探偵『柏島』の受難   作:祐。

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第15話 女帝はかく語りき

 色欲の黄金で光り輝く空間の中、マスターの武骨で大きな手がボトルを鷲掴みにする。それは用意された2つのワイングラスへと傾けられると、中からは黄金を反射する深紅の赤ワインがトクトクと波紋を生じて注がれた。

 

 ボトルから流れる赤ワインは、シルクのカーテンを思わせる透明な軌跡を描いていく。今も水面にシャンデリアの姿を反射しながら波打って増していくそれを目前にして、脚を組みながら悠然とカウンター席に座るユノは凛々しくも神妙な面持ちで語るように言葉を口にし始めた。

 

「龍明という歓楽街は元来、“再起を願う人間の拠り所”として築かれた領域であることを心得ておくべきでしょう」

 

「再起を願う人間の拠り所……」

 

 思い当たる節がある。何よりも自分が“それ”にあたるのだろうから。

 

 悲しみに明け暮れて、路頭に迷う最中に辿り着いた街。眼前の現実を受け入れられず、一心不乱と苦しみもがいた先にて巡ってきた所長との邂逅は、なにも偶然ではなく一種の必然だったとも言うべきなのかもしれない。

 

 深く考え過ぎな思考を真剣に受け止める自分を横目に、ユノは言葉を続けてきた。

 

「複雑な家庭環境や、過酷な勤務形態、憂鬱な人間社会に、波乱万丈な宿命。その内容こそは多岐にわたるでしょうけれども、一貫として“社会における不遇”を経由した人間が己が運命を呪い、救いの無い未来に絶望した上で、それでもなお展望が開けた未来を渇望し、未練がましく自身の居場所を追い求めた末に到達する終着点として、この龍明が存在している」

 

 赤ワインが注がれた2つのグラスが、自分らの手元に提供された。今も揺らめく深紅のそれは、黄金の煌めきを含みながら沈黙を貫いている。

 

「特定の因果に(そく)し、苦悩と共に見出した新天地で同胞と切磋琢磨し合える環境。それが歓楽街『龍明』の真髄であり、宿命に翻弄されし最底辺の人間に設けられた、唯一の救済とも言えるでしょう。――周囲から愚弄され、恵まれない天運に悲嘆し、堕落の極地とも称せる深淵の底にて、活路という名の奇跡を見出すべく暗黒を這い(つくば)う生涯。孤独なる最期を予感しながらも、再起を胸に確固たる信念を貫き続ける人間の可能性に着目した救いの地。それこそが、龍明という空間の存在意義でもあるのでしょうね」

 

 直にして、カウンターの奥にある厨房へと通じる扉から、料理を運ぶ男性キャストがやってくる。美形の彼は2つの品を自分とユノに提供すると、一礼の後に軽やかな足取りで去っていった。

 

 出てきたのは、茄子と合い挽き肉のトマトチーズグラタン。濃厚なチーズが焦げ目と共に主張を強めているそれは今もグツグツと煮え滾っており、振り掛けられたパセリのまばらな緑色が彩りと食欲を掻き立ててくる。

 

 ナプキンやフォークも付属した自慢の料理を前にして、自分は一気に意識を掻っ攫われた。口の中に唾を溜め込んで、もう我慢できないといった具合に料理へと注目していく最中、ユノはワイングラスのか細い持ち手を摘まむように持ちながら悠然と言葉を続けてきた。

 

Le goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)もまた、絶望を体験した人間が再起を渇望することによって用意された救済の一環であることを、貴方に認知してもらいたかった。この店は、龍明からもたらされた慈愛によって第二の人生を謳歌する同志で構成された組織。故に、互いが互いを尊重し、かけがえのない仲間として存在を重んじているものですから」

 

「苦悩を分かち合った仲間だからこそ、通じ合えるものがあるということですね」

 

「異なる前線を駆け抜けた戦友。盃を交わし合った疑似家族。その認識は千差万別であれ、形成された志は確かに共通している。だから――そんな同胞を委ねるにおいて、貴方という人間性の造詣(ぞうけい)を深めるためにも、今宵は私と交わす祝福の晩餐に付き合ってもらえるとこの上なく嬉しいわ」

 

「自分としましても、ラミアやメーには快適な毎日を過ごしてもらいたいと考えております。なので本日も、ユノさんのご期待に沿えるよう自分なりに誠心誠意を尽くさせてもらう所存です」

 

「えぇ、ではその言葉に甘えさせてもらおうかしら。――その純真なる心意気に、乾杯」

 

 こちらもワイングラスを手に持ち、ユノへと近付ける。その動作に呼応するようユノもグラスを近付けると、二人は深紅の水面を揺らし合いながら甲高くも鈍い容器の音を端的に鳴り響かせた。

 

 

 

 

 

 ……時刻は(たちま)ち20時を指し示す。ユノと共に過ごした一時(いっとき)の晩餐は刹那の体感で終了を告げられ、自分は彼女と二人でLe goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)の店前に佇んでいた。

 

 大人の高尚な食事により、酒気と美味に酔いしれて半ば意識が朦朧とする自分。普段の生活で十分満足しておきながら、ついつい見栄っ張りが先行したことで身の程を弁えることなく上流階級のひと時を無謀に突っ走ったものだ。

 

 慣れない空気に翻弄され、終始と新発見に恵まれた体験。人生の糧においては非常に有益なこと尽くめの時間を送ったものだが、如何せんついていくのがやっとでその最中の記憶は朧気にもなっている。

 

 ……まるで異界の王宮に招かれたかのような気分を味わった。

 ゼーハーと息を切らすと、酔いによって胃の内容物がちょっと戻り掛けてくる。だから緊張感を切らすことなくビシッと背筋を伸ばして直立を維持していると、次にも付近で悠然と佇んでいたユノが、酩酊なんてなんのその、普段と変わらない平然とした有様で凛々しくその言葉を投げ掛けてきたのだ。

 

「では、私はこれでお(いとま)しましょうか」

 

「帰られますか? 女性一人で龍明の夜道を歩くのは危険ですから、途中まででしたら俺も付き添いますよ」

 

「貴方の心遣い、恐悦至極に存ずるわ。せっかくの申し出を無下にしたくないけれども、貴方には“彼女達”を守護する騎士(ナイト)としての本分に尽くして頂きたいと、そう思っているものですから」

 

「彼女達……」

 

 直ぐにもカランコロンと鳴らされた鈴。片開き扉からは私服に着替えたラミアとメーが姿を現してくる。

 

 彼女らを確認し、いつもの日常が戻ってきた感覚に安心感すら覚えていく自分。それと共にしてユノはクールに歩き出すと、その威厳と美貌が織り成すスタイリッシュな歩行の軌跡を描きながら、彼女は応えるように左手で別れの挨拶を軽く示して、自分達の帰路と反対方向へと歩き去っていったものだ。

 

 通り過ぎるユノへと振り返るラミアとメー。二人がそれぞれの「お疲れ様でーす」を投げ掛けていくと、ユノも「お疲れ様」の返答をして龍明の街並みへと溶け込んでいく。

 

 ……何て絵になる人物なんだろう。

 ネオンがギラつく下品な街道。その灯りがボヤけて点在する夜景を往く生粋のクールビューティー。灰色混じりの白色ポニーテールに、黒と赤を中心にした服装と長身の背丈が美麗と哀愁の両方を演出し、周囲から向けられる視線を浴びながら彼女は颯爽と街の最奥へ吸い込まれていく。

 

 憧れ。ただその一心が脳裏によぎる非常に特徴的な人物だった。彼女もLe goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)の一員である以上は、今後とも深く関わり合っていくのだろう。

 

 とか何とか思っていると、ふとラミアからの視線を感じた。その小柄で可憐な人物は両手を後ろにやった姿勢でいじらしく顔を覗かせており、そのくりくりっとしたまん丸な瞳とω(オメガ)の口でニコッと微笑みながら猫なで声で喋り掛けてきた。

 

「ユノさんに見惚れていたんですか??」

 

「えっと……! まぁ、そうだね。男として抗えないよ、あの人の美しさには」

 

「分かりますよー。ウチらオンナから見ても、ユノさんは絶対的な美人さんで勝ち目ナシだと思ってますから」

 

「勝ち目が無いとは、俺は思わないな。ラミアだってメーだって、俺からすればユノさんと同じくらい綺麗に見えているからさ」

 

 何気無く口にしたセリフ。これにメーが玩具を見つけたような好奇心の目を向けながら寄ってくる。

 

「おーん? カンキくんさては誘ってんな~?」

 

「いやいやいや! それは誤解だって!」

 

「とか言って、カンキくんの“ここ”はパンパンに溜まってんだろ~~~?? おーん??」

 

 そんなことを言いながら、メーはこちらの股間をバシバシ叩いてきた。

 

 さすがに自分は跳ね上がるように驚いた。TPOという文字がよぎると共に飛び退いて誤魔化していく最中、ラミアは可憐な声音で淡々とそれを口にしてくる。

 

「カンキさんって色々と公平に物事をお考えになりますよねー」

 

「公平……なのかな。どうなんだろう」

 

「まー、イイんじゃないですか?? ただ、どっち付かずの態度は八方美人と捉えられたりしますから、程々にしといた方がイイですよ??」

 

「あー……よく言われる。八方美人というよりは、偽善者とか言われてきたっけな。自分としてはそんなつもり無いのに、コミュニケーションってままならないね」

 

「まさにカンキさんのそーいうトコを、ウチは言ってるんです」

 

「え? いや……ご、ごめん」

 

「でも…………」

 

 あどけない視線を投げ掛けたまま、どこか勿体ぶるような足取りで距離を詰めてくるラミア。彼女は可憐なドールフェイスでこちらの懐にするりと潜り込んでくると、次にも今の自分からイチバン可愛く見える角度で首を傾げ、身長差ギリギリまで顔を近付けながら、猫なで声のセリフと共にあざとく微笑んでみせた。

 

「カンキさんのそーいうトコ、ラミアちゃんはキライじゃないですよ??」

 

「ッ!!!!」

 

「ハイ、じゃーさっさと帰りましょー。もー疲れちゃいましたから、早くお化粧落として休みたいです」

 

 蕩ける程に甘く誘惑的な空間から一転して、先程までの甘美が嘘であるかのようにケロッとして帰路を歩き出したラミア。厚底ブーツをコツコツ鳴らすその足取りとポンチョ越しにうかがえる彼女の小さな背中に自分が取り残されるよう見惚れていく中で、メーが揶揄(からか)うように勝気な笑みを浮かべながら肩を叩いてきた。

 

「マジのガチ恋顔しててウケる。ほら行こー、カンキくん」

 

「あ、あぁ……!!」

 

 前方を往くラミアとメーを追い掛けるため、自分は慌てて駆け出した。

 

 追い付いた先で、二人の美女に挟まれていく。そんな夢のようなひと時と共にして本日も平和に乗り切ったものだ。

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