コンビニのレジ袋を提げた自分が先頭を歩き、ラミアとメーの美人二人を連れながらアパートの通路を横断する。そして今にも到着する玄関扉に向かって鍵を差し出し、到着と共に鍵穴へと入れて開錠すると、ガチャッと音を立てたそれを開きながら、自分は二人に言葉を投げ掛けた。
「着いたよ。今日もお疲れ様」
3階からの夜景を眺めていたメーが、すかさずに反応する。勝気な表情で意気揚々と部屋を覗き込むと、真っ暗な室内に彼女は目を輝かせながら一番乗りで入室した。
「うはぁっ!! 綺麗な賃貸!! 今日からここに住んでもいいとか、マジで生きてて良かったぁ~~!! ウェーイ! 早速おっじゃましまーす!!」
サンダルのようなヒールをカツカツと鳴らし、それを脱ぎ散らかすようにして部屋へ上がっていく。器用にも片足を上げただけでキャストオフしたヒールがポロポロと落ちていき、メーは照明を点けながらドタドタとワンルームへ駆け込んだものだ。
彼女の様子を見て、扉付近に残っていたラミアが鼻でため息をしながら喋り出してくる。
「お騒がせしてすみませんねー」
「まぁ、それだけ喜んでもらえてるってことでもあるからね」
「ずっと疑問に思ってましたけど、カンキさんのそのポジティブさって、一体ドコからやってくるモンなんでしょーかねー。やっぱり育ちの良さとかで、人柄が変わったりするんでしょーか」
どこか悟ったように喋るラミアは、いつもの淡々とした調子で少し神妙な面持ちを見せていく。それを聞いた自分は何気無く彼女へ振り向いていくと、ラミアもまた同じタイミングで視線を投げ掛けてきてから、ニコッと口角を上げて可憐なスマイルをひとつ、いたいけな風貌から繰り出されるあざと可愛いドールフェイスでこちらの疑問を忘却してみせた。
……相変わらずお人形さんのように可愛い女性だ。
視線は釘付けとなり、我を忘れてラミアに見惚れた自分。一方で彼女はと言うと、まるで何事も無かったかのように玄関の方へと向いた後、やはり神妙な面持ちへと切り替えてそれを喋り始めてくる。
「お引越しの手続きとか色々ありますから、コチラへの転居にはもー少しだけお時間をいただくコトになると思います。……カンキさんのご厚意に甘えたばかりに、引越しなどの大掛かりな作業を約束させたり、せっかくのプライベートルームを占領してしまったりと、いろんな面倒事に巻き込んでしまっているコトは、ウチも承知しております。その上で、ウチらのワガママに付き合っていただいたりもして……ご迷惑をおかけして、ホントにすみません」
「謝る事はないよ。それがラミアやメーのためになると思って、俺も自分で納得して決めたことなんだし」
「結局はそーして、ウチらはカンキさん達のご厚意に
「ラミア」
こちらへ振り向いてくるラミア。彼女の表情は落ち着きのある淡泊なそれでありながらも、宝石のような輝きを持つヴァイオレットカラーの瞳の奥からは、微かながらと揺らめく恐怖の念が透けて見えていたことを容易に確認できる。
「ラミア、ありがとう」
「?? どーしてカンキさんがお礼を??」
「なんだかそうしたい気分だったから、かな。周りのことを気遣ってくれて、ありがとう。こんな俺を頼ってくれて、ありがとう。そして……傍に居てくれて、ありがとう。少なくとも、俺という存在もまた、ラミア達に支えられていることに代わりないからさ。今日だって、こうして楽しい時間を過ごさせてもらってる。だから、そのお礼を伝えなきゃと思ったんだ。――あ、えっと、傍に居てくれてっていうのは別に、セクハラの意味で言ったわけではないから……っ!!」
「分かってますよー、それくらい。ウソみたいに素直なカンキさんなら、ホンキでそー思って、そー仰ってくれているんだろうなーと、ナンとなく承知してますから。特にウチは、アナタのそーいう側面をこの数日でよく理解しましたからねー。……ホント、カンキさんってヘンなヒトですよね」
「えっ、変な人……!?」
誤解を恐れてわたわたするこちらとは相反して、ラミアは淡々とした調子で返答を行ってきた。冷淡とも言える素っ気ない返事であるようにも受け取れるが、しかし言葉の途中で彼女が垣間見せてきた、満更でも無さそうな『参った』の困り眉がその内心を物語っていたこともまた事実。
そして彼女は、微笑を見せてから玄関へと入っていった。厚底ブーツを脱ぎ、ワンルームではしゃぐメーへと呆れ気味に言葉を掛けながら歩き進めていくラミアの背を、自分は玄関扉を閉めながら眺め遣っていたものだ。
鍵を閉め、ラミアとメーの靴を揃えてから上がっていく自分。同時にして駆け寄ってきたメーからレジ袋を渡すよう催促され、手渡したそれをメーがローテーブルの上にぶちまけることで、宴会の準備が着々と進行する。
ラミアはポンチョを脱ぎ、メーはマウンテンパーカーを脱いで、二人してベッドの上にそれらを投げ捨てる。そして酒が半分以上を占めているテーブルの状況に自分は圧倒されながらも、テーブルを囲う三人でささやかな宴会を開始した。
「「「かんぱーい!!」」」
内容物を含んだ鈍い缶の音。コンッと鳴らされた飲料水のそれを端的に響かせて、自分とラミア、メーはアルコールを喉に流し込む。
安らぎに満ちた照明の下、テーブル上に広がる即席の食べ物という光景。のり天やイカ天、ナッツやポテトチップスといったおつまみ系の菓子類をはじめとして、つくねやピリ辛きゅうり、餃子やナスのお浸しなど、食欲をそそる最強のお供が勢揃いしている。
その豪華さはアベン〇ャーズに匹敵するだろう。心身ともに大満足なラインナップに心を弾ませながらウーロンハイを摂取する自分は、
テーブルを挟んだ向こうには、ラミアとメーが仲良く並んでいた。彼女らも缶を片手に晩餐を満喫しており、ラミアは完熟リンゴのチューハイを少量ずつ、メーは王道のビールをグビグビと流し込んで満足気に笑んでみせる。
「ッかぁ~~~~~!!! やっぱり仕事の後はビールに限りますなぁ~~~!!」
「そんなオジサンみたいなコト言わないでくださいよ」
「えぇぇ~~~、いいじゃ~~ん! 別にここはお店じゃないんだし、自分の家でくらい心の中のオジを解放させても良くね~~??」
「
「んあぁあぁぁ~~~……もうめっちゃ、ガチのマジでヤバイくらい神がかってるレベルでビール好きィ~~~…………。決めた。あたし、ビールと結婚するぅ~~~……っ」
「ウチはどんな気持ちで式を見守ればイイんですか。お祝いする側の立場も考えてくださいよー」
既に酔いが回っているのだろうメーは、目をグルグルさせながら背後のベッドに寄り掛かっていく。仰向けになるよう頭を投げ出して幸福感に支配された彼女の傍で、ラミアは淡泊にツッコミを入れながら晩餐をモグモグと食べ進めていたものだ。
二人のやり取りを微笑ましく眺める自分も、程よい浮遊感に思考をぼんやりさせながら夕食を摘まんでいく。そんな緩やかに流れていく穏やかなひと時を過ごすことしばらくして、ラミアは自身のスマートフォンで時間を確認しながら言葉を口にした。
「もー10時過ぎてるんですか、一日ってあっという間ですねー。そろそろお風呂とスキンケアを済ませて、寝る準備を始めないと」
アルコールを摂取してもなお淡々と事を進めるラミアは、サッと立ち上がってはメーの上を跨いで移動し、部屋に常駐させている旅行カバンから着替えなどを取り出しながら周囲へ呼び掛けていく。
「イマからお風呂に入りますけど、
ボーッとした意識の自分が何となく聞き流していく最中、メーが酩酊した状態でビシッと右手を上げながら反応を示してくる。
「あい!! メー様も入ります!!」
「じゃー、ベッドに寄り掛かってないでさっさと準備してくださーい」
「んあ~、あとで行く~」
「先に行ってますから、寝ない内に来てくださいよー」
「あぁ~~い」
完全に夢心地な具合でフワフワしているメーを他所に、ラミアは淡泊な足取りで洗面所へと向かっていった。
ラミアが去り、洗面所の方でゴトゴトと物音が壁伝いに響いてくる。そこで今も彼女が着替えをしていると意識した自分が、一人で勝手に気まずくなって視線を落としていくと、ふと感じた視線に顔を上げ、そこで目が合ったイジワルな表情のメーに一瞬だけ心臓を鷲掴みにされたかのような感覚を味わった。
「なぁなぁ~~~??」
「ど、どうしたの?」
「ぶっちゃけさぁ~~、カンキくんはラミアの事どう思ってるわけよぉ~~??」
メーはだる絡みするようにこちらの左肩に右腕を乗せ、アルコールの香りを漂わせながら赤らめた顔でニタニタと続けてくる。
「ここだけの話にしておくからさぁ~~~っ、正直に言っちゃいなよぅ~~~??」
「……それはまぁ、ラミアのことは魅力的だと思っているよ」
「じゃあやっぱり脈アリ!? フゥ~~~~!!! 恋バナの予感でアガってきたぁ~~~!!」
「ただ、俺はメーのことも魅力的だと思っているからさ、メーが考えているほど俺の気持ちは単純じゃないのかもしれない」
率直に伝えた先の発言。これを聞いたメーは一転して、ちょっとだけ意外そうな面持ちでこちらを見つめてきたものだ。
「それってさぁ~、カンキくんはあたしのことも好きってこと?」
「…………ちょっと恥ずかしいな。やっぱり今のはナシで! これじゃあ俺、ただの気が多い優柔不断な男になっちゃうから! 酔っ払った勢いで変な事を言っちゃった。気分を害したならごめん」
「ふ~ん……」
途端に体重を乗せて寄り掛かってきたメー。一層と距離を縮めてきたそれに自分はドキッと振り向いていき、そこで間近に迫った彼女の煌々とした美貌に見惚れてしまう。
思わせぶりな表情で男の心を惑わす小悪魔的なパリピギャル。その自信家な一面を持つ眩い存在感は酒気を伴ってこちらに密着し、今も煌めくチークやアイシャドウなどが彼女の持つ爽やかな明るさに、女性としての色気を余すことなく演出してみせていた。
長いまつ毛をぱちくりと動かし、得意げな笑みで顔を近付けてくるメー。これに自分は動揺を隠せず視線を逸らしていくと、次にも彼女はこちらの肩に両腕を回しながら、酒気を帯びた色気でそのセリフを口にしてきたのだ。
「じゃあさ……この際だからあたし達、付き合っちゃおうよ」
「え……?」
メーという一人の女性に心を奪われた瞬間でもあった。
時が止まったかのように、心臓の鼓動すら忘却して呆然する感覚。途方もない空の彼方に放り出されたような神経と、停止した思考の中で渦巻く動揺が閃光となって迸る。
可憐なドールフェイスで相手の感情を巧みに操り、打算的に手中へ収めてくるラミアとは全く異なるアプローチ。全てが刹那的で、見通しのつかない冒険の旅路を予感させるメーからの誘惑に、自分は不思議と心が躍らされたものだ。
……このまま頷いて、人並みの幸せを得るのも悪くないとは思えた。しかし自分は情けなくも暫し葛藤した後、冷静さを意識しながら至近距離で返事を待つメーへとそれを伝えていく。
「…………そうしたい気持ちの方が強くって、今すぐにでも頷いてメーと特別な関係になりたい。それくらい、俺がメーを魅力的に思ってるのも本当のことなんだ。ただ……こういう大事な話ほど、お酒に酔った勢いで決めちゃいけないよなって、そんな風にも思えてきちゃってさ」
苦渋の決断とも言える重々しい手つきで、自分はメーの体をゆっくりと離していく。
「もしも、お酒が抜けた後にもメーがその気でいてくれたらさ、その時にまた改めて、シラフの状態でこの話をしよう。だから、今日のところはひとまず保留ってことでいいかな……?」
「…………」
「……ちょっと、催してきちゃったかも。お手洗いに行ってくるね!」
場が白けたような、ものすごく気まずい空気感。この重圧に耐えられなくなった自分は急ぎで立ち上がると、ここから逃げるようにトイレへと駆け込んだものだ。
日和った……! という自分の内心が、内なる罪悪感を締め付けてくる。そこからなる申し訳無さで自分は閉めた扉に寄り掛かり、ただただ天井を見上げて呆然と立ち尽くす。
そうして自分の殻に閉じこもっていたからだろうか。直ぐにもワンルームから聞こえてきたメーの呟きに、自分は気付くことができなかった。
ひとり置いてけぼりを食らったメーが、右膝を持ち上げるような姿勢で座り込む。次にその膝に右腕を置いてガラ悪く呆けると、彼女は酔っ払った赤い頬で、勝気な笑みを零しながらボソッとそれを口にした。
「…………おもしれーヤツ」