枯羽の天使   作:難民180301

1 / 9
1.復職

3月2日

 余命一年らしいから働くことにした。

 

 

 

3月3日

 記念すべき一ページ目の内容が薄っぺらすぎる。一年後に読み返したとき感動できるくらいには内容を盛ろう。

 

 いつも通りに無職生活やってたら急に具合が悪くなって、医者に行ったら「もうすぐ死ぬよ」って言われた。正確に言うと、耐用年数の超過による機能停止に陥るとか。

 

 私の体は四割くらいが機械だ。昔、めっちゃでかいロボに乗って竜をぶち殺す仕事をしてて、パイロットになるには体を改造する必要があった。たしか肺と心臓と、消化器と骨の一部? が丈夫な機械になってる。

 

 その機械が寿命を迎えている。初めて知ったけど、大半のキカイは人よりも短命らしい。ソフトは半永久でもそれを走らせるハードは、ということだ。

 

 一応、メンテナンス用ナノマシンを定期的に注射すれば一年は延命できる。ただしそれを作った人たちも、私を改造した人たちもみんな竜に食べられちゃったから、交換や修理はできない。ナノマシンの在庫一年分がなくなったら私は終わりだ。

 

 別に死ぬのは問題ない。悲しむ人はいない。仕事を辞めて以来、生きているのに死んでいるような、無為な時間を過ごしてきた。今日死んだところで誰にも迷惑はかからない。

 

 でも一つだけ悔いがあるから、一年は頑張ってみることにした。

 

 それは、『何も成し遂げていない』ってことだ。生まれ落ちて二十九年、私は状況と他人の指示に流されるばかりで、自分の意思で何かを成し遂げたことが一度もない。ロボを乗り回す仕事はやれと言われたからやっただけ。やりたかったわけでも、やりたくなかったわけでもない。無職生活に至ってはただの惰性だ。

 

 テレビをつければ、成し遂げた人たちがたくさんいる。私よりずっと年下の子たちが、やれ品種改良に成功したとか、革新的な新素材を発明したとかどうとか。そういう成功体験を聞くたび、私も何か成し遂げて、何者かになりたい思いを強くしてきた。

 

 一年と期限を切られたことで、その思いに火が付いた。きっと何かすごいことをして、すごい私になってやろう。

 

 といってもゼロからのスタートで成功するには、一年じゃ心もとない。幸い、私には十三年巨大ロボを乗り回していた経験があるから、それを活かせる仕事に応募してきた。

 

 同僚は一か月足らずで全滅してたし、経験値の量は間違いなく私が世界一のはず。熟練の操縦テクでみんなの度肝を抜いてやろう。

 

 

 

3月5日

 順調だ。

 

 書類選考と面接が通り、今度新設される部隊に配属されることになった。その名も『離島生存圏防衛軍滅竜特務艦アメノムラクモ・パイロット科』。画数多すぎて二度と書く気しない。

 

 仕事内容は昔と同じく、巨大ロボのPF(Psycho-energy Frameというらしい。初めて知った)を乗り回し、攻めてくる竜を撃ち落とすこと。

 

 昔と今では違うこともたくさんあるだろう。だけど大丈夫。なんたって私は十三年の経験がある超絶大ベテランなんだから。面接官のおじさんも、履歴書からにじみ出る私のすさまじい有用性に挙動不審になっていたもの。

 

 きっと何かを成し遂げて、何者かになってやるぞ。

 

 

 

3月8日

 死ぬ。ジェネレーションギャップに殺される。昔と今の差が大きすぎて、世界一豊富な経験がまるで役に立たない。

 

 まず、PFの性能差。昔乗ってた『枯羽(かれば)』は、うなじのとこのコンセントを機体に接続したら思うままに動かせた。だけど今の機体はレバーとペダルとボタンを絶えずガチャガチャやりつつ計器とにらめっこしないと動かない。たとえ動いても出力が低く、空飛ぶ棺桶に乗ってるみたい。唯一昔と同じなのは動力源くらいか。

 

 PFの運用法も変わっていた。昔は離島の周りを四六時中音速で飛び回り、竜を迎えうっていた。今は母艦と呼ばれる大きな船にPFを数機載せた部隊が十いくつかあって、それぞれ担当海域を警戒している。休む暇ができたのはとてもいい変化だけど、同じ部隊の子たちと仲良くできるかな。

 

 明日、パイロットの子たちが配属されてくる。いい関係を築きつつ、程よく先輩風も吹かせたい。

 

 

 

3月10日

 あのクソガキ絶対泣かす。

 

 パイロットの子たちは四人、みんな十三歳の少女だった。

 

 まあ子供なのはいい。私も改造されて初めて乗ったのは九才の頃だった。PFが純粋な心の力を動力源とする以上、不純物の多い大人の心ではパイロットが務まらない。私みたいに改造すれば別として。

 

 だけど子供とはいえ、あまりにも生意気なやつが一人いた。

 

 名は金藤(かねふじ)ミサキ。金髪ツンケンメガネ女。名前書くのも腹立たしいので以下メガネとする。

 

 あの女、挨拶もそこそこに「勝負しろ」とか言い出して、シミュレーターで私をボコボコにしやがった。こちとら今時のPFにまだ慣れてないのに。

 

 しまいには「あなたはこの部隊に必要ない」だってさ。何様だよ。

 

 こんなにカチンときたのは久しぶりだ。竜を殺す前にあのメガネを泣かしてやる。

 

 ちなみに他の三人の子たちは、個性強めながらもいい子だった。

 

 

 

3月11日

 パイロットの子たちの専用機が届いた。

 

 私が乗ってるのとはものが違う、かっこいいPFだった。聞けば、この滅竜隊というのは偉い人たちの鳴り物入りで新設された部隊で、母艦も機体もパイロットもすべて最精鋭のエリート部隊なんだって。

 

 でも私のPFは一世代前の量産機。専用機ちょうだいよ、って偉い人に電話してみたけど、「復帰が急すぎて間に合わず」とのこと。前乗ってたのは壊れちゃったし、仕方ないか。

 

 さてメガネが専用機を手に入れちゃって、ボコすのがもっと難しくなった。訓練と勉強をもっと頑張ろう。

 

 

 

3月20日

 今日も訓練と勉強。かっこよく言えば慣熟訓練。

 

 コツを掴んできた。発進しーけんすもちゃんと覚えた。

 

 シミュレーターにてメガネに襲い掛かるが、返り討ちにあう。生ごみを見るような目が腹立つ。

 

 出港はもうすぐ。竜が飛んできそうな海域のパトロールに行く。

 

 それまでにぶちのめしたい。

 

 

 

3月23日

 訓練と勉強。

 

 パイロットの子、桃地(ももち)オウカちゃんに手伝ってもらう。ピンクツインテ、明るくて素直ないい子。どっかのメガネに見習ってほしい。

 

 上達が早いとほめられた。うれしい。

 

 

 

3月25日

 今日もボコされた。

 

 整備のお姉さんに機体と直結したいといってコンセントを見せたら、「それコンセントじゃなくてスパインプラグ」と呆れつつドン引きされた。今の技術だと整備も再生産もできないとか。せっかく体をいじられたのにこれじゃ改造され損だよ。

 

 明日出港だ。まあ粘り強くやっていこう。

 

 

 

4月1日

 メガネがめっちゃ吐いてた。桃ちゃんと他の二人も気分が悪そう。私は改造の影響か、それとも昔一日中空を飛び回っていたからか、船酔いの気配はない。

 

 メガネの背中をさすってやると、涙目でにらまれる。

 

 ちょっと気分がよかった。

 

 

 

4月5日

 暇さえあれば訓練と勉強。合間にメガネと勝負。たまに甲板掃除。

 

 変化は乏しいが、上達してる実感はある。枯羽に乗ってた頃の一割程度は動かせるようになってきた。それ以上に動かそうとすると出力過剰で機体が爆発しそうになるので、加減が難しい。要練習。

 

 毎日張り合いがあるからか、無職のときよりもご飯がおいしい。

 

 海は穏やかで、忌々しい竜の影一つ見えず、まるで遊覧船に乗ってるようだ。乗ったことないけど。

 

 今の任務は周辺海域の哨戒と、諸島群の巡回。生存圏の周りに点在する諸島に、本土から渡ってきた竜が巣を作っていないかを見回る。

 

 明日一つ目の島に着く。メガネとの勝負が忙しいし、何もなければいいんだけど。

 

 

 

4月6日

 久しぶりの実戦だった。昨日の最後の一行がフラグになっちゃったかな。

 

 最初の島に竜が巣を作っていたので、私含め五人でせん滅に向かったのだけど、これがひどかった。もうグダグダ。メガネは訓練の半分も動けないし、もう一人は逆に張り切りすぎて特攻しちゃうし。桃ちゃんともう一人の子は及第点。一応どうにかなったものの、もう少しで死人が出るところだった。

 

 まあ、初陣で緊張するのは仕方ない。一度の失敗で死ぬような鉄火場で緊張するなというのは無理な話だ。あの子たちなら今度はもっとうまくやれるだろう。

 

 

 

4月7日

 メガネがやたらつっかかってくるようになった。

 

 なんなんだよ。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 絶対的捕食者、竜。人の数十倍もの巨躯と、空を覆うほど長大な一対の翼を持ち、自在に空を駆けては人類の営みを焼き払い、捕食する。

 

 人類史はこの災害に等しい生物からいかに逃げ隠れしてきたかを示す、敗走と隠遁の歴史である。有史以前から人は竜に焼かれ、食われ、そのたびに生存圏を後退させ、絶滅の間際でどうにか種を紡いできた。

 

 その流れを変えたのがPF、人の心を動力とする人型対竜機動兵器の発明だ。故郷である『本土』を追われるのに前後して発明されたこの兵器によって、生き残りの人類は最後の生存圏である『離島』に逃れ、防衛に徹しつつ反転攻勢の戦力を整えている。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 そうした状況における重要な戦力の一端が、離島の港に停泊していた。

 

 滅竜特務艦アメノムラクモ、艦長室。上品な調度品で彩られた一室に四人の少女が整列し、艦長の男性に敬礼する。

 

「本日付けで配属となりました、金藤ミサキ大尉であります」

 

 ミサキたちは人類の希望たるPFの新人パイロットだ。離島の防衛隊は門戸を広くしているが、PFのパイロットは極めて倍率が高い。彼女たちは中でもいっとう厳しい教練課程を乗り越えた、エリート中のエリートである。

 

 もちろん特務艦たるアメノムラクモの艦長もまた、防衛隊にて相応の経験を積んだ猛者であり、初老の柔和な面立ちながら、視線は抜き身の刀のように鋭い。

 

「貴官らの着任を歓迎する。明日正午に機体が到着次第慣熟訓練を始め、一週間後に出航する。今日のところはこの船に慣れるといい。おーい、入ってくれ」

 

 固い顔つきから一転、くだけた口調で呼びかける艦長。

 

 ミサキたちが目を扉へ向けると、艦長室にもさもさした毛玉が入ってきた。

 

「はいよー」

 

 よく見るとそれはミサキたちと変わらぬ年の少女のようだ。お尻のあたりまで伸びた寝ぐせだらけの髪を後ろで一つにくくり、長すぎる前髪の下からとろんとしたタレ目がこちらを見上げている。

 

 ミサキたちよりも頭一つ分低い場所から、掠れた声が響く。

 

「滅竜隊パイロット、山田少佐だよ。よろしく。船を案内するね」

 

 ミサキは耳を疑った。同期の少女たちも不思議そうに顔を見合わせている。

 

 貴重なPFパイロットは新任でも尉官からのスタートだが、目の前の山田は少佐。よほど名のあるベテランパイロットかと著名な顔ぶれを思い返すも、山田の名は記憶にない。

 

 というより、ミサキは信じたくなかった。憧れのパイロットになったのに、同僚がこんなのなんて。

 

 手入れをサボったボサ髪、不健康な目元のクマ、掠れ声と猫背、だらしなく着崩した制服にしまりのない表情。人類の希望であるPFパイロットとしてふさわしくない。

 

「失礼ですが山田少佐」

 

 そんな思いに駆られ、ミサキは疑問を口にする。

 

「少佐は何期生でしょう?」

「はぇ? 何それ?」

「アカデミーを卒業されたのはいつでしょう?」

 

 パイロットになるには、防衛隊養成校のパイロット科を卒業しなければならない。あの厳しい課程を修了していれば、こんなだらしない振る舞いはしないはずだ。

 

 その予想の通り、返ってきた答えは「してないよー」である。

 

「今はアカデミーなんてあるんだねぇ。みんなそこの出身? 私も行った方がいい?」

「いやいやいや」

 

 首をかしげる山田に対し、勢いよく否定したのは艦長である。

 

 艦長はこほんと咳払いを挟んで、

 

「山田少佐には少々事情があり、急遽滅竜隊への配属が決まった。詮索は不要。ただ、とても有用な人員であるとだけ言っておく」

「照れるぜ」

 

 山田はふにゃふにゃと気の抜けた照れ笑いを浮かべている。峻厳な雰囲気の漂う艦長室の中では明らかに浮いており、ミサキはますます気に入らない。

 

 だだっ広い艦内を案内される道中、ミサキの鬱憤は膨らんでいく。

 

「軍隊ごっこ苦手だからさー、タメ語でいいよ」

 

 規律を軽んじる言動に腹が立ち、

 

「髪の色キレイだね、桜餅が食べたくなる」

「えへへ、ありがと! この色自慢なんだ!」

 

 それに順応して仲良くなっている同僚も癇に障った。

 

 だから案内の終盤、曲がりなりにも上官の山田にケンカを売ってしまったのは、必然だったのだろう。

 

 シミュレータールーム。PFの格納庫の隣に位置する小さな部屋には、室名の通りPFの操縦シミュレーター筐体が四台設置されている。複数人での模擬戦も可能だ。

 

 その部屋に入ったとたん、ミサキは言った。

 

「山田少佐。一戦、ご指導いただけませんか」

 

 山田は目をぱちくりさせてから、にやりと不敵に笑う。

 

「いいよー。私、結構この道長いんだからね」

 

 せめて山田がこの自信の通り、腕が良ければミサキの不満は解消されただろう。正当な課程を経ずとも、ふさわしい振る舞いでなくとも、パイロットとしての腕さえあれば山田を受け入れることができた。

 

 が、山田の腕前は悲惨だった。

 

「えーとプラグの接続端子……ああ違う違う、えーと……」

 

 シミュレーターの起動すらままならない。

 

「トリガーはこのボタンだっけ? あれっ、足千切れた!?」

 

 なぜか機体パーツのパージコマンドを入力してしまう。

 

「このレバーで前進、ブーストは……おっそ! 何この出力オモチャ!?」

 

 どうにか起動しても、初歩中の初歩の動きすらできず、挙句には機体性能にケチをつける。

 

 もう耐えられない。動く的でしかない山田に手早く撃墜判定を食らわせ、筐体から出てきた山田にこう吐き捨てた。

 

「あなたはこの部隊に必要ない」

 

 言われた山田はぽかんと口を開け、しばらくするとむっとしてミサキに突進した。

 

「なんだとこのメガネぇ!」

「あっ、山田さん暴力は……何でもない」

 

 止めに入ろうとした同僚が口をつぐんだ。突進してきた山田の頭をミサキの長い腕が抑えつけている。リーチの差によって山田の振り回した腕は届かず、ケンカにすらなっていない。

 

 ミサキは山田の頭を軽く押し返し、艦内の自室へと足を向けた。こんなちんちくりんに構っているだけ無駄だ。

 

「絶対泣かしてやるからなぁ、このツンケンメガネ!」

 

 幼稚な罵倒も部屋を出ればもう聞こえない。

 

 憧れの滅竜隊への配属初日は、こうしてよく分からない上官との不和から始まったのだ。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 山田の抱える『事情』というのは、搭乗機にも及んでいるようだった。

 

 着任の翌日、ミサキたちの専用機が届いた。それぞれの気質、得意戦術、さらに動力源となる心に合わせて新造されたワンオフ機であり、命名はパイロットに一任されている。ミサキは自身の機体に『オブリージュ』と名をつけた。

 

 滅竜隊は、これまで防衛に徹してきた防衛隊とは異なり、竜に対する反転攻勢を目的とする。新型機、新造艦はその期待の表れだ。

 

「なんか私のだけ古ぼけてるなー」

 

 しかし山田に用意された機体は、専用機ではない。

 

 第二世代機『クサナギ』。全体的に角ばったパーツで構成されており、コストと性能を抑える代わりに量産性とメンテナンス性に優れる。防衛隊にもっとも多く配備されている現役の量産機だ。

 

 クサナギの足元で苦笑いを浮かべる山田。

 

 そんな山田にピンクツインテの少女、桃地が声をかける。

 

「クサナギはいい機体だよ! 頑丈でシブくて、あとメンテが簡単って整備科の友だちが言ってた!」

「ふーん。そういう桃ちゃんのPFもかっこいいなぁ。名前はつけた?」

「『ノスタルジア』だよ。意味は……」

「桃地さん」

 

 二人の会話に割って入るミサキ。

 

「早速訓練を開始しましょう。少佐はどっちでも構いませんよ。ただ、うっかり沈んで救助の手間をかけさせないでくださいね」

「このメガネだきゃぁ……!」

「まあまあまあ、ね、仲良く、ねっ!」

 

 そうして始まった実機の訓練にて、ミサキたちは新型機の性能を実感した。

 

 ライフルとシールド、近接装備でバランスよく武装したミサキの『オブリージュ』。

 

 機動力を犠牲に分厚い装甲と大火力の巨砲を携えた、桃地の『ノスタルジア』。

 

 機動力と近接戦に特化した、白辻(しろつじ)マシロの『リヴェンジャー』。

 

 長射程ライフルと広域レーダーによる支援を想定した、橙堂(とうどう)レイネの『グリーディア』。

 

 それぞれが一芸に特化しているものの、他の性能も高水準にまとまっており、足りない部分を連携で補えばどんな戦局にも対応可能。最新型の名に恥じない高性能にミサキは興奮を禁じえない。

 

 一方、山田のクサナギは地味なものだ。

 

「まあこんなもんか」

 

 昨日のシミュレーターよりかは動きがマシになっている。母艦から発進しすぐに水没するようなこともない。安定した機動で海上を飛び回っていた。

 

 しかしそれだけだ。結局は量産機であり、ミサキたちの専用機と比べれば機動は控えめ。武装はライフルとシールド、近接装備だがこれらもミサキのオブリージュの下位互換である。

 

 ミサキは訓練開始早々に山田から興味をなくした。だから気づけなかった。

 

 時間が経つごとに、山田機の動きが洗練されていくことに。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 全高二十メートルもの人型機動兵器を動かすには、当然かなりのコストがかかる。だから実機でのデータを採ってからは、もっぱらシミュレーターでの訓練が主になる。

 

「メガネぇ! 勝負しろい!」

「またですか」

 

 山田はスキあらばミサキに模擬戦を持ちかけた。

 

 そもそものスタート地点が違う上に、専用機と量産機のスペックでは勝負が見えている。一度だけ完膚なきまで勝利すれば、山田も諦めるだろう。

 

 そう考えて一度は受けた模擬戦で、ミサキは肝を冷やした。

 

「おっ、今の結構惜しかったんじゃね?」

「……全然ですけど? ちょっと、ちょーっとだけびっくりしただけですけど?」

 

 二機は互いに得意な中距離で、ライフルを撃ち合っていた。火力の差により山田機のシールドが耐久限界を迎え、破損直前に山田が盾をぶん投げたのだ。

 

 これだけなら、教科書にない戦術の典型としてミサキは対処できた。実際、最小限の動きでなんなく躱してみせた。

 

 が、回避した先にまたもや何か飛んできた。

 

 それは腕だ。盾を保持していた腕パーツをパージし、投擲してきたのだ。

 

 混乱のために反応が遅れ、ミサキのオブリージュはメインカメラが損傷。山田機がライフルをこちらへ照準し、あわやというとき。

 

「やっべ間違えた!」

 

 山田機がライフルごともう一本の腕をパージした。あたふたする山田機にミサキがライフルを打ち込み、勝利となった。

 

「実戦であんな間違いをすれば終わりです。滅竜隊のパイロットとしてあまりに意識が低いのではないですか」

「だからこそ今のうちに間違えとけばいいんだよ。私はねー、同じミスは四回くらいしかしないんだ」

「……しすぎでは?」

「んなこたない」

 

 意表をつかれたのが癪だったので、その日から山田をボコボコにする日々が始まった。

 

 山田の動きは日を追うごとに良くなっていった。一時間前にできなかった複雑な機動をいつの間にか習得し、模擬戦の中で実践している。その上達速度は、学習というより元々できていたことを思い出していくかのようだった。

 

「ムカつく」

 

 山田の相手をするうち、気づけば口に出ていた。その練度に達するまでに自分はどれほど苦労したか。

 

 PFパイロットの教育課程は過酷だ。寝る間を惜しみ、四六時中操縦技術と戦術のことを考え、上達のためだけに心を尖らせて、それでも試験に落ちる同期をたくさん見てきた。あの地獄を知っているからこそ、抜け道を使ってパイロットの座にいる山田を、認めるわけにはいかない。

 

 ささくれ立つ心のままに、気づけば毎日時間の許す限り山田を撃墜して一週間。

 

 訓練の期間が終わり、滅竜隊は初の出港日を迎えた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 人類の最後の生存圏、離島。その周囲には大小さまざまな諸島が点在している。

 

 竜は本土から直接離島まで飛んでくることはできない。単純に体力がもたないからだ。故に離島まで人を食いにやってくるには、周辺諸島で翼を休める必要がある。

 

 ほんの数体が翼を休めるだけなら、離島の防衛隊が対処できる。しかし竜はときに島に巣を作り、定住することがある。するとひっきりなしに離島は竜の襲来を受けるはめになり、その損害は計り知れない。

 

 そういった事態を避けるため、周辺諸島の巡回は欠かせないのである。

 

 滅竜隊の割り振られた海域は本土に近く、竜の営巣事案が過去に起きている危険海域だ。前任の防衛隊とローテーションし、諸島の一つ一つを巡回していく。

 

 水平線上に見える島を観測する。難しい場合はもっと接近するか、時には調査部隊が上陸し営巣の痕跡を探る。問題がなければ次の島へ。

 

 その間、ミサキたちパイロットの業務は様々だ。訓練、整備、持ち回りの当番、自由時間。いざ会敵したときすぐに出られる状態であれば、細かな規定はない。

 

「いやっふぅー!」

「いぇーい!」

「何してんですか……」

 

 とはいえ、山田と桃地のはしゃぎっぷりは目に余る。訓練の息抜きに甲板に出てきたミサキは頭を抱えた。

 

 山田と桃地は甲板をぴかぴかに磨き上げ、その上を裸足でつるつる滑っている。

 

 二人はやけに無駄のない動きでミサキの真ん前で停止すると、満面の笑みを浮かべた。

 

「こんだけ広くてつるっつるの甲板があれば、遊ぶのが礼儀ってもんでしょ。ねーっ」

「ねー」

「仲いいですねあんたら」

 

 二人はウマが合うのかよく一緒につるんでいる。ピンクツインテと癖毛のもさもさ頭が一緒にいると視覚的にうるさい。

 

 げんなりするミサキに構わず、山田が言う。

 

「本当はあと二人とも仲良くしたいんだけど、こんだけ広いと会えないんだよなー」

 

 滅竜特務艦、アメノムラクモの排水量は十二万六千トン。上部甲板は小島ほどの面積があり、上にも下にも広い。一度はぐれると合流するのは難しいだろう。

 

 山田は何か思い出したようにはっとして、いたずらっぽい目をミサキに向ける。

 

「メガネちゃんも仲良くしたいならそう言ってくれればいいよ?」

「はっ」

「鼻で笑いやがったなテメー!」

「山田ちゃん、どうどう」

 

 仲良くする気はない。

 

 ただ、階級差などものともしないこの緩い雰囲気に慣れつつある。それを悪くないと思う自分もある。

 

 山田のすべてを認めるのはまだ抵抗があるが、もう少し付き合い方を考えてやっても──

 

 そう考えたそのとき、鋭い警報が海のしじまを切り裂いた。

 

『四十三番島に竜の巣発見! 総員戦闘配置、パイロットは出撃準備! 繰り返す──』

 

 デッキブラシを放り投げ、山田が真っ先に駆け出す。一瞬遅れ、ミサキと桃地も続く。

 

 初めての実戦がすぐそこに迫っていた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 訓練は嘘をつかない。シミュレーターでの模擬戦や連携だけでなく、会敵時の行動も訓練していた。学んだ動きの通り格納庫へ急ぎ、ミサキたちはそれぞれのコックピットへと収まった。

 

 パイロットの戦う意思が機関部を通し、エネルギーに変換、各部へ送られ機体が起動する。

 

 計器チェック。並行してエレベーターが起動し、機体を甲板上へ運ぶ。管制からの発進許可を受け、レバーを引く。

 

「金藤ミサキ、オブリージュ、出ます!」

 

 電磁カタパルトが機体を弾き、体がシートに押し付けられる。少し遅れ、山田たちの機体も発進し、ミサキのオブリージュを中央に五機で編隊を組んだ。

 

 水平線上の小さな陸地へと接近する。すると、ほどなく小さな粒が空へ上がってきた。徐々に大きくなるそれらは、遠目には蝙蝠のようなシルエットを成していく。

 

 PFの望遠で拡大すると、その威容があらわになった。長い首に大きな顎、しなやかで長大な尾に、PFの数倍の幅がある雄大な翼。絶対の捕食者、竜である。

 

 計八体の竜がめいめいミサキたちの方へ向かってくる。巣に近づく外敵を排除しようというのだろう。

 

 竜の目には感情がない。縦長の瞳孔にうかがえるのは無機質な殺意と食欲だけだ。ミサキは思わず望遠を切った。

 

 レバーを握る手が震えている。初めての実戦、初めての竜。でも大丈夫、訓練通りにやれば問題ない。

 

 接敵までに緊張を抑えようとしていたそのとき。

 

 想定外が発生した。

 

『ちょ、白辻さーん! 何やってんの!?』

 

 山田の慌てた声。見ると、編隊から一機のPFが突出し、竜の方へ突っ込んでいく。高機動近接特化機、白辻マシロのリヴェンジャーだ。

 

 リヴェンジャーは単機で接敵すると、二振りのエネルギーブレードを振り回し乱戦を始めてしまう。

 

 鬼気迫る勢いに竜たちはわずかに怯むものの、多勢に無勢、ひらひらとブレードをかいくぐり爪と牙でリヴェンジャーの装甲を抉る。そのうち、死角に回り込んだ竜の一体が大きく胸腔を膨らませ、炎の球を吐き出した。

 

 直撃し、爆発するリヴェンジャー。爆炎が晴れたそこには、装甲の各部をスライドさせ、排熱蒸気を吐き出す姿があった。背部ブースターの両脇からは枯れ木が折り重なったような緊急用放熱フィンが展開され、赤熱している。

 

 排熱装甲。数千度に達する竜の炎を想定した、第三世代機の標準装備だ。

 

 が、これも無敵ではない。ダメージが重なれば耐久限界を超え、中のパイロットが焼け死ぬ。

 

「えっ、えっと、援護! と、橙堂さん、援護して!」

 

 慌てて後衛の狙撃支援機、橙堂レイネのグリーディアに指示を出す。

 

『無理。あんなに激しく動いてるとこに撃ったら危ないよ』

 

 が、返ってきたのはもっともな正論。被弾したリヴェンジャーは竜との混戦を再開しており、下手に撃てば誤射してしまう。

 

 であればどうするか。全員で突っ込む? 八対五の乱戦など論外だ。 今から訓練通りの動きに立て直せる? そもそもリヴェンジャーはなぜ吶喊した?

 

『おっけー、とりあえずあの困ったちゃんシバくわ』

「えっ」

 

 ぐるぐると思考が巡るうち、山田のかすれ声が届いた。

 

『桃ちゃーん、合図したら私にキャノン撃って。近接信管、狙いは雑でいい。メガネはその間に深呼吸して落ち着け?』

 

 答える暇もなく、今度は山田のクサナギが編隊から飛び出していく。

 

 どいつもこいつも、とミサキは泣きそうになりながら、言われた通り深呼吸を始める。

 

 少し冷静になるものの、山田機の動きを見て再び動揺した。

 

 山田機は乱戦の輪の少し外で滞空すると、ブーストを強く吹かせて突っ込み、左腕の盾を突き出す。その打点へと吸い込まれるようにリヴェンジャーが飛来し、背部のメインブースターがひしゃげ、黒煙を上げる。

 

 空中機動の要を失ったリヴェンジャーの腕を引き、山田機が再び加速。まっすぐミサキたちの方へ戻ってくる。

 

 当然、黙って見ている竜たちではない。すべての竜がひと固まりになり、山田機に追いすがる。

 

『桃ちゃん、三、二、一、ドン!』

 

 すぐ後ろに捕食者が迫っているとは思えない、気楽な声音。

 

 その合図の通りに、桃地の高火力重装甲機、ノスタルジアが巨砲を放つ。

 

 同時、山田機が頭部を海面に向け、ブースターを吹かして急降下。

 

 近接信管の榴弾は、追いすがっていた竜の群れに突っ込み、青空に巨大な火球を生む。竜の大半は翼や体の一部が欠損し、ぼろぼろの死骸が海へと落下していく。運よく無傷で残ったのは二体だけだ。

 

 山田機とリヴェンジャーは着水ぎりぎりで体勢を立て直し、編隊の近くに戻ってきた。

 

『メガネ隊長、こっから任せる。ブースターが焼き切れそう』

 

 苦笑気味の通信には過熱のアラート音が混じっている。常識外れの動きをやったくせに、山田の声に緊張や恐怖の類は欠片もない。

 

 あまりに想定外が過ぎ、ミサキはすっかり落ち着いた。

 

「……桃地さん、前に出て敵を引き付けて。私は中距離から援護。橙堂さんは周辺を警戒、山田さんと白辻さんを守ってください」

 

 数的有利に加え、訓練通りの動きができれば負けるはずがない。

 

 残敵を撃墜し、島の状態を確認。巣と卵を焼き払い、初陣は終わった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 帰投後、母艦の格納庫にて。暴走した白辻マシロは逃げるようにそそくさと自室へ戻り、ミサキが機体を降りたときにはもう姿がなかった。

 

 そちらは後できっちり話をつけるとして、今は山田だ。

 

「修理できそう?」

「できなくはないが、丸ごと取っ換えた方が早いな。明日のこの時間には直ってるよ」

「仕事早い素敵、ありがとー! あっ、桃ちゃんさっきは助かった! さすが我が友!」

「そ、そうかな。頭真っ白で、指示に従うしかできなくて……」

「それだけできれば十分だって!」

 

 山田は焼き切れたメインブースターについて整備班長と話したり、指示に従った桃地を労ったり、初陣の後とは思えないほど元気いっぱいだった。その陽気にあてられてか、戸惑いがちの桃地の表情にも明るさが戻っていく。

 

 そこへミサキが近づいていくと、山田がわざとらしく「あーっ!」と声を上げた。

 

「メガネ隊長ォ! 初めての実戦にびびって漏らしたことは秘密にしといてあげますからねぇ!」

「でかい声ででたらめ言うなっ! ちょ、漏らしてませんからね! 断じて!」

 

 不意打ち気味のすさまじいホラを必死で否定する。周囲は何か始まったぞとばかり、目と耳をこちらに向けた。

 

 ミサキが赤面するのに対し、山田は意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「なんだ違ったの? 作戦中やけに大人しかったんで、てっきりビビり散らかしていたのかと」

「ビビり……散らかしては、ないです」

 

 尻すぼみの反駁だった。

 

 腰が引けたのは事実だし、訓練にない想定外で混乱したのは否定できない。もしも山田がフォローに動いてくれなければ、メインブースターの全損一件では済まない被害が出ていたかもしれない。

 

 とても業腹で不本意。けれどこの点は認めざるを得ない。山田は自分を助けてくれたのだと。

 

「でも、その……助かりました。山田さん。ありがとうございます」

 

 唇を尖らせてではあるが、頭を下げる。

 

 すると山田はきょとんとして、つまらなそうに息を吐いた。はしごを外された、というように。

 

「いいよ、別に。私は部屋に戻る。報告書、がんばってね隊長」

 

 そっけなく言い置いて、山田は格納庫を後にした。

 

 この日を境に、ミサキの中で山田の印象は変わった。彼女はおよそ正規のパイロットらしくなく、振る舞いがだらしなくて、規律を軽んじるろくでもない一面がある。けれど恐ろしく冷静で頼れるところもあり──

 

『大丈夫?』

 

 船酔いの苦しみに喘いでいるとき、しぜんと背中をさすってくれる。そんな優しさのある仲間なのだと、ミサキは認識を改めた。

 

 仲間であれば、放っておけない。

 

 あのだらしない服装とぼさぼさの髪の毛を整え、外見から正していこう。仲間が間違っていれば正さなければ。

 

 こうしてミサキは、不思議な立ち位置の山田にうざがられるほど構い倒す決意を固めたのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。