枯羽の天使   作:難民180301

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2.殺意

4月8日

 死ぬかと思った。

 

 あんまり健康だったんで、月一回の注射をサボったら、呼吸できなくなって死にかけた。あと数秒注射が遅かったらやばかった。マジで壊れてんだな、私の体。

 

 普通に息ができて日記も書けるありがたさを噛みしめて、今日はもう寝よう。

 

 

 

4月9日

 古傷痛い。つらい。

 

 

 

4月11日

 メガネのやつがやけにうるさい。

 

 前みたいな棘はなくなったけど、顔を合わせるたび服装や髪型にケチをつけてくる。まさか二十九にもなって十三歳の子供にボタンをしめてもらうとは思わなかった。やつの身だしなみは整ってるからやり返すこともできない。

 

 なのでシミューレーターでやり返した。初陣からこっち、昔の勘が戻ってきてメガネにも五分で勝てるようになってきた。この調子なら勝ち越しも遠くない。

 

 自分の意思で努力を重ね、何かを成し遂げる。小さな成功とはいえ、きっと目標には近づいている。

 

 そんな感じで私の方はこの上なく前途洋々なのだけど、目下の懸念は例の暴走女、白辻マシロだ。

 

 あの女よほど臆病なのか、以前の戦い以来私たちを避けている。なにせ食堂や風呂がいくつもあるだだっ広い船だから、逃げられると中々捕まらない。

 

 白辻の単機突撃は割とシャレにならない暴挙だった。今度の出撃までには話をつけなきゃいけない。

 

 地の果てまで追い詰めてやる。

 

 

 

4月12日

 メガネと桃ちゃんが白辻と話をした。もうしませんごめんなさいと言っていたそうだ。

 

 万事解決、よかったよかった。

 

 

 

4月13日

 ダメだった。あの目隠れ女、また単機で突撃してった。フォローするこっちの身にもなれ。

 

 いい加減ぶんなぐってやろうかと思ったけど、機体から降りると泣きながら逃げて行ったのでどうにもならんかった。その深刻そうな顔ときたら、あのうるさいメガネが言葉を失うほどだ。桃ちゃんも下手に踏み込んで傷つけるのを恐れているようだ。

 

 でも私には関係ない。

 

 私は無敵だ。失うものは何もない。誰を傷つけようが、どう思われようが、もうすぐ終わる。

 

 無敵のカウンセリングでどんな悩みでも解決してやるぜ。

 

 

 

4月15日

 死ぬかと思った。

 

 カウンセリングの押し売りに行ったら、くっそ強烈な地雷を踏んだ。あれだけ肝が冷えたの二十年前、竜王にコックピットを抉られたとき以来だ。心の闇怖い。

 

 とはいえ、そのかいはあった。マシロの抱える事情は救いようがない。分かっていれば対処のしようはあるものだ。

 

 

 

4月20日

 どうにかなった。

 

 心の問題の特効薬は時間だ。しばらくは闇を抱えたまま生きるしかない。その具体的な方法を戦いの中で実践し、マシロも少しは胸のつかえが取れたようだ。前みたいに私たちから逃げ回ることはなくなった。

 

 特に、見事カウンセリングを成功させた私にはよく懐いてくれる。大型犬にじゃれつかれるみたいでちょっと気分がいいのだけど、体格差のせいでたまに窒息しそうになるのは怖い。

 

 あいつ百八十センチあるものな。

 

 

 

4月25日

 古傷はもう痛まない。

 

 誰かに抱かれるのはいいことだ。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 滅竜特務艦アメノムラクモ。迷宮のように入り組んだ艦内通路の片隅で、少女が膝を抱えていた。

 

「ぐすっ……」

 

 百八十センチ超えの恵体を必死で小さくし、嗚咽を漏らす。白髪で隠れた目元には泣きはらした痕が覗く。

 

 彼女は白辻マシロ。新設されたエリート部隊、滅竜隊に所属するPFパイロットであり、熾烈な教育と競争を乗り越えやっと希望の職場にたどり着いた最精鋭の一人であり──同僚のパイロットたちに指名手配されている下手人でもある。

 

「コルァ白辻ィ! 隠れても無駄だ、地獄の底まで追い詰めてやるからなァ……!」

「ひっ」

 

 捜索の魔の手がすぐそこまで来ているようだ。同僚のパイロット、山田の声が通路に反響して聞こえる。

 

 必死で声を押し殺す。すると足音が遠ざかっていき、安心感と同時に「これでいいのか」と罪悪感が頭をもたげる。

 

 非があるのはマシロだ。先日の初陣で連携を乱し、謝罪をすることもなく隊員から逃げた。その後隊長とピンクツインテの隊員に声をかけられたが、「もうしませんすみません」と口早に切り上げてまた逃げた。

 

 そして先ほど迎えた二度目の実戦にて、以前とまったく同じ失敗をやらかした。単機で竜の群れに突っ込み、部隊の足並みを乱したのだ。

 

 再び山田のフォローに助けられ、部隊は無事勝利することができた。それでもマシロのやらかしはなかったことにはならない。追及を恐れ、帰投後に逃走を図って今に至る。

 

 謝らなければならない、話をしないといけない。実戦には命がかかっているのだ。このままではマシロが首を言い渡される前に、部隊の誰かが犠牲になるかもしれない。

 

 分かっていても逃げてしまう。マシロは重度の臆病者だった。

 

 しばらく暗がりで震えていると、山田の気配がすっかり消えていることに気付く。大きな体をのそりと動かして、人通りの少ないルートで自室に戻った。

 

 三度目の出撃でもまた、同じようになってしまうのだろう。分かっているのに逃げ続ける。責任あるパイロットとして最低なことをしている。

 

 諦念と自己嫌悪に苛まれながらベッドに身を投げ出して、ふて寝を決め込んだ。

 

 そうして翌日、重いまどろみから目覚めたとき。

 

「やあやあ目隠れ高身長白髪バーサーカーちゃん」

「……え、えっ?」

 

 目の前に山田がいた。長すぎる前髪がヘアピンで留められ、幼い顔立ちがあらわになっている。

 

 なぜ同じベッドで添い寝を? そのヘアピンかわいいですね?

 

「なんで私がここにいるのか、察しはついてるだろ」

 

 心を読んだように、山田が静かに言った。

 

 マシロは上体を起こし、呼吸を整えてから、震える声を絞り出す。

 

「……ごめん、なさい。迷惑、かけて……」

「違う、説教しにきたんじゃない。相談しろって言ってんの」

「そうだん……?」

 

 山田も起き上がり、二人はベッドの上で向かい合う。

 

「逃げ回って一人で泣いてるってことは、やらかしたのは分かってるんだろ。反省もしてる。私らが説教する以上に自分で自分を責めてる。だけどそこから先に進めなくて苦しい。現状そんな感じなわけだ」

「な、なんで」

「見れば分かる、誰でも分かる」

 

 正確に、むしろ当人よりも的確に現状を言い当てる山田。驚きのあまりマシロが目を丸くする。

 

 山田は「それよりも」と続けた。

 

「一人でうだうだ抱え込んでいい加減分かったろ。このままじゃ一生堂々巡り。違う手を試すなら今このときだ」

「違う手……そうだん?」

「その通り、分かってるじゃん。抱え込んでるもん全部吐き出せ。この山田様がばしっと解決してやる」

 

 山田の声には根拠不明の自信に溢れていて、マシロを見据えるとび色の瞳には一切の揺らぎがない。心の底から本音で語っているのは明らかだった。

 

 ためらいはある。誰にも話したことのない悩みを打ち明ける恐怖。話しても変わらないかもしれない不安。

 

 しかしそういった後ろ向きな感情より、この無茶苦茶で恐ろしい少女、山田への期待が大きくなっていた。

 

 マシロは両手を胸に当て、ぽつりと零す。

 

「竜は、どうして人を食べるか、知ってる……?」

「うん?」

 

 山田は少し考えて、

 

「なんだったかな。普通に人がおいしいから?」

「ちょっと違う……人の心がおいしいから、竜は人を食べる」

 

 竜は人を襲い、食らう。しかし目的はその肉ではなく、心にある。

 

 人の心はエネルギーを生む。サイコエナジーと呼ばれるその力を動力に変え、駆動するのがPFだ。意志の強さや感情の揺れ動きに比例して、産生されるエネルギーは大きくなっていく。

 

 竜が食らうのはそのエネルギーだ。正確には、生きたまま食い殺される絶望と恐怖、理不尽に焼き払われる怒りと諦め。そうした負の感情から生まれるエネルギーを竜は好物とする。このエネルギーは他の動植物からも摂取可能だが、人の心から生まれるそれの味を取り分け好むが故に、離島に逃れた人類を未だにつけ狙う。

 

 民間にはあまり知られていないこの食性を、マシロはパイロット養成校で知った。その瞬間、比喩でなく血管が破裂するほどの怒りを覚えたという。

 

「私のお父さんとお母さんは、竜に食べられました」

 

 だって、それほど悪辣な性質が竜にあるなら。

 

「目の前で、ゆっくり、つま先からちょっとずつ齧り取られて」

 

 あの日、嬲るように食い殺された両親の心は、さぞおいしかったに違いない。

 

 そう考えたとき、竜はすでに恐怖の対象ではない。

 

「だから私……許せない。殺す。すべて殺す。必ず殺す。撃滅殲滅絶滅」

 

 憎悪と殺意の対象になっていた。

 

 そうして身を焦がすほどの暗い感情に突き動かされ、パイロットの座を勝ち取り、ようやく至った実戦で、マシロは爆発した。実際に怨敵を前にすると、殺す以外の感情がなくなってしまうのだという。

 

「もうどうしようもないの……仲間とか訓練とか、任務とか。全部忘れちゃう。殺す、殺したい、殺そう……胸が高鳴る撃滅と、狂おしい殲滅と、心ときめく絶滅のことしか、考えられなくなっちゃう……! 」

 

 以上が、二度に及ぶ暴走の真相。親の仇を前に、マシロは自分を抑えられない。同じ個体であるかどうかなど関係なく、種そのものに殺意を覚えている。

 

 抱えていたものを吐き出し、マシロは胸が少し軽くなった感覚を覚える。

 

 一方、闇を語られた山田はというと。

 

「っすぅー……」

 

 頭が痛そうに額を抑え、天を仰いでいた。

 

「山田、さん……?」

「ああ、うん。相談してくれてありがとう。それは仕方ないな。白辻は悪くないよ」

「そうかな」

 

 まさか肯定されるとは思わず、マシロの顔がぱあっと明るくなる。

 

 が、すぐにまた表情を曇らせた。

 

「でも……本当にどうしようもなくて。もう私、みんなに迷惑をかける前に、本土に特攻して死ぬしかないのかな」

「待て待て待て」

 

 人類の故郷である本土。そこは強力な個体の竜によって占領された死地と化している。専用機『リヴェンジャー』に乗り込み、本土に突っ込んで一体でも多くの敵を殺す以外に、道は残されていない。

 

 本気でそう考えているマシロだったが、山田が慌てて待ったをかける。

 

「白辻の暴走は止められない。それならそれでやりようはある」

「やりようって……?」

 

 縋るような目のマシロに対し、山田は自信満々に胸を叩いた。

 

「今度の出撃で分かるよ。とりあえず今は風呂入ってご飯食べて寝ろ。な?」

 

 懐疑的ながらも小さく首肯すると、山田はマシロの頭をわしゃわしゃと撫でまわし、部屋を後にした。

 

 マシロは乱れた頭に両手をやって、山田の出て行った扉をしばしじっと見つめていたのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 山田いわくのやりようの意味が分かったのは、三度目の出撃でのことだった。

 

 巡回ルートを航行中、島に竜の巣を発見。艦内に響き渡る警報に急かされ、マシロは格納庫に急いだ。

 

「ふぅ……」

 

 結局、山田の他に隊員たちとは話ができていない。にもかかわらず不安はなく、コックピットに乗り込むと熱い吐息を漏らす。

 

「殺す」

 

 今のマシロが考えるのは、熱く滾る殺意だ。

 

 竜という種族そのものへ向けられた憤怒と殺意が、コックピットからエンジンへ流れ込み、莫大な動力へと変換される。どす黒い装甲の表面に深紅の差し色が血管のごとく迸り、頭部のメインカメラが激しく輝く。

 

 リヴェンジャー──名前の通り、報復への殺意によって動く巨人が立ちあがる。それに続いて仲間たちの機体もまた、それぞれに抱える心の力を燃やして起動していく。

 

「白辻マシロ、リヴェンジャー、出る」

 

 残った理性を総動員して発進シークエンスを終え、海上へ出る。それを機に殺意がピークを迎え、まともな思考能力が戻ったのはすべてが終わった後だった。

 

 青い空を裂き、色とりどりの五機のPFが疾駆する。攻撃目標の島からは六体の竜が迎撃に上がり、双方の距離が縮まっていく。

 

 戦端を開いたのはもちろん、マシロの駆るリヴェンジャーだ。メインブースターをめいっぱい吹かし、爆発的な加速で竜の群れに突っ込む。腰部バインダーからブレードを抜刀すると、心を満たす殺意を具象化したような黒いエネルギーブレードを生成。獣染みた動きで親の仇に斬りかかっていく。

 

 とはいえ、竜もバカではない。いかに素早く不規則な動きであろうと、リヴェンジャーは近接武器しか持たず、数的有利も竜にある。

 

 接敵と同時、リヴェンジャーは二振りのブレードをクロスさせ、必殺の斬撃を振るう。

 

「今ここにィ、心ときめく絶滅をォォオッ!」

 

 竜たちはなんなく大振りのそれを躱し、取り囲むように広がった。猛攻をしのぎ、隙を見てまずは一体仕留めようというのだ。

 

「やる気まんまんだなぁおい」

 

 が、竜の思惑は外される。

 

 リヴェンジャーに追随し、山田の操るクサナギも群れに突っ込んでくる。リヴェンジャーの背中を狙っていた竜に狙いをつけ、ライフルによるけん制射撃。

 

 その間にもリヴェンジャーは不規則に、ブレードを振り回しながら激しい空中機動を続けている。メインブースターのみならず、四肢に配置された高出力ブースターを駆使し、鋭く直線的に、ときにふわりと曲線的に、緩急自在の変態機動で竜の群れをかき乱していく。

 

 山田はその動きを完全に把握し、死角を消すように立ち回る。シールドを構え、竜が反撃に出る出鼻にけん制射撃。怯んだところにリヴェンジャーのブレードが躍りかかり、ついに一体が正面から両断された。

 

 ようやく山田機の脅威度に気付いたのだろう。残り五体の竜が一斉に山田機へ向かう。

 

 すると予定調和のごとく、正確な射撃が二体の竜を貫いた。残り三体が慌てて制動をかける。

 

 ミサキのオブリージュ、レイネのグリーディアによる射撃である。乱戦の中を狙撃するのは不可能でも、単純な動きを偏差射撃する程度なら造作もない。

 

 二人の援護を受けながら、重装甲機、桃地の操るノスタルジアが山田機の隣に並び立つ。分厚い装甲で山田機をカバーしつつ、大口径の機関砲を竜に向けた。

 

 数的不利が覆され、それぞれの機体が長所を活かせる状況が完成した。これほどの好機を逃すはずもなく、残り三体の竜はあっさりと処理され、三度目の勝利を飾ったのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「ついカッとなって殺しに行っちゃうなら、無理して我慢する必要ないんだよ」

 

 帰投後、ブリーフィングルームにて。

 

 先ほどの戦いを記録映像で見返しながら、山田がそう言った。

 

「そもそも機体のコンセプトが最前線でかく乱するのを前提にしてる。だから突撃自体は問題ないんだ。私たちが戦術でカバーしさえすればね」

 

 マシロのリヴェンジャーは高機動近接特化型。極めてピーキーな機体ながら、マシロは初陣で八体の竜を相手に数分間大立ち回りをするほどの激しい空中戦をしてみせた。機体性能もパイロットの腕も申し分ないことは明らかだ。

 

 とはいえ意思疎通ができないのは問題だし、どれだけ動けても複数体に囲まれてはいずれ落とされる。この点を解決するのが山田機による直掩だ。

 

 獣染みたマシロの動きに追随し、死角を補う。重装甲の桃地が山田を守り、中距離からはミサキが、後衛にはレイネが控え広域警戒とバックアップを行う。

 

 単機突出が止められないなら、それを主軸とした部隊戦術を作ってしまえばいい。以上が山田の言う「やりよう」であり、その有用性は証明された。

 

「まあ会話くらいはできるようになってほしいけど。撤退したいときにいちいちぶん殴って止めるの面倒だし」

「が、がんばる……」

「うん、がんばれ」

 

 白辻は蚊の鳴くような声で答えるも、自信はまったくなかった。

 

 PFパイロットは強い心の力、純度の高い思いが必要になる。白辻がパイロットになりえたのは、理性を失うほどの憎悪と殺意がPFの動力たりうるからだ。その思いを抑圧すれば、パイロットの資質を失ってしまう。

 

 そんなことになるくらいなら──怨敵を殺す力を失うくらいなら、冗談でもなんでもなく、白辻は本土に突撃をかましていただろう。

 

 その必要がなくなったのは、山田のおかげだ。

 

「にしてもこの戦術、山田さんがいなきゃ無理だよねぇ。白辻サンの動きって遠くから見ても目が回るしぃ。近くで援護とか無理無理ぃ」

 

 本題が終わったからか、ブリーフィングルームの雰囲気は緩い。オレンジ色の髪をポニーテールにまとめた少女、橙堂レイネが感心したように言うと、山田は胸を張った。

 

「ふへへ、あんなもん朝飯前だよ」

「よっ、さすが少佐ぁ」

「よせやい」

 

 雑に持ち上げるレイネ、鼻高々になる単純な山田。桃地はくすくす笑い、ミサキは難しい顔で何かを考え込んでいる。

 

 そんな中、マシロは「あのっ」と声を上げる。

 

「ありがとう、山田さん。私の気持ち(さつい)を、肯定してくれて……」

 

 自分から話を切り出すのは得意な方ではない。

 

 割と決死の思いで告げた感謝の言葉だったが、

 

「うん、いいよ」

 

 そんな風に、びっくりするほど軽く流されてしまい、マシロはなんだかおかしくなって小さく笑うのだった。

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