TS。transsexual。性転換。
男性が女性──例えばウマ娘になってしまうような出来事は、一般的に作り話とされている。
「トレーナーさんは、聖女だったのですね……!」
だがここに、その「性転換」を実現してしまった人物がいた。
「あぁ、これが運命の寵愛! 私の前に神の試練を乗り越えて、セカイを渡った人物が身近にいたなんて……!」
男の時にはなかった、ゆらゆらと動く赤褐色の鹿毛のウマ耳とウマ尻尾。
きゅっとくびれのあるラインに、しっかり出るところは出ている女性らしい体つき。
色気のある美しい女性と言っても差し支えない、ぴっちりとしたスーツを着たウマ娘こそ──元男のトレーナーである自分自身だったりするのだから、事実は小説より奇なりである。
「ねぇ……どうしよう、カフェ」
「どうしましょう……。彼女、自分のセカイに入ったらそのままですし……」
そんなオレがこっそりと耳打ちして相談した相手こそ、大事な担当ウマ娘であるマンハッタンカフェ。
すらりとしたスレンダーなモデル体型の彼女だが、これでも菊花賞を制したG1ウマ娘。
いつもはしっかりとした気品のある態度を取っているが、今だけは目の前の光景に戸惑いを隠せていない。
それもそのはず。今オレとカフェの目の前では、とあるウマ娘が跪きながら祈りを捧げているのだから。
「私のこれからのために……どうか、その数奇な運命を辿るための試練を教えてくださいませ……!」
彼女の名前は──レッドディザイア。
白いフリルがついたヘアバンドを携えた特徴的な真っ赤な髪に、琥珀色の綺麗な瞳。
醸し出す雰囲気がどこかカフェに似ており、並んだ姿は親子のように見えたりもする。
そしてそんな彼女が、何故オレたちの前で手を合わせながら項垂れているのか。
それには深いようで浅いような、彼女たちとの不思議な物語があったりするのだ。
~~~~~~~~
時は遡り、桜の花が丁度満開に咲くころ。
担当ウマ娘であるカフェは昨年からドリームトロフィーリーグに移籍し、トレーニング量も現役時よりも落ち着いてきていた。
それと同じようにオレの仕事も少なくなり、激務だった時期を懐かしく感じてしまうくらい。
そんな緩やかに新たな出会いを感じさせる季節に、オレは彼女と出会うきっかけを得ることになる。
「トレーナーさん、そう言えば新しい担当ウマ娘って考えてます……?」
そう話しかけてきたのは、トレーナー室のソファの隣に座ってオレに寄りかかってきていたマンハッタンカフェ。
ゴロゴロと鳴く猫を撫でているような感覚を覚えながら、オレは目を落としながら口を開いた。
「新しい担当、ね。実はたづなさんとかからも急かされてるし、やった方がいいのは分かってるんだけど……」
ここで直ぐに「やります」と言えないのが、オレが大好きな彼女に脳を焼かれてしまった証拠。
新しくウマ娘を担当したい気持ちは確かにあるのだが、彼女と比べてしまう自分が居そうで怖い。
そんな自分の中で気持ちが整理も出来ずに、ずるずるとここまで決めきれずに引きづってしまった。
男性だったら頃はもっと素早く決断する事も出来たのだろうかと、思ってしまわないこともないがそんなことを言っても仕方ない。
だって、今の自分の姿は「自らその姿」でいることを選んだ形なのだから。
……ここまで胸元がデカいとは思って無かったけど。重いしカフェにめっちゃ触れるから気になるんだよね、これ。
「それなんですけど……私の後輩にとてもいい人がいまして、お話だけでも……と」
「カフェの後輩? カフェが後輩を気にかけるなんて、珍しいね」
「そう……ですね。そうかもしれません。ただ、とても可愛い後輩で、放っておけない子で……」
カフェの交流関係というのは、意外と広い。
同じ研究室を間借りしているタキオンは言わずもがな、同年代のジャングルポケットにダンツフレーム。同室のユキノビジンに、不思議な共通点を持つアドマイヤベガなどなど。
ぱっと思いつく範囲だけでもこれだけあるが、彼女があまり後輩を見ている話は不思議と聞かない。
憧れとして後輩から見られていることはあれど、先輩と一人のウマ娘に対してここまで真摯になっているとは。
オレ自身も、ちょっと気になってきた。
「……うん、カフェがそういうのであれば。いつまでも女々しくしているなんて、オレも出来ないし」
「……トレーナーさんは、ウマ娘よりウマ娘していると思いますが」
「身体的な話じゃなくてね!?」
「いえ、心理的な話でも……まぁ、この話はやめておきましょうか」
そっといたましいものを見るかのように目を逸らしてきたカフェに、オレはぷんすこと頬を膨らませながら抗議したくなる。
確かに走ることが好きになったり、好きなものが甘いものになったり、可愛いものが好きになったり、感情が表情に出やすくなったりしたけど!
オレは、まだ男の気持ちを持っているつもりでいるから!
「え、その言い分は無理では……」
あるったらあるの!
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そんなやり取りをした、その日の放課後。
カフェがその後輩をトレーナー室に直ぐに連れてきてくれるとのことで、オレは仕事をしながら彼女たちを待つことにする。
春の暖かな日差しが、カーテン越しに差し込む中。ふわりと漂うコーヒーの匂いを嗅ぎながらゆったりとしていると、こんこんとドアを優しく叩く音が部屋に響く。
ぴくりと耳を揺らして部屋の外からの足音を確認すると、カフェに加えてもう一人追加の足音が聞こえてきた。
恐らくこれが彼女の言っていた後輩なのだろう。
オレは一度作業の手を止めると、カフェたちを迎えるためにドアの近くへと移動した。
「はい、どうぞ」
「失礼します……。トレーナーさん、後輩を連れてきました……」
がらりとドアが開けられると、そこには見慣れたトレセン制服姿のウマ娘が二人。
一人は勿論カフェなのだが、その隣に立っている彼女は──まるで、聖女のようだった。
星型の飾りとフリルがついた赤い神秘的なベールを被り、そっと祈るように手を握っている。
その様子は神聖なオーラ―を感じさせられると共に、どこかカフェと似ているところもあった。
琥珀色の瞳に、ぴょこんと飛び出たアホ毛と綺麗なロングヘア。オーラは真逆的ではあるのだが、なんだか親子みたいだなと不思議に思ってしまった。
「えーっと……初めまして。もしかしたらカフェから話は伺っていると思うけど、オレがトレーナーだよ。よろしくね」
オレが目を合わせて挨拶をすると、彼女はぺこりと頭を下げてゆっくりと口を開いてきた。
「初めまして……カフェさんのトレーナーさん。私の名前は、レッドディザイア。この運命の出会いに、心より感謝致しますわ」
何故かうやうやしく言ってきたその姿は、どこかこなれた様子で彼女にとても似合っている。
オレに向けられている感情は、期待に近いものだろうか。
なんか明らかにきらきらした目で見られているが……。
「……話は少し聞いているけど、トレーナーを探しているんだって?」
「はい。私は今、自らの試練を一緒に歩んでくださるトレーナーを探しています。そんな中でカフェさんからこのお話を伺い、これは受け賜りしモノだと直感いたしましたわ」
そう話してくる彼女に、オレは耳をピンと立たせてしまう。
自らの試練……とはなんだろうか。
ウマ娘とは不思議なもので、レースを基準に自分の生き様を考えていることが多い。
例えばカフェには「レースでお友達に追い付きたい」という、一見不思議な目標があった。
これはオレが理解を示して達成することが出来たが……決してふざけていることではなく、真剣に取り組んでの結果だ。
オレとカフェだけが知っている結末の話はさておいて、もしかして彼女──レッドディザイアもそのような目標を抱え込んでいるのだろうか。
「ごめん、その『試練』について詳しく聞かせて貰っていい?」
「まぁ……。いいのですか? 私のお話を聞いてくださっても」
「勿論、それがトレーナーの役目だからね」
ウマ娘に対して、理解を示して歩み寄る。
それがトレーナーとしてウマ娘を担当する際に、一番大事な事だと思うから。
「私は……実は、聖女なのです」
「そっか、聖女なんだ。それはすごい……え、はい?」
だがそれが理解のキャパを超えると、流石のオレでも思考が止まる。
カフェの時は段階を踏んで「お友達」への理解を示せたが、彼女は急にアクセルを踏んできた。
そんなオレを横目に、当の本人は真剣な目で窓際に立ちながら話を続ける。
まるで、差し込む光をスポットライトにして。
「それは、何も無かったとある日。私は啓示を受けましたの。それは、自分が異なるセカイへ舞い降りてしまったということ……。このトゥインクルシリーズを制覇し『試練』を乗り越える事によって、私はかの地へと到れる……」
まずい。情報量が多すぎる。
カフェが連れてきた後輩だからといって安心していたが、まさかこんな個性的なウマ娘だとは思わなかった。
助けを求めるつもりでちらりと隣に立っているカフェに視線を向けると、何故か彼女は深く理解をしているかのように頷いている。
もしかして、本当にオレが知らないだけで異なる「セカイ」が存在して──
「あ、いえ。彼女が勝手にそう言ってるだけで、そんなこと無いと思います……」
してなかった。
じゃあ、彼女が言っている聖女って言うのは。
「自称です」
まさかのエセ聖女だった。
ここまで不思議な子、カフェとは一体どこで繋がりを持ったのだろうか。
なんだかタキオンとは別のベクトルでの狂気を感じてしまう子を見ていると、ぽそりとカフェが呟く用に説明してくれた。
「……出会ったのは偶然なんですけど、不思議と放っておけなくて。あとこれは直感なのですが……彼女が言っているイセカイを眉唾つばものとして済ませるには、違うな……と」
「なるほどね……」
「あと私が勝手に、父性を感じているというのもありますが……」
「なるほど……父性?」
「父性です」
「……せめて母性じゃなくて?」
「いえ、これは父性だと思います……」
なんだかカフェも聖女パワーに浄化されて、おかしくなってしまっているのかもしれない。
まぁでも、彼女からはなんだか力を感じる。
ピンと来るトレーナーの直感が、彼女は真剣にレースに取り組もうとしているのが分かってしまう。
「レッドディザイア、君の目標は?」
「……はい! 私の試練はトゥインクルシーズのティアラシリーズ。この女王の冠を三つ被ることが、運命だと信じています……!」
トリプルティアラ。それは、歴代でも達成者が数えるほどしかいない偉業中の偉業。
運命という力強い言葉を使うほど、彼女の目は真剣そのもの。
その冠を彼女が手に入れてその先にあると言っている「セカイ」を……オレも見たくなった。
「もし良かったら、その『試練』オレにも手伝わせてくれない?」
「……っつ! えぇ、是非! こちらからも!」
こうして。
オレはこれからの歴史に名を刻む「聖女」と、トレーナー契約を結ぶことになった。
隣に後方父親面をする謎のカフェを添えながら、だけど。
~~~~~~~~
慣れたら時は過ぎるのは早いもので。
もはや隣に聖女がいることがすっかり日常と化し、トレーナー室に懺悔室が出来そうになっていた頃。
その機会は、突然訪れる。
「すみません……トレーナーさん、このお写真なんだか分かります……?」
トレーニングが休みの放課後の時間。
オレが仕事を片付けてカフェがいつものようにコーヒーを嗜んでいると、ディザイアが読んでいた雑誌のページを開いてオレに見せてくれる。
一度パソコンの画面から彼女の方に視線を向けると、思い入れのある写真が目に飛び込んできた。
「あっ、懐かしい。カフェが菊花賞勝った時の写真だ」
そこにはカフェが菊花賞の優勝レイを肩に掛けて、あまり見せない笑顔をカメラに向けている様子が映し出されている。
にこりと笑ったその表情は、カメラ越しでも本当に嬉しいと伝わるほど。
天気が悪い雨のレースの中で泥に塗れてしまった勝負服は、誰よりも綺麗に輝いて見える。
本当に、思い出深い写真だ。
「時間的にはもう大分前ですか……。ですが、私もあの時をいつでも思い出せます……」
「一番最初の冠だったもんね。オレも喜んで叫んじゃった記憶あるよ」
「ぐしゃぐしゃになったトレーナーさんのお顔、よく見えてましたよ……」
「そう言われると、今更なのになんか恥ずかしいな。そこまで見られていたのか」
「えぇ、勿論……」
そんなあの日の思い出話に花を咲かせていると、ディザイアが首を傾げながらオレたちのことを見ている。
何か腑に落ちない箇所があるような表情を浮かべながら、彼女はゆっくりと質問を投げかけてきた。
「……その、カフェさんのお隣にいるお方……どこかで見たことあるような気がして……」
「……あれ、この時お友達ピースでもしてたっけ?」
「……いえ、何もしてないですね」
「そうではなくて……隣の男性……」
「え、そりゃオレだけど。別に変なことでも……あっ」
最初の方では違和感だったとしても、それがいつの間にか日常に溶け込んでしまうように。
くるりと回したティーカップの中は、もうすっかりカフェオレとして混ざり切ってしまっていた。
「もしかして、言ってなかったっけ……?」
「カフェさんのトレーナーって二人おられるのですか? すみません、トレセン入学前の事情には浅くて……」
「いや、一人しかいないよ。カフェのトレーナーはオレだけ」
「えっと……なら、こちらの方は……?」
「その……信じられないかもしれないけど、オレなんだよ」
「……はい?」
嘘なんて一切ついていない。
カフェのトレーナーは生涯を通してオレだけだし、菊花賞の時に隣に一緒に立っていたのもオレ。
ただ、当時のオレは……男性だったけど。
「つまり……トレーナーさんは元々男の方で、今はこんな可愛らしいウマ娘になってしまったと……」
「その認識で間違ってないよ。可愛らしいがいるかは分かんないけど」
こんな傍から見ても非現実的な話を、わざわざディザイアにする意味もないと思っていたが……そりゃ、いずれバレるよな。
知名度だけで言うならば、男性の時より今のオレの方が上。なんなら自分のぱかプチまであるし。
一応当時男性として映っていたオレは、世の中の混乱を避けるためカフェのサブトレーナーという「設定」になっている。
もうすっかり忘れていたけど……ディザイアを担当するならば、絶対に話しておくべきことだっただろう。
これに関しては、オレが全面的に悪い。
「ごめん、オレが詳しく説明して無かったのが悪かった。気持ち悪い…….よな。直ぐに他のトレーナーを紹介するから、離れて貰って大丈夫」
「トレーナーさん……」
「ごめん、カフェ。せっかく信頼して紹介してもらったのに、期待に沿えなくて」
オレは彼女たちに対し深く頭を下げて、謝罪を行う。
不幸中の幸いだが、まだ彼女はデビュー戦をしていない。
今からトレーナーを変えるとなったとしても、大きなギャップに苦しむことはないだろう。
だけど……彼女の活躍を間近で見れないのは少し残念──いや、オレはそんなこと言う立場にはないんだ。
少しばかりの静寂。
しんと静まり返った部屋に再び音を込めたは、失望したディザイアからの断罪の言葉ではなく。
「トレーナーさんは、聖女だったのですね……!」
尊敬の眼差しと、彼女の熱が籠った言葉だった。
~~~~~~~~
「あぁ! なんたる奇跡! やはり、私が最初に見た光は正しかったのですね!」
感極まった様子でその場をくるくると回りながら、目に光を灯して熱演するディザイア。
もはやその勢いは止められず、スイッチが壊れてしまったかのように捲し立てていた。
どうやらオレに対して一切負の感情がなさそうだが……なんだか盛大に勘違いしているように見える。
「その……凄い申し訳ないんだけどさ。オレがウマ娘になったのは奇跡とかじゃなくて、薬のせいで……」
「いえ? 大切なのは、今の魂のあり方。どんな過程であっても、それは聖女の試練の一つ。そして、トレーナーさんは間違いなくそれを乗り越えておられます……!」
理屈としては……通っているのか? 言われてみれば、理論としては納得できないことはない。カフェもなんかめっちゃ頷いてるし。
だけどオレ、聖女なんてたいそれたものじゃないんだよな。
そう思って彼女に口を出そうとしたのだが、何故か隣からカフェがぬるっと入り込んできた。
「よく分かりましたね……。私のトレーナーさんは、運命を乗り越えて聖女に到ったのです……」
「ちょっと? カフェ?」
「やはり……!」
「やはりじゃなくてね?」
なんだか収集がつかないことになってきた。
カフェが謎にディザイアに対して甘々なのは最近気づいていたが、なんで急に……。
そう思っているとカフェがオレに対してだけ聞こえる声量で、ぽそりと呟き始めた。
「ディザイアさんはイセカイに行くことをモチベーションにしているので、ここは私に乗って貰えませんか……?」
「うっ……なんか、騙しているようで悪いんだけど……」
「嘘は言ってないので……。それに私を救ってくれた聖女としては、あながち間違ってませんよ?」
「その言い方は……ずるいよ」
その心をくすぐる様な甘い囁きに、オレは尻尾を振る事しか出来ない。
まぁこれが彼女のモチベに繋がるのであれば、トレーナーとして少し尊厳を犠牲にしてもいっか……。
ま、まぁ。聖女っていう肩書も悪くないし? なんかお清楚な感じがするから、オレに向けられても嫌じゃな──
「トレーナーさん! その聖女に到るために、どんな試練を乗り越えたのですか!?」
「えっ、えっと……」
まずい。もう既にぼろがでそう。
オレが「どうするの」という意味を込めてカフェに視線を向けると、彼女は「それは分かってしまった」と頷く。
どうやら最初からその回答を用意してくれていたみたいで、それはもう自信満々に答えてくれた。
「実は……トレーナーさんは聖なる儀式をすることで、聖女へと生まれ変わったのです……!」
「まぁ……! よろしければ、その儀式を見せてもらう事は可能ですか!?」
「……えぇ、いいですよ!」
「ありがとうございます!!!」
「うえっ!?」
TSしたら自称聖女に対して『聖なる儀式』を披露する事になった件。
~~~~~~~~
「で、何するの? こんなセットまで用意して」
「まぁ、任せてください……。こういうのは、一度大きなインパクトを与えればもう言及してこないものです……」
「本当……?」
「えぇ……。お友達を信じてもらう時と一緒です……」
そんな謎の儀式は、その日の晩に行われることになった。
何をするか分からなかったので、カフェに全て任せたらトレーナー室が色々と改造されている。
夜にもかかわらず部屋の電気は消され、唯一の光源は仮眠用ベッドの近くにある小さなランプだけ。
そしてもくもくと煙が焚かれているアロマディフューザーも設置してあり、なんだか部屋全体がインモラルな雰囲気を醸し出している。
その結果いつも過ごしているはずのトレーナー室は、まるでイセカイのように変化していた。
「……オレは何すればいいの?」
「トレーナーさんはベッドに寝ているだけで大丈夫です……。後は私が全部リードしますので……」
オレの隣に立っているのは、漆黒の勝負服まで身に着けて気合十分といった様子のカフェ。
そしてわくわくした目でそれを見つめる、観客のレッドディザイア。
まるで楽しみな映画を待ちわびるかのように、ソファに座りながらオレたちの方を見つめていた。
「あぁ、聖女の営みを目にすることが出来るなんて……! 本当に感謝いたしますわ、カフェさん……!」
「えぇ……。しっかりと目に焼き付けておいてくださいね……!」
「はい!」
なんでこんなカフェって、ディザイアにいい所を見せたがるのだろう。
先輩として頼られるのが嬉しいにしても、なんだか少しやり過ぎな時もあるような……。
「それでは聖なる儀式を始めます。……準備はいいですか?」
その言葉を合図に、オレは急にカフェにベットに押し倒されてしまった。
頭が枕の上にぽすんと乗った感覚がしたかと思うと、一気に視界一杯に彼女の顔が広がる。
自分がどうなっているか認識する暇もなく、オレはただ息を飲むことしか出来ない。
「ふぇ……?」
暗い空間の中でも、これだけ近づけばカフェの顔もしっかりと映る。
自分の腕を白い手袋をした手にがっしりと掴まれ、上に乗ってきた彼女から逃げることが許されなくなった。
同じウマ娘でも鍛えているカフェと何もしていないオレとでは力の差が歴然であり、抵抗しても意味ないのが本能で分かってしまう。
「じっとしていてくださいね……。すぐ終わりますから……」
そう言ってそっと吐かれた彼女の温かい息が、ふわりと自分の顔に膜を張った。
ぐりぐりと押されてお腹の上で感じるカフェの重みは、なんだか変に心地いい。
「はわわ……」
ほらなんかこの状況見て、ディザイアも普段出さないような声出しちゃってるし。
本当にこれ大丈夫なの?
「大丈夫ですよ……。トレーナーさんも、とても可愛らしい顔してます……」
囁かれるように可愛いと言われ、自分の尻尾が嬉しくてくるりと反応してしまう。
もう体からは力が抜けてへにゃりとしてしまい、ずぶずぶとベッドに沈んでいくのみ。
そのイセカイにはもう、カフェの優しい手つきだけしか感じられない。
「んんぅ……」
首元を優しく撫でられて、思わず普段出ないような甘い声を鳴らしてしまう。
ふわりと漂って来るカフェと焚いたアロマの香りが、思考をとろりと溶かしていくのが分かる。
明らかな、焦らし。本番をしてくれないような手つきを、彼女はワザとしているのが伝わってくるのだ。
「かふぇ……その、すごいせつないんだけど……」
「さて……? これは聖なる儀式ですよ。何を勘違いしているんですか……?」
二人しかいないならもっとおねだりをしたいのに、ディザイアも見ているのでうぅと言葉を詰まらせてしまう。
いくら薄暗い空間といえども、彼女に対してどこまで見えてしまっているのだろうか。
そうして優しい手つきでオレの顔にカフェの手がそっと触れたかと思うと、こつんとおでこを合わせてきた。
「こうすることで、愛情を魂に渡して昇華させます……。ディザイアさん、分かりましたか?」
「はいっ! トレーナーさんとカフェさんの後ろに、聖女の光が照らしているのが分かります!」
なんか遠くから二人の話し声が聞こえてくるが、オレはもうそれどころじゃなかった。
頭がくらくらするし、下半身はなんだか温かいし、耳はぷるぷると何かをねだるように震えている。
そんな状況でカフェに上目づかいでちらりと視線を送ると、彼女はにこりと笑って口を開いた。
「ディザイアさん……。今日はもう遅いので、こんなところで終わりましょうか……。片付けなどはこちらでしておくので、お先に帰って大丈夫ですよ……」
「分かりましたわ! 本日は、ありがとうございました!」
「いえいえ……先輩として役に立てたのならば良かったです……」
カフェが自然に退出を促すと、ディザイアは素直に従って部屋から出て行ってくれた。
そうしてトレーナー室に残されたのは、オレとカフェの二人だけ。
しんと静まり返った薄暗い空間の中で、先に声を出したのはオレの方だった。
「ねぇ……カフェ続き……」
「我儘なネコさんですね……。どうして欲しいんですか?」
「忘れられないくらい、いっぱい欲しいな……」
そういえばもう一つだけ、ディザイアに伝えていない秘密があった。
それは……オレとカフェは恋人関係にあるということ。
大好きなウマ娘からこんなにも誘われて、応えないなんてことは出来ない。
こうして更に夜が更ける中、オレとカフェはゆっくりと影を重ね合わせるのであった。