枯羽の天使   作:難民180301

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3.姉妹

5月1日

 無職を辞めてから大体二か月。新しい生活にすっかり慣れた。

 

 メガネとシミュレーターで殴り合い、桃ちゃんと艦内を見て回る。マシロが後ろからついてくることも多くなった。子供たちとつるむのは結構楽しい。

 

 竜との戦いも安定した。マシロの暴走を攻撃の要にする新戦術は、やればやるほど練度が上がる。油断しなければ苦戦さえ難しい。

 

 そんなこんなでうまくやっているのだけど、漠然とした不安がある。私は何かを成し遂げているのだろうか。

 

 あと一年弱で余命が終わる。その前にすごい何かを成し遂げてすごい何者かになりたい。「何か」を模索している時間がもったいなくて、とりあえず前職のパイロットに復帰した。

 

 その「何か」というのに、私は近づいているのか。マシロの殺意みたいに、重たい思いを抱えて毎日必死に生きてる子供たちを見ていると、空っぽの私を強く自覚して、不安に駆られてしまう。

 

 私も何者かになりたいな。

 

 

 

5月2日

 昨日の日記病みすぎだろ。大丈夫か情緒。

 

 今日は竜が見つからず、平穏な一日。メガネに絡まれ、桃ちゃんと遊び、マシロにじゃれつかれる。

 

 最近分かったのだけど、私は人と絡むのが好きらしい。メガネに口うるさく言われるのも悪くない。構ってもらえるのはいいことだ。

 

 かまってちゃんかよ。恥ずかしい。

 

 

 

5月3日

 今日はいいことがあった。

 

 あんまり絡みがなかったパイロットの子、橙堂レイネさんと仲良くなった。

 

 きっかけは単純だ。彼女が暇そうに海を眺めていたところに声をかけ、「どうしてパイロットになったのか」の話題になり、うれしい答えが返ってきたのだ。

 

 彼女はお金のためにパイロットになったらしい。たまたまパイロットの適性があり、楽に大金が稼げるからここにいる。機体名『グリーディア』はその意味であると。

 

 たしかにお金は大事だけど、お金のために戦場に出てくるその薄っぺらさに感動してしまった。私も状況に流されてたらいつの間にか十三年戦ってたから。空っぽの薄っぺら仲間として、恐ろしく中身のない雑談を楽しんだ。

 

 案外マシロが特別重たいだけで、メガネも桃ちゃんもそんなに背負うものはないのかもしれない。みんな子供だし。浅い理由でも戦意があればPFは動くのだろう。

 

 なんか気が楽になった。今日はよく眠れそう。

 

 

 

5月5日

 今日で最初の任務が終わる。明日の朝に離島に戻り、船が補給を受ける。私たちパイロットは次の任務まで自由時間らしい。

 

 みんなそれぞれ予定があり、私も病院に行かなくちゃならない。予定が合えば遊びに行こう、と連絡先を交換した。防衛隊の偉い人たち以外に初めて出来た連絡先だ。

 

 体の調子はとてもいい。うっかりあと十年くらい余命延びてたりしないかな。

 

 

 

5月6日

 検査のため二泊三日で入院。

 

 ついてない。即日終わると思ってたんで何も暇つぶしの道具がない。

 

 忙しい看護師さんたちに雑談を振るのは悪いし、どうしよう。

 

 

 

5月7日

 友だちができた。

 

 看護師さんのすすめで談話室に行ったら、いい子がいたので友達になった。

 

 その子は難病のためにずっと入院しているらしい。でもそんなことを感じさせないくらい元気で、ものっそい熱量のオタク話をしてくれた。私が前に乗ってた『枯羽』の話だ。

 

 これが面白かった。実際乗り回してたときはただの乗り物としか思えなかったけど、熱心な語り口に影響されて、今更愛着がわいてきた。

 

 いわく、枯羽はすべてのPFの原型にして最強の機体で、その技術は今の世代にも色々受け継がれているらしい。私ってすごいのに乗ってたんだな。

 

 ただ、私みたいに体を生体パーツに改造しないと起動できないとか、具体的な技術や製法、あと誰が乗ってたかなんかも全部ミステリー扱いされてた。失われた技術、って聞くとすごくロマンがある。そう言うと、「分かってますねぇ!」とばしばし背中を叩かれた。痛かった。

 

 久々に枯羽を見てみたくなったけど、今どこにあるかも謎らしい。

 

 たしか竜王と相打ちになった後、どうなったかな。後続の竜と半壊状態で何年もやり合ったせいか、動かなくなったのは覚えてる。もうスクラップかもしんない。今度偉い人に聞いてみよう。

 

 明日は新章の『大脱出』、つまり人類が竜王に追い立てられてこの離島に逃げ込むまでの話を聞かせてもらえる。

 

 当時の私はけっこうがんばった。どんな風に伝わってるのか楽しみだ。

 

 

 

5月8日

 橙堂さんに裏切られた。

 

 なーにがお金欲しさだよ。子供のくせにがっつり重い責任背負いやがって。

 

 よくよく考えれば、PFを動かせてる時点で強い意思があるのは確定だ。身体にアンプ埋め込んで無理やり出力を上げてる私とは違う。みんな立派で羨ましい。

 

 腹立つので出港までふて寝してやる。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 『離島』北方、港湾地区。竜の占拠する本土に面しているそこは、最後の生存圏を守る防衛の要であり、大規模な港湾施設が広がっている。ドックに上げた艦艇を整備する者、次の出航に向け物資を搬入する作業員たちが所せましと動き回り、活気に満ちている。灰色の倉庫群の合間からは黒鉄の巨塔を思わせる対空砲が空を睨み、万一の事態に備えていた。

 

 停泊する艦艇はどれも小さなビル程の艦橋を備え、PFの搭載と対空戦闘の両方をこなせる威容を誇る。

 

 そうした大型艦が立ち並ぶ中、ひと際巨大な艦艇が滑るように入港してきた。滅竜特務艦『アメノムラクモ』である。

 

 小さな島と言えるほどの巨体には、当然対空装備がこれでもかと搭載されているが、この艦の最重要戦力はそこではない。人類の希望、人型対竜機動兵器──その最新型を四機、運用から整備まで可能な設備である。

 

 アメノムラクモが所定の位置へ停泊すると、制服姿の防衛隊隊員たちが整列し、艦長以下責任者を出迎える。規定通りに引き継ぎを終えると、アメノムラクモの補給と整備が始まった。

 

 それから数分後、タラップから滅竜隊の隊員たちが上陸する。上陸許可を受けた彼ら彼女らは、一か月ぶりの陸の感触を踏みしめながら、思い思いに散っていく。

 

 そんな中、幼い少女たちが降りてくる。一人だけやたらと背の高いのがいるが、あどけない顔立ちと態度は間違いなく子供だ。

 

 しかし彼女らを侮る者はいない。むしろ畏敬の眼差しを向ける者、敬礼する者など、すさまじい敬意が向けられている。

 

「チヤホヤされるの気持ちいいなぁ」

「誇り高いパイロットが俗なことを言わないでください」

 

 そのうちの一人、山田が不慣れな敬礼を返しながら言うと、ミサキがため息をついた。

 

 桃地オウカはピンクツインテを落ち着きなくいじりながら、白髪の大柄な少女の体を盾にする。

 

「山田ちゃんは大物だよね。むしろそわそわするというか、なんか申し訳ないよ」

「分かる……私たちはいないものとして扱ってほしい」

 

 白髪の少女、白辻マシロは猫背になって、集まる視線から身を守るように縮こまっている。

 

「どぉでもいいじゃない。それよりさっさと行こう。中央まで送ってくれるらしいよぉ」

 

 飄々とそう返したのは橙堂レイネ。オレンジのポニーテールを気ままに揺らし、さっさと歩き出す。山田たちもそのあとに続いた。

 

 最前線で竜を相手取るPFパイロットはそれだけで羨望と畏敬の対象だ。機体も艦も最新の新設部隊のパイロットとなれば、注目を集めるのも当然だった。

 

 だだっ広い港をしばらく進むと、防衛隊の隊員が一人駆け寄ってくる。

 

「お迎えに上がりました。こちらです」

「ありがとー」

 

 案内に従い、車両に乗り込むとすぐに発進した。

 

 窓の外はしばらくコンクリートの灰色一色だったが、ほどなく山道の緑に取って代わった。

 

 窓枠に肘をついてボサっとしていた山田は、ふと口に出す。

 

「今更なんだけど、五人全員出てきちゃってよかったのかな?」

 

 山田たちは上陸許可を取り付け、それぞれ用向きの場所に向かっている。貴重なパイロットが五人も乗機を離れて大丈夫なのだろうか。

 

 答えたのはメガネ、もといミサキだ。

 

 どこかから櫛を取り出し、流れるように山田の寝ぐせをとかしながら、

 

「大丈夫でなければ許可がおりませんよ。ここは『離島』なのですから」

 

 と、それだけ言った。

 

 故郷を追われた人類の、最後の生存圏、離島。量産型PFと運用母艦、無数の対空砲など、二重三重の頑強な防衛網に守られている。少なくとも山田が無職で、ミサキたちがまだパイロットでなかった頃もずっと守られてきた場所だ。暇が下りたなら問題ないのだろう。

 

「まあ……絶対安全ではないけど……」

「マシロ、なにか言いました?」

「あっ、ううん、別に」

 

 とても聞き取れない声量でマシロが補足したように、小型の竜が防衛網をすり抜けることはあるが、極稀な事例だ。余程のことがなければ離島は安全である。

 

 マシロの隣に座る山田は呟きを聞き付け、マシロが死んだ目をしているのに気づく。色々と察し、さりげなく手を握る。

 

 握り返される感触と、ミサキが寝ぐせを直してくれる手つきを楽しみつつ、のんびりと目を閉じたのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 山間部を抜けると、離島の中央区が見えてくる。小さなビルや病院、公共施設などが密集する行政区画だ。

 

 山田の用があるのはここだった。適当な場所で下ろしてもらうと、ミサキが念押しする。

 

「迷子になったら連絡を。それからくれぐれも刻限には遅れないように」

「はいはい、わかってますよ」

 

 幼子に言い聞かせるような口ぶりにも慣れたもので、山田は軽く受け流す。

 

 むっと眉根を寄せ、ミサキは山田の後ろに向けて言った。

 

「橙堂さん、この人のことお願いしますね!」

「山田さんなら大丈夫だと思うけど。まあ出来るだけ頑張るよぅ」

 

 お気楽に返したのはレイネだ。山田と同じく中央に用があるらしい。

 

 のほほんとした二人組を残していくことにミサキは逡巡するが、ぎりぎりのところで仲間への信頼が勝り、ぐっと不安を飲み込む。

 

 発射際、オウカとマシロが小さく手を振るのに振り返す。

 

 よく整備された路上に残される二人。

 

 先に動いたのは山田だ。歩き出しながら、馴れ馴れしく言ってのける。

 

「さあ行こうか、心の友よ」

「え、私たちそんな関係だったっけぇ……?」

 

 レイネが不思議そうに首を傾げる。

 

 彼女は金のためにPFパイロットになった変わり種であり、その薄っぺらな戦う動機を山田が勝手に気に入っているというたいへん不名誉な扱いをされているのだが、当人に知る由はない。

 

「まあいいや。私病院行くけど、山田さんは?」

「奇遇だね、私もだ」

「えっ」

 

 レイネは耳を疑った。山田は命のやり取りをする戦場においても日常の態度を崩さない、異様なほどたくましい人物だ。そのイメージが病院とは結び付かない。

 

「ちょっとした健康診断さ。それより、せっかく二人きりなんだ。連中の陰口でも言って盛り上がろうや」

「話題選びへたくそすぎない?」

 

 思わずツッコんでから、くすりと笑う。拙い茶化し方が、レイネの用件を言わずともいい気遣いであると、遅れて気付いたからだ。

 

 二人は並んで歩き出し、マシロの胸と尻のデカさやミサキの口うるささ、それに比べいい子過ぎて影の薄い桃地についてなど、他愛ない雑談に花を咲かせた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 ミサキたちを乗せた車は中央を出ると、連絡道路へ入り西方居住区へ向かう。ミサキとオウカは生家へ、マシロは施設へ帰省するためだ。

 

 中央を出てしばらくすると、オウカがふと切り出した。

 

「レイネちゃんの用事ってなんだろうね。東住みじゃなかったっけ?」

「どうでしょう……実はあんまり話したことないんですよね。マシロは知ってます?」

「ううん」

 

 彼女たちは養成校からの付き合いだ。全員が成績上位者であり、気の置けない仲ではあるが、唯一レイネだけは関係が薄い。

 

「ちょっと避けられてる、ような……? 気のせい、かもだけど」

 

 マシロが小首を傾げ、ミサキとオウカも同意する。

 

 レイネの態度が悪いわけではない。愛想はよく、受け答えもしっかりしている。ただ、思い返せば付き合いの長さの割に印象が薄く、知っていることはほとんどない。

 

 いい子ではあるがどんな人物かは分からない、というのが三人の共有する認識だった。もちろん戦場では十全に役割を果たしてくれるものの、隊長のミサキとしてはもう少し隊員との関係を深めたいところではある。

 

 そこまで考えたところで、よく分からない人物がもう一人思い当たった。「そういえば」とミサキ。

 

「山田って何者だと思います?」

 

 オウカとマシロはきょとんとして顔を見合わせ、それから「うんうん」と頷き合う。

 

「只者じゃない感ハンパないよね」

「パイロットとしての腕も、もう私たちに追いついてるし……」

 

 同じ部隊に配属され一か月と少し。三人は山田の素性に今更ながら興味を引かれていた。

 

「そもそも最初から変な話だったんですよ」

 

 山田の存在は初対面の時点で不自然だった。

 

 ミサキたちの配属された滅竜隊は、生存圏の防衛ではなく竜の撃滅のため新設された最新鋭の部隊だ。新型機を任されるパイロットの責任は重く、養成校の中でもトップクラスの成績を収めた者、すなわちミサキたち四人が選抜された。

 

 ところがいざ配属されると、養成校でも防衛隊出身でもない山田がいたのだ。しかも一人だけ旧型機を支給されるあたり、上層部にとっても予定外だったのだろう。

 

 よほどの女傑なのかと思えば、当人の言動はどこまでも軽い。当初はパイロットの重責をなめているとしか思えなかった。

 

「でも、すっごい頼りになるよね」

「……ええ、まあ」

 

 ミサキは苦い顔でうなずいた。マシロは申し訳なさそうに顔を伏せ、指をもじもじさせている。

 

 脳裏をよぎるのは初陣での醜態。マシロの暴走を止めることも、対処することもできず、思考停止に陥りかけたそのとき、真っ先に動いたのは山田だった。彼女がいなければ、取り返しのつかない損失が出ていただろう。

 

 あの一件を機に、非常に冷静沈着で有能な人物と認識を改めた。

 

 しかし交流を重ねるうち、それは実態とは異なることに気が付く。

 

「あの人、常に同じなんですよ。私たちと話してるときも、戦ってるときも」

 

 山田は冷静なのではなく、ただ一定なのだ。甲板で日向ぼっこをしているときと、戦場で竜を前にしたときとで物腰が変わらない。まるで日常が戦場であるように。単に冷静であるよりも難しく、異様な性質だ。

 

「あれすごいよねー。戦ってるときでも山田さんの声聞くとさ、『あれ、ここ実家?』って思うもん」

「さすがにそれは気を抜き過ぎでは?」

「えっへ」

 

 悪びれずに舌を出すオウカにジト目を送りながら、ミサキは続ける。

 

「加えて、先ほどマシロさんの言ったように、目を見張る上達速度。まるで昔の勘を取り戻しているように見えます」

「で、でも、防衛隊出身じゃない、よね?」

「ええ」

 

 あれほど能力のある人物なら、防衛隊の間で名が売れているはず。そうでなくとも初対面時に艦長が素性を明言しているはずだ。

 

 まとめると、山田は過去にPFの操縦経験があるものの正規の防衛隊出身ではなく、特殊な事情を抱えた頼りになる人物である、ということになる。

 

「も、もう一つ、あるよ」

 

 曖昧な結論をまとめると、マシロが恥ずかし気に笑って付け足す。

 

「すっごく、優しくて、いい人」

「分かるー」

「……だらしない、も追加しましょう」

 

 ミサキが口元を緩めると、元より緩かった車内の空気がさらに軽くなった。

 

 謎が多くとも仲間には違いない。少なくとも雑談の種にする程度には、ミサキも山田を受け入れている。

 

 それでも一つだけ気がかりなのは、自分との比較だ。

 

 ミサキは隊長としてマシロと言葉を交わし、暴走癖を制御しようとした。しかし奏功せず二度目の失態を招き、一方の山田は、暴走を受け入れた上で新しい戦術を考案し、成果を上げてみせた。その結果、マシロは目の前で屈託なく微笑んでいる。

 

『無理に気持ちを抑えたら、PFが動かなくなっちゃうよ』

 

 心の力を動力とするPFの性質上、山田の意見はもっともだ。ミサキは部隊の規律を重視するあまり、このもっともな考えを失念していた。

 

 その程度の器しかない自分が、隊長でいいのだろうか。

 

 平生通りに振舞う今も、そんなもやもやした思いが心中に淀んでいる。

 

 だから気が付かなかった。

 

「……言わない方がいいか」

 

 ハンドルを握る年かさの防衛隊員が、山田の話をし始めた頃からそわそわしていたことに。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 急遽検査入院の決まった山田が直面した問題は、退屈だった。

 

 入院生活は基本的に暇である。暇を感じる余裕すらないほど症状がひどければ話は別だが、山田はそこそこ元気であり、時間を持て余していた。

 

 山田はこれといって趣味もなく、テレビや本にも興味を示さない。幸いにも「人と話すの楽しい」と最近になって気づいたため、雑談目当てに病棟の談話室へ足を向けた。

 

 見舞客や患者同士の交流を見据えたそこは、日の光が差し込むこぎれいな部屋だ。自販機、ティーサーバー、それから雑誌や本なども置かれている。

 

 早朝だからか、山田の他に先客は一人。オレンジの髪をお下げにまとめた少女だけだ。山田と同じ程度の小柄で、傍らには輸液ポンプ付きの点滴スタンド。テーブルの一つに着いて雑誌を読んでいる。

 

 ヘイ彼女、今ヒマ? と、かなり終わってる第一声を脳内に浮かべながら近づいていくと、ある一点に目を引かれた。

 

 それは雑誌の表紙。シャープな骨組みに刺々しい装甲を着せ、肩と背に枯れた木を思わせる二対四枚の翼を生やした、白い巨人。

 

「……『枯羽』?」

 

 山田がかつて嫌というほど乗り回した、人型機動兵器、『枯羽』が表紙を飾っている。

 

 思わず名を呼びながら表紙の文字を目で追う。「謎多き枯羽のパイロット、ついに正体判明!?」「第二世代機クサナギ、量産機の機能美」「最強・最新鋭、第三世代機解説」──

 

 読めたのはそこまでだった。

 

「ああああなた! 分かる人ですかっ!?」

「うお近っ」

 

 突如、少女の顔が眼前に迫った。整った顔立ちながら、興奮で目を見開いているせいで圧がすさまじい。

 

 少女が鼻息荒く雑誌の表紙を指さす。

 

「枯羽の名前知ってましたよね! 女の子で知ってるのはパイロットかオタクかの二択です! あなたはパイロットに見えないすなわち!」

「……オタクって何?」

「すっごい愛好家って意味!」

 

 少し考える。好きか嫌いかでいえば、ただの道具なのでどちらでもない。

 

 とはいえ愛好家らしい少女に向かって嫌いとも無関心とも言うのは憚られるので、

 

「まあ、はい、部分的にそう」

 

 嘘ではない言い回しに落ち着いた。

 

 すると少女はぱあっと笑顔を咲かせて、先ほどまで座っていた隣の椅子を引き、座面をぺしぺし叩く。

 

「語りましょう、ぜひとも語りましょう!」

 

 弱弱しい外見からは想像もつかない勢いに正直引くが、話をするのには賛成だ。

 

 腰を下ろしつつ、一応断りは入れておく。

 

「初心者なんで、あんまり深くは語れないけど」

「問題ありません! ビギナーを沼に誘うのも愛好家の務め! 人類の希望、竜殺しの巨人、その歴史とロマンと機能美をたっぷり聞かせてあげましょうぞ!」

 

 そうして始まった語りは濃密で、熱と愛に溢れていた。人類が有志以来いかに竜に苦しめられてきたかから始まり、通常兵器による抵抗の歴史を挟み、本土を脱出する間際になってようやく最初のPFが建造されるまでを、感情たっぷりに解説してくれた。

 

「こうして建造された第一世代PF『枯羽』の性能たるやすさまじく、最初にして最強の機体と語り継がれているのです。PE出力はなんと第三世代機の二十倍以上、しかし変換効率に難がありエネルギーだけでなく莫大な余剰熱が生まれる問題を抱えていました。これを解決したのが肩部と背部の空力制御推進器兼大型排熱機構でありまして、この機構はそのまま機体名の由来になると共に後継機の排熱装甲へ技術が受け継がれ──」

「ほんほん」

「なぜそれほどの高出力が実現できたか気になるところですが、嬉しいことにまったくの不明です! 枯羽の情動燃焼エンジンに関する技術資料はほぼすべて焼失していまして、現行機に搭載されているエンジンは枯羽の劣化コピーに過ぎないのです。竜王さえ撃墜するほどのすさまじい高出力、一体どのように実現していたのでしょう、ロマンありますよね!」

「ほほーん」

 

 時に質問や相槌を挟みながら聞いていると、ひと段落したのか声色が変わる。

 

「──と、ここまでがPF誕生までのバックボーンおよび最初のPFについての前提知識となります。枯羽のパイロット選出については諸説ありますので割愛しまして、最後の生き残りが本土からこの離島に至るまで、竜王の一団を相手に枯羽がしんがりを務めた『大脱出』の章に移りたいと──あっ、んもう、いいとこなのに!」

 

 新章開幕の直前で、輸液ポンプがアラートを鳴らした。点滴用の輸液が切れたようだ。

 

 すぐさまアラートを聞きつけた看護師が駆け付けてくる。

 

「点滴変えますねー。あと、そろそろ検温がありますので一度病室に戻っていただけますか。山田さんはそのあと検査がありますので準備をお願いします」

 

 愛想よくはきはきとそう告げて、看護師は去った。

 

 水を差された少女は口を尖らせる。

 

「こっからが熱いとこなんですけど!」

「また後でね。私は山田、君は?」

 

 少女は雑誌を胸の前に抱えながら、

 

「スミカです! 暇なときはいつでもここにいるので、またお話しましょう!」

「おー、今度の新章突入、楽しみにしてるね」

「任せてください!」

 

 山田とスミカはそれぞれの病室へ戻った。

 

 その日は山田の検査が長引き、次に顔を合わせるのは翌日になるのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 二泊三日の検査入院は予定通りに最終日を迎え、山田は検査結果と注射器を手に退院する運びとなった。

 

 結果は良くも悪くもなっていない。当初の見立て通り、山田の体は医療用ナノマシンの定期的な投与でどうにか永らえており、ナノマシンの在庫がそのまま余命になるだろう。今回処方された注射を含め、あと十一か月の命だ。

 

 沈痛な面持ちの医師に告げられながら、山田は平然としていた。今更死の恐怖など感じない。それよりも、何も成せないまま死ぬ方がずっと恐ろしい。漠然と何かを成し遂げようとしている感覚がある今、山田の精神は無敵だった。

 

 手早く退院の準備を終え、談話室に足を向ける。スミカの熱い語りの続きが気になって、このままでは出航できない。

 

 談話室に入ると、目立つオレンジ頭が二つに増えていた。

 

「分裂した?」

「んなわけないでしょぉ」

「あっ、山田さんこんにちは!」

 

 的外れな山田のつぶやきに、オレンジ髪の少女二人が振り返る。苦虫をかみつぶしたような顔なのは、病院に入ってすぐに別れたレイネ。対照的に満面の笑みなのはスミカだ。

 

 よく見ればきれいなアーモンド型の目元が似ていて、珍しい髪色が同じ。さすがに山田もぴんときた。

 

「こんにちは。姉妹なの?」

「はい! 聞きましたよ山田さん、お姉ちゃんと同じ部隊のパイロットなんですよね! 人類の反転攻勢の要である滅竜隊パイロットが二人もそろうなんて、こいつは滅多にない絶景ですよ! 血圧が体感で百五十くらいになってきました!」

「絶対体に良くないからやめとけ?」

 

 山田たちの滅竜隊は随一のエリート部隊だ。PF愛好家のスミカが興奮するのは無理もない。

 

 気がかりなのはレイネの態度である。知られたくないことを知られた、と言いたげな苦い顔で目を伏せている。

 

 病院に用があるというのは、妹のスミカの見舞いだったのだろう。そのことを知られたくなかったのだろうか。

 

 数秒ほど考えていると、興奮するスミカが「おや?」と山田に目を向ける。

 

「その恰好、まさかもう退院ですか?」

「ん、元々検査入院だったから」

「そうですか……退院、おめでとうございます!」

 

 寂しげな顔は一瞬だけ。すぐに笑顔で祝福するスミカ。

 

 なんだかいたたまれなくて、山田の手は勝手にスミカの頭に伸びていた。

 

「また検査受けにくると思う。そのときにまた、ね。ああでも、姉妹水入らずの方がいいかな」

「そうですか! いえいえ、うちのお姉ちゃんは私に構いすぎて友達が少ない人なので、ガンガン放水銃並みに水を差してもらった方がありがたく思いま痛い痛いぃ!?」

「余計なこと言う口はこうですよぉ」

 

 額に青筋を浮かべ、レイネが妹の腕をつねる。あわてて姉の手を振り払い、涙目で睨みつける様子を見るに、姉妹仲が悪いわけではないようだ。

 山田はなれなれしくレイネの首に腕を回した。

 

「じゃあ遠慮なく。お姉ちゃんと私は心の友だから」

「なんと!? 我が姉とそのような深い仲を結ぶとは、弱みでも握られましたか!?」

「すーみーかー、いい加減ひっぱたくぞー」

「おっ、やりますか。こちとら病人ぞ?」

 

 腹立つ笑みを浮かべながらシャドーボクシングを始めるスミカ。いい性格をしている。

 

 そんな調子で妹に翻弄される姉の図をしばらく堪能していると、朝の検温の時間を迎え、先日と同じ流れでスミカは病室に戻る運びとなった。残念ながら話の続きは聞きそびれた形だ。

 

 談話室を出る間際、スミカは振り返る。

 

「山田さん」

 

 その声には趣味を語る熱も、姉をからかう毒もない。

 

「お姉ちゃんを、よろしくお願いします」

 

 静かに、澄み切った表情で頭を下げ、彼女は部屋を後にした。

 

 残された山田とレイネの間に沈黙が降りる。午前中は見舞客が少なく、患者は病室にいる時間帯のため、二人きりだ。

 

 しばしテーブルにはす向かいで座っていると、山田の方から口を開いた。

 

「いい子じゃん。なんで知られたくなかった、みたいな顔してんの?」

「……普通、聞かないでしょ、そんなこと」

 

 悄然として睨むレイネ。

 

 山田とて、繊細な質問であることは分かっている。傷つけるかもしれない、聞かない方がいいかもしれない。

 

 が、山田の方には失うものがない。むしろ無駄な遠慮をしていては、永久に知る機会を失う。だから無遠慮に大胆に、相手の懐へ深く踏み込む。

 

 にらみ合いの末、山田が折れないのを察したのだろう。深くため息をつくレイネ。

 

「教えたら部隊のみんなには秘密してもらえる?」

「おっけー」

 

 条件を呑むと、レイネは考えをまとめるように沈黙し、訥々と語り出す。

 

「みんな、重すぎんのよぉ。PFパイロットだけじゃなくて、防衛隊も養成校の連中もぉ」

 

 竜と戦うにはPFを起動する必要がある。そのためには純度の高い意思の力が要求される。だからパイロット科の同期たちは、そろって高潔な、レイネには重たすぎる思いを抱えていた。

 

 いわく、人類の反転攻勢のため。人類の天敵たる竜を絶滅させ、安寧の時代を築くため。無辜の民がむごたらしく命を奪われる不条理を正すため。無念のうちに散っていった同胞人類の犠牲に報いるため。

 

 同期の子供たちだけではない。パイロット試験に落ち、防衛隊の各部署に配備された大人たちもまた、重たく深く、子供たちよりも先鋭化された思想を胸に戦っている。その多くに共通しているのは、誰かのため、人類のために命を懸ける覚悟だ。

 

 レイネにはこれが理解できなかった。どうしてそこまで遠大な、自分以外の何かのために戦おうと思えるのか。

 

 理解不能だからこそ尊くて、憧れた。

 

「私は、人類なんてどうでもいい」

 

 レイネは吐き捨てるように言った。

 

「人と竜の歴史とか、今までの犠牲とかこの先の展望とか、ぜんっぜん興味ない。スミカが──妹が生きてさえいれば、他は全部ついで。人類のためじゃない、私の都合のために戦ってる」

 

 口の端を歪め、自重の笑みをこぼす。

 

「みんなみたいに、世のため人のために戦うって言えたらよかった。でも私には無理。スミカより大切なものなんて考えられない。スミカが死んだら私は後を追うか、廃人になると思う。もしかしたら──」

 

 言葉が詰まり、レイネは一呼吸の間を置く。

 

「……二十年前の『大脱出』は知ってる?」

「まあ、少しは」

 

 先日、スミカの講釈で出てきた単語だ。

 

 レイネたちの生まれるよりも前、人類は竜王に追い詰められ、本土から離島へと落ち延びた。なんなら山田は当事者であるが、当時は無我夢中だったとしか記憶していない。

 

 唐突に話が逸れたと思いきや、そんなわけはない。レイネは震える声で続けた。

 

「本土を脱出するとき、体の弱い人の大半が見捨てられた。どうにか脱出船に乗れた人たちも、離島に着く前に衰弱して死んじゃった。当時の記録に残ってる」

 

 山田は驚きと共に納得もしていた。理不尽な化け物に食い殺される瀬戸際で、犠牲が出ないはずはない。

 

「スミカは生まれたときから体が弱くて、入退院を繰り返してる」

 

 つまり、もしもこの離島がまた竜の脅威に晒され、どうにもならなくなったそのときに。

 

 切り捨てられるのは、スミカかもしれない。

 

「もしかしたら、それが怖くて戦っているのかもしれない。こんなの、誰にも知られたくない……」

 

 そう結ぶと、談話室に重く深い、じっとりとした沈黙が満ちた。

 

 崇高な使命感、生き残った人類としての仲間意識。PFに関わる人員は、そうした気高く誇り高い意思を胸に戦っている。

 

 しかし、レイネの意思の力はとても卑近だ。大切な妹を守りたい。あるいは守りたいのではなく、失う恐怖に駆られ、やむなく戦っているのかもしれない。

 

 人類を守る希望の象徴を、自己中心的に、『恐怖』から逃れるために動かしている。そんな情けない事情は万が一にも知られたくないため、妹のことは秘密にしてほしい、と。

 

 ふむふむ、と。

 

 たっぷり数分かけ、レイネの言い分を理解した山田は、勢いよくテーブルに手をついた。

 

「アホか貴様!?」

「……は、え?」

 

 何を言われたか分からない、という風に目を丸くするレイネ。

 

 山田は構わずまくしたてる。

 

「まさかキミ、あんまり部隊の子たちと絡まないのも、戦う理由に負い目があったからか!?」

「だ、だって……一緒に戦ってたら嫌でも分かるし。ああこの子たちは、すごい思いを背負ってるなぁって……」

「このっ、バカチンが!」

「なっ……!?」

 

 レイネが言い返すよりも早く、山田が詰め寄った。

 

「同じ命を賭けてるのに、戦う理由にすごいもすごくないもあるわけないでしょーが! 百羽譲ってあったとしても、レイネの思いはめちゃくちゃ立派じゃい!」

「そんなわけない! だって私は自分の都合しか──」

「家族を大事にして何が悪いんじゃ! 失うのが怖いなんざ当たり前! むしろその怖さに立ち向かってる分超絶最高に立派だわ胸ェ張れや!」

 

 言いたいことをすべて言い切ると、レイネは口を開こうとしては閉じ、ついには絶句して黙り込んだ。山田は腕組みして席に着き、むっつりと眉根を寄せる。

 

 レイネの抱える思いは非常にまっとうだ。肉親を大切にする思い。これを負い目に感じるあたり、レイネは感覚がマヒしている。

 

 それも無理はない。山田が思い返すのは立派な体の目隠れ美少女、白辻マシロ。彼女は竜を前にすると理性を失い、竜を絶対殺す機械と化すほどのすさまじい殺意でPFを動かしている。たとえばあれと同等の強い思いを持つ人物が周囲に溢れていれば、人として当然の思いをちっぽけに錯覚することはあり得る。

 

 レイネは手を胸に当て、山田の言を咀嚼するように考え込んでいる。

 

 これ以上言葉を重ねても無駄だろう。席を立ちながら、山田が言い置いていく。

 

「別に言いふらしたりはしない。でもレイネに負い目は一切ない、これだけ覚えといて……あっ、すみません、ごめんなさい」

 

 怒鳴り声を聞きつけた看護師に睨みつけられながら、山田は病棟を後にする。

 

 残されたレイネは、じっとして動かない。叩きつけられた山田の声を反芻するたび胸が高鳴り、体が熱を帯びる。

 

 安堵と興奮の入り混じったその感覚は不思議と悪くなく、しばし余韻に浸っていたのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 滅竜隊上陸から一週間後。

 

 PFパイロットの五人は艦長に帰還を報告すると、通常業務に戻る。訓練、雑務、出撃待機だ。

 

 ミサキ、オウカ、マシロは帰省してリフレッシュできたのだろう、心なしか表情が柔らかに、動きからは疲れが抜けていた。

 

 一方、目に見えて変化した者が二人いる。

 

「山田さん無茶しすぎです! 実機ならまたブースター取り換えですよ!」

「うるせー! 取り換えて直るならいいでしょーが!」

「ちょっ、コラ、山田ァ!」

 

 一人は山田だ。何か気にくわないことでもあったのか、シミュレーターで変態機動を繰り返し、ミサキのキャラを崩壊させている。

 

 もう一人はレイネだが、こちらはいい方向の変化だった。

 

「へー、妹さんのお見舞いに行ってたんだ」

「いいな……私、一人っ子だから……」

「いやいや、これが生意気なのよぉ。姉をなめくさっててさ、でも手を上げると看護師さんに泣きつきやがるの。反則じゃんねぇ?」

「あはは、仲良しー!」

 

 今まで最低限のやりとりしかしなかった彼女は、積極的に隊員たちに声をかけ、距離を縮めた。養成校時代から顔見知りだった面々は、レイネの新たな一面を受け入れ、連携が深まっている。

 

 どんな心境の変化があったのか。隊長のミサキは隊員の変わりようを気にかけながら、大体のところを察していた。

 

「山田さぁん。私にも稽古つけてぇ」

「おっ、よく来たな裏切り者。秒で沈めるから覚悟しろ」

「うわわわ」

 

 据わった目つきの山田にしばき倒されながらも、レイネの目に曇りはない。シミュレーター越しに山田へ向ける目にはむしろ、憧れによく似た、強い思いが燃えている。

 

 マシロのときと同様、山田が何かしたのだろう。

 

 プライベートで隊員同士が何を話そうと自由ではある。ただ、マシロやレイネの肩の荷が下りたような、晴れ晴れした表情を見ていると、ミサキは思わずにはいられない。

 

 自分は隊長にふさわしくないのではないか、と。

 

「うはは、楽勝楽勝。レイネはしばらく仮想敵とイチャイチャやってな!」

「言い方ぁ! その言い方キモいー!」

「そこの暇そうなメガネ! もう一戦付き合えぃ!」

「……はいはい」

 

 ミサキの沈んだ表情が見えているわけでもないだろうに、シミュレーター越しに呼びかけてくる。

 

 絶妙なタイミングに苦笑しながら、ミサキは模擬戦に付き合うのだった。

 

 なお、山田の戦意が高ぶりすぎたのか、シミュレーターの出力系統が処理落ちを起こし、結果はうやむやになった。

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