探偵『柏島』の受難   作:祐。

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第12話 女神の化身

 歓楽街『龍明』の表通り。燦々と輝く太陽は大地を炙るように地上を照らし、剥き出しとなったコンクリートが適度の熱を帯びて空間を蒸していく。

 

 明るい街並みと雑多な光景。ネオンの光は全くうかがえず、夜にはあれだけ満たされていた熱気や色欲を感じられないサマは、まるで他人のスッピン姿を目撃してしまったかのような、幻想と現実の狭間を思わせる。

 

 歓楽街を歩き進め、次第と見えてきた店舗の前に佇んでいく。そして見上げて確認すると、そこには曲がりくねったネオン管でダイニングバー『Le goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)』の文字が並んでいた。照明を伴わないシラフの姿に一種の新鮮味を感じながらも視線を下げ、窓ガラス越しから覗く繁盛の様子に気を取られつつ、自分は通い慣れたようにステンドグラスの片開き扉を開いていく。

 

 カランカランと鳴り響く鈴。共にして視界に現れたのは、黄金のフロアと煌々と灯るシャンデリア、そしてマスター不在のバーカウンター。黄金と言えども太陽光と共鳴する自然な煌めきが上品に反射されており、シャンデリアも夜ほどの自己主張は抑えて高みの見物をきめている。空間からは酒気や色気を感じられず、香るのはハーブやオリーブオイルといった青くて穏やかな食欲を掻き立てる匂いばかり。

 

 金や欲望で満たされた下品な黄金とは打って変わり、清純や安らぎで満たされた上品な黄金は、そのギャップから極端な二面性を感じさせる。透き通る空気感と落ち着きのある大人の煌めき、そしてスーツ姿の社会人達が取引を行い、主婦の方々が和気藹々と談笑する光景は、夜の時間では一切と見られない別世界の光景を生み出していた。

 

 これが、Le goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)……!

 同じ環境でも、その姿は似ても似つかない。テーブル上にはレモンやハーブが添えられた白身魚のムニエルや、牛肉やニンジン、ジャガイモやパセリなどが使用された彩りのビーフシチューなどが湯気を立てて香りを放っており、グラスの中でブドウ色を反射する赤ワインが西洋の洒落っ気を演出しており、優雅なひと時を満喫する人々は皆、品性に溢れている。

 

 今まで見てきた景色が全て嘘であったかのような、あの日にジントニックを仰いだ時間が幻であったかのようなこの感覚は、あたかも異なる世界線のLe goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)に訪れたかのような気分を覚えたものだ。

 

 想定していなかった衝撃に思わず立ち尽くす自分。馴染みある店で面食らっていると、次にもテーブル席の方からは女性達の黄色い歓声が聞こえてきた。

 

 そこには4名のOL達が存在し、彼女らは興奮、照れ、尊敬や喜びなどの感情を全てひとつに混ぜ合わせた甲高い声を上げている。それぞれがスマートフォンを構えたり両手で口元を押さえたりしてワイワイ盛り上がる中で、彼女達から熱い眼差しを向けられているのであろう一人の“女性キャスト”が、来店したこちらに振り向いてきた。

 

 絶世の美女。そう讃えるに相応しいほどの人物だった。

 179cmという高身長は男である自分をも悠然と見下ろし、腰辺りまで伸ばした灰色混じりの白髪を分厚く結った大きなポニーテールと、大人の落ち着きを体現した黒色の瞳、きめ細かいハリやツヤが美しい色白の肌に、スリムで男性的なフェイスラインと、彼女から見た左目の泣きぼくろが、まっこと美麗で爽やかな容貌を生み出している。

 

 黒色のタキシードを着用し、ボタンが上まで留められた赤色のフォーマルシャツと、結ばれた蝶ネクタイの制服で佇む女性キャスト。彼女の印象はまさに『女神』の一言に尽き、さも大昔の絵画から出てきたかのように神々しき存在感は、老若男女を問わずに美貌で惹き付ける。

 

 現世に君臨した女神の化身を前にして、自分は全身の穴という穴から血液が沸騰するような、震え上がるような強い高揚感を覚えた。それは本能からなる性的な魅力を感じると同時にして、自分如きのちっぽけな存在が対等に会話していいような相手ではないという、未知への恐怖も孕んでいたのかもしれない。

 

 女性キャストは来店したこちらに気が付いて、OL達に別れの合図を送ってから歩き出す。それでいて、今も周囲の人間達が女性キャストを一点に見つめる光景の中、彼女はこちらの手前で歩みを止めてから右手を胸元にあてがっていくと、凛々しく、堂々と、そして悠々とした威厳に満ちた声音で喋り掛けてきた。

 

「ご来店頂きありがとうございます。一名様でよろしいでしょうか」

 

「は、はい……!」

 

「それでは、カウンター席の方へご案内いたします」

 

 コツコツと靴音を鳴らし、黄金比とも呼べる極上なスタイルで悠々と歩き出した彼女。クールビューティーという呼び名を自らの特権にし、傍を通るだけで鼻をくすぐる生々しいほどにフレグランスなフェロモンの香りが全人類を悉く魅了する。今も眼前を歩く彼女に自分も例外なく見惚れていた中で、おいていかれまいと急ぎ足で追い付いてから彼女に席へ座るよう手で促された。

 

 カウンター席に腰を掛け、高揚のあまりに鼓動が止まない心臓を抱え込む自分。脇では女性キャストがメニューを用意してくれており、それを「どうぞ」と手渡された自分は高揚を誤魔化すように受け取って、俯いた。

 

 どうしよう。まさか、こんなに綺麗な人が出てくるなんて思わなかった。

 Le goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)自体が、ちょっとワケありの美形達が集う場所であることは解っていた。ラミアやメーだって自他共に認める美人であり、それぞれがそれぞれの持ち味を活かしながら、世知辛い現実を必死な思いで生きる男達に一時(いっとき)もの極楽な夢を提供している。ただ、今現在と真横に存在する女性キャストは、もはや住んでいる次元が違うレベルで美しいと断言できてしまえた。

 

 近年になって急成長を遂げた、映画やゲームなどで用いられる3DのCG技術。彼女はそのモデリング技術を用いて精巧に作られたエルフ系統の立体的なクローンであると説明されたとして、自分は現実味を感じられないなりに「いや、でも現代技術ならあり得るのかもしれない……?」と少なからず信じてしまえる程度には、彼女という存在を特別に美しいと思っていた。

 

 そう、彼女の美貌に現実味が無い。それこそ絵画から飛び出してきたかのように、崇高的な威厳に満ちているのだ。

 作り物のように繊細で、美麗で、雄大な存在感の人物。ただただひたすらに圧倒されるだけの自分が脳内で混乱していると、次にも女性キャストはさり気無く前傾姿勢になり、この耳元で囁くように凛々しい声音を奏でてきた。

 

「柏島歓喜くんと、そうお見受けしてもいいかしら」

 

「え? あ、はい……! そうですが……?」

 

「ラミアとメーの面倒を見てもらっている件で、貴方には直接、私から感謝の言葉を伝えたいと考えていたものよ」

 

「ど、どうも……。こちらとしても、彼女達にはいつもお世話になっております……」

 

 女性キャストが前屈みになると、その特異的な存在感から放たれる絶対的な安心感がこちらの身を抱擁するように包み込んでくる。また、今も耳元で囁かれる凛々しい声音と、首筋などから香るフェロモンが、男としての理性を揺るがしてくるあまりに間接的に脳みそを焼き切ってきた。

 

 彼女は続けて言葉を口にする。

 

「私の名は“ユノ”。Le goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)のキャストを統括するチームリーダーを任されている者よ。どうか記憶の片隅にその名を刻んでもらえると、店の一員としてこの上なく光栄に存ずるわ」

 

「ゆ、ユノさん……ですね。しっかり覚えておきます……!」

 

 忘れるわけがない。まるで神域に迷い込んだかのような先の感覚は、体が無意識に記憶している。

 

 ユノと名乗る女性キャストは自身の耳元に手を添えて、髪を掻き上げるような色っぽい動作をさり気無く織り交ぜながら会話を続けてくる。

 

今夕(こんゆう)、少しばかりお時間を頂けないものかしら」

 

「今日の夕方、ですか? その頃でしたら、ちょうど仕事が終わっていると思いますので……」

 

「では、貴方が退社する頃合いを見計らって、私の方から龍明探偵事務所に訪問するといたしましょう。合流した暁にはディナーを交えつつ、Le goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)について今後の展望を語らえると嬉しいわ」

 

「わ、分かりました。御来訪をお待ちしております……っ」

 

「ありがとう。貴方の寛容な姿勢に、心からの感謝を」

 

 独特な言い回しで凛々しく微笑んだユノは、会釈と共に「ごゆっくりどうぞ」と言葉を残して立ち去っていく。

 

 軽快な足取りで華麗に空を切る彼女は、黄金比のシルエットでその歩を進めた。揺れるポニーテールはキメラの尾が如く意思を持つように左右へ振れ、くねらせた腰付きや長い脚が人型のシルエットにスマートな色気を付与していく。ユノが歩いた軌跡には人々の熱い視線が集中し、カリスマ性が溢れる彼女という存在には常に、羨望の思惑が付き纏っていたものだ。

 

 次第にもユノはOL達の席で呼び止められた。特に女性達からの人気を博すユノはその期待に応えるべく、クールビューティーな容貌と心強さが際立つ高身長、威厳に溢れた絶対的な安心感に、全てを受け止めるフェミニンな包容力を以てして、会話や撮影に応じるなどのファンサービスに尽くしていた。

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