探偵『柏島』の受難   作:祐。

5 / 15
第5話 浸透しつつある日常

 依頼を受けて、早くも4日が経過した。

 時刻は20時。歓楽街『龍明』の下品な輝きが一層と増していく空間の中、Le goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)の付近で佇む自分の下へと人影が歩み寄ってくる。

 

 黒色のポンチョに白色のブラウス、サスペンダーが付いた黒色ミニスカに、オーバーニーと厚底ブーツを纏ったラミアが現れる。彼女は旅行カバンを提げながら軽い足取りでトコトコ近付いてくると、淡泊でありながらも自然な微笑を浮かべて声を掛けてきた。

 

「どーも、お疲れ様でーす」

 

「ラミアもお疲れ様。今日はこれでアガリ?」

 

「そーです。なので本日も、護衛の方をよろしくお願いします」

 

「こちらこそ、よろしく。それじゃあいこっか」

 

 さり気無く道路の方へと移り、自分はラミアのカバンに右手を差し出していく。これに彼女は「どーも」と言いながらカバンを手渡してきたものだから、自分は相変わらずズシッと来るそれを持ちながら、手で前方を促してゆっくりと歩き出した。

 

 続くようにラミアも歩き出すことで、この日常がさも当然であるかのように今日も二人で帰路を辿り始めていく。

 時間の流れというものは実にあっという間で、彼女と共に過ごした日々は刹那的に過ぎ去っていく。早くもお泊まり5日目という経過はラミアとの親睦を深めるに十分な段階を踏んでおり、もはや恒例化しつつある美女の宿泊会に自分は、充実感、それと同時に名残惜しさを抱え込んでいた。

 

 ラミアが傍にいる時間が、当たり前のようになっている。だからこそ、いずれこの生活に終焉がやってくると考えると、途端に心惜しい気持ちが巡ってしまうのだ。

 

 自分はラミアへと視線を投げ掛けた。彼女の横顔は相も変わらずお人形さんのように愛嬌で溢れており、小柄な体格といたいけな存在感が狂おしいほど愛らしい。計算高いいじらしさがまた男心を惑わせてくる対象に悶々とした感情を抱いていると、直にも視線に気が付いたのだろうラミアはふと振り返り、首を傾げながら淡泊な調子で訊ね掛けてきた。

 

「どーしました??」

 

「あぁいや……! 何でもないよ……!」

 

「??」

 

「あー……そろそろ所長と連絡を取ろうかな? うん、そうしよう」

 

 誤魔化すように慌てて尻ポケットからスマートフォンを取り出していく。その様子をラミアが黙々と見つめてくる中で自分は尾行中の所長にコールを発信したものだが、今夜は珍しく彼からの応答が無かった。

 

 ……取り込み中かな?

 これといって不思議に思うことなく、「出ないな……」と呟きながらスマートフォンをしまい込む。それからは、ラミアの口から繰り出される今日の勤務についての相談や愚痴などに相槌を打っていく、なんとも穏やかで他愛のないいつもの帰り道を辿っていった。

 

 

 

 

 

 アパートに着き、玄関扉の鍵を開けてラミアを入れていく。彼女は彼女で通い慣れた第二の拠点にそそくさと上がり込むと、玄関で厚底ブーツを足からコトコト落としながら、軽快な足取りで部屋へと進んでいった。

 

 自分がその靴を揃え直している間に、ラミアは風呂の準備を始め出す。その様子を脇に部屋の空いているところに彼女の旅行カバンをドサッと置いていくのだが、最中にもラックやテーブルに並べられたスキンケア用品や美顔器などの美容家電、ベッドの上に転がっているコスメや衣類などの代物が何気無く視界に入ってきた。

 

 ……なんか、ラミアの私物が増えてきたような?

 日に日にと割合を食い始めた彼女のそれに、自分は感覚的に把握しながらも深くまでは考えなかった。そのアイデア自体は一瞬だけIQが高くなったような閃きが稲妻のように脳裏へと迸ったものなのだが、次にも思考放棄した「まぁいっか」の一息と共に部屋の中でくつろぎ始めていく始末。

 

 風呂の準備が終わり、ラミアは「お先にお風呂いただきまーす」と言いながら、着替えやドライヤーなどを抱え込んでトトトッと洗面所へと移動する。それに対しても自分は「了解」と返事をして、それからボーッと天井を仰ぎながら今日の反省会をひとり脳内で行っていた時、あるひとつの出来事が舞い込んできた。

 

 テーブルの上に放り出してあった自分のスマートフォンに、着信がやってくる。

 

 相手は所長だ。

 時刻は9時半。なんか時間が掛かったなと思いながら端末を手に取って、自分は背筋を伸ばしながら応答する。

 

「はい、歓喜です」

 

『おう、オレちゃんだ。すまねェな、警察ンとこで色々やってたら返事が遅れちまった』

 

「いえ、そんな」

 

 仕事終わりのオーラ全開で返答するこちらだが、今も画面から響いてくる外界の雑音と共にして所長は言葉を続けてくる。

 

『その様子じゃァ、自分らの後ろで起こっていた出来事にナンも気が付いちゃいねェようだなァ?』

 

「後ろで起こっていた出来事、ですか?」

 

『“仕事”を忘れてラミアちゃんとイチャついていた様子から、そうだろうなと思ったぜ。んまァ、相手に余計な警戒心を与えたり、自然な対応でラミアちゃんを不安がらせずに済んだ点に関しちゃァ、カンキちゃんのお手柄だ。だがよ、こちとら命を預かってんだ。自分の仕事に対して、もうちょい緊張感を持ってもらわねェと困るぜ』

 

「…………あ、もしかしてストーカーを」

 

『鈍感なカンキちゃんに代わって、オレちゃんの方で身柄を拘束して警察に突き出してやった。しかも野郎はご丁寧に凶器まで用意してやがったぜ。幸い、オレちゃんに護身術の心得があったから一人でもひっ捕らえてやったモンだがよ、場合によっちゃァ、カンキちゃんもラミアちゃんも、今頃ソイツに背後から一突きにされて、仲良くお陀仏してた可能性もあったろうな』

 

 反省や感謝の感情が渦巻く最中、突如と知らされた脅威の存在に自分は血の気が引いていく感覚を覚えたものだ。

 

 目をまん丸にして、思わず絶句してしまう。だが、そんなこちらの無言を受け取った所長は、飄々としながらも真剣な調子で喋り続けてきた。

 

『ラミアちゃんが店を出て直ぐのことだ。ラミアちゃんを出待ちしてやがった野郎は、コンバットナイフを片手に息を潜めながら二人の後を尾けていた。ヤツは血眼の形相で、嫉妬の炎を燃やしながら恨めしそ~にアンタらの後ろ姿を眺めていたぜ。おかげで直ぐに周囲との区別がついた。で、二人が次に曲がる建物の角に差し掛かった辺りだろうな。そこでオレちゃんが野郎を呼び止めて、逆上して暴れ出したソイツを街ン中でひっ捕らえてやったよ』

 

「俺の真後ろで、そんなことが……」

 

『まァよ、建物の角で死角になってたっつーのもあるし、距離によっちゃァ周囲の環境音で後ろの音が掻き消されたんだろうよ。……なァに、そんな深刻に受け止めなさんなって。そりゃァ危険がすぐ近くまで迫ってたんだ、状況によっちゃァ相当ヤバかったこともあるにはあるだろうさ。だが、今回は結果的に事なきを得た。まずは無事に依頼を解決できた喜びを、互いに分かち合っていこうや』

 

「は、はい……」

 

『なにも一から十まで完璧にやれって言ってんじゃねェ。少なくとも、仕事上の責任に関しては全てオレちゃんの方で引き受ける。それが上司ってモンよ。……人間っつーのは学習して成長する生き物だぜ? だから今日を無事に生き残れた幸運に感謝しながら、今日の経験を今後に活かせるよう、自分なりの考えを今の内に頭ン中でまとめておきな。それが、今のカンキちゃんに求められている一番のスキルだからな』

 

「しょ、所長……っ!」

 

 同時にして、恵まれた環境に自分は感激さえしてしまった。言葉にならない感情を声に溢れさせていくその最中、所長は「へっ」と微笑を交えながらそのセリフで会話を〆てきたものだ。

 

『説教臭くなってすまねェな。歳を取るとついつい話が長くなっちまう。オレちゃん、まだ36なのにな! とにかくだ。体は資本! 今日は腹いっぱいメシを食って、風呂にゆっくり浸かってから、十分な満足感と一緒に気持ち良く寝る! んで、めげずに明日も出勤してきてくれや。如何せん、事務所は常に人手不足なモンだからな……!』

 

「は、はい、分かりました……! 俺、頑張ります……!」

 

『おう、その意気だぜ! ……あァでもラミアちゃんとの関係に進展があったら教えてくれや!!! ついでに、どんなプレイをしたかなんかも詳しく教えてもらえると、オレちゃんすごく嬉しいなァ!!!』

 

「…………あはい、まぁ心に留めておきます。はい」

 

 

 

 

 

 所長との電話後、お風呂上がりでポカポカと湯気を放つ寝間着姿のラミアに一連の出来事を伝えた。

 

 自身を脅かす存在が取り除かれ、戻ってきた平穏に安堵する彼女。自分も吉報を届けることができた今回の顛末(てんまつ)に胸を撫でおろしたものだが、一方でラミアはと言うとこちらが思っていたよりも薄い反応を示し、淡泊な表情はそのままにどこか憂いな様子を見せてくる。

 

 これを不思議に思った自分は、彼女の顔をうかがうような視線で訊ね掛けていった。

 

「大丈夫? やっぱり、まだ心配?」

 

「あーいえ、そーいうワケではナイです。カンキさんにも、所長さんにも感謝をしてますよ?? ホントにありがとうございました。ウチの方からも、後で所長さんにお礼の電話を入れときますので」

 

「あぁ、それがいいね」

 

 …………。

 立ち込める沈黙。やはりどこか思う所があるのだろうか、ラミアは口を噤んで少しだけ俯いて、考えに耽るようその場に佇み続ける。

 

 どうしたんだろう? という疑問を目で投げ掛ける自分。彼女はその視線を暫し浴びた後、次にも顔を上げてこちらと目を合わせながらも、次第と何かを決心したように真っ直ぐな眼差しを向けながら喋り出してきた。

 

「コチラに泊めていただき、ありがとうございました。お二方の周到な配慮のおかげで、ウチはこの数日間、とても安心して過ごすコトができました」

 

「何よりも一番は、所長の的確な対応にあったよね。また何か心配事が出てきたら、龍明探偵事務所を頼ってよ。俺も、もっとラミアの力になれるように、今以上に経験を積んでおくからさ」

 

「どーも。……じゃー早速なんですけど、追加でひとつお願いしてもイイでしょーか??」

 

「依頼? 他にも何かあるの? この場合は所長に話を通した方が良いかもだから、今から電話繋げようか?」

 

「いえ、探偵事務所ではなくカンキさん個人に、ひとつお願いをしたいなと思ってまして」

 

 冷静さはそのままに、ラミアは恐る恐るといった瞳孔の揺れを見せてくる。彼女のただ事ならぬ決心に自分が更なる疑問を抱いていくその最中、ラミアは一呼吸の間を置いた後にも、平然とありながらも真剣な様相で“それ”を口にしてきたのであった。

 

「引き続き、コチラに泊めていただくコトは可能でしょーか。カンキさんが宜しければですけど、“同棲”というカタチで住まわせてもらえると嬉しいです」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。