溝脇の彼女さんが転倒した時も思ったが、この世界では要所要所で原作の強制力のようなものが働くらしい。
だからもしかしてと思ったが、やはりそれは起こった。
最後のカーブで堀北会長と俺を抜くために想像以上の加速を見せた綾小路。
その姿に驚き、「はっや!ティガレックスじゃん!」と心の中で叫んだ直後——綾小路の前を走っていた生徒が転倒した。
堀北会長と俺に影響はなく、綾小路とそのすぐ後ろにいた鬼龍院は転倒の影響を受けて僅かに失速。
最終的に堀北会長と俺が同着となり、綾小路が続いてゴール。僅差で鬼龍院もゴールする形となった。
「色々あったけど……うん、楽しかった!」
綾小路のトップスピードを見ることはできなかったし、堀北会長とは引き分けに終わったけど……とても楽しかったので不満は一切ない。個人的には大満足の結果だ。
レース終了後も怒号の様な大歓声はしばらく止まなかったため、ギャラリーのみんなも楽しんでくれたらしい。
「とても楽しい時間を過ごすことができた。3人とも、感謝するぞ!」
鬼龍院も大満足だったようで、そう言い残しながら笑顔でグラウンドを去っていった。
あれ?閉会式終わってないからまだ帰っちゃダメなんじゃ……あっ、桐山が鬼龍院を捕まえに行った。桐山も大変だな。
「南雲、綾小路。競い合えて良かった。感謝する」
鬼龍院に続き、堀北会長もそう言い残しながら自クラスの待機場所へ戻っていった。
いつもよりほんの少しだけ口角が上がっていたため、堀北会長も大満足だったようだ。
「綾小路」
「なんですか?」
「さっきの勝負、楽しかった?」
何気なくそう問いかけてみると、綾小路は少し考えてからゆっくりと口を開いた。
「……楽しかったと、思います」
「そっか。それは良かった」
ポーカーフェイス過ぎてよく分からないけど、今の言葉は綾小路の本心な気がする。
『思います』という曖昧な返答ではあったけど、それでも、『楽しかった』と口にしてくれたのはとても嬉しかった。
「綾小路はいつか心から笑えるようになるだろうから。その時は今日のことを思い出して大爆笑するかもね」
「……南雲副会長が言うと冗談に聞こえません」
その後。二、三言葉を交わしてから綾小路とは別れ、自クラスの待機場所へ戻った。そしてクラスのみんなにもみくちゃにされた。
「雅!何今の凄すぎる勝負!?楓花ちゃんたちと事前に計画してたの?」
「いや、超アドリブ。勝手なことして本当にごめんっ」
1位を取れたかも知れないリレー勝負を台無しにしてしまったため、クラスのみんなにも謝罪しようとしたのだが……今の対決が相当面白かったようで、謝罪は不要だと言われてしまった。
もう何度目か分からないけど、本当に良いクラスメイトに恵まれたと心から思う。
「「「「わーっしょい!わーっしょい!」」」」
そういえば、綾小路の前で転んでしまった生徒はなぜか胴上げされていた。堀北会長と俺の勝利に貢献したということで、謎の賞賛を受けているらしい。
本人も楽しんでいるようだけど、色々複雑だからやめたげてっ。
「雅ー、早く着替えて教室戻ろー」
「おう。戻ろう戻ろう」
なずなに急かされながら校舎へ向かう途中。何気なく1年Dクラスのほうを見てみると……須藤が満面の笑みで雄叫びを上げていた。
無事に堀北妹から名前で呼ぶ許可をもらえたようだな。
同時に、神室が綾小路のいる場所へ向かっている姿も見えた。綾小路を見つけた坂柳が神室にアポ取りをお願いしたのだろう。
原作の流れも問題なく進んでいるようだ。良かった良かった。
「そういえば、最優秀賞おめでと。さすが雅だね」
「ふっふっふ、褒めても何も出ないぞ。何か飲みたいものある?」
「ミルクティーで!」
「奢りましょう」
「やったー!」
今なずなが言った通り、2年の最優秀賞は俺が獲得。ボーナスで1万PPtをゲットした。
ちなみに、体育祭は原作通り赤組が勝利し、2年の順位は1位がAクラス、2位がBクラス、3位がDクラスで4位がCクラスという結果だ。
「ポイント何に使おうかなぁ……」
面白対決を提案してくれた鬼龍院にはこのポイントで今度何かお礼をするとして……あっ、そうだっ!余ったポイントで女性の気持ちに関する本とか買おう!
乙女心を学び、一之瀬の好感度を取り戻すのだ!
そう考えた俺はおもむろに学生証端末取り出し、『女心』『本』『おすすめ』で検索をかけた。
◇
——Side:一之瀬帆波——
10月某日。
体育祭が終わって中間テストが迫る中。私はクラスのみんなと図書室で勉強会を開いていた。
呼びかけに応じてくれたDクラスの子たちもいるからなのか、みんなはいつも以上に勉強に集中している気がする。
ただ、頑張っているみんなには本当に申し訳ないけれど、私は勉強に全然集中できていなかった。
それどころか、周りに座る子たちの集中も乱していると思う。
その理由は単純で、図書室に来てから
それは——
「その問題もすぐに解けるなんて、一之瀬はやっぱり頭良いね」
「あ、ありがとうございます……」
——隣の席に座る南雲副会長が、嬉しい言葉を延々と掛け続けてくれるのだ。
実は、不測の事態があった時にすぐ呼べるよう、生徒会メンバーには2年生の勉強会の情報が共有されている。だから今日図書室に南雲副会長がいることはわかっていた。
そして、最近は南雲副会長のことを意識し過ぎてちゃんとお話しすることができてなかったから……少しだけでもお話しできたら良いな〜という思いもあって、勉強会の場所がここになるように
今思えばそんな自分勝手な行動が、この——幸せな——状況を作り出したきっかけだったのかな。
図書室に着くと、私を見つけてくれた南雲副会長は「一之瀬も勉強会?一緒にやらない?」と気さくに声を掛けてくれた。
嬉しかった私はもちろん二つ返事で了承したんだけど……付きっきりで勉強を見てくれて、嬉しい言葉をひたすら掛けてくれるというのは、さすがに予想外だったかな。
「何か困ったこととかない?一之瀬のためなら何でもするからね」
「何でも……にゃっ!だ、大丈夫ですっ」
「もう1時間も勉強してたのか。一之瀬と一緒にいるとあっという間だな……楽しい時間って過ぎるのが早いね」
「〜っ!」
近くに座っている麻子ちゃんと夢ちゃんが耳まで真っ赤にしながら机に顔を伏せるほどのセリフを、至近距離でひたすら浴びせてくる南雲副会長。
自分で蒔いた種とはいえ、これってどんな拷問なのかな?このままだと嬉しすぎて心臓が破裂するかもしれない。
「南雲せんぱーい。この問題教えてもらってもいいですか?」
顔を熱くしながら嬉しい言葉の波に耐えていると、少し離れた席にいる櫛田さんが手を挙げながら南雲副会長を呼んだ。
「ん?どこどこ?」
「あっ……」
離れていく背中に、思わず吐息のような声を漏らしてしまった。
今の時間を名残惜しいと思っている自分の本心に気が付いて、顔がもっと熱くなる。
「随分とご執心ですな〜」
「ついに帆波ちゃんに春が来たかー」
櫛田さんと楽しそうに話す南雲副会長の姿を見ていると、顔を伏せながら私の様子を伺っていた麻子ちゃんと夢ちゃんがここぞとばかりに揶揄ってきた。
「もうっ、そんなんじゃないってばっ」
「はいはい。わかってるわかってる」
「私たちのことは気にしなくて良いからね。むしろご馳走様です」
「も〜っ」
夢ちゃんと麻子ちゃんに抗議の声を上げた後、テキストに視線を戻しながら最近あった南雲副会長との思い出に浸る……。
歓迎会では私と葛城くんのために素敵なサプライズを用意してくれた。
後から聞いた話によると、歓迎会をいつ開いてもいいように何ヶ月も前から練習してくれていたそうだ。
歓迎会の帰り道には素敵な言葉を掛けてくれた。
私なんかには勿体無いほど嬉しい言葉で、その日は一睡もできなかった。
体育祭の借り物競走では葛城くんではなく白組の私を選んでくれた。
ただ、手まで握ってもらえたことがあまりにも嬉し過ぎて、何を話したのかあんまり覚えてない……。
そういえば、体育祭の最後は本当に衝撃的だった。
南雲副会長は普段からかっこいいけど、堀北会長たちとのリレー勝負で見せた怒りにも似た本気の表情もすっごくかっこよかった。
普段の優しい笑顔とのギャップに、思わず胸が熱くなった。
「はぁ……」
南雲副会長に抱いているこの気持ちがただの憧れなのか、恋心なのか……恋愛経験のない私にはまだ分からない。
でも、仮にこの気持ちが恋だったとしても……『過ち』を犯した私が、南雲副会長に相応しい相手だとは思えなかった。
だから、南雲副会長と付き合いたいなんて図々しい考えは……抱いてない。
「南雲先輩って勉強教えるの上手ですよね」
「いやいや、櫛田さんの理解が早いだけだよ」
楽しげな声が気になり、再び南雲副会長へ視線を向けてしまう。
本人は全然モテないと言っていたけど、それは大きな間違いだ。むしろ、南雲副会長は学年問わずたくさんの女の子から物凄くモテてる。
でも、南雲副会長は雲の上のような存在だから、女の子たちが物怖じしたり裏で牽制しあったりして誰からも声を掛けられていないだけ。
気さくで話しやすい人だということがみんなに知られてしまったら、南雲副会長自身が話し掛けられない理由に気が付いたら……きっと、あっという間に彼女ができちゃうと思う。
たぶん、彼女が居てもいいからって言い出す子もいるんじゃないかな。
「南雲先輩っ。ここの問題も教えてもらってもいいですか?」
「ん?あぁ、ここはね……」
2人の様子を見ていると、余計な考えが次々と頭の中を巡っていく。
普段の櫛田さんは男の子とそういう噂が立たないように行動している気がするけど、南雲副会長には積極的だ。
もしかして、櫛田さんも南雲副会長に特別な思いを抱いているのかな……。
私には関係のない話だと理解しているのに、どうしても気になってしまう。
「おっ、一之瀬。どしたの?」
気がつくと、南雲副会長に向けて手を挙げていた。
「この問題が難しくて……」と、先ほどから一向に進んでいないテキストのページを指差しながら口にする。
「どれどれ」
櫛田さんとの話を切り上げて、私のもとへ駆け寄ってきてくれる南雲副会長。
その姿に思わず頬が緩みそうになりながら言葉を続ける。
「すみません。この問題なんですけど……」
「あっ、これか。難しいよねー。ここはこの公式を使うんだけど……」
嫌な顔一つせず、分かりやすく解説してくれる南雲副会長。
その優しい声を聞きながら、あの日掛けてくれた言葉を思い出す。
『一之瀬がその人を選ぶなら、俺もその選択を受け入れる。一之瀬が幸せになれるよう全力で頑張るから!』
まるで愛の告白のような、熱くて甘い素敵な言葉。
南雲副会長はずるい。本当にずるい人だ。
南雲副会長のことを気になっている女の子に、真面目な顔であんなセリフを言うなんて……私じゃなかったら、勘違いして大変なことになっていたんじゃないかな。
「南雲副会長……」
消え入るような声でそう呟きながら、心の中で続く言葉を思い浮かべる。
『私の抱いている気持ちが恋だったとしたら、こんな私のことも受け入れてくれますか?』
もちろん、南雲副会長からの返事はない。そう思っていると——
「一之瀬……」
「っ!」
——南雲副会長が私の目を見つめながら声を掛けてきた。
も、もしかして、口に出しちゃってた!?驚きながら目を泳がせていると、南雲副会長がゆっくりと口を開く。
「前から思ってたんだけど……一之瀬が書く字って綺麗なのに可愛いよね」
あっ……やっぱり口には出してなかったみたい。
良かった……のかな?いや、うん、良かった。本当に良かった。
そんなことよりも、字を褒めてもらえて凄く嬉しい。幼い頃に字の練習に付き合ってくれたお母さんに心の中で感謝した。
「綺麗で可愛いなんて、まるで一之瀬みたいだ」
「……っ!!」
「気遣いもできて勉強もできて綺麗で可愛いなんて、一之瀬にはいっぱい魅力があるよね」
「〜っ!!?」
油断した直後、舞い上がるほど嬉しい言葉が立て続けに飛んできた。
こ、これは、さすがに……。
「にゃぶっ……」
「一之瀬!?」
限界を迎えた私は、先にギブアップしていた麻子ちゃんと夢ちゃんと一緒に耳まで赤くしながら机に顔を伏せた。
一之瀬もろとも周囲を爆撃したところで、原作5巻までの内容終了でございます!
ここまで読んでくださったみなさま、本当にありがとうございましたm(__)m!
キリの良いところまでストックが溜まりましたら再び放出する予定ですので、その際はまたお読みいただけると嬉しいですっ(>人<;)
それではみなさま!良いゴールデンウィークを!( ´ ▽ ` )ノ