時刻は17時。場所は東京の住宅街。
電柱の陰に隠れた自分は即座にビデオカメラを取り出し、液晶パネルを開いて上方向に向けてから、それとなく構えていく。
持ち上げるのではなく、手の平に乗せるようにして、へそ辺りを意識しながら低めの位置を保っていく。次に、向かって右方向に向けたビデオカメラのレンズ部分に右手を被せ、指の隙間から覗かせるようにその先を撮影し始めてから、開いた液晶パネルも左手で隠しながら、上に向けた液晶パネルの撮影画面を確認した。
ビデオカメラを向けた先。上り坂の途中にある一軒の住宅。その入口では親密な様子で会話をする男女が存在しており、その男がご機嫌な顔で玄関扉を開くなり、何の躊躇いもなく女を家に招き入れてから扉を閉めた。
一連の様子を撮影し、録画を解除する。それからビデオカメラをウエストポーチに入れてから尻ポケットのスマートフォンを取り出して、電話のコールを発信した。
直ぐにも、スマートフォンからは陽気な男性の声音が響いてくる。
『よーぅ!
「依頼主の旦那さんが、昨日と一昨日に続いて知人女性を自宅に招き入れてました。いずれも依頼主である奥さんが帰省している期間を狙って、旦那さんはその知人女性を自宅に招いているようですね。今回もその様子を撮影できましたので、その報告をと思いまして“所長”に電話しました」
『おーぅ、やるじゃねぇか! 初めての単独調査でこの調子なら上出来だ。これで
「拾って頂いてまだ二か月ですから、俺は全然ですよ」
『そんな謙遜すんじゃねェよ、せっかくこのオレちゃんが真剣に褒めてやってんだからよォー。お給料と褒め言葉は素直に受け取っとけ。これが、幸運にもオレちゃんに拾われたオマエさんが勤める、“
「どうも。なんだかちょっと照れ臭いですね」
ウズウズとキョロキョロしながら、頬をぽりぽりと掻いていく自分。それから改まるように“所長”へと指示を仰いだ。
「それで、俺はこの後どうすればいいですかね?」
『取り敢えず、事務所に戻ってきな。録画したデータをオレちゃんが直々に確認してやっからよ。そんで今日はもうアガリだ。ひとまずお疲れさん』
「ありがとうございます。では、今からそちらに戻ります。徒歩で30分くらいの距離なので、そのくらいを目安に戻れるかと」
『おーぅ、気ぃ付けてな』
「どうも。それでは」
通話を切り、スマートフォンをしまいながら歩き出す。そうして自分は曇り一つない心持ちで、下り坂の帰路を辿ったものだった。
――東京 歓楽街『
15分ほど歩き続けると、次第にも周囲の景色からはいかがわしい雰囲気が漂い出す。
押し詰めるようにぎゅうぎゅうと立ち並んだ店の大群。そのどれもが大人向けのサービスを展開する飲食店や遊戯場ばかりであり、夕日が顔を覗かせ始めた現在時刻において、既に売り子や客引きなどが声を掛け始めている。
店の看板が前方の視界を埋め尽くし、それがポツポツと輝きを放ち始める。それらは夜になると眩い光の群れとなり、突き刺さるようなネオンの光景が高揚感と背徳感を煽り始めてくる。
歓楽街『
煌びやかな空間の中、アンダーグラウンドな空気が立ち込めている。それは眩しくて、艶やかで、触れると火傷するほどに燃え滾る人間の渇望が取り巻く禁断の地。いや、現世を生きる人間達の、普段から抑え込まれた欲求を満たすに十分なサービスが取り揃えられた、まさに“願いが叶う夢の国”とも言えたのかもしれない。
SNSでは専ら、“大人のテーマパーク”という愛称で良くも悪くも噂されている歓楽街『
直にも見えてきた一つのビル。一階が車庫になっているそれは、二階の看板にデカデカと『
視界いっぱいに広がったオフィスの景色。中央の長テーブルは奥へと続いており、八つほどのパイプ椅子が並べられている。壁には図書館のように本棚が整列している他に、向かって右手には仕切りが設置されており、仕切りの奥には休憩スペースとして、台所やテーブル、イス、あとはソファやテレビなどが用意されている。
そして、視界の中央に鎮座する長テーブルの奥、部屋の最奥には所長の事務机が存在していた。調査員の帰還と共に事務机で反応を示した彼は、軽快にイスから腰を上げるなりのっぽな長身で歩み寄ってくる。
187cmという背丈である彼は、室内でもサングラスを常備する何とも拘りの強い人物だ。左耳周辺を刈り上げた、全体の3割ほどを占める黒色のツーブロックと、右耳へと流すように伸ばした、残る7割ほどを占めるトサカのような金髪のヘアスタイルという外見が印象的であり、面長でスリムな骨格が長身も相まって陽気な男らしさを引き立てている。
服装は、大っぴらに開いて袖も捲り上げたヤンチャな着こなしの灰色スーツジャケットと、ボタンを二つ外してラフ感を醸し出した黄色のYシャツ、それと長い脚を演出する灰色スーツのスラックスに、ツヤツヤと光を走らせる茶色の革靴というもの。
真っ先に思い付く言葉として『パリピ』というワードが脳裏に浮かんでくる第一印象。左手首に着けた銀色の腕時計と黒色のサングラスをギラつかせながら、彼は片方の口角を吊り上げた愉快げな表情で喋り出してきたものだ。
「よーぅ、
「お疲れ様です、所長」
「早速だけどよォ、ビデオの方、見せてくれっかな。ちと気ぃ進まねェけど、今日の成果を今から依頼主に報告すっからよ」
「えぇ、ただいま」
右手で軽く促してきた所長の動作と、ウエストポーチからビデオカメラを取り出していく自分。それを所長に手渡すと、彼は明るい雰囲気を纏いながらもまじまじとした面持ちでビデオを確認し始めたものだから、自分は必要以上の緊張で立ち尽くしてしまった。
だが、余計な心配だったことに変わりはない。所長はニカッと笑みを見せてから顔を上げてくる。
「おぅ、とってもいい映像だ。コイツなら不倫裁判の証拠としても使えるだろうよ。ナイスだぜ
「よ、よかった……!」
「にしても、たった二か月で軽めの単独調査までこなせるようになっちまってよ。さすがはオレちゃんが見込んだ男、我ながら人を見る目があるぜ~」
「これも全て、天涯孤独になって路頭に迷っていた俺を拾ってくださった所長のおかげですよ」
「確かに
「お役に立てるよう頑張ります」
「おぅ、期待してるぜ」
ビデオカメラを長テーブルに置き、こちらの背中を叩いてくる所長。それから彼はズボンのポケットからスマートフォンを取り出して電話を掛けようとするのだが、ふと動作と止めるなり思い出したかのようにこちらへ振り返りながら、“そんなこと”を訊ね掛けてきたのだ。
「ところでよ、
「え? そうですね、あとは住んでいるアパートに戻るだけですが……」
「そうかい。……じゃあよ、ついでと言っちゃァなんだが、ひとつ頼まれてくれねェか?」
「えっと、何でしょうか?」
「今夜、