コーヒーブレイクはTSとともに   作:フラペチーノ

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イルミネーションに彩られるTSウマ娘は

 毎年この時期が近づくと、街は彩られた綺麗なイルミネーションで輝き始める。

 ぐっと気温が下がっていくのと反比例に、そわそわと人々の熱気が溜まっていく。

 かくいうオレもそんな雰囲気に当てられて、ちょっと浮足立っていた。

 今年も、ちょっと特別なイベントがやってくる。

 

「クリスマス……。もうこんな季節か」

 

 時期はクリスマスの一週間ほど前。

 カフェがソファでゆったりとくつろいでいる間、オレはトレーナー室で仕事に勤しんでいた。

 とは言っても、今この時期にやる仕事はそこまで多くない。

 カフェの専属トレーナーであるオレがやることといえば、ほぼ引退済みの彼女のスケジュールを管理するくらいなのだ。

 チームを持って他のウマ娘も担当しないかと理事長に提案されたりもしたが、謹んで辞退した。

 オレはずっとカフェのトレーナーで、彼女以外を見れる気がしない。

 だから、来年三月。彼女が卒業したら、きっと──

 

「……トレーナーさん? 大丈夫ですか?」

 

「ん……。大丈夫だよ」

 

 考え事に集中していたせいか、どうやら上の空になっていたみたいでカフェに心配されてしまう。

 思考をリセットするために彼女に淹れて貰ったコーヒーを一口飲んで、ふぅと息を吐くが気持が前に向かない。

 ……これはダメだな。やるべき仕事自体は終わったし、今日は早めに終わろうか。

 パソコンの電源ボタンを押して画面を真っ暗にすると、オレは椅子に深く腰をかける。

 そしてクリスマスも近いということで、ふと気になったことを彼女に訊ねてみることにした。

 

「そういえばさ、カフェ。今年のクリスマスってどうするか決まってる?」

 

 そこまで言った所で、そういえば昨年はどうしたんだっけなとふと思ってしまった。

 えーっと、去年は確か。

 

 ──トレーナーさん、あの……。気づかれて……います……。

 

 本人はお忍びのつもりだったのに自分が思った以上に知名度があったのに気付かなかったのか、ファンにがっつり見られてしまった彼女と一緒にディナーを過ごした記憶がある。

 あの時のカフェはおどおどして、顔を真っ赤にしていたなぁ。珍しく焦るカフェが見れて、ちょっと楽しかった。

 さて、そんな彼女は今年はどんなクリスマスを過ごすのかな? 

 

「……トレーナーさん、クリスマスに用事ありますか?」

 

「今年? いやぁ、何も無かったら家で有マ記念を見てようかなって」

 

 特に用事も立てていなかったオレはカフェに対して素直にそう答えたのだが、彼女の意図に気付いてピンと耳を立てる。

 三年以上一緒に過ごしてきた前提が無かったとしても、これ以上分かりやすいお誘いは無い。

 早速、クリスマスの予定が埋まったみたいだ。

 

「クリスマス、どこか行きたい場所ある? 連れて行ってあげるよ」

 

「そう……ですね」

 

 カフェが顎に手を当てて、ふむと考え始める仕草を取り始める。

 そのまま思考の海に潜ってしまった彼女を眺めていると、いいアイデアが思いついたのかぱちりと目を見開く。

 そしてオレの目の前に机越しに立つと、とんと机の表面を人差し指で叩いた。

 

「クリスマス……私がエスコートするってことでどうですか?」

 

「カフェが? いいけど……どこに行くかとかは?」

 

「内緒……です。当日の楽しみにしておいてください……」

 

 カフェがにこりと微笑みながら、楽しそうな表情を見せる。

 どこに連れて行ってもらえるのか楽しみだなと思っていると、カフェの口がオレの耳に近づいてきてぽそりと呟いてきた。

 

「なので……可愛くおめかししてきてくださいね……?」

 

 自分の耳がぴこんと反応して、ばっと咄嗟に彼女から体を離す。

 顔を上に上げてみると、カフェは目を細めてイタズラが成功したような笑みを浮かべている。

 ぽっと自分の頬が赤くなったのを自覚していると、いつの間にかカフェはその場から消えてしまっていた。

 まるで女の子がデートに誘われるような展開を自ら体験してしまったオレは、その場から動けなくなってしまう。

 あれ、でも今は……女の子……だよな? 

 だったら、少しそれを楽しんでもいいよね……? 

 

「これは違う……これは違うから……」

 

 一体何が「違う」のか。

 オレは携帯を立ち上げて、保存していたサイトのリンクをタッチする。

 そして画面にパッと浮かび上がってきたのは、色とりどりの洋服が並んでるページ。

 これはオレが最近買いたくなってしまった洋服を、こっそりとメモしていたおいたサイト。

 そこにはふりふりのレースがついたスカートや、可愛らしいワンピースなどなど。前までのオレだったら、買うなんて発想すら無かった商品の数々。

 オレはそこで数点の商品をオンラインのカートに入れると、そっと購入ボタンをタッチしたのであった。

 多分最近あった出来事の中で、一番迷いが無かった行動だったと思う。

 

~~~~~~~~

 それから一週間後、約束のクリスマスの日。

 集合はお昼の十二時に駅前。だがオレはあの時に買った服に身を包んで、集合時間の三十分前には現地に到着していた。

 白に近いクリーム色の毛糸のセーターに灰色のフレアミニスカート。それだけだと寒いので、黒タイツと赤いマフラーを付けて防寒対策を。そして、ちょっと高めのショルダーバッグを肩から下げて精一杯のおしゃれをしている。

 髪型はいつものポニーテール。他は着飾っても、なんだかここは変えたくなかった。

 もうばっちばちに軽い化粧までして気合を入れて臨んだオレは、いつも以上のテンションでうきうきしている。

 カフェとの集合時間までまだ時間あるなぁと携帯を眺めて時間を確認していると、ぬっと影が視界の中に入ってきた。

 

「すみませぇ~ん、お姉さん、道に迷っちゃったんですけどここって分かりますぅ?」

 

 声がした方に目を向けるとチャラいという言葉が似合いそうな男性が一人、にやにやとしながらオレの顔を覗き見ていた。

 ……なんか凄い怪しい人だな。金髪耳ピアス肌黒いって。

 とは言っても見た目で判断するのは早い、まだ道聞かれただけだし。

 そう思ったオレは相手が差し出してきた携帯を覗き見て、生きたい場所を確認する。

 印がついてあった場所は分かる場所ではあったので、オレはその方角を指さして説明した。

 

「あっちの角を曲がれば直ぐです」

 

「ありがとうねぇ、可愛いウマ娘さん。ねぇねぇ、今時間ある? お礼に、どう?」

 

 何がとはまでは聞かなかったが、これはもう直ぐに分かってしまう。

 ナンパ。男性が女性を初対面なのに口説くこと。

 流石のオレでもやらかしたと思ってしまった。

 なぜならこういうやからは大抵──

 

「人を待たせているので、大丈夫です」

 

「もしかして彼氏さんとかぁ? そうじゃなくてお友達だったらその子も一緒に、どう?」

 

 謎に諦めが悪くて、しつこい。

 自分でもさっきまであがっていた気分が下がって、耳と尻尾がだらんと垂れさがってしまっているのが分かる。

 こういう時どうするのが正解なんだ……

 

「嫌な思いさせないからさ~」

 

「いや、だからオレ暇じゃ──ひっ」

 

 拒否反応を示し続けていると、彼が業を煮やしたのかオレの腕をがしっと握って来た。

 別にめちゃくちゃ強い力では無いのだ。ウマ娘であるオレが少しでも力を籠めれば直ぐに振り払えるくらいの、そんな状況。

 でも、動けなかった。

 急に、見知らぬ男性に、触られて。しかも、身長がオレより高くて。

 まるで全身が石みたいに固まってしまい、脳が麻痺する。

 誰か──助けて。

 

「何、してるんですか」

 

「……あぁ?」

 

「カ、カフェ!」

 

 いつも聞きなれた声。だけど今だけは誰よりも聞きたかった声が、オレの耳に入って来る。

 クリスマスというイベントのせいかいつもより騒がしい町中の喧騒の中でも、凛と目立つ一本の黒がオレの方へ近づいてくる。

 攻撃色に思われる色なのだが、オレには全てを包み込む優しい色にしか見えなかった。

 

「……私の大事な彼女ですので、これ以上構うのであれば……覚悟してください」

 

 ごうっと彼女の纏うオーラが倍以上に膨れ上がった気がする。

 ばしっと掴んでいた手を振り払うと、ぐいっとカフェがオレを引き寄せた。

 そして彼女はオレの手をぎゅっと握ると、突っかかってきた男性から距離を取るためにオレを引っ張る。

 

「あっ……」

 

 その力強い保護に、不覚にも心がぎゅーっとしてしまった。

 きらきらといつもに増して光り輝いてるような彼女の横顔に、オレはときめいてしまったのだろう。

 彼女と手を繋ぎながら、歩く事数分。

 完全にさっきの人の気配が消えたことを確認したカフェは、肩に両手を載せると真正面からオレの顔を見てきた。

 そしてはぁと溜息をつくと、心配と怒りが混じったような視線を向けてくる。

 

「もう……何してるんですか……。あんなの、怪しいってすぐ分かりますよね……?」

 

「え、いやぁ……ただ道案内しようと思ったんだけで……」

 

「その結果が……。まぁ、やめましょう……せっかくのクリスマスです……」

 

 せっかくのイベントで追及するのも悪いと思ったのか、カフェはこれ以上この話題について話すのをやめた。

 彼女はオレの肩から手を離して、髪の毛をぱさりと払う。

 カフェの服装は淡い黄色の温かそうな冬用のワンピースに、ふわりとコートを羽織っている。

 女の子の可愛らしさを残しつつ、大人っぽい雰囲気を纏っていて彼女に良く似合っていた。

 オレはそれを素直に伝えるために、カフェの顔を真正面から見て口を開く。

 

「カフェ……凄い似合ってるぞ」

 

「ふふ、ありがとうございます……。トレーナーさんも、とても可愛らしいです……」

 

 お互いに可愛い可愛いと褒め称えていると、なんだか照れくさくなってしまう。

 オレが顔をほんのり赤くして尻尾をゆらゆらと揺らしていると、カフェがオレの前髪をそっと持ち上げてきた。

 おでこが丸出しになると、彼女は少し背伸びをして──

 

「……んっ」

 

「えっ」

 

 そっと、キスを落としてくる。

 理解が追い付いたのは、カフェがおでこから唇を離して妖艶に笑った後だった。

 まるで悪い魔女のような表情を浮かべた彼女は、舌でぺろりと口を拭う。

 

「上書き……です」

 

 そしてオレの左横に立つと、きゅっとオレの手を握って来る。

 カフェの手のひらは冬の中でもあったかくて、体温が手を介して伝わってくるのが分かる。

 しかもこの指と指が絡みつく抱き方は、恋人つなぎと呼ばれる奴で。

 カップルがするような仕草で攻め続けられてそれだけでもお腹いっぱいなのに、彼女はそれは序章と言わんばかりにオレを引っ張る。

 

「さっ、クリスマスは始まったばかりですよ……」

 

 そのまま優しくエスコートしてくれる彼女に、オレは素直に従う事しか出来ない。

 今日行く場所は全てカフェしか知らないので従うしかないのだが、本来は男性がするべきことをされて嬉しいと思ってしまうオレは──もう手遅れなのだろうか。

 そんなことを薄っすらと思いながらカフェにまず案内されたのは、都会の一等地に立つ少し大きめのビル。

 ちょっと大きめな自動ドアから入ると、一階はお菓子を取り扱っているのか箱やケーキなどが綺麗に陳列されていた。

 物珍しさできょろきょろとしていると、カフェは場所が分かっているのかビルのエスカレーターの方へオレを引っ張る。

 どうやら二階が飲食店になっているらしく、多くの女性客がおり凄い人気店なのが一目で分かった。

 

「最初は喫茶店です……。コーヒーやケーキが美味しいお店ですよ……」

 

 都内の一等地に立っているため高級店だろうなと思ったが、それは間違いないらしくふんわりと上品な甘い匂いが漂ってくる。

 だが目の前には長蛇の列が連なっており、直ぐに入れそうにない。

 これは結構待ちそう、かな? 

 

「予約したので大丈夫ですよ……。席は取れているので行きましょうか……」

 

「わぁ、完璧」

 

 エスコートするにあたって満点の解答をされて、カフェのデート力が垣間見えてしまう。

 カフェがスタッフさんに予約の件を伝えると、人混みを無視して上の階へと案内された。

 二階につくと、まずは店員さんに席に案内されて椅子に座る。しかもその時に、わざわざ椅子をスタッフさんが引いてくれたのでなんか謎の感動を覚えてしまった。

 カフェが隣の席に座り荷物を置くと、ふぅと一息つく。

 

「どれも美味しそうだなぁ。流石高級店ってだけある」

 

「ここはとても評判いいですからね……。どれを頼んでも当たりだと思いますよ……」

 

 メニューを受け取ったので開いて見てみると、そこには美味しそうなスイーツの写真が飾られている。

 ケーキにクッキー、サンドイッチなど可愛らしい写真が載っている中で一際オレの目に飛び込んできたのは──

 

「あっ……」

 

「……何か美味しそうなもの見つけましたか?」

 

「こっ、これ」

 

 メニューで指さしたのは、三千円弱もする高級パフェ。

 美味しそうに積み重ねられたイチゴの姿に、オレは一目惚れしてしまった。

 

「食べたいんですか……?」

 

「いや、でも……」

 

 オレが素直に食べたいと言えないのは、この雰囲気の中にあった。

 周りにはやたら女性客が多く、小さくておしゃれなスイーツを優雅に食べている。

 その中でちょっと大きそうなパフェを食べるのは、なんか少し恥ずかしい……。

 

「私は好きなもの食べるトレーナーさんが見たいですよ……?」

 

 両肘をついて手を重ねた場所にそっと顔を乗せて、にこりと微笑むカフェ。

 そっか、別にカフェはそういうの気にしない子なのか……。

 なら、遠慮せずに頼んじゃおうかな。

 

「すみません。この期間限定パフェのドリンクセット……コーヒーで」

 

「私はイチゴのショートケーキとコーヒーのセットで……」

 

 オレとカフェが店員さんを呼んで注文をし終えると、メニューを一緒に下げてくれる。

 こくりとお冷を一口飲むと、彼女に気になっていたことを訊ねた。

 

「そういえば、カフェ。今日はどんな予定なんだ? なんも教えて貰って無いからさ」

 

「そうですね……もう、教えてもいいですかね……。ちょっと待って下さい……」

 

 カフェは自分のバッグから携帯を取り出してテーブルの上に置き、地図アプリを開く。

 そしてオレたちが今いる場所であろう所を指さすと、とんとんと画面をタップした。

 

「まず、今いる喫茶店がここで……終わったらここに行こうと思っています……」

 

「んー……商業ビル? ここで何かあるの?」

 

「ふふ……それは行ってからのお楽しみです……」

 

 彼女が意味深な表情を浮かべると、楽しそうに口角を緩める。

 何かあるみたいだが、結局教えてはくれなさそうだ。

 秘密と言われたのでそれ以上追求しないことにしたオレは、カフェの話の続きを促す。

 

「最後はここ……夜のクリスマスイルミネーションです……。凄い綺麗らしいので、行ってみたかったんですよね……」

 

 イルミネーションか。オレはそこまで詳しく無いが、彼女が興味を示しているということはいい場所なのだろう。

 しかも、今日はクリスマス当日。特別な日にそんな素敵な場所に二人で訪れるのは、とてもロマンチックだと稚拙ながら思う。

 それに、そこだったら「あれ」を渡すのにもぴったり──

 

「お待たせいたしました。こちら、季節限定のパフェとケーキセットでございます」

 

 予定を聞いてとあることについて考えていると、店員さんが注文していたスイーツを運んできてくれた。

 オレの目の前に透明なグラスに盛られたパフェ。カフェの方にはお皿に丁寧に盛り付けられたケーキが置かれた。

 セットで頼んだドリンクのコーヒーをお互いに貰うと、パフェの方に目を向ける。

 それは一種の芸術作品だった。

 半分に切られたイチゴがグラスの淵に盛り付けられており、真ん中に白いクリームと一つの真っ赤なイチゴが乗っかっている。

 イチゴの下は三つの層になっており、赤、白、赤と美しい色彩。

 どこからどう見ても美味しさが約束されたスイーツを見て、オレは目を輝かせていた。

 

「ふぁ……美味しそう……」

 

 思わず携帯でかしゃりと一枚記念に写真に収めると、尻尾を揺らしながらスプーンを手に取る。

 恐らく一番見栄えがいいであろう真ん中のクリームとイチゴをスプーンで掬うと、ぱくりと口の中に運んだ。

 

「────っつ」

 

 美味しい。

 そんな簡単な言葉すら、口から出ることは無かった。

 今まで食べてきたパフェとは一段階ランクが違う。これが、本物か。

 ほわぁと意識が宙に軽く浮いていると、カフェが心配して声をかけてきた。

 

「あの……大丈夫ですか?」

 

「はっ、うん! 凄い美味しい、これ。今まで食べた中で一番かも」

 

「それは……良かったです。ここに連れてきたかいがあります……」

 

 彼女も自分で選んだケーキを美味しそうに食べており、その顔はいつもよりふにゃりと綻んでいる。

 高級店のスイーツはもう全てが違うんだなと感じていると、カフェと軽く視線が合った。

 すると、彼女の目がぱちりと開いて何かを察したように口を開く。

 

「……私のも少し食べますか?」

 

 そう魅力的な提案をされてしまった。

 確かにカフェの食べているショートケーキも美味しそうだと思ったが、別にめちゃくちゃ食べたいというほどでは……うぅ……。

 

「……一口だけ貰ってもいい?」

 

 結局彼女の好意に甘えてしまったオレは、少し申し訳無さに耳をしゅんと畳んでしまう。

 なんか最近甘味に対しての自分の我慢が外れてきてる気がする。

 秋に一度ダイエットを経験してから、自分でも我慢はしてると思ってるのだが……。

 それともこれは、スイーツに対してじゃなくてカフェに対して甘えている──

 

「はい、あーん……」

 

 そんな思考を遮るように、彼女がスプーンを使って器用に一口分ケーキを切り分けてオレの口の前に持ってくる。

 隣に座っていたのでちょっとだけ体を横に向けて、ぱくりとケーキを受け取った。

 

「これもやっぱり美味しい!」

 

 少し甘さ控えめのクリームに酸味と甘味があるイチゴの味が、舌にすっと溶けていく。

 同じイチゴのスイーツでもここまで違うのかと尻尾を揺らして感動していると、カフェがぷるぷると小刻みに震えていた。

 

「どうかした?」

 

「いえ……なんかぞくぞくしてしまって……」

 

 寒いのかなとも思ったが、そうではないようでどこか嬉しそうな話し方をしている。

 オレは不思議に思って少し首を傾げていたが、ぽんと一つの案が頭の中に浮かんできた。

 せっかく一口食べさせてもらったんだ。お返ししないと失礼かな。

 オレは自分のパフェの層になっている部分をスプーンに乗せると、それをカフェの小さな口の前に持って行った。

 

「はい、お返し。あーん」

 

「え……? いや、その」

 

「要らなかった?」

 

 ただお返しをしただけなのに、彼女は何故か頬を赤らめながら困惑したように目を泳がしている。

 そして目を一旦閉じるとすぅと息を吸って、ゆっくりと口を開けた。

 

「……いただきます」

 

「はい、どうぞ」

 

 パフェが乗っかったスプーンを彼女に持っていくと、ぱくりと口を閉じてスイーツを食べてくれる。

 口を閉じたままの状態でスプーンを引き抜くと、そこには何も残っておらずスプーンの銀色だけが輝いていた。

 どうだったと訊ねるようにカフェに目線を送ると、彼女は口に手を当てながらこくりと喉を鳴らす。

 

「美味しい……ですけど。なんか凄い、甘かったです……」

 

 どこか片言のような発言をしている彼女を見て満足したオレは、セットになっていたコーヒーを一口舌で転がした。

 甘いものとのセットだからか苦みが目立ったが、口の中がスッキリすると同時に脳がクリアになっていく。

 そのせいかさっきまでの夢見心地の行動が、全部冷静に思い返されてしまった。

 

「んぐっ!」

 

「だ、大丈夫ですか……トレーナーさん……」

 

「い、いや大丈夫。ちょっとコーヒーが変な場所に入っちゃっただけだから」

 

 一気に情報量が脳に流し込まれたような感覚に、体が変に反応してしまう。

 さっきまで、オレ何やってた……? 

 カフェにキスされてから、なんかずっとらしくないことをしていた気がする。

 魔法にかかったように女の子らしくして、受け身になって、甘い声を出していた。

 だがそれをあくまで自然体でしていた自分に、変な感覚を覚えてしまう。

 

「あぅ……」

 

 結果。自分の脳の処理の限界を迎えて、ぽふんと煙が出たような気がした。

 多分どっちが自分とかじゃなくて、どっちも自分なのだろう。

 だってその状態でいるのが、今一番楽で幸せなのだから。

 変な気持ちになってしまった自分を紛らわせるため、オレはイチゴを口の中に入れる。

 それは甘くて酸っぱいけど、丁度いいバランスで口の中でさらりと無くなっていった。

 

~~~~~~~~

「美味しかったな」

 

「えぇ……。ここのスイーツは一級品ですからね……」

 

 レベルが違う甘味を二人で楽しんだ後、オレたちはまた手を繋いで次の目的地に向かって歩いていた。

 赤いマフラーで口元を隠して、冬の寒さを防ごうとするがなかなかに顔が冷たい。

 寒さか照れで顔がリンゴ色になっている中、カフェがそっと白い息を吐き出した。

 

「着きました……ここの七階です」

 

 どうやら目的地についたみたいで、人混みを潜り抜けてエスカレーターで上に登る。

 七階までのんびりと流されていると、突然目の前にぱっと明らかにカフェの連れてきたかった場所が視界に飛び込んできた。

 

「ここって……」

 

「はい……有マ記念ポップアップストアです……」

 

 ポップアップストアとは期間限定で出される店舗のことで、今回はURA全面協力の元で成り立っている。

 そこには、歴代の有マ記念で勝利を収めたウマ娘たちのグッズが販売されていていた。

 七階の部分をまるまる貸し切っているのか、かなり大きなスペースにぎっしりとグッズが置いてあり多くの人で賑わっている。

 キーホルダーやブロマイドに、デフォルメされたウマ娘人形ことぱかプチまで置いていた。

 歴代有マ記念優勝ウマ娘が順に綺麗に並べられ、歴史を感じることが出来る。

 

「あっ、これって」

 

「私のぱかプチですね……可愛らしくデフォルメされてますが……」

 

 カフェがまだ現役だったころに取ったG1タイトルの一つ、有マ記念。

 その時の優勝レイが首からかけられた特別なぱかプチが、限定で販売されている。

 オレはその笑顔にデフォルメされたカフェの人形を手に取ると、そっと目を見つめた。

 あの時のことは、全て鮮明に昨日のことのように思い出せる。

 

 ──外からマンハッタンカフェ! マンハッタンカフェ! 先頭はマンハッタンカフェだ! 

 

 坂を上ってからの最後の直線一気。

 差しを体現したような、理想のレースにオレは心を奪われたものだ。

 レース場の自分の担当ウマ娘に向けられた声援、熱気そして感動。

 トレーナーとして夢を託して叶えてくれた彼女に、少しでも関われた言葉に出来ない感情。

 それはきっとオレはずっと忘れない。最初で最後の──大切な思い出だ。

 そっとカフェのぱかプチを元あった場所に戻していると、わぁと一部から歓声が聞こえてきた。

 音がした方に首を向けると、そこには少し大きなモニターが壁に立てかけられており多くの人が何かを見ている。

 

「そっか……今日、有マ記念だったっけ」

 

「もう、レース後半ですね……。今年は誰が勝つのでしょう……」

 

 画面にはカフェと同じ漆黒のウマ娘が、先行で飛びだしレースを作っている真っ最中だった。

 黒い弾丸がターフを蹴り、ぐんぐんと後続と差をつけていく。

 

 ──シンボリクリスエス、独走態勢に入った! シンボリクリスエス、そのままゴールイン! 

 

 ほぼ大差のような結果を叩きだしてゴールした彼女は今、年末の大スターになっているだろう。

 その証拠にレース場でもないのに、モニターの前にいた人たちは興奮した声を上げている。

 だが、それがどこか遠くに見えてしまって。ちょっと目を逸らしてしまうと、その先には琥珀色の瞳があった。

 

「……今、トレーナーさんが何考えてるのか。なんとなく、分かりますが……いつか自分で話してくださいね」

 

「うん。いつか、話すよ」

 

 カフェとそんな遠くない。いつかの話をしていると、オレの視界の中に明らかに異質さを放っているぱかプチが目に入った──入ってしまった。

 

「……なにこれ」

 

「……トレーナーさんのぱかプチですね」

 

 そこにはどっからどう見ても、オレの姿がデフォルメされた人形が置かれている。

 やたら再現性が高い赤い髪のポニテにスーツ姿のそのウマ娘は、カフェのぱかプチの隣にあまりにも自然に配置されていた。

 あれ、オレ作成許可なんて出したっけ……。

 頭を捻って過去の記憶を思い返していると、確か夏の繁忙期当たりになんか書類にはんこを押したような……押して無いような……。

 

「でもあるってことは、許可出したってことですよね……」

 

「多分……。見本品とか届いてたっけ……。完全に忘れてるぞ……」

 

 もみもみと自分のぱかプチを揉んでいると、なんか鏡合わせみたいになったみたいで変な感覚だ。

 てか、これ買う人いるのか? そもそもオレ、トレーナーだよ? 

 

「……トレーナーさん、もしかして自分の人気を自覚してませんか? 今人気爆発してますよ……」

 

「マジで……?」

 

「マジです」

 

 確かに最近SNSなどを使って、外に自分の写真などをアップすることが増えた気がする。

 別に自分から出しているわけでは無いのだが、カフェとの写真やインタビューによって徐々に露出が増えていったのだろう。

 実はオレがカフェのトレーナーになってから、特に自分の情報を出して無かったのだが……

 

「確かに周りから見れば突然ウマ娘が、G1ウマ娘のトレーナーって言ってるようなもんか……。そりゃ目立つわ」

 

「おまけに美人ですしね……。人気も出ますよ……」

 

 カフェにつんつんとほっぺをつつかれて、軽くからかわれてしまう。

 まぁオレからカフェを知った人が、ファンになってくれたら嬉しいからいっか。

 別にそこまで気にすることでも無いかなと軽く考えていたのだが、それはたやすく覆り後悔することとなった。

 

「あ、あの、マンハッタンカフェさんに、そのトレーナーさん……ですよね?」

 

「ん? あぁ、そうだけど……」

 

「わァ……。ずっとファンでした! 握手してください!」

 

 急にオレたちに対して話しかけてきた女性の方が、頭を下げて握手をお願いしてきた。

 プライベートとはいえファンの子の想いをわざわざ無下にするのも悪いと思い、オレは出された手を受け取った。

 

「いつも応援ありがとう。キミみたいなファンのおかげで、カフェは走れて来たよ」

 

「ふぁ……。こ、こちらこそ! 元気を貰ってます!」

 

 物凄い勢いで頭を上げ下げしながら挙動不審みたいになってしまったファンの子を見て、オレは軽く苦笑する。

 そんな感じでファンとの交流をしていると、お店の中がざわざわと湧き始めた。

 耳を立てて声を拾ってみると「あの例の?」「今話題の?」などと、声が聞こえてくる。

 

「……これちょっとマズいかな」

 

「はい……マズいかもしれません……」

 

 その電波は一瞬にして周りに伝染する。

 そもそも有マ記念関連のお店に、有マ記念で勝ったウマ娘がいるのだ。

 誰かにはバレると思っていたが……これはバレ方が悪かった。

 一斉にしてわぁと沸き上がったお店の中の人たちが、オレたちの方を一気に見てくる。

 

「一旦逃げましょう……!」

 

「賛成! お店にも迷惑掛かりそうだし!」

 

 結果。

 自分の知名度を正しく認識してなかったオレたちは、逃げるようにお店を後にすることとなった。

 これはここに連れてきたカフェと、下手にファン対応をしちゃったオレ。

 どっちも、おあいこってことで。

 

~~~~~~~~

 さっきまでいたビルから出ると、周りはすっかりと暗くなっており人工的な光が町を照らしていた。

 街灯や建物からの光はもちろん、クリスマスということもあって色々なところが輝いている。

 カラフルな色が混じり合って、目がちかちかするのもこの季節のご愛敬だろう。

 そんな町中をカフェと一緒に歩いていると、駅前の広場みたいな場所に案内された。

 

「おぉ……」

 

 そこには幻想的な光景が広がっており、これがカフェが見せたかったイルミネーションだということが一発で分かる。

 思わず息が漏れてしまうような、光が織りなす芸術作品にオレは圧倒されていた。

 

「綺麗だな……」

 

「私も実際来るのは初めてですが……来て正解でしたね……」

 

 きらきら。ぴかぴか。

 そんな別世界のような空間の中で、二人のウマ娘の時間は奪われていた。

 その直後、とあることが頭に思い浮かぶ。

 こんな神秘的な時間に、あれを渡せたなら凄いロマンチックじゃないかと。

 そう思ったオレは、早速カフェに対して話しかけようとした。

 

「あの……」

 

 しかしオレが口を開く前に、カフェが緊張したように声をかけてくる。

 そして自分のバッグから白くて手に収まるくらいのサイズの箱を取り出すと、俺にそれを差し出してきた。

 

「これ……クリスマスプレゼントです……」

 

「ホントに? 嬉しい! 開けていいかな」

 

「どうぞ……」

 

 蓋を取って中を確認すると、小さな蹄鉄が一つ入っている。

 よく見てみると金属のチェーンで繋がっており、ネックレスだということが分かった。

 

「蹄鉄のネックレスです……幸せを呼んで逃がさない効果があるみたいですよ……」

 

 カフェがその意味を説明してくれて、きゅっと胸辺りが締まる感じがする。

 きっとオレのことを考えて、カフェが選んでくれたのだろう。

 

「嬉しい……大切にするね」

 

「良かったら使ってくださいね……」

 

 明日からでも首から下げていこうと思って、大事に箱にしまいバッグの中に入れる。

 嬉しさに自分の尻尾がぶんぶんと振られているのが分かるが、こっちも本題を切り出さなければいけない。

 カフェに先手を取られてしまったが、オレもオレでしっかりと準備してある。

 この日のために用意した、とっておきだ。

 

「じゃあオレもお返しだな。はい、メリークリスマス!」

 

「ありがとうございます……! 開けてもいいですか……?」

 

「うん、是非開けてみて」

 

 カフェから貰ったネックレスが入っていたものと同じような白い箱に入ったプレゼントを、落さないように両手で手渡す。

 彼女は受け取った箱を少しの間眺めると、意を決したように箱を開けてくれた。

 

「わぁ……これ、耳飾りですか……?」

 

「あぁ、オレと色違いの奴をね。どうだったかな……?」

 

「凄い嬉しいです……! 本当にありがとうございます……!」

 

「なら、良かったぁ」

 

 彼女へのプレゼントとして渡したのは、オレの右耳についている蓮の花をイメージした耳飾りの色違い。

 淡い水色をした耳飾りは、きっとカフェにも似合うだろうと思って購入に踏み切った。

 あわよくばお揃い……なんてちょっとした邪念もあったりしたけど。

 因みにオレの耳飾りは、ウマ娘になって間もない時にビビっときて直感で買ったものだ。ウマ娘はほぼ例外なく耳飾りをつけているが、あれは何故なのだろうか。本能に近いのかしら。

 嬉しそうに微笑んでいる彼女を見ると、こちらにも気持が伝わってくる。

 オレがイルミネーションの中で喜ぶカフェを眺めていると、彼女が下からそっとオレを覗き込んできた。

 

「あの……耳飾り、つけてくれませんか……?」

 

「ここで……?」

 

「はい……左耳でいいので……」

 

 カフェが首を少しオレの方に傾けて、ピンと貼ったウマ耳をオレに差し出してくる。

 軽く目を閉じている少女はキスを待っているかのように、期待を込めたような雰囲気を醸し出していた。

 ごくりと生唾を飲み込むと、オレはそっと彼女の耳に触れる。

 

「あっ……」

 

「んっ……」

 

 ぱちりとなるべく痛くないように優しく耳飾りをつけると、彼女は満足そうに顔をあげてにこりと花が咲いた様に笑った。

 

「これで……お揃いですね……」

 

 そっと自分の口に手を当ててにこりと笑みを浮かべる彼女の姿は、周りの光を相まっていつもより輝いて見えた。

 ぽーっとカフェに見惚れてしまったが、オレにはもう一つサプライズがあることを思い出す。

 現実に戻ってきてバッグの中からとある封筒を取り出すと、彼女にぽんと軽めに手渡した。

 

「これ、おまけね。好きに使って大丈夫だから」

 

「……これ、なんですか?」

 

「温泉旅行のチケット」

 

 これは最近友人が余ったからとくれたものだ。

 かなり豪華な旅館で、美味しいご飯と眺めのいい温泉に入れるらしい。

 なので、良かったらと思って彼女に渡したのだが──

 

「……ペアチケットって書いてありますよ。このチケット」

 

「……へ? マジ?」

 

 てっきり一枚しか入って無かったので、一人用だと思っていたがどうやら違うらしい。

 どうしようかなと思っていると、カフェがまるで最初から決まってみたみたいな口ぶりでオレに提案してきた。

 

「一緒に行きませんか……? 温泉旅行……」

 

 じっと見つめてくる琥珀色の瞳には、一体どんな顔のオレが映っているのだろうか。

 恐らくだけど──人に見せられない、にやけた顔をしているに違いない。

 

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