9月のとある休日。
体育祭が数週間後に迫る中、我ら高育生徒会のメンバーは全員でカラオケに来ていた。
事前に予約しておいた小さなステージつきの大部屋には、人数分のドリンクバーのグラスと豪華なフードがすでに用意されている。
なぜこんな時期にカラオケに来ているのかというと——
「今更で本当に申し訳ないけど……葛城、一之瀬、生徒会へようこそ〜!」
——超今更な新役員歓迎会を開催するためだ。
本当はもっと早くやる予定だったのだが、誰かしら予定が合わなかったり特別試験が重なったりと、延期に延期を重ねて本日ようやく開催できたのである。
「今更の開催でほんとにごめんね」
「とんでもないですっ。私たちのためにこんなに素敵な会を開いてくれるなんて、むしろ感謝しかありません!」
「俺も一之瀬と同じ意見です。このような会を開いていただき誠にありがとうございます」
そう答えた一之瀬と葛城は他のメンバーの席も回り、全員に感謝を伝えていた。
えぇ、なにこの子たち。良い子過ぎるでしょ。良い子を育成する特殊な施設の出身とかじゃないよね?
「学くん、私たちは南雲くんたちの歓迎会を開いてあげられなかったですね……」
「申し訳ない限りだな……」
「いやいやいや!日頃からお世話になりっぱなしなのに、歓迎会なんて開かれてたら逆にこちらが申し訳ない限りですよ!」
「南雲の言う通りです。先輩方には普段から大変よくしていただいております。歓迎会は不要です」
堀北会長たちにまさかの飛び火があったが、桐山と一緒に慰めてなんとかことなきを得た。
あれ?今、橘先輩のセリフに違和感があったような……いや、気のせいか。
それにしても——
「南雲副会長、お飲み物注いできますよ。アイスコーヒーで構いませんか?」
「うん!ありがとう葛城」
「あの、南雲副会長。一緒に歌いませんか?」
「歌おう歌おう!一之瀬の好きな曲でいいよ」
——改めて思うけど、葛城と一之瀬には本当に救われている。
プールでは綾小路の、カフェでは坂柳の好感度を立て続けに下げてしまった影響で、最近寝付きが悪かったのだが……今日2人の笑顔が見れたお陰で心労が一気に吹き飛んだ。
日頃の生徒会業務でも救われているけど、この2人には精神的にも非常に救われている。
というわけで!
「堀北会長、橘先輩、そろそろやりましょう!」
「そうだな……」
「例のあれですね南雲くん!」
溝脇の熱唱が終了したタイミングで、堀北会長と橘先輩と俺の3人がステージへと上がった。
事情は桐山にしか伝えていないため、葛城と一之瀬以外のメンバーも何事かと驚いている。
「しょ、それでは聞いてくださいっ。『三原色』!」
センターの橘先輩が歌い、その左右で堀北会長と俺が踊る。生徒会名物メンバー3人によるYOASOBIの『三原色』だ!
桐山以外のメンバーは予想外の光景に驚愕していたが、サビが始まる頃には大喜びで手拍子をしてくれていたため、サプライズは大成功と言っていいだろう。
練習した甲斐があったぜ!
「次は一之瀬が歌ってみる?」
「にゃっ!?い、いいんですか?」
「全然オッケーだよ。葛城は堀北会長のパート踊ってみる?」
「お、俺にできるでしょうか」
「隣でリードするから任せて任せて」
その後は一之瀬をセンターにして葛城と『三原色』を踊ったり……。
「堀北会長、あれもやりませんか?」
「別に構わんが……」
去年披露した堀北会長との『青春アミーゴ』を再び披露したりと、歓迎会は大いに盛り上がった。
ちなみに、今回も撮影は桐山にお願いしていたのだが、俺たちがステージに上がるタイミングを見計らって三脚付きのカメラを設置し始めた時は本当に驚いた。
なんでも、この日のために演劇部からわざわざカメラを借りてきてくれたらしい。
歓迎会を一番楽しみにしてたのって、実は桐山なのでは?
「あっ、そういえば……堀北会長」
聞きたいことを思い出したため、堀北会長に声をかける。
「なんだ?」
「もしかして、最近心境の変化とかありました?」
何気なくそう聞くと、堀北会長は少しだけ驚いた表情を浮かべた後ゆっくりと口を開いた。
「……俺の行動に何か気になることでもあったか?」
「いえ、その……堀北会長が赤組の総指揮を務めたことをちょっとだけ不思議に思いまして。もちろん、普通に考えれば堀北会長が務めるのは当然ですし、不満も一切ないんですけど……」
「ふっ、やはりお前は鋭いな」
「最初は藤巻に任せるつもりだったんだ」と呟いた後、堀北会長は自身の心境の変化について静かに語り始めた。
「去年からの話になるが、
「ある男、ですか?」
「お前が一番よく知る人物だ」
俺が一番よく知る人物、誰だろう。綾小路か?でも、俺が前世から綾小路を知っていることは堀北会長は知らないはずだしなぁ……。
そう考えながら首を傾げる中、堀北会長は言葉を続ける。
「自分に正直に生きようと心掛けていたものの、俺は本心すら偽ってしまうほど頑固な性格だったようでな。最近になってようやく気がついたんだ」
そう話す堀北会長は、カラオケを楽しむ橘先輩に優しい視線を向けた。
えっ、その視線はどういう……。
「赤組の総指揮の件だが、大それた理由などない。ただ、
「……っ!?」
えっ、えぇええええええええええええええええええええっ!?い、いいいいつの間にそんなおめでたイベントが!?
はっ!そういえば、さっき橘先輩は「堀北会長」ではなく「学くん」と呼んでいた。違和感の正体はそれか!
三原色の練習のために時々3人でカラオケに来てたときは、いつも通り「堀北会長」呼びだったはず……もしかして、プール2日目!?あの日に進展があったのですか!!?
「堀北会長!」
「なんだ?」
「ご馳走様です!!」
「今回のカラオケ代のことか?安心しろ。最初から俺が支払うつもりでいた」
「あ、いえ、そうではなくてですね……」
ご馳走様の意味は訂正したものの、「去年歓迎会を開いてやれなかった詫びだ」と言われ、結局カラオケ代は堀北会長が全て支払ってくれた。
なんか、色々な意味で本当にご馳走様です!
◇
その日の帰り道。
「あのっ、南雲副会長」
「ん?どしたの?」
みんなでわちゃわちゃしながら寮へ向かっていると、不意に一之瀬が話しかけてきた。
「えと……南雲副会長は、その、彼女さんとかいらっしゃるんですか?」
「彼女?」
急にどうし……あっ!
「もしかして、橘先輩から何か聞いた?」
「南雲副会長も聞いたんですか?」
「うん、堀北会長から。驚いたよね」
「とっても驚きました。でも、お似合いだな〜って」
「超同感」
なるほど、あのお似合いカップル爆誕の話を聞いて俺の恋愛事情も気になった感じか。
でもなぁ……。
「実は、未だに誰ともお付き合いしたことないんだよね……」
「えっ!意外です。南雲副会長って相当モテますよね?」
「なにそれどこ情報?小学生の時はそれなりにモテたけど、中学に上がってからは全然だよ。現在進行形で超非モテだよ」
小学生の時はバレンタインとかも凄かったのに、中学に入ってからは驚くほどモテなくなった。特に問題とかは起こしてないはずなのに、なんでだろ?
やはり原作南雲のような自信満々俺様系男子のほうがモテるのだろうか……。
「にゃ〜、その理由は何となくわかる気がします」
「えっ!ほんとに?よければ教えて欲しいんだけど……」
「えと、その……すみません。教えられませんっ」
「にゃんでっ!?」
その後も何度かお願いしたが、一之瀬は頑なに理由を教えてくれなかった。マジでにゃんで?
「でも、その……南雲副会長は物凄くモテてます。むしろ、モテ過ぎてモテてないような感じになってるだけだと思います」
「なにそれ、なぞなぞ?」
モテ過ぎて全然モテない悲しい生き物な〜んだ。答え『南雲』ってコト?
ぐぬぬ、聞き出そうとすればするほど訳がわからなくなってきた。やるな一之瀬、とんでもない話術だ。
「そういう一之瀬には好きな人とかいるの?」
「わわ、私ですかっ?」
ちょっとした仕返しも兼ねて一之瀬にそう問いかけたものの、原作知識で答えはわかっている。
この時期の一之瀬はまだ綾小路のことを意識していないはずなので、好きな人どころか気になる人すらいないはずだ。
そう思っていると——
「き、気になる人は……います。でで、でもっ、私も恋愛経験はないので、この気持ちが恋なのかはちょっとまだわからなくて……」
「っ!!」
——一之瀬から予想外の回答リフトオフ。
何があったのかは分からないけど、まさかそこら辺の流れも変わっていたとは……。
「気になってる人って、もしかして俺と同じくらいの身長?」
「っ!さ、さぁ〜……にゃ、にゃはははははっ」
上手く誤魔化したつもりだろうが、俺にはわかる。これは図星の反応だ。
ということは原作通り、お相手は俺に近い身長を持つ綾小路である可能性が高いな。
でもなぁ……たしかに魅力的な相手だとは思うけど、Tレックスは白亜紀ルームにいた影響で恋愛感情を含めたあらゆる感情が希薄になっている。
そんなTレックスのハートを射止めるまでの道のりは、肉食恐竜が闊歩するジュラシックワールドを駆けるかの如き過酷さだ。
好きだと言うならTレックスハントには俺も全力で協力するけど、一之瀬にはもっと普通の幸せが得られる獲物を捕まえて欲しいと思ってしまう。
完全な自己満お節介だけど、少しだけ忠告しておこうかな。
「一之瀬」
「はいっ。な、なんですか?」
「急に何を言ってるんだと思うかも知れないけど、今から伝える言葉は全て本心だから。できれば心に留めておいてほしい」
そう前置きしつつ、小首を傾げている一之瀬に向かって口を開く。
「一之瀬は性格も良いし頭も良いし顔も物凄く可愛い。好きな人に夢中になり過ぎて闇堕ちしそうな危うさはあるけど、一之瀬が本気になれば落とせない相手はいないと思う。それくらい君は魅力的な女性だ」
「にゃ、にゃっ!?きゅ、急に何を言ってるんですかっ!?」
「何だ何だ?告白か?」と揶揄う溝脇の声が聞こえてくるが、今は無視だ。
顔を真っ赤にしている一之瀬を見つめながら言葉を続ける。
「一之瀬、俺は君の幸せを心から願っている。だからもしこの先、最初で最後の恋だと強く感じるほど好きな相手ができたとしても、その人を好きになることが本当に幸せかどうか一旦冷静になって考えてみて欲しい。その上で一之瀬がその人を選ぶなら、俺もその選択を受け入れる。一之瀬が幸せになれるよう全力で頑張るから!」
「ひゃ、ひゃいっ……!」
「南雲くん。みんなの前で何をやっているのですか?」
「にゃぶぅ〜」と言いながら目を回している一之瀬を庇うように、ご立腹モードの橘先輩がずいっと割り込んできた。
「南雲くん。あそこのベンチで正座してください」
「は、はいっ……!」
その後。橘先輩から気配り、常識、デリカシーについての説教を受け、その日は解散。
一之瀬には一言謝りたかったのだが、俺が説教を受けている間に帰ってしまったようで、この日は謝ることができなかった。次会った時には頭を下げて誠心誠意謝ろうと思う。
ちなみに、この日の寝つきは物凄く悪かった。