時刻は20時。夜の暗闇を跳ね返すネオンの輝きが、歓楽街『
欲望の熱気に包まれた街の中、自分はとある店の前で待ち合わせの約束を交わしていた。
今も振り返ると存在する、ダイニングバー『
バーカウンターとテーブルの両方を備え付けた店内には多くの大人達が賑わいを見せている。また、料理に関しても順番に提供されるフルコースではなく、アラカルト――単品で注文する形式――で楽しむフランス料理をコンセプトに設計された形態は、気軽にフランス料理を堪能できると専らの評判らしい。
尤も、何よりも好評だったのが、『
営業時間は、ランチタイムとディナータイムの計二種類。ランチタイムではアルコール類を扱わない健全で小洒落たレストランとして営業され、ディナータイムではアルコール類やキャストとの触れ合いなどを解禁した大人のダイニングバーとして営業されている。それぞれ、昼はお手頃価格でフランス料理を味わえる主婦やサラリーマン向けの飲食店として、夜はお酒を楽しみながらキャスト達と濃密なひと時を過ごせる風俗営業の飲食店として機能しているようだ。
まぁ、節約に明け暮れる自分なんかとは遠くかけ離れた、とても華やかな店である。と、今もギラギラと下品に光る店内の明かりに目を晦ましながらも、窓ガラスに反射する自身の姿を細目で確認していった。
175cmという身長で、暗めの青髪ショートヘアーと黒色の瞳が実に無難である一般青年。年齢は22歳であり、顔立ちも爽やかと評される以外は特に何も言われないごく普通なもの。
服装は、襟から裾にかけて水色から黒色へと変わっていくグラデーションカラーのニットと、絞られたような裾が特徴的である黒色のジョガーパンツ、あとは焦げ茶色のシューズと、十字架のネックレスという一式を身に纏ってそこに佇んでいた。
窓ガラスに背を向けて、内心すこしばかりドキドキさせながら前髪を弄っていく。そんな、そわそわした様子で暫し過ごしていると、直にも待ち合わせをしていた“人物”が店の出口から現れた。
自動ドアが開き、コッコッと靴音が鳴らされる。共にして言葉が投げ掛けられると、そこからは可憐なあどけなさを感じさせ、淡々とした落ち着きを含んだ敬語口調でこちらの名を呼んできたものだ。
「
呼ばれると同時に振り返る。そうして視界に捉えたのは、まるでお人形さんのようにチョコンと佇む小柄な女性だった。
158cmという背丈で、サラサラと流れるヴァイオレットカラーのセミロングヘアーと、アメジストのように輝く綺麗なヴァイオレットカラーのまん丸瞳がすごく綺麗な人物。丸みを帯びた顔の輪郭がまさにドールフェイスと呼ぶに相応しい一方で、いたいけな外見とは裏腹に平然としたサマは人生経験の豊富さをうかがわせる。
服装は、華奢な体型を覆い隠す大きなシルエットの黒色ポンチョに、清潔感のあるスラッとした白色のブラウスと、黒色のサスペンダーに繋ぎ止められたフリルのふわふわ黒色ミニスカート。それと、細い両脚を包む黒色のオーバーニーに、黒色の厚底ブーツというもの。ハイカラな印象を醸し出す彼女のコーデだが、唯一、不釣り合いな存在感として、右肩に提げた黒色の旅行カバンが挙げられたことだろう。しかし、これにもれっきとした理由があってのチョイスであることは重々承知していた。
くりくりっとしたつぶらな瞳で、幼げな風貌と異様な大人の色気を伴いながら歩み寄ってきたその人物。彼女は平然とした面持ちで淡泊に接近し、こちらの顔を覗き込みながら淡々とした調子で言葉を続けてくる。
「どーも、“ラミア”と言います。今日はよろしくお願いしますねー」
「あ、あぁ、どうも……!
「そんなに堅苦しくならなくてもイイですよー。それじゃー、アナタの住んでいるアパートまで案内をお願いします」
「えっと、分かりました。じゃあこちらへ……」
と言って右手で前方を促しながら一歩踏み出してから、自分は思い出したように振り返ってそれを訊ね掛けていく。
「あっと、荷物お持ちしましょうか……?」
「わー、イイんですか?? 紳士的な方ですねー。じゃーコチラの方、お願いします。ちょっと重いですよ??」
「女性に重い物を運ばせるわけにはいきませんから。それじゃあ、荷物の方をお預かりして……」
女性が肩から下げたバッグを受け取っていく。だが、その瞬間にもズシッときた重量に、思わず自分は内心で驚いてしまった。
え、こんな重い物を当たり前のように持ってたの……? という疑問を脳裏によぎらせながら、右肩に提げていく。それから自分は平気を装うように苦笑いしながら右手で前方へと促しながら言葉を掛けていった。
「で、では、こちらの方へ……!」
ハハハと引きつらせたこちらの表情を、ラミアと名乗った女性はまじまじと見つめていた。そのまん丸な瞳を宝石のように光らせて、魂を宿したドールが如く淡泊な面持ちと可憐な佇まいでこちらの様子を眺めている。
なんだか、品定めをされているような気分になって、自分は余計に緊張してしまった。冷や汗も流れ出すほどの圧迫感も抱き始めたその頃に、自分はまたしても思い出すように気付いては彼女の方へと向いていく。
「あ! 俺は道路の方を歩きますからっ、場所、変わりますね……! あと、足が疲れたらいつでも仰ってください……! アパートはここから徒歩で20分ほどの場所にありますけど、休みたい時は遠慮せずに教えて頂ければ、いくらでもお時間取りますから……っ!」
喋りながら、足早に道路側へと移動していく。その段取りの悪さを誤魔化すように引き笑いをしてから、自分は左手で前方へと促した。
一連の動作を眺めていたラミアは、淡泊な面持ちを見せながらもどことなく朗らかな雰囲気を漂わせていた。それはウブな男を微笑ましく思ったのか、はたまた頼りなさを察したのか、真相は分からない。ただ、自分は必死な思いで真正面の物事に取り組んでいた。
彼女は可憐ながらも淡々とした声音で「お気遣いどーも」と答えた。そうして歩き出したラミアの歩幅に合わせるよう、自分も両足に意識を向けながら帰路を辿り始めたものだ。
歓楽街の中を、女性と並んで歩いている。
普段の生活では考えられないシチュエーションを体験して、自分はいつもより少しだけ背伸びをしながら歩いていたかもしれない。しかも、お人形さんのように愛らしくて可愛い女の子だ。ずっと横顔を眺めていたい気持ちの反面、自分が彼女を守らなければ……という意識の双方が衝突して小競り合いを見せていく。
とかなんとか考えていると、尻ポケットに入れているスマートフォンが震え出した。これに自分は気が付いていくと、即座に取り出して画面を確認する。
所長からの電話だ。自分は着信に応答してから端末を耳にあてがった。
「はい、歓喜です」
『よぅ、“ラミアちゃん”との合流は上手くいったようだな』
「えぇ、おかげさまで。所長も移動の方を?」
『おう。今、オマエさん達を後ろから尾行している』
浮かれた気持ちから、一気に現実へと引き戻されていく。隣を歩くラミアも淡泊ながら真っ直ぐな眼差しを向けてくる空気の中、自分は所長との会話へと集中した。
『じゃあ、改めて依頼内容を確認していくぜ。今回の調査の依頼主は、今も歓喜ちゃんの傍にいるラミアちゃんだ。依頼内容は、連日とラミアちゃんに付き纏う“ストーカーの正体を突き止める”ってなモンでな。っつーのも、ラミアちゃんは美形揃いの
「それらしい人物って、今も俺達の後ろに居ますかね?」
『いや、今んトコは姿が見えねェな。……ラミアちゃんは普段、このまま最寄りの駅を目指して歩いていく。だが今回はその反対方向に進んでいるからな。ストーカーが駅周辺で待ち伏せていた場合、今夜はカチ合わねェ可能性だってあるだろうよ』
「危険が及ばないに越したことはありません。それにしても、電車に乗って自宅周辺まで追い掛けてくるだけでなく、自宅まで特定して不審な郵便物まで入れてくるなんて、もはや警察案件ですよ」
『だが、警察はちっとも動きやしねェ。連中も
「むしろ、そういう人達の助けになれる私立探偵の活動に誇りを持てますよ」
『ヘッ! 言うようになったじゃねェか! んじゃァこのままラミアちゃんの護衛は頼んだぜ。ストーカー野郎の炙り出しは所長のオレちゃんがやってやっからよ』
「よろしくお願いします」
所長の部分を強調しながら通話が切れ、自分はスマートフォンをしまい込む。そうして程よい緊張感を取り戻した直後にも、隣を歩くラミアから言葉を投げ掛けられた。
「所長さんからですか??」
「はい、どうやらストーカーらしき人物の姿が確認できないとのことで。もしかしたら今日はたまたまいない日だったのかもしれません」
「そーですか」
ラミアの平然としたサマに変わりないが、少しだけ俯いた様子から多少の不安を容易に汲み取ることができる。
それもそのはずだ。今日中にストーカーの身柄を確保できないということは、今夜には解決できていたかもしれない不安事が、遠回しに長引くことを暗示しているようなものでもあるのだから。
加えて、近場への避難という名目で一人暮らしの男の部屋に転がり込むことも、更なる不安に拍車をかけていたことだろう。
……と、自分は当初そう思ったものだが、加えた部分に関しては杞憂であることを事前に知らされていたことで、ストーカー以外の問題を考慮する必要は無くなっていたのだ。
というのも、どうやら所長とラミアは知り合いのようであるらしく……。
「アナタのコト、カンキさんって呼んでもイイでしょーか??」
「え? あ、大丈夫ですけど」
「あと、ウチと話す時はタメでも全然ヘーキですよ??」
「え? あ、じゃあタメ口で……」
「それと、ウチのコトはラミアって呼び捨てで呼んでもらってもイイですから」
「わ、分かった……! えっと、ラミア……! こう、かな?」
「ホント、カンキさんってビックリするくらい素直なヒトなんですねー。まー、ハナシにうかがっていた通りのヒトという印象で、なんだか安心しましたけど」
ふと、ラミアは両手を後ろにやりながら、こちらを覗き込むような視線を向けてくる。
いたいけな風貌から繰り出される上目遣いは、男の理性を余裕で破壊するほどの抜群な威力を誇っていた。それでいて、自分が可愛いことを熟知しているであろう彼女の自信に一層と強く心が打たれ、更にはこちらの悶えた心へ追い打ちをかけるように、ラミアは甘えるような眼差しを向けながら言葉を続けてきたものだ。
「所長さん、アナタのコトを『ドが付く程の真面目くんで、とても優しい好青年だ』って、随分と高く評価してましたよ??」
「そう言えば、所長とラミアは知り合いみたいな話を少しだけ聞いていたような……」
「知り合いと言いますか、ナンと言いますか。共通の知人がいまして、その関係で自然と付き合いが長引いているだけですから。まー、あとは純粋に、所長さんが
「あー、所長は女性に目が無いとこあるから、口説いてる場面はちょっと想像できちゃうかも……」
「カンキさんは所長さんに振り回されたりしてませんか?? 『一緒にナンパしに行こーぜ』とか言って、遊びに誘われたりするんじゃないですか??」
「まぁ、数回はあったかな……」
「カンキさんはきっと、頼まれたら断れないくらいに優しいヒトなんですよねー。そーいう人柄なコトが、一目でわかりますから。ただ、たまにはイヤなモノはイヤだって、ハッキリ伝えてみてもイイかもしれませんよ?? だってそこら辺を含めたアナタの素直な一面が、他人に高く評価されているんでしょーからねー」
「そ、そういうものなのかな……? そういうものなのかも?」
なるほど、キャスト目当てにお店へ通うお客さん達の気持ちが大変よく分かった気がする。
彼女達が織り成す甘美な誘惑に没頭し、中毒のように依存し、支配欲に駆られてしまう気持ちが十分に分かってしまう。だからと言って犯罪行為を肯定するつもりなど毛頭ないが、確かにこの罪深いとも言える温もりが、理不尽な現実に疲弊した心の隅々にまで深く深く染み渡る感覚がまた病み付きに……。
……この感覚こそが、