る前に止められた。ロム爺の大きな手が乙骨の頭を壊れものを壊さないように優しく包んでいた。そして、優しく、それでいて逃れることを許さないように問いかける。

 

「お前はここへ何しに来た?」

 

「ぇ」

 

「向こうの小僧は徽章を取り返しに来たと言っていた。しかし、お前は違った。言わずに、いや、言えずに黙っていた」

 

「それ、は…」

 

「思ったことを言えばいい」

 

 ロム爺が大きな体を屈めて乙骨と目線を合わせる。逃れることを許さないその視線は乙骨を問正し、本音を聞き出そうとする。

 

「………僕は…」

 

 その問いの答えを、乙骨はもう持っていた。それは、スバルみたいに誰かを助けたいとか、フェルトみたいに自分の力を役立てたいとか、そんな胸を張って言えるものじゃない。もっと、ずっと、個人的な感情。

 

「……もう、誰も傷つけたくなくて……閉じこもって、消えようとしたんだ。…でも」

 

 そうだ。一度受け入れた。同級生を半殺しにしてすぐに家に帰ってから死という道を。

 

 里香が乙骨に憑いている限り、生きているだけで多くの人間を傷つける。そんなのはもうウンザリで、だから終わらせようと思っていた。

 

 けれど、言い返せなかった。

 

 この異世界に来てスバルやサテラと共に過ごして気づいてしまった。誰かを傷つけるのは怖い、それでも―――

 

「誰かと関わりたい」

 

 そんな願いがまだ、憂太の中には残っていた。

 

 そう、願いだ。義務や使命じゃない。誰かを救うためでもない。

 

「誰かに必要とされて──生きてていいって、自信が欲しいんだ」

 

 乙骨は自分を救う術を探すため、スバルと共にここに来たのだ。

 

「ならば足掻け!若いうちに良いことでもいい!悪いことでもいい!やらかしていけ!そして、歳食った後に『嗚呼、馬鹿やったな』と言って後悔なり、笑い話にするなりしてみせい!!」

 

 それだけ告げるとロム爺は棍棒を持ち直し、女へと向かおうとする。荒く頭を撫でられたからか勢いでボタンがちぎれ、外れた。露わになった乙骨の首元には、小さな首飾りが鈍く輝いている。

 

 それは鎖に通した、指輪だった。

 

 幼き日、里香と交わした約束の証。里香という存在との、最も強い繋がり。

 

「………」

 

 願いを明かした。答えはもらった。だから乙骨はもう、為すべきことを見失わなかった。

 

「ロムさん」

 

「なんだ小僧!」

 

「今すぐに避難してください」

 

「ッ!お主、まだ!」

 

 ロム爺が憤りながら振り返り、叱責しようとする。が、乙骨の目を見てそれ以上は語れなかった。ロム爺には見覚えがあったからだ。覚悟を決めた人間の目を。

 

「今すぐにみんなを連れて外へ。後は僕がやります」

 

「はぁ!?乙骨、お前、何言っ「勝算はあるのか?」ロム爺!?」

 

 スバルは乙骨の強さを知っている。それが自身を下回っていることを。故に乙骨のトチ狂った発言にスバルは反応するがロム爺がそれを遮り、問いかける。それに対して乙骨は頷くと「そうか」とだけ告げてフェルトとスバルを抱える。騒がしい2人をよそに指輪を握り締め、鎖から引きちぎる。そして戦いの舞台へと足を運ぶ。サテラが氷壁を張るのと同時に乙骨は声をかける。

 

「エルフさん。代わってください」

 

「……本気なの?」

 

「勝ちの目無しじゃあ、挑みませんよ」

 

 紫紺の目が乙骨の目を射抜く。氷壁が削られる音と共に少し見つめ合う。そして、「援護はしてあげる」といい諦めたように下がる。そして間をおかずして氷壁が砕け散る。

 

「……あら、貴方なの」

 

「残念、って顔ですね」

 

「言わなきゃわからないかしら?」

 

 氷壁を抜けた先に現れた乙骨の顔を見て心底拍子抜けした顔をする女。それに対して乙骨は苦笑いしながら構えると彼女はぴくりと反応する。

 

「実力差くらいわかってたと思うのだけど?」

 

「……」

 

「そう…。じゃあ、先手は譲ってあげる」

 

「―――乙骨憂太」

 

「……【腸狩り】エルザ・グランヒルテ」

 

 名乗りをあげた乙骨に対して少し悩む素振りを見せると女は、否エルザもまた名乗った。体を脱力させてその場で待つ。舐められてる、なんて思わないし思えない。今の乙骨では先手を譲られたところで傷一つ負わせられる可能性は万に一つもない。そう、乙骨ならば(・・・・・)

 

「里香ちゃん」

 

 ―――なぁに?

 

 乙骨の耳に応える声が、確かに響いた。

 

 もう、その声に備えない。迷わない。

 

 ずっと、手放せないのに逃げ続けていた呪いの象徴。里香からの婚約指輪を憂太は今、左手の薬指へ、あるべき場所へと、嵌めた。

 

 あの日、少し大きかった指輪は今、隙間なく憂太の指を包み込む。過去から続き、未来まで届くはずだった約束を、覚悟をもって受け入れる。

 

 指輪が淡く、光を放つ。

 

「力を貸して」

 

 幼きあの日から自分を取り巻いていた"呪い”。それを今、憂太は“術”として、受け容れた。

 

 瞬間、盗品蔵にいるすべての人間が死を錯覚した。

 

 2人を抱えたロム爺は迷うことなく壁を突き破り外に出て、援護の準備をしていたサテラも自身のオドを使用してパックを呼び出す。呼び出されたパックも初めこそ寝ぼけていたが、盗品蔵に渦巻く異様な空気に感覚をすぐに叩き起こされ、何百にも重ねた氷壁を展開した後、魔力放出の勢いを利用してサテラを連れて盗品蔵かは逃げ仰る。唯一、殺人鬼だけが乙骨へと向かっていく。1秒でも早く乙骨の首を刎ね飛ばすために。しかし、その刃が届くことはなかった。

 

【イ゛ア゛ァァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!】

 

 それは鋭い爪を持つ、鬼の如き体。

 

 無数の牙を持ち、目の無い深海魚のような顔に、長い髪が触手めいて生えていて、それだけが辛うじて少女の面影を残す。これこそ元の世界にて呪霊と呼ばれる存在へとなった祈本里香の姿だ。その姿は盗品蔵の3倍ほどの巨躯を誇るほどに巨大になっていた。今まで乙骨の周りで引き起こした事件や、チンピラたちを襲おうとした時とは比べものにならない。乙骨自身の意志を受けた、膨大な呪力の顕現。

 

 呪霊として完全に具現化した、里香の姿だ。

 

「嗚呼、嗚呼嗚呼!素て【ゔぅゔゔゔるさい!】

 

 エルザが何かを言い終わるよりも前に完全顕現と同時に掴んだ里香は迷うことなく握りつぶした。グシャという音が鳴り響くのと同時に里香は握りつぶしたエルザを盗品蔵目掛けて投擲した。音速の域まで達した状態で、というか全身の骨や内臓が壊れた状態で受け身など取れるはずもなく、トマトが床に落ちたような音が夜の貧民街に鳴った。

 

【わぁ きれぇ】

 

 既にそれは戦闘でもなく、虐殺ですらなかった。血で染まった床を見た里香は嬉しそうに微笑む。

 

【りか きれぇ なの すきぃ】

 

 どうやら色合いを気に入ったらしく、盗品蔵を漁り始めた。天高く舞い散った瓦礫の破片を気にすることなどなく。

 

 

「何言ってんのかわかんねー目つきの悪い兄ちゃんもヤバかったけど、ヒョロイ兄ちゃんは段違いでヤバすぎんだろ」

 

 めちゃくちゃに掻き回されていく盗品蔵を見てフェルトは里香を眺めながら引き攣ったような笑みを浮かべて呟く。ロム爺に関しては自身の寝床がカケラも残らず消滅していく様に何も言えず大口を開けて見入っている。

 

「あれが祈本里香の全容かよ…。お前(乙骨)が出し渋んのも無理ねぇな」

 

「何、あれ…。精、霊?」

 

「ボクを呼び出したのは本当にいい判断だよリア。そしてボクら精霊の名誉の為にも言わせてもらうけどあんなの断じて精霊じゃあない。邪精霊でもあそこまで歪まない」

 

 スバルはあらかじめ知っていたとは言えここまでのものだとは思っていなかったのか絞り出すようにしか声を出せず、サテラはあまりの威容に言葉を失い、パックは普段のふざけた態度をやめて精霊でないと全否定してくる。すると、瓦礫が動く。それに対して全員が身構えるが出てきた乙骨の姿に少しだけ警戒が緩み、スバルは乙骨の方へと駆けつける。

 

「乙骨、お前の恋人ヤバすぎんだろ!女は怖いって言うけどその枠からはみ出過ぎぃ!」

 

「軽口はそこまで。前も言ったけど僕は呼び出すことはできても操ることはできない。飽きるまでああだけど放っておいて」

 

「オッケー、把握!」

 

 そう言うと同時に2人して3人の元へと向かおうとする。するとそこにいた人間が増えており3人から4人になっていた。そして増えた人物とは、

 

「ラインハルト!」「ラインハルトさん!」

 

「スバル、ユータ。2人とも無事で何よりだ」

 

 思わぬ援軍を前に2人は安堵から駆け寄る。粉々になった瓦礫を浴びて乙骨とスバルは埃まみれなのにラインハルトはどういうわけかチリ一つ付いていない。腰に履いてある剣を抜き構える姿はまさしく皆が理想とする騎士そのもので余計に2人の安心感を煽った。

 

「お前、どうしてこんなとこに」

 

「近衛兵からの報告でね。【腸狩り】がこの辺りで目撃されたと聞いて駆けつけたんだ」

 

「【腸狩り】?エルザのことか!」

 

「どうやら遭遇したみたいだね。が、今はそれすらもどうでもよくなったよ」

 

「―――ラインハルトさん?何してるんです?」

 

 エルザがどうでもいい。その言葉を聞いて2人は困惑しているとラインハルトの変化に気がつく。爪痕の刻まれた龍剣を抜き上段に構えていた。乙骨は初め剣の美しさに見惚れていたが剣に纏うただならない雰囲気にすぐに正気に戻りラインハルトに問いかける。が、ラインハルトは答えず張り詰めた表情で剣に自身のオドを収束させ、力を込め始める。その延長線上には何がいる?

 

 そう、里香だ。

 

「ッ!ラインハルトさん!」

 

 素人目から見ても尋常ではない一撃が里香目掛けて放たれようとしている。その事実に乙骨は焦って止めようとする。が、ラインハルトの耳に届くことはなく龍剣が振り下ろされる。瞬間、それは空を割り、大気を穿ち、地を砕き、マナを渦巻き、刃の直線状にあった全ての物体を両断しうる光となって里香目掛けて突き進んだ。

 

「ああぁぁぁぁぁ!?」

 

「ちょっ!落ち着け、乙骨!」

 

 光に飲まれた里香目掛けて半狂乱になりながら向かおうとする乙骨を必死になって止めるスバル。

 

「何を座り込んでいるんだユータ!?ックソ!エミリア様!大精霊様!他の皆を連れて遠くへ!」

 

「ラインハルト、何を言って、今の一撃で精霊?も消滅したでしょ…」

 

「悪いですが、今の一撃で死ぬような甘い敵じゃあないのです!」

 

 全員にその場から避難するようにラインハルトが告げた瞬間、

 

 パキッ

 

 まるで氷にヒビが入るような音が聞こえてくる。

 

 パキキッッ

 

 それは徐々に

 

 バキッ

 

 大きくなっていく。

 

 バキキキキギキギギッッッッッ

 

 そして、

 

 パキィィィィィィィィンンンンッッッッッ!!!!

 

 究極の斬撃が音を鳴り響かせながら砕け散った。そこには白刃取のようなポーズで手から煙を撒き散らす里香がいた。それを見たラインハルトは構え、里香は手のひらを見る。焼け爛れたような跡を見た里香の顔に青筋が走る。そして、

 

 ボッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!

 

 空気が爆ぜる音と共にラインハルトの姿が消えた。代わりにそこにいたのはロム爺ほどに体躯を小さくさせ、拳を振り切った状態の里香であった。

 

【りか あ゛いづ 嫌い゛ィィィ!!】

 

「―――そうかい?僕は快不快、関係なく君を仕留めなくちゃいけなくなった」

 

 里香が蛇蝎の如くラインハルト目掛けて呪詛を込めた言葉を投げかける。すると、それに対していつの間にか元の位置に戻っていたラインハルトが龍剣を振るって応えた。それに対して里香はすぐさまその場から回避すると、盗品蔵の方へと戻っていった。

 

「ラインハルト! ッ!!」

 

「すまない。友の前で情けない話だが、余裕がないんだ」

 

 スバルはラインハルトのほうへと駆けつけると思わず息を呑む。何事もなく戻っていたから問題ないと思っていた。だが、実際は違った。受けたであろう腕はひしゃげ、額でも切ったのか頭から血が溢れ出て、口からは内臓でも傷ついたのか血が溢れ出している。間をおかずして額の傷が治る。しかしひしゃげた腕が治ることなかった。

 

 苦い顔をしたラインハルトは再度、今度は片手で龍剣を掲げる。先ほどとは打って変わって込められる魔力の量の桁が違っていた。それは里香も同じだった。ラインハルトの変化に応えるように単眼を開眼させる。すると先ほどまでラインハルトにのみ寄っていたマナが収束されていく。そして形成されるのは圧縮に圧縮を重ね、黒く染まった魔力の塊。片や究極の斬撃、片や絶死の魔弾。共に『必殺』である一撃が衝突しようとしたその時、

 

「そこまで!」

 

「なっ!?」【憂゛太ァ゛!?】

 

 乙骨が割って入ることで衝突は回避された。2人して驚き力が抜けた拍子にこめていた魔力が霧散していく。間に乙骨がいる。そのせいで共に攻めあぐねている状態で手持ち無沙汰になっていると、

 

「里香」

 

【!】

 

「ありがとう、愛してるよ。だからここは引いて、お願い」

 

「一体何を…」

 

【〜ッ!りかも あ゛い して るゥ゛!】

 

 いきなりの愛の告白を前にラインハルトは困惑しているとある変化に気がつく。それは里香の魔力が目に見えて減衰し始めているということだ。何が何やらわからないまま最終的に今までのことが夢幻だったのではないかと錯覚してしまうほどあっさりと里香の姿すらも消え失せた。乙骨は里香が消えたのを見届けると今度はラインハルトと向き合うと深く頭を下げる。

 

「すみません、ラインハルトさん。僕の恋人が迷惑をかけてしまって」

 

「――――それは」

 

 乙骨の言葉で察することができた。先ほど現れた里香と呼ばれる怪物は乙骨のものであるということを。それでも納得しかねるラインハルトは龍剣への目線を向ける。すると、龍剣もまた鞘へと引き寄せられている。つまり、脅威は去ったということだろう。それを知ったラインハルトは盛大にため息を吐いた。

 

「次からは気をつけるように」

 

「はいッ…って、あれ?」

 

 今後は気をつけるようにと言うと乙骨は元気よく返事する。すると、どうしてか乙骨はバランスが取れなくなり始めている。本人は自覚してないが、無理もない話だった。何せこの世界最強格の戦意に割って入って直に浴びてしまってのだ。緊張の糸がほつれて意識が遠のく。遠くからふたつの声が聞こえる。一つはこの世界で出来た友の声。そしてもう一つは

 

 ―――憂太、頑張ったね。

 

 かつて耳に馴染み、恋した、里香の声。そうして乙骨憂太の意識は暗闇へと落ちていった。

 

 

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