秋といえば何が思い浮かぶだろうか。
芸術の秋。読書の秋。スポーツの秋。
世間一般的にそう言われる季節だが、今のオレをそれで表すとするのであれば──
「~~っつ! これ、美味しいっ!」
食欲の秋、だろうか。
絶賛トレーナー室で仕事中のオレは、コンビニで買ってきたスイーツを口に運んでいた。
時刻は午後三時ごろ。おやつの時間としてもちょうどいい時間帯だ。
決してサボりとかではない。食べながらもしっかりと仕事は進めているし、これは脳の回転を良くするための糖分補給。
誰に向けたのかも分からない言い訳をしながらも、スイーツを食べる手は止めない。
そんな今日のスイーツは、ちょっと大きめのプリンアラモード。
甘いホイップクリームとほろ苦いカラメルが絡んだプリンを一緒に食べると、脳が喜ぶ音がする。
「ん~、明日もこれにしよっかなぁ。でも、昨日発売されたチョコのやつも気になるし……」
あまりの美味しさに、耳はピンと立ち尻尾も左右にゆらゆらと揺れる。
鼻歌を交えながら明日食べるスイーツに思いを馳せていると、こんこんとノック音が聞こえた。
「はーい」
「失礼します……」
正面のドアが開くと、ぬっと見慣れた黒い影──マンハッタンカフェがトレーナー室に入ってくる。
まだ授業の時間じゃないかとも思ったが、確か今日は短縮授業とかだっけ。
「……今忙しかったりしますか?」
「ん、いや? あともうちょっとで今日の仕事は終わるよ」
「そうですか……。何か飲みます?」
「じゃあ、コーヒー貰おうかな」
カフェにそうお願いすると、彼女が引き出しから二人分のマグカップを取り出した。
そしてコーヒー豆をごりごりと挽くと、お湯を沸かして丁寧にコーヒーを淹れてくれる。
短い時間で作ってくれたにも関わらず、香りから高級感が漂うコーヒーを彼女から受け取った。
「ありがと」
八分目くらいまで注がれたマグカップを、彼女がそっと机の上に置いてくれる。
オレはそのコーヒーの中に常備していた角砂糖を二つ入れ、軽くスプーンでくるりとかき混ぜた。
「……トレーナーさん、ブラック派じゃなくなりましたよね」
「なんかブラックじゃ飲めなくなってなぁ。苦くて……」
オレはコーヒーを口に含むと、舌で転がしてこくりと飲み込んだ。
うん、これくらいだったらコーヒー本来の香りと味が分かる。
タキオンレベルになると、紅茶に角砂糖の塔を建築し始めるからな……。シュガーポットに紅茶を注いでるよ、あれ。
オレがカフェのコーヒーを楽しみながら、ふと思ったことを呟いた。
「なんかウマ娘になってから、食事が変わって変な感じだ」
「私たちに近くなった……ということなんですかね? にんじんも美味しそうに食べてましたし……」
オレがこの体になってしばらく経つが、いまだに違和感を感じるのが食に関してだ。
まず味覚。カフェが指摘してくれたように、オレの味覚はだいぶ甘党になった。
ブラックで飲めていたコーヒーが飲めなくなり、今では砂糖を入れている。
スイーツとかの甘いものを、ついパクパクしちゃうようになったりもした。
にんじんも前までは「出たら食べる」くらいだったのに、今では積極的に食べている。生で一本丸齧りなんて、前までのオレが聞いたら信じられないだろう。
「あとは単純に食べる量が増えたのもあるし。倍くらいになった気がする」
そしてもう一つが、食事量に関してだ。
オレがウマ娘になってからというもの、やたらお腹が空くようになった。
そのせいで一般人の倍くらいは食べている気がする。
食べる前はこんな量食べれるかなと思ったりするのだが、いざ食べ始めるとぺろりと平らげてしまう。
自分でもこの量がどこに消えているのか分からない。
「ウマ娘の体って不思議だな……。タキオンが研究するのも分かる気がするぞ」
オレがちょっぴりあのマッドサイエンティストの気持ちを理解していると、カフェがジト目でこちらの方を見てきていた。
まるで何かに気づいてしまって、見たく無いものを見てしまったような顔をしている。
「……トレーナーさん、ちょっと立ってみてください」
「え、急にどうした?」
「いいですから……早く……」
せかすように言ってきた彼女に疑問を覚えつつも、オレは椅子から降りて立ち上がった。
ちょいちょいと手招きしてくるカフェの方に歩き、とりあえず正面に立ってみる。
オレとカフェの視線が合った瞬間、彼女の両手が「とある場所」をがしりと掴んだ。
「ひゃん!?」
彼女の両手が捕えたのは、オレのお腹の下の方。
急に変な場所を触られてしまい高めな声が出てしまったオレを横目に、カフェが真剣な表情でお腹をムニムニと触ってくる。
そして目をくわっと開きながら、ぼそりと重大なことを呟きながら申告してきた。
「……トレーナーさん、もしかして太りました?」
「んぐっ!」
「あ、いやこれ間違いなく太ってますね……。分かりますか、このお腹」
カフェがこれみよがしに、お腹の駄肉を摘み上げて事実を晒してくる。
いや、自分でもなんとなく分かってはいた。
甘いものを食べる量も、普段の食事量も増えたのだ。
トレセン学園のウマ娘がかなりの量を食べていてもスタイルを維持しているのは、単純に運動しているからであって。
オレのトレーナーとしての仕事は、基本デスクワーク。
お腹にお肉がつくことなんて、火を見るより明らかな結果だ。
「うぅ……」
当然の宣告を食らってしまい、衝撃で足から力が抜けてその場にぺたんと座り込んでしまった。
正直ぱっと見てめっちゃ太ったというわけでも無いのだが、こうカフェに言われると悲しい実感を抱いてしまう。
あれ、これ女の子がスタイル気にして思うことでは……
「……女の子座り」
「ひゃっ」
無意識に取っていた姿勢が女の子座りだったらしく、彼女に指摘されてしまう。
恥ずかしくなって股の間に置いていた手で床を押して、その反動で一気に立ち上がる。
目を細めて見てくるカフェの視線が痛い中、オレはんんっと軽く咳払いするとカフェに向かって覚悟を宣言した。
「カフェ」
「はい」
「オレ、ダイエットするよ」
かくして。
ウマ娘を指導する立場であったはずのオレが、まさかの自分自身を指導することになったのであった。
~~~~~~~~
ダイエット宣言した次の日の放課後。
オレは運動しやすい服装に着替えて、トレセン学園正門の前にいた。
秋ということで少し肌寒いが、どうせこれから走るので問題はないだろう。
「お待たせしました……」
「時間ピッタリだよ。じゃあ、併走するか」
カフェがトレセンの体操服の格好で集合場所に来てくれたので、手を振って返事をする。
そう。今から行うのは、カフェと一緒にトレーニングをすること。
トレーニングと言っても、彼女に合わせるのではなく今回はオレに合わせたものだ。
流石に走りのプロに、ウマ娘素人が追いつけるわけないのはオレが一番よく知っている。
「ご飯はしっかり食べましたか……?」
「勿論。食事抜くなんてダイエットでも厳禁だからな」
いくらダイエットしてるとはいえ、食事を抜くなんて言語道断だ。
栄養はしっかり取って、間食を無くす。これが一番いい。
自分用のダイエットメニューは、昨日の夜に全部組んでおいた。まさか担当ウマ娘用に念のために用意しておいたものを、自分に転用するとは思って無かったが。
そういえばカフェが太るということは無かったもんな。霊障という謎の理由で、体重計の針がバグったりした時はあったが。
「じゃあ走ろうか」
たたんと軽いシューズの音を鳴らしながら、オレはウマ娘専用レーンを走り始めた。
隣でカフェがペースを合わせながら、一緒に着いてきてくれる。
今日は軽いジョギングということで、自分のウマ娘としての性能を確かめるのが主な目的だ。
考えてみれば、ウマ娘の体になってから自分の体のスペックをしっかりと確かめたことはない。
普段の生活で感じるのは、やっぱり前までの体と違う脚力とパワー。一回全力で走ってみたら、速すぎて自分でもビビった。
それでもカフェと比べたら大分弱いのだから、現役ウマ娘は本当にすごい。
「今日はどのくらい走りますか……?」
「とりあえず今日は……10㎞くらいにしておくか」
「短く無いですか……?」
「そう……? 元人間にしては大分長いよ……?」
地味に人間とウマ娘の意識の乖離を挟むような会話をしつつ、コンクリートから二人分の足音を鳴らす。
トレセン学園を離れて大通りを目指しながら、ペースを落とさずに走っていった。
ジョギングは基本無理しない範囲で、喋れるペースでの走りだ。ダイエットに向いてるとよく言われている。
そのため、オレも全く苦にならない程度で楽しく走ることが出来ていた。
そして何より──
「なんか、楽しいな。ただ走ってるだけなのに、不思議だ」
「ウマ娘はみんな走るのが好きですから……。トレーナーさんも例に漏れず、ですね……」
ウマ娘としての本能なのか、走ることを楽しんでいる自分がいた。
味覚に続いて、どんどんオレがウマ娘に塗り潰されている気がするけど……それが別に嫌じゃない。
カフェと同じ立場に立って彼女の目線を見れた喜びもあるが、何よりウマ娘──女の子としての生活を楽しんでしまっているのだ。
変な気分だけど、今は心地いいからもうちょっとこのままで。
「カフェ、ゴールまで競走しよっか!」
「え、ちょっと急に……。待ってください……!」
ゴールまで大体1㎞くらいだろうか。
スタミナも思った以上に有り余っているし、多分ここから飛ばしても問題ない。
ウマ娘のレースに例えると短距離にも満たないこの距離を、オレは全力で駆け抜ける。
「はっ!」
オレがスタートの合図を好きなタイミングで出したので当然だが、オレがカフェより先行して前に出る。
昔は全力疾走すること自体もちょっと怖かったが、今はそんな心配すら無かった。
あるのは全力で走りたい。その気持ちだけ。
「ん、あっ……」
びゅうびゅうと風を切り裂く音が耳に入って来る。
息が荒くなり、自分の心臓がバクバクして血液を回しているのが分かる。
フォームは不格好だろうが、とにかく前へ。前へと──
「……流石に舐めすぎじゃないですか?」
「っつ!?」
隣の視界に急に入って来たのは、漆黒の弾丸。
威圧を晒しながら、とんでもない速度で並んできたのはマンハッタンカフェ。
その姿は、G1レース中見せる彼女の姿と相違無い。
「ふっ……!」
カフェが思いっきり地面を踏みしめて、蹴りだす。
がこんという盛大な音が聞こえてきたと思った次の瞬間、彼女はオレの前にいた。
黒い影のようなものが見える中、オレは必死でその背中を追いかける。
だが、半バ身……一バ身、ニバ身と徐々に彼女との距離が離れていく。
あぁ、ダメだ。これには追いつけない。
そんな中、オレはぽそりと無意識に言葉を溢してしまった。
「綺麗……だな」
普通のトレーナーなら拝めない、担当ウマ娘の本気の走りに。
思わずオレは感動の声を漏らしてしまったのであった。
~~~~~~~~
「はぁ……はぁ……」
「ふぅ……けほっ」
トレセン学園の正門に戻ってきたオレたちは、さっきまで併走みたいなことをしたせいで息が荒れていた。
1㎞という短い距離とはいえ、レースまがいのことをしたのだ。そりゃ疲れる。
「……ふぅ。やっぱりカフェは速いな」
当たり前の感想を呼吸を整えつつ、ゆっくりと吐き出すように呟いた。
オレの心臓がまだバクバク言っているのに対して、カフェはもう平気そうな顔をしている。
自分自身が一番分かっていたつもりだが、本当にオレの担当ウマ娘は──速くて強い。
「あなたが鍛えたウマ娘ですよ……? 速いのは、当たり前です……」
「……そう言って貰えると嬉しいな」
彼女が割とストレートに褒めてくれたので、ちょっと照れて顔が赤くなってしまう。
ふぅと一息つくと、やっと心臓の鼓動が収まって落ち着いていく気がした。
秋の冷たい風が吹いてオレの肌を撫でると、ぶるりと体が寒さで震える。
興奮していて気にならなかったが、思った以上にびっしょりと汗をかいていた。
これは早めにシャワーを浴びないと、風邪をひいてしまうかもしれない。
「今日のメニューは終わったし、シャワー浴びるか」
「……そうですね。早く部屋に行きましょうか」
二人でトレセン学園の中に入ると、トレーナー室の方へと移動する。
まだウマ娘たちがいる廊下を歩いていると、ふと一つの疑問が思い浮かんでしまった。
今まで経験したことが無かったからこそ、なかなか気付かなかった疑問。
それが──
「あれ、カフェって着替えどこでしてきた?」
「……? 普通にトレーナー室ですけど……」
「いやオレもなんだよね……」
オレのトレーナー室はカフェの更衣室の役割も兼ねている。
前までだったらカフェが着替えてシャワーを浴びている間、適当に外で待っていれば良かったのだが……
今はどっちも運動後で、まぁまぁ汗をかいている状態だ。
今の状態で廊下とかで待っていたら、体調的にはよろしくないだろう。
だけどなぁ。うーん。
オレは少しだけ悩んだ後、直ぐに結論を出してカフェに話しかけた。
「カフェ、先に着替えていいよ。オレちょっと待ってるから」
「そんなことしたら風邪引いちゃいますよ……? もう大分冷える季節です……」
「いやでも、一緒に着替えるのはマズい──」
「今はトレーナーさんもウマ娘ですよね……?」
オレが反論しようとした瞬間、彼女から直ぐにばさりとセリフが遮られる。
まぁ確かに、そうかもしれないけどさ。ほら世間体っていうものが。
「密室……誰にも見られていない……そこにウマ娘が二人……何か問題でも?」
「あぅ……」
「問題なしですね……。なら……早く一緒に汗拭いちゃいましょう」
がらりとトレーナー室のドアを開けて、カフェが気にしてないと言った感じで部屋の中に入っていく。
言いくるめられてしまったし、これ以上抵抗しても意味なさそうかな……
せめて距離を取って着替えよ……
そう思ってオレが部屋の端っこへ移動すると、カフェがささっと隣に移動してきた。
「……」
「……どうしましたか?」
「いや、別に……」
あまりにも自然に隣に居座るので、なんとなくオレも指摘しにくい。
一歩も動かない選択肢を取っているカフェを動かすことを諦め、オレはなるべく視界の中に彼女を入れないようにする。
しかし、目は防げても耳までは防げない。
「んっ……」
彼女が上着をするすると脱いで、布と布が擦れ合う音が聞こえる。
隣にいる少女が着替えているという事実に、走っている時とは違った心臓の鼓動が鳴った。
まるで磁石に吸い寄せられるように、不思議とオレの首が横に向いてしまう。
そこにはジャージの上着とインナートップスを脱いで、上半身はブラジャーだけの姿になって汗を軽く拭いている担当ウマ娘の姿があった。
「……ふふっ」
カフェの姿を見てしまっているのがバレてしまっても、彼女は全く気にする要素を見せない。
むしろ、嬉しそうに微笑んだりもしている。
……もしかしてこれ、からかわれてる?
そう思うと少しむっとしてしまう。
年下の担当ウマ娘に、いいようにもてあそばれてるのはなんか釈然としない。
これは……オレがちょっとやり返しても問題ないよね?
「シャワー、先に頂いても大丈夫ですか……?」
「……それなんだけどさ、こういうのはどう?」
何か提案されるとは思って無かったのか、カフェが顔にハテナマークを浮かべている。
オレはそんな彼女の耳元に口を近づけるために、腰をかがませた。
その後そっとカフェのウマ耳に触れると、ゆっくりと息を吐きながらこう呟く。
「お風呂……一緒に入るって言うのは、どう?」
まるでダメなことに誘うようなようなトーンで、ぽそりと声をかける。
それを聞いた瞬間、彼女の耳がぴくりと震えてふにゃぁと溶けた。
「なっ、なっ、なっ……」
あら、顔が真っ赤になってる。
こういう赤面するカフェを見るのは珍しくて、ついつい楽しくなってからかいたくなってしまう。
単純に悪ノリだった。
オレはカフェの背中の方に回り込むと、手を前に回しこんでぎゅっと抱きしめる。
「ウマ娘同士なら問題ない……よね?」
「……っつ!」
オレの方がカフェより身長が高いため、丁度いい感じで抱き着くことが出来る。
そんなついつい楽しくなってしまったオレに対して、カフェはぴくんと震えるとばっと腕を振り払い一瞬で距離を取る。
その顔は走っていた時よりも紅潮しており、息遣いも荒くなっていた。
「ひ、一人で入れますから……! お先に失礼します!」
焦った様子を見せた彼女は、ジャージ姿のままシャワールームの方へ走り去ってしまう。
あっ、ちょっとからかい過ぎたかな……。でも、可愛い顔見れたからいっか。
そう思いながらタオルで汗を拭きつつ、椅子に腰をかけながらカフェがお風呂からあがるのを待つ。
ぽーっとしながら何も考えずに待っていると、彼女がかなり速い速度でシャワーを終わらせたのかそそくさと出てきた。
「あれ、早くない? しっかり洗った? 大丈夫?」
「……大丈夫です」
もくもくと湯気を漂わせながら出てきた彼女は、そう軽く返事だけするとドライヤーを使って長い髪を乾かしている。
髪を手櫛で丁寧にすいているカフェの姿は、どこか妖艶さを感じた。
じっと見てると吸い込まれそうな雰囲気の彼女を横目に見つつ、オレも汗流してこようと一度立ち上がる。
「んしょっと」
「……!?」
ジャージを全て脱ぎ、上着とズボンをロッカーに雑に突っ込む。
大分汗臭いかもしれないし、後で洗濯しとかなくては。
下着だけの姿だけになったオレは、とてとてと歩いてシャワールームへ向かう。
カフェが目をくわっと見開いてオレの方をじっと見てきたが、どっか変な所あっただろうか。
「ふぅ……」
脱衣所のドアを閉めると、下着も脱いで洗濯籠の中に入れる。
その後お風呂場に入って栓を捻ると、シャワーヘッドからお湯が流れ始めた。
汗を軽く洗い流してシャンプーを手に取り、軽く手を擦って泡立てる。
なんか女の子になってから大分経ったせいか、髪の扱いにも慣れてきた──
「……あれ?」
ピタッと手が止まり、ぽつんと思い出す先ほどまでの出来事。
オレ、何やってた……?
カフェに対して抱き着いて囁いた後、目の前で下着姿になって見せつけるように移動したの……?
「あああぁぁぁ……」
カフェに軽くイタズラするつもりでやったのに、まるで女友達みたいに構ってしまってた。
いや友達とかにしても、激しいスキンシップだったかもしれない。
そうまるで、恋人のような──
「って違う違う! オレとカフェは担当ウマ娘の関係! それ以上でもそれ以下でもないから!」
ぺりぺりと理性が剥がれ落ちそうな音がしたが、煩悩を振り払うかのように頭を振る。
おかげで泡が周りに飛び散ってしまったが、そこは勘弁してほしい。
さっさとあがってカフェに弁明しよう……。
「はぁ……」
なんか最近思考がごっちゃになってる気がする。
女性に近づいてきてるというか、ウマ娘になってるというか。
この体の凹凸も今ではすっかり馴染んで、自分の一部になってしまった。
かなり大きい胸とか、すべすべな肌にもっちりとした太もも。
しかも最近、ブラのサイズがきつくなってる気がするし。買い替えないと。
「いつ戻れるんだろうな……」
ぽそりと呟いた言葉は、全く反対の意味が籠ったまま反響して、消えた。
~~~~~~~~
「あがったぞー、ってあれ?」
タオルで髪を拭きながらトレーナー室に戻ると、そこに担当ウマ娘の姿は無かった。
携帯にメッセージが入っていたので確認してみると「先に部屋に戻ってます」とあったので、「今日は付き合ってくれてありがとな」と返信しておく。
その後、ドライヤーを取り出して髪の毛を乾かし始める。
根元にしっかりと熱風を当ててクセにならないようにしつつ、丁寧に。
これが終わったら次は尻尾で、オイルとかも塗っておこうかな。ついでに肌の保湿とかも。
軽く鼻歌を歌いながら色々とケアをしていると、ぴこんと携帯が震える。
「たづなさんから? なんだろ」
内容を見てみると、どうやら理事長室に書類を取りに来てほしいとのこと。しかも、出来ればなるべく早く。
オレはそれを見ると、急いで髪と尻尾を乾かそうとする。
ちょっと濡れてるかもしれないが、これくらいだったら許容範囲だろう。戻ったらしっかり乾かす。
そしてジャージではなくスーツに着替え、髪も縛らずに急いでトレーナ室を後にした。
「んー、この時期だとなんか手続き合ったっけなぁ」
軽い駆け足でオレが理事長室に向かって廊下を歩いていると、なんだかちらちらと視線を感じる。
気になって周りを見てみると、男性トレーナーたちがオレの方を見ていたのがすぐ分かった。
……どうしたのだろう、とりあえず手でも振っとく?
「!?」
ひらひらと笑顔で軽く手を振ってみたら、周りの男性が掃けてく。
余計に分からなくなり疑問を浮かべていると、いつの間にか理事長室の前に立っていた。
豪華で大きな扉をこんこんとノックすると、中から「どうぞ」と声が聞こえてきたのでドアを開ける。
「失礼します」
「こんにちは、トレーナーさん。って!?」
理事長室の中には緑色の帽子を被った女性が佇んでおり、書類を整理している。
彼女がトレセン学園の理事長秘書──駿川たづなさんだ。
そんな真面目な彼女は、オレが入ってきた瞬間に顔色を変えてびくりと体を震わせた。
「な、な、なんて格好してるんですかトレーナーさん!」
「え? いや、別に……。あっ、さっきシャワーを浴びてきたので、それですかね」
髪とか尻尾をしっかりと乾かさずに、理事長室に来てしまったからそれを言われているかと思ったのだが……。
どうやらそうではないらしく、たづなさんが焦った様子でオレのことを指さした。
「胸! 胸見て下さい!」
「胸……? あっ」
そこまで言われてようやく気付いたのだが、オレのワイシャツの第一ボタンが外れてしまっていた。
そのせいで胸部が零れ落ちそうになっており、危ないバランスを保っている。
擬音にしてぶるんと揺れそうなおっぱいを、余すことなく見せつけていたのだ。
そりゃ、男の人だって振り向くだろう。
「~~っつ!」
まるで火が付いた様に、ぼふんと一気に顔が真っ赤に染まる。
自分が今までしていた痴態を自覚したおかげか、過去の自分をぶん殴りたい。
急いでワイシャツのボタンを付けなおし、ぎゅっとネクタイを締める。
「……水色」
「言わないでください!」
そこまで見えていた事実に、オレのテンションがおかしくなってしまう。
耳がピンと立ち尻尾はぶんぶんと興奮で揺れて、体温は急上昇。
しかもおまけに下着まで見られた。
その場にふらふらと床に倒れ込み、天井を見上げて脱力する。
「あ~もう! 今日はなんか散々だぁ!」
「あの……可愛らしい座り方ですね」
「ふふふ……もう慣れました」
軽く尻尾を振って、地面をぺちんと叩く。
もし男性に戻れたとしてもちゃんと暮らせるのかという一抹の不安を抱えつつ、オレは今日もまた日常を過ごしていくのであった。