枯羽の天使   作:難民180301

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幕間:古傷

 マシロは自分の意見を抑えがちだ。施設でも養成校でも周囲に合わせ、迷惑をかけないよう地味に立ち回ってきた。だから、自分でも御しきれないほどの強い思いを吐露するなんて考えもしなかったし、ましてやそれを肯定し受け入れてくれる人がいるなんて、夢にも思わなかった。

 

「や、山田さんおはよう……!」

「おはよう。距離の詰め方やべーなキミ」

 

 暴走事件以来、マシロは山田にすっかり懐いた。顔を合わせるたび後ろから近づいて抱きしめる。山田は目を丸くしつつも拒絶はせず、マシロを引きずるようにして行動する。体重をかけると壊れてしまいそうなので、マシロも動くしかない。

 

「山田さんマシロちゃんおっはよー! 何それ、逆カンガルーごっこ?」

「おはよう、そして絶妙に分かりそうで分からん例えをどうも」

「私もやる!」

「一人用だからダメ」

「えー!」

 

 出くわしたオウカが同席を申し出たものの、さすがに暑苦しいのか山田が断る。

 

 オウカはふてくされて諦めたかに思われたが、マシロの背後に回り腰に抱き着いた。

 

 パイロット科の三人が連結して艦内を歩いていれば目立つ。先頭の山田は特に注目を集め、げんなり顔をしていた。

 

「おはようございます。朝からごっこ遊びとはいい御身分ですね」

「おは。果たして何ごっこかね、これ」

 

 シミュレータールームに到着すると、ミサキの落ち着いた声が出迎えた。メガネの向こうから怜悧な瞳に睨まれ、マシロは身を竦めた。

 

 しかし目が合ったのは一瞬で、ミサキはつかつか山田に歩み寄り、制服や頭髪を整えていく。

 

「第一ボタンまで閉める。ヘアピンがズレてます。出る前に鏡くらい見たらどうですかまったくもう」

「構ってもらいたくてわざとやってんだよ、と言ったら?」

「黙れ」

「はい」

 

 からかいをばっさり切り捨てられても大して気にせず、山田は微笑む。

 

「おはよう。仲いいねぇ」

「これも隊長の仕事ですから」

 

 最後に手櫛で髪をさっと整えたところで、レイネが部屋に入ってきた。オレンジのポニーテールがしっぽのように揺れている。

 

 パイロット五人がそろうと、シミュレーターを使った訓練が始まる。当初四台しかなかったそれは五台に増設された。先日の実戦と同じように、マシロが仮想敵の竜に突撃し山田とオウカが援護、レイネが周辺警戒と後方支援、ミサキは全体の指揮と遊撃の分担だ。

 

 本物の竜を経験したことにより、マシロは仮想敵を実物と思い込むことができる。殺意を燃やし、実戦さながらの濃密な訓練を実施した。

 

 その後は格納庫での整備や艦内業務などに時間を使い、解散となる。

 

「うぅ……」

 

 が、マシロは物足りない。今にも折れてしまいそうな、腕の中のぬくもりが忘れられない。仕事中やむなく離れていた分、山田を抱きたい。普段控えめな反動か、山田にだけは遠慮がなくなっていた。

 

 終業後、山田は自室に戻ることが多い。ぬくもりを求め、マシロは山田の部屋へ向かう。狭い艦内通路を駆けるその様は、ご主人の元へ向かう大型犬のようだったと、後に目撃した隊員は語った。

 

 勢いのままに部屋へ突入しかけたマシロだったが、瀬戸際で理性が歯止めをかけた。一度立ち止まり、呼吸を整えてから手を振り上げ、ノック。

 

「いたい……つら……」

「え」

 

 する直前、中から声が漏れ聞こえた。

 

 特徴的な掠れた声は山田のもので間違いない。しかしどこか悠然として不敵ないつもの声音ではなく、泣き出す寸前の童女のような、弱り切った調子だ。

 

「だ、大丈夫──!?」

 

 面食らったマシロはノックも忘れ扉を開ける。

 

 そして絶句した。

 

「何見てんだよ」

 

 山田は全裸だった。ジト目で睨み上げながら、起伏の乏しい細い体を惜しげもなく晒している。

 

「いや、あぅ、その、すごくつらそうな声、聞こえてっ、それで私……!」

 

 慌てて顔を逸らし、しどろもどろになるマシロ。その目には山田の頼りない体と──脇腹に刻まれた、痛々しい古傷が焼き付いている。

 

「それで、私、心配になって……」

「あーはいはい。理解した」

 

 山田は淡々と言うと、恥じらいもなくマシロに歩み寄る。

 

 かと思うと横を通り過ぎ、二人の立つ廊下に面した一室に入って行った。

 

 パイロットに与えられる部屋の間取りは同じのため、マシロにも分かる。そこは浴室だ。裸になっていた訳はそうらしい。

 

 一度中に引っ込んだ山田は、またひょっこり顔を出して、

 

「心配ついでに、一緒に入ってくんない?」

 

 と告げたのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 浴槽に二人で浸かる。マシロの足の間に山田がちょこんと座り、マシロの大きな体に背中を預けている。

 

 マシロが望んだぬくもりが、布切れ一枚の邪魔もなくすぐそこにある。腕を回してぎゅっと抱きしめることもできるだろう。にもかかわらず、マシロは興奮も満足もできず、抱くこともできない。

 

(なんて──)

 

 頼りない体だろう、と思ってしまうから。

 

 病的に細いわけではない。肌は色白だが湯で暖まり、血色はいい。が、ありのままの山田の体は、下手に力をかければ折れてしまう、そんな印象に満ちている。戦場で自分の手綱を握ってくれる圧倒的な実力と、目の前の少女がうまく結びつかず、マシロは数瞬、困惑する。

 

「ちょっと聞いてほしいんだけど」

「……! は、はい!」

 

 呆けるマシロの手に、山田の小さな手が重なる。山田はその手を自身の脇腹へ運んだ。先ほど目撃した古傷のある個所だ。何かが貫通したのか、傷は背中にも及んでいる。

 

「実はこの古傷、すっごく痛むわけじゃないんだ。少し違和感がある程度」

「え、でもさっき……」

 

 あれほど辛そうな声を出していたのに。

 

 マシロの言いたいことを察し、山田が頷く。

 

「うん、痛くはない。でも、一番痛かったときの記憶を思い出す。その記憶が痛い。またあの痛みがぶり返すんじゃないかって不安が、辛い」

「──」

「だから体は大丈夫っていうのと……弱音を聞いてもらいたかった。おかげで楽になったよ。ありがとね」

 

 体を捻って見せた山田の微笑みは、脆く儚い。浴室に満ちる湯気のようにぼんやりとして現実感がなく、マシロは知らずのうちに山田を抱きしめた。確かにそこにいることを確認するために。

 

 突然抱かれた山田は身をこわばらせ、やがて力を抜いた。

 

 お湯と人肌のぬくもりに包まれて、まどろむように目を細め、つぶやく。

 

「人に抱かれるのは、いいもんだなぁ……」

 

 古傷はもう、痛くない。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 山田とマシロは頻繁に入浴を共にするようになった。山田は痛みを忘れるために。マシロは山田がどこかに行ってしまわないように、それから二人だけの関係を楽しむために。山田の弱音を聞いたことがあるのも、古傷を見たことがあるのも自分だけだと思うと、マシロは竜を殺す瞬間以上に胸が高鳴った。

 

 が、マシロにとって嬉しい関係は程なく終わりを迎える。

 

「マシロ、今日風呂入ろ」

「あはは、山田さん、それじゃまるでマシロちゃんと二人で入るみたいだよ」

「そう言ってんじゃん」

「聞いてないんだけど!? 誘ってよ!」

「興味深いですね」

 

 と、山田が躊躇なく他の隊員の前で言ってしまい。

 

 部屋備え付けの浴室ではなく、艦の公衆大浴場に五人で入ることになり、二人だけの関係は終わった。

 

「いたたた、マシロ、潰れる、死ぬ死んじゃうってば!?」

 

 その点に口を尖らせたマシロが、力の入りすぎたハグによって山田を絞める事件があったが、それはまた別の話。

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