コーヒーブレイクはTSとともに   作:フラペチーノ

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夏に溶かしていいのはアイスとTSウマ娘だけ

「あ……っづい」

 

 夏は暑い。

 そんな当たり前なことにすらも、今は叫んで文句を言いたい状況にオレはいた。

 

「なんでこの猛暑日にエアコン故障するのかね……」

 

 はぁと吐くため息ですら暑苦しく、仕事をする気力すら湧かないがなんとか手を動かす。

 おまけにエアコンが壊れたのは今オレがいるトレーナー室だけでなく、トレセン学園全体だ。今頃カフェも暑さで伸びてるんじゃ無いだろうか。

 耳をぺたんと前に倒しながら尻尾をぶんぶんと振って暑さを逃がしつつ、ぬるくなった水を飲み込む。

 

「元に戻る手がかりも無し……か」

 

 そう。結局オレはウマ娘から元に戻ることは無く、この姿のままトレーナーとして働いている。

 元凶だけは直ぐに突き止められたのだ。しかし、マッドサイエンティスト──アグネスタキオンは爆笑しながら。

 

「あっはっはっは! こんなことになるなんて私は予想してなかったけどねぇ! 是非とも体を調べさせてくれないかい!? 今なら貴重な研究データが──あっ、カフェすまないからそれだけはやめあーーっ!!!」

 

 とか言いながらオレの担当ウマ娘にこってりと絞られていたので、どうやら原因自体は複雑そうだ。

 その後、彼女は「元に戻れるように協力はするが……いかんせんデータが無さ過ぎてね……。いつどうなるか分からないのだよ」と申し訳なさそうに付け加えていた。

 どうやらこの体とは長い付き合いになりそうだと、軽く苦笑する。

 春に始まったウマ娘としての生活もすっかり板についてしまって、今は長い髪を綺麗にポニーテールで纏めてしまっている。

 ヒトは慣れる生き物なんてよく言われるが、実際に数ヶ月過ごしていたらいつの間にか日常として溶け込んで消えた。

 暑苦しいのでネクタイをぶん投げてワイシャツの第一ボタンを外し、だらぁとしているとドアのノック音が聞こえる。

 

「……どうぞ」

 

「お邪魔します……ってここもやっぱりダメですか……」

 

 ドアをゆっくりと開けて入って来たのは、長い黒髪を携えたオレの担当ウマ娘──マンハッタンカフェだった。

 いつもはさらっとした綺麗な髪質なのに、汗のせいかいつもよりしなっとしている。

 部屋に置いてあったソファにふらふらと近寄って腰を降ろすと、オレと同じようにぐでぇと崩れた。

 

「カフェはどうしてここに……?」

 

「さっきまで研究室にいたんですけど……タキオンさんが変な薬を飲ませようとしてきたので……」

 

 彼女が言う研究室というのは、タキオンが特例で空き教室を改造して自分の部屋にしてしまった場所のことだ。

 因みにその研究室の半分をカフェは自分のスペースにして、タキオンがやらかさないように見張っている。

 そのため、カフェとタキオンはかなり関わりが深い。

 どれくらい深いかというと、オレがタキオンの薬を飲んじゃうくらい。

 

「アイス食べる……?」

 

「頂きます……」

 

 そんなタキオンも、エアコンを直すのは専門外だろう。

 オレは少しでも暑さを誤魔化すために冷蔵庫からアイスキャンディーを取り出し、カフェにぽんと軽く投げ渡した。

 

「ふぁふぅふいほぉ、ふぁふぃす」

 

「だらしないですよ……トレーナーさん……」

 

 昔ながらの丸くて長いタイプの棒アイスを口に咥えながら、空いた両手でキーボードを叩く。

 ミルク味のアイスを舌で上手いこと転がしていると、体感だが少し涼しくなった気がした。

 だがそんな横着なことをしていると、問題が起こるのは当然で。

 

「ふぁふ! じゅるるっ!」

 

 舐めたアイスを上手く飲み込めず、口の中に液体が溜まって外へ零れそうになる。

 それを飲み込もうと視線を上に持ち上げるが、そうするとアイスキャンディーを上手くしゃぶれない。

 オレがあたふたと慌てていると、カフェは冷ややかな目を向けてくる。

 

「んぐっ、ふぇっ」

 

「あっ……」

 

「あうっ」

 

 その結果アイスが半分にぽきりと折れ、オレの胸元にアイスが落下した。

 肌に一気に、ぴしゃりと冷たい感覚が走る。

 ぐちゃぁと広がった白くべとべとした液体が、服に染み込み違和感が凄い。

 しかもさっきまで胸元をがっつり開けてたから余計に。

 

「やらかした……。よいしょっと」

 

「!? な、なにしてるんですか……トレーナーさん!」

 

 カフェが両手で目を咄嗟に隠して、悲鳴のような声を上げる。

 それを聞くまで、オレはワイシャツのボタンを全て外して上半身裸になろうとしていた。

 べたべたとしているからさっさと服を着替えようとしただけだったのだが、今のオレはウマ娘。

 暑すぎるが故にワイシャツの下がブラオンリーの状態だからって、上半身裸になるなんて普通ならば考えられない。

 

「ご、ごめんっ!」

 

「ほんとですよ……。お願いですから、女性としての自覚を持って下さい……」

 

 男性感覚で脱ごうとしてしまったオレは、両手で自分を抱きかかえるように咄嗟に胸元を隠す。

 そのせいで余計に谷間の奥に液体が染み込んでしまったが、今はそんなこと言ってる場合ではない。

 なんか、カフェに指摘されたら無性に恥ずかしいんだけど…… 変な気持ちになるっ……! 

 

「ちょっとシャワー浴びてくる……」

 

 彼女に背を向けたままそのままの態勢を維持しつつ、オレは部屋にあるシャワー室へ駆け込む。

 なんでオレはまたカフェの前で、ワイシャツをはだけさせてるんだ……? 

 深く考えるとドツボにはまりそうだったので、思考を一旦停止させてオレは冷たいシャワーで自分の体を洗い流すことにしたのであった。

 

~~~~~~~~

「ふぅ……」

 

 軽くシャワーで体を洗い流してさっぱりしたオレは、予備として置いておいたワイシャツに袖を通して脱衣所の外に出る。

 さっきまでのべたべたも解消されたし、汗も流させたしで一石二鳥だ。

 その最中で濡らすつもりのなかった髪を軽くタオルで拭いて外に出ると、カフェがまだソファに座ってぐったりとしていた。

 今日の彼女はお休みなのだが、こうも暑いとどこかへ出かけたくなってきてしまう。

 外で涼しくて……夏らしい場所と言えば……。

 

「……そういえば今年まだ海に行ってないな」

 

「あー……今年の夏合宿は後輩に譲りましたもんね……」

 

 トレセン学園には夏合宿という一大イベントがある。

 学園側が用意してくれた海辺の合宿所で、約一か月みっちりとトレーニングを積むことが出来るのだ。

 短期間のレベルアップにはもってこいのイベントだが、カフェはもうほぼ引退した身。

 そのため夏合宿の枠を他の生徒に譲り、こうしてカフェはトレセン学園でのんびりしてる。

 

「海……行きます?」

 

「ちょっと魅力的な提案だな……」

 

 海の中でぱしゃぱしゃと水のかけ合いをするだけで、このうっとおしい暑さを忘れられるかもしれない。

 カフェが現役の時はトレーニング目的で向かっていたが、今ならば純粋に遊びに行ってもいいだろう。

 だがこの夏真っ盛りの中、水場になんか向かったら結果なんて目に見えている。

 

「でも、今行ったら混んでるぞ……。プールも無理だろうな」

 

「ですよね……。何か、いい手があれば……」

 

 カフェがふむと顎に手をあてて考え込む中、オレの茹できった頭はとんとんとゆったりと連想ゲームを続けていた。

 海……プール……。

 そういえば、カフェの水着って学園指定のものしかないよなぁ……。何か自前の水着とかあるのだろうか……。

 まぁ、仮に行くとしてもオレは前使ってた奴が部屋に……ん? 

 

「オレ、水着ないじゃん!」

 

 ぱしゃりと脳に冷や水がかけられたように、もやもやしていた答えが降って来る。

 その瞬間に勢いよく椅子から立ち上がりながら叫んでしまったため、座っていたカフェがびくっと震えてこっちを振り向いた。

 ごめんと軽くお辞儀をしてから、もう一度椅子に腰を掛けると手で目を覆った。

 ウマ娘になってからというものの、何故か体が感情に正直になった気がする。

 

「いきなりどうしました……?」

 

「いや、今オレウマ娘じゃん。女性用の水着なんて持ってないし、海とかは難しいな」

 

 これが出てきた一つ目の問題。

 今年ウマ娘デビューしたオレが、水着なんて持ってるわけが無い。

 いや理事長辺りに事情を説明すれば、水着くらいだったら支給してくれるとは思う。

 それに関してはカフェも考えついていたのか、オレに対してぽそりと呟いた。

 

「そこは買えばいいんじゃないですか……?」

 

「それはそうかもしれないけどさ。やっぱり、そのぉ……」

 

「……?」

 

 オレの言葉がぼそぼそと歯切れ悪く、しゅんと尻すぼみになっていく。

 これこそが二つ目の問題にして、一番の問題。

 

「は、恥ずかしいじゃん?」

 

「……」

 

 やっぱり、女性の水着なんて露出が激しすぎる。

 そういうえっちなのはいけないと、トレーナーは思います! 

 

「トレーナーさんが一体どんな水着を想像してるか分かりませんが……それを言うなら男性だってそうなのでは?」

 

「……へ?」

 

 カフェがかくんと可愛らしく首を傾げながら、言葉を続けてくる。

 

「トレーナーさん、前の水着どんなのでした……?」

 

「そりゃ、普通に海パンだけど」

 

「それ、上半身裸ですよね……? 女性用の水着は少なくとも胸は隠れますよ……?」

 

「ん? 確かに?」

 

 ちょっと考えてみれば、女性用の水着は物によるけど隠れる場所も多い。

 下手すれば男性用水着より、女性用水着の方が露出が少ないのだってある。

 男性の時は別に上半身裸の格好になるのに、抵抗なんてなかったはず。

 

「それだったら、恥ずかしくはないんじゃないですか……?」

 

「あれ、なんで、オレ恥ずかしくなってるんだ?」

 

「もしかして……トレーナーさん」

 

 カフェが気付いてはいけない場所。オレが気付きたくなかった場所に対して、言葉のナイフをぶん投げてきた。

 

「──考え方が女の子になってません……?」

 

「やめてくれぇ! そんなのに気付きたくなかったぁ!!!」

 

 オレは頭を抱えながらぐわんぐわん揺らし、揺れる。

 体の性に引っ張られた結果、思考が女性的になってきてしまっている事実を認めたくはなかった。

 最近の行動を振り返ってみれば、前までやってなかったことが増えた気がする。

 朝起きたらポニーテールを綺麗に整えるようになった。お風呂とスキンケアの時間が長くなった。可愛らしい小物をついつい買うようになった。

 思い当たる節しかなく、つい放心状態になってしまう。

 

「笑えよ……カフェ。オレはもうおしまいだ……」

 

「いえ、そうは思いませんけど……」

 

 このままオレは女の子になってしまうんだぁと嘆いていると、カフェが何か思い出したかのように手をぽんと叩く。

 そして、その勢いのまま携帯を開くとどこかへ電話し始めた。

 電話越しにどこかで聞いたことのある声が耳に入ってくるが、今はショックでそれどころではない。

 数分後。要件が終わったのかカフェは顔を上げると、オレに話しかけてきた。

 

「トレーナーさん……朗報です。海、行けることになりましたよ……」

 

「え、どこの……?」

 

「タキオンさんの家が保有しているプライベートビーチです……。一日だけ貸してくれることになりました……」

 

「マジ?」

 

「マジ、ですね」

 

 プライベートビーチならば世間の人にオレの水着が見られることはないし、恥ずかしさも薄れる。

 しかもシーズンだろうと、人混みとかに悩まされることも無い。

 一気に二つの問題が解決したせいで、オレの退路がどんどん防がれた気がする。

 

「で、でも。水着」

 

「今度私が見繕いましょうか……? 嫌ならば、知り合いを呼んで選んでもらうこともできますよ……?」

 

 あっ、ダメだ。この状態になったらカフェは梃子でも動かない。

 カフェは時々、謎に押しが強い時があるのだが……こういう時はカフェが自分のわがままを押し通す時だ。

 

「分かった。分かったから、行こうか、海」

 

「ホントですか……! よしっ……!」

 

 カフェが小さくガッツポーズを取って、携帯を軽く握りしめる。

 そんなに嬉しかったのか、彼女の耳がいつも以上にぴこぴこと動いて喜びを表現していた。

 彼女にしては大分感情が前に出ていたので、そんな海に行きたかったのかと思っているとぴこんと自分の携帯が通知で震える。

 確認してみるとメッセージアプリの方に、カフェから日程や場所にとあるウマ娘の連絡先が届いていた。

 

「それでは……私はこれから用事が出来たので……。何かあったら連絡くださいね……」

 

 そう言い残して、カフェは笑顔で楽しそうにトレーナー室から出ていってしまった。

 嵐のように去っていった彼女を見送ると、オレはもう一度カフェからのメッセージを見直して頭を捻る。

 そこには関係が無いわけではないが、珍しいウマ娘の名前が書かれていた。

 

「アグネスデジタル、か」

 

 アグネスデジタル。アグネスタキオンと同室のウマ娘で、自ら進んで薬の被験体になっている変わった子だ。

 そして自称ウマ娘オタクを名乗りながら、G1レースを6勝している勇者。

 カフェと交流もあったはずだが、なんで彼女が……? 

 とりあえず連絡してみるかと思い、書かれていた場所にメッセージを送ってみる。

 それを送ってから数分後。

 外からドタドタというウマ娘が走る音が聞こえ、がらりとドアが勢いよく開いた。

 

「不肖アグネスデジタル! 只今参上しました!」

 

 ずさーっと滑りながらまるでアニメのように入ってきた、大きな赤色のリボンをつけたピンク色の髪のウマ娘。

 息を切らしながらも口元をにやけながら入ってきた姿は、悪いが不審者にしか見えない。

 

「や、やぁ。お久しぶり、かな?」

 

「はい! カフェさんのトレーナーさん! ウマ娘ちゃんの姿になってからはお久しぶりですね!」

 

「あぁ、うん。てか、よくオレって分かったね?」

 

「分かりますとも! 可愛らしいウマ娘ちゃんが増えたって直ぐに知りましたので!」

 

「え、トレセン学園に?」

 

「はい、トレセン学園のウマ娘ちゃんは全て把握してます!」

 

 さらっと怖いことを言われた気がするが、そこは今はスルーさせてもらう。

 けどオレの事情に関して知っているのであれば、そこに関しては説明しなくていいし楽か。

 

「えぇ、知っていますとも。カフェさんから話は全て聞きました……!」

 

「そ、そっか」

 

 やたらうんうんと頷かれて同情するように言われ、そこに少し違和感を持ってしまう。

 カフェがデジタルに話をしたって言ってるけど、一体「どこまで」話したんだ? 

 

「水着選びに苦労しているんですね……! このアグネスデジタル! 全ての知識を活かして、あなた様に似合う水着を選びましょう!」

 

 カフェ、そこまで話したのか……。

 オレ一人で水着選ぶのはハードルが高いと気を遣い、デジタルを派遣してくれたのだろう。

 

「でも、いいのか? そんな、わざわざ」

 

「何言ってるんですか! あたしから頼みたいくらいですよ! ウマ娘ちゃんの水着選びという一大イベントに関わらせてくれるなんて!」

 

 デジタルが興奮気味にぎゅっと拳を握りながら、熱弁をする。

 その顔には嘘は書かれておらず、本心で手伝いたいという気持ちが伝わってきた。

 なら……その熱を断るのは失礼というものだ。

 

「ありがとう、デジタル。じゃあ、よろしく頼もうかな」

 

「ふぁい! こちらこそ!」

 

 素早くお礼とお辞儀をする彼女を見て苦笑しながら、オレは水着が売ってるウェブサイトを開くのであった。

 

~~~~~~~~

 海に行く計画を立ててから三日後。

 オレは指定された場所に向かうために、カーナビに従ってレンタカーを走らせていた。

 因みに、免許証に関しては理事長が不思議パワーで用意してくれた。あの人が何者なのか、ますます分からなくなってくる。

 今回プライベートビーチで遊ぶのは、オレとカフェの二人だけ。

 タキオンとデジタルも誘ってみたのだが、二人とも用事があるということで断られてしまった。

 

「でも、良かったのか? 二人きりで」

 

「えぇ……。これもまた乙なものでしょう……」

 

 カフェは助手席に座って、窓の外を眺めながらそう返事をする。

 顔までは見えないが、その言葉に嘘はこもって無さそうなので本心なのだろう。

 そういえば、二人で旅行に行くなんていつぶりだろうか。

 今まではどこに行っても「マンハッタンカフェ」の顔があり、完全に一人になることは難しかった。

 勿論ファンとの交流は苦じゃないだろうが、こうやってカフェの一人の時間を引き出してあげるのも大事だろう。

 

「さて、そろそろ着くぞ」

 

 トレセン学園から車を走らせてやってきたのは、郊外のとある場所。

 行く前に聞いていた海小屋の近くに車を停めると、軽く背伸びをする。

 そしてオレは、携帯を開くとカフェに対して声をかけた。

 

「すまん、ちょっと連絡するから先に着替えててくれ」

 

「わかりました……。着替え終わったらビーチにいますね……」

 

 彼女は車から降りると、自分の荷物を取り出して海小屋の方へ向かった。

 鍵を使って彼女が小屋に入ったのを確認すると、オレはタキオンに対してメッセージを送る。

 到着したという旨を伝えると、直ぐに既読がついて「楽しんできたまえ」と返事が返ってきた。

 これでやることは終わり。ここからは本当に二人きりだけのビーチだ。

 ドアを開けて車の外へ出ると、ふわっと海近く特有の潮の香りが鼻孔を貫く。

 更にさんさんと照りつける夏の日差しが降り注ぎ、耳がぺたっと折れる。

 からっと雲一つないいい天気で、絶好の海日和と言った所だろうか。

 

「さて……」

 

 車から荷物を引き下ろすと、それを抱えて海小屋の前に置いておく。

 それから海小屋の中に入ると、ロッカーなどが置いてあり簡易ながら脱衣所になっていた。

 カフェは……いないな。先に着替えてビーチに向かったみたいだ。

 着替える姿をお互いに見たりするのは、ちょっとマズそうだし……

 オレはそんな一人しかいない狭い空間で気合を入れると、持ってきた水着に一気に着替える。

 デジタルと一緒に選んだこの水着は、試着した時に。

 

「ふひょー! 似合いすぎて色々とビッグバンを起こしそうですよ! あっ……これが宇宙……」

 

 と太鼓判を押されたやつだ。

 何言ってるか全然分からなかったが、似合ってるということだろう。多分。

 オレは準備を終えると、色々な荷物を持ってビーチの方へ移動する。

 サンダルを履いて砂浜を踏みしめながら正面を見ると、きらきらと輝いた海が視界に飛び込んできた。

 そしてその綺麗な風景と一体化して、まるで絵画の一部になっているウマ娘が一人。

 

「あっ……トレーナーさん、待ってましたよ……」

 

 黒を基調としたワンピースタイプの水着に身を包んだ美少女が佇んでおり、息を呑んだ。

 担当ウマ娘という色眼鏡を無くしても、可愛くて美しい彼女を見て自然と心臓が昂る。

 

「に、似合ってるぞ!」

 

「ふふ……本当ですか? 嬉しいです……」

 

 褒められたのが嬉しかったのか、オレに対して薄く微笑みかけてくる。

 今ここには、オレとカフェしかいない。つまり彼女のこの姿を独占している状況で、感情がおかしくなりそうだ。

 ファンには見せない、自然体のカフェの笑顔にオレは──

 

「……ところで、なんでTシャツなんて着てるんですか?」

 

「へっ? これはちょっと……」

 

 目の前の少女に見惚れてしまっていると、彼女に今の格好を質問されてしまった。

 オレはこの前買った水着の上に、男性の時に使っていたTシャツを着ている状態だ。

 どうしても最後の勇気が出なくて体を隠しているオレを見て、カフェはしびれを切らしたのか、がしっとTシャツの下の部分を掴む。

 そしてそれを思いっきり上に引っ張ると、ばんざいの要領で服を剥ぎ取ってしまった。

 

「うひゃぁぁぁ!?」

 

 するっと脱げてしまったTシャツの下から、着てきた水着が見えてしまう。

 オレが今回選んだ水着は、淡いオレンジ色のタイサイドビキニ。通称紐ビキニ。

 ボトムを紐で結んでいるタイプで、デジタル曰く可愛らしさとセクシーさを両立出来る水着だそう。

 トップスは少しフリルがついており、ちょっと甘い仕上がりになっていた。

 おまけに彼女がTシャツを剥いだ衝撃で、オレの上半身が零れ落ちそうなくらい揺れる。

 それを見たカフェは数秒静止した後、信じられないものを見るかのような目でぽそっと呟いた。

 

「でっか……」

 

 ざざーんと波の音だけする空間に、静寂が訪れる。

 そこから数秒間お互い無言だった後、それを打ち破ったのは意外にもオレだった。

 

「ほ、他には……?」

 

 まるでちょっとめんどくさい女の子みたいに、彼女に対して感想を求めてしまう。

 自分で変なことをしている自覚はあったのだが、聞かずにはいられなかった。

 

「凄い……似合ってますよ。独り占めしたくなるくらいです……」

 

「──っつ!」

 

 ぎゅっと心臓が締め付けられながらも、嬉しさの感情が爆発してしまう。

 やばっ……なんか、顔がにやけそう……! 

 顔を元に戻すように自分でむにむにと触っていると、カフェがいつの間にかその場から離れた場所で持ってきた荷物を広げ始めていた。

 

「あっ、オレも手伝うよ!」

 

 現実に戻ってきたオレは急いでカフェの元へ駆け寄り、色々なものを取り出す。

 ビーチパラソルにビーチマット、クーラーボックスなどを一通り準備すると、ほっと一息つく。

 敷かれたビーチマットの上に座り込むと、カフェがじーっとオレの方を見て話しかけてきた。

 

「トレーナーさん……日焼け止めって塗りました……?」

 

「あー、まだ塗ってないな。海に入るけどああいうのっているの?」

 

「いりますよ……。それ専用のやつもあるんですから……」

 

 男性の時には日焼けに気を使うなんてこと無かったが、どうやら女性的には必須らしい。

 そういえばと思い出してみると、カフェも日差しが強い時に何かを塗っていた記憶がある。

 だからこんなにも彼女の肌は綺麗なのかと思っていると、カフェがとんとんとオレの肩を叩いてきた。

 

「日焼け止め塗ってあげるので……うつ伏せになってください」

 

「え? いや、オレはいいよ。大丈夫だって」

 

「塗らないと肌が焼けて痛くなりますよ……?」

 

「それはやだな……。でも、自分で塗るって」

 

「背中とかどうするんですか……? 手、届かないですよね……?」

 

 オレの水着は背中が露出したタイプなので、全身まで塗ろうとすると一人でやるのは難しい。

 ならここは彼女のお言葉に甘えて、塗って貰うのが一番良さそうだ。

 

「んー、なら頼もうかな」

 

 オレは大きめのビーチマットに腕を組んでうつ伏せになると、カフェに背中を見せる。

 リラックスした状態で足をピンと伸ばしつつ、尻尾もだらんと邪魔にならないように垂らす。

 

「い、いきますね……」

 

 ごくりと唾をのんだような音の後、震えた声を出しながらカフェがそっとオレにそっと触ってきた。

 しゅるりと水着のトップスの紐がほどかれ、体の後ろが露出される。

 ぐにっと自分の一部が潰れている変な感覚がするなか、冷たいものが背中を刺激した。

 

「ひゃぁ!?」

 

「……すぐ終わりますから」

 

 日焼け止めクリームのぬるぬるとカフェのひんやりと冷たい手。両方の感触がして、背筋がぞくぞくした。

 丁寧にクリームが広げられ、上の方から下の方へと塗られていくのが分かる。

 背中から腰、そして足へとマッサージのように全体を触られ、なんか頭がぼーっとしてしまう。

 なんかちょっと、気持ちいい……ような。

 

「はい……終わりです。前は……トレーナーさん自分でやってください」

 

「んんっ……ふぇっ?」

 

 いつの間にか全部終わってたらしく、カフェが俺の視界の横に日焼け止めを置いてきた。

 ちょっとトリップして、意識飛びかけてた気がする……。

 脳がふわふわとしている中、うつ伏せから起き上がり正座をして軽く背伸びをした。

 そして日焼け止めを手に取り、自分でクリームを出してカフェが塗ってない所をカバーする。

 流石に胸当たりをカフェにやらせるのはちょっと問題ありそうだしなぁ、とぼんやり思いながら日焼け止めを塗り終えると彼女が立ち上がって手を差し出してきた。

 

「準備も終わりましたし……海、いきましょうか」

 

 オレはその誘いを素直に受け取ると、彼女の手を取って立ち上がる。

 そして一緒に真夏の海へと、砂浜を踏みしめながら駆け足で向かうのであった。

 

~~~~~~~~

「遊んだねぇ……」

 

「えぇ……久しぶりにこんなにはしゃいだかもしれません……」

 

 時刻は大体午後三時くらいだろうか。

 あれからプライベートビーチを走り回ったオレたちは、すっかり疲れてマットの上に座っていた。

 ウマ娘の体力は人と比べて高いことに加え、オレもウマ娘になったことでカフェの速さについていけることも相まってかなり長い時間遊んでしまった。

 海辺で水をかけ合ったり、ビーチボールを打ち合ったり……と思いつく限りは一通りやった気がする。

 

「はい、水。しっかり水分はとっとけよ」

 

 クーラーボックスの中から冷えたペットボトルを取り出して、カフェに渡す。

 それを受け取ったのを確認した後、オレもペットボトルから水を一気に飲み込む。

 ふぅと一息つくと、隣に座っていたカフェが海を眺めながら話し始めた。

 

「今日は凄く楽しかったです……。また、来たいですね」

 

「また来年、機会があればな」

 

「それは……トレーナーさんも一緒にですよ?」

 

 オレも、か。

 その時ふと、彼女の未来について思ってしまった。

 オレとカフェの関係は、トレーナーとウマ娘。

 これも全てカフェがトレセン学園にいる間だけの繋がりなのだ。

 いつか。そう遠くない未来に、オレたちの関係はそっと終わってしまう。

 

「次はタキオンとか呼ぶか?」

 

「あのヒト呼んだら碌なことにならなそうですが……」

 

「間違いないな。彼女のトレーナーも一緒にこないと」

 

「そうなると……デジタルさんに、ユキノさん、ポッケさんとかも呼んでもいいかもしれませんね……。ふふ、大所帯になりそうです……」

 

 まぁ、それでも。

 楽しそうなカフェと一緒にいるのは、オレも幸せだから。

 もう少し、未来については考えなくてもいいだろう。

 オレがそっと耳を伏せながら考えごとをしていると、カフェがクーラーボックスを漁って何かを取り出していた。

 

「トレーナーさんも食べますか……? 冷凍にんじん」

 

「貰おうかな。……ちょっとまって、冷凍にんじん? アイスキャンディーとかじゃくて?」

 

「はい、にんじんを凍らせた奴です……」

 

 にんじんが棒に刺さっただけの食べ物が目の前に現れ、思わず声を上げてしまう。

 カフェから受け取ったにんじんはひんやりとしており、どこからどう見ても生だ。

 隣でカフェがそれに齧りついて美味しそうに食べ始めたのを見て、オレも意を決して歯を立てて口に咥え入れた。

 

「あっ……美味しい……」

 

 ただにんじんを凍らせただけなのだが、どうしてかなかなか美味しい。

 軽く溶けてシャーベット状になったにんじんが、口の中でしゃりしゃりと音を立てて砕ける。

 ウマ娘がみんなにんじん好きなのに漏れず、どうやらオレもにんじん好きになってしまったみたいだ。

 しゃくしゃくと二人そろって無言で食べていると、いつの間にかぺろりと一本完食してしまっていた。

 

「……もう一本ある?」

 

 ついカフェに対しておかわりを求めてしまうと、彼女はクーラーボックスを開けてもう一本にんじんを取り出した。

 しかしそれが素直に渡されることはなく、カフェが包装を剝いて棒の部分を手で持つ。

 そして先端をオレの方に向けると、にこりとイタズラっ子みたいな笑顔を見せてこう告げてきた。

 

「あーんしてください……」

 

「え?」

 

「ほら、あーん……ですよ」

 

 あまりにもいい笑顔で言ってくるので、オレの方が間違ってるんじゃないかと錯覚してしまう。

 オレがそっと目を背けると、にんじんも位置を変えて移動してくる。

 さてはこれ逃げられないな? 

 

「あーむ……」

 

 オレが差し出されたにんじんに対してかぷりと被りついて、嚙み切ろうとする。

 その瞬間、無意識に目を瞑ってしまっていたからか。

 かしゃりという音が耳に届くまで、カフェの行動に気付かなかったのは。

 

「んぐっ!? ちょっ、カフェ!?」

 

「これだけで海に来た甲斐がありますね……」

 

 何故か携帯で、オレがにんじんにかぶりつく写真を収められてしまっていた。

 たったそれだけなのだが、なんかやたら無性に恥ずかしい。

 オレの本能が、あれをそのままにしておくとマズいと警告を打って来る。

 

「それっ、消してっ!」

 

 オレが焦りながらそう言うと、カフェは食べかけだったにんじんをそのまま口の中に放り込んでしまう。

 そして彼女は立ち上がると、砂浜の方へと駆けだした。

 

「ふふ……私に追いついたら考えてもいいですよ……?」

 

 背景に青い海を輝かせながらそう告げてきた彼女の姿は、まるで儚い妖精みたいだった。

 どうやら──まだオレたちの夏はまだ終わらないらしい。

 

~~~~~~~~

 

 夏。ウマ娘が通っているトレセン学園は、阿鼻叫喚の渦に巻き込まれていた。

 理由は至ってシンプルで、この暑い中エアコンが故障してしまったからである。

 暑さに弱いウマ娘にとってこれは死活問題であり、トレーニングに支障をきたす。

 そんな理由からか、今トレセン学園は全体的にお休みムードになっていた。

 それはとあるウマ娘も例外でなく、学園の端に位置する研究室の中で溶けて──。

 

「あーはっはっ! 見たまえモルモット君! 飲むだけで涼しくなる薬だよ!」

 

 いなかった。

 栗毛のショートカットヘアを雑にボサボサにし、テンション高めに話しているウマ娘が一人。

 謎の液体が入った試験管を楽しそうに振り回せている彼女こそが、アグネスタキオン。

 彼女こそがマンハッタンカフェにプライベートビーチを貸した張本人である。

 

「ほーら! 早く飲んでくれよ~モルモット君!」

 

 こくんと頷き一気に薬を飲み込んだ男性こそが、タキオンのトレーナー。通称モルモット君だ。

 実験動物みたいに言われているが、彼が望んでタキオンの薬の被験者になってるからこの呼び名は妥当とは言えるだろう。

 

「全く……どうして夏はこんなに暑いのかねぇ。エアコンが無いとつくづく実感してしまうよ」

 

 彼女が茹で上がりそうになりそうな頭をフル回転させて実験を続けていたのも、全て暑さのせい。

 涼しくなる薬も、この暑さにムカついたから作り始めたのだ。

 実験成功したら自分も使おうと思い、隣にいたモルモットを確認するとレインボーに輝いているのが目に入る。

 何故レインボーになってるのかは深く考えてはいけない。タキオン製薬はそういうところがある。

 

「体温自体は下がっているようだし……あとはこの発光さえなんとかすればいけるか……?」

 

 タキオンがぶつぶつと呟きながら実験を纏めたノートを見返していると、ぶーっと携帯の通知音が部屋に響き渡った。

 確認しようとも思ったが、絶賛実験中で両手が塞がっていた彼女はその作業をモルモット君にぶん投げた。

 するとカフェからだよという声が聞こえたのだが、タキオン自身は思い当たる節が無くて首を捻る。

 

「カフェから? 確認して読み上げてくれよ~」

 

 彼女から連絡が来るなんて珍しい。

 ……はて、カフェって今何していたっけ。

 あれ、確かプライベートビーチに──

 そんなことを思いながら実験を続けていたのだが、頭の中にとある仮説が彼女の中に浮かび上がった。

 

「ちょっ! 待ちたまえ! トレーナー君!」

 

 塞がっていた両手を無理やり解放し、自らのトレーナーを確認するタキオン。

 その姿は、見られたらいけないものが見つかったような子供のようであった。

 しかし、それも時既に遅し。

 携帯を確認していた彼は、顔を真っ赤にしながら固まっていた。

 

「……こっちに画面を見せたまえ」

 

 そう命令したタキオンの言う通りにした彼だが、その目はどこか視線がさまよっている。

 それもそのはず。

 そこに映っていたのは、カフェから送られてきた複数枚の画像。

 その正体こそが、マンハッタンカフェのトレーナーの水着姿であった。

 

「はぁ……」

 

 やらかした、そうタキオンは思った。

 今回、彼女がカフェにプライベートビーチを貸し出したのはタダではない。

 対価として「ウマ娘になったトレーナーの経過観察」を望んだのだ。

 海ならば自然と水着姿になり、体の様子も確認できる。

 海ならば遊ぶと称して、身体能力も確認できる。

 そのためカフェには、後で観察結果を差し出すように言ったのだが……。

 

「これはまぁちょっと、確かに……」

 

 画像だけ見れば、スタイルがいい美人のウマ娘がセクシーな水着姿を披露しているグラビアだろう。

 おまけに動画まで送られてきており、そこでは何がとは言わないが凄い揺れていた。

 が、タキオンが一番納得いってないのはそんなことではなかった。

 

「な~んで、まんざらでも無い顔をしてるのかねぇ? トレーナーくぅん」

 

 タキオンのトレーナーとカフェのトレーナーは、担当ウマ娘の関係もありかなり仲が良かった。

 それこそ適宜連絡を取り合ったりするくらいには。

 しかしカフェのトレーナーが急にウマ娘になり、彼らの間には何とも言えない壁が出来ていた。

 そんな状況の中、突如として流れてきた自分の知り合いの水着姿。

 これを見て、何とも思わないのは男性として無理があろう。モルモット君だって男の子である。

 

「私だって十分ある……と思うのだがねぇ」

 

 それを見過ごせないのが、アグネスタキオンというウマ娘。

 自分のトレーナーが他のウマ娘に目移りしていることに、なんとも言えない感情を抱いていたのだ。

 自分の胸部をもみもみと触りながら、トレーナーにぐいっと近づく。

 それでも目を逸らし続ける彼の姿を見て彼女は──

 

「ふんっ!」

 

 軽い蹴りを入れた。

 もちろん手加減に手加減を重ねた軽いキック。

 それでもいきなり蹴られたことにびっくりした彼は、変な声を上げる。

 その姿を見て、アグネスタキオンは今日一大きく口を開いた。

 

「来週、私たちも海に行こうか! モルモット君が誰のものか、じっくりと分からせてあげる必要がありそうだからねぇ……!」

 

 翻訳すると「私だけを見て!」と言うことなのだが、年頃の女の子にそれを素直に伝えるのは無理があるだろう。

 こうして。マンハッタンカフェの知らないところで、タキオンとそのトレーナーの絆ゲージは上がっていたのであった。

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