枯羽の天使   作:難民180301

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4.使命

5月10日

 最近どうもマンネリとしている。訓練、通常業務、竜を見つけたら落としに行く。その繰り返し。

 

 つまらないわけじゃない。桃ちゃんとだべったり、マシロと遊んだり、レイネと日向ぼっこしたり、メガネと訓練したり。無駄に広い艦内を探検するのも果てが見えなくて楽しい。

 

 ただ、時間制限がある身としてはじれったい。なんかもっとでかいイベントないのか。

 

 そもそも滅竜隊なのに、ほとんど防衛隊と同じ仕事してるのなんなん? 精鋭ぞろいのすごい部隊っていうなら、すごい任務させてよ。

 

 ちょうど明日、艦長から訓示があるらしいから、そこんとこ聞いてみよう。

 

 ああ、成し遂げたい。

 

 

 

5月11日

 テンション上がってきた。

 

 いよいよ来月から大きな仕事が始まる、と公示があった。その名も滅竜作戦。竜をぶっ殺して本土を奪い返すんだって。

 

 すごく大規模で長期の作戦になる。しばらく離島には帰れないので、明日補給に立ち寄るらしい。注射たくさんもらっとかないと。

 

 全行程で一年弱かかるそうだけど、もつかな。とにかくがんばろう。

 

 

 

5月12日

 あのアホメガネ、ややこしいこと言い出しやがって。

 

 隊長やめる、私にやってとか言ってきた。ふざけんなやだよ。こちとら自分の命で精いっぱい、他の隊員のことまで責任もてない。

 

 出港まであと三日。作戦が始まるまでに話をつけないと。

 

 責任ある立場になんか誰がつくもんか。

 

 

 

5月13日

 私って実はすごく隊長に向いてるんじゃないか?

 

 だってメガネより強いし、隊員の動きやメンタルも把握してるし。私が隊長でいいんじゃない?

 

 危ない危ない、メガネに言いくるめられるところだった。日記を書くと無自覚に狂ってるところが見えてくる。内省大事。

 

 奴はとても口が回る。気を付けないと。

 

 

 

5月14日

 メガネのやつは意固地だ。がんとして意見を変えない。

 

 桃ちゃんたちはそろってメガネ隊長がいいと言っている。私もそう思う。

 

 出港は明日だ。時間がない。

 

 こうなったら最終手段、偉い人に連絡して「隊長やれ」と言ってもらおう。そのためのコネ、そのための指揮系統だ。確実に遺恨が残るけど背に腹は代えられない。

 

 気が進まないなちくしょー。

 

 

 

5月15日

 やらかした、すごくやらかした。昨日の日記が最期のページになるところだった。

 

 まさかあんな大事なことを忘れて死にかけるとは。一つのことに集中すると他を気にできなくなる。どうせ改造するなら脳みその処理能力も改造してくれたらよかったのに。

 

 でも怪我の功名、なぜか分からないけどミサキに隊長を押し付けることができた。

 

 マジで何がどうなったのか分からんが、結果オーライ。死を受け入れているやつに、隊員の命を預かるなんてできっこないからな。

 

 やっと元鞘、明日から大規模作戦がんばろう。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 滅竜特務艦アメノムラクモ、ブリーフィングルームにて。各持ち場の責任者とパイロットたちを前に、艦長自らが作戦を公示した。

 

 その名も滅竜作戦。四段階の行程と一年弱の長期間に及ぶこの作戦の目的は、竜の撃滅および本土の奪還だ。本来なら防衛隊が受け持つ哨戒任務を二度受け持ったのは、練度向上のため。ついに滅竜隊が創設された理由でもある本土奪還作戦が目前となり、隊員たちは目をぎらつかせ艦長の公示に聞き入った。

 

「ほえー……」

 

 一名ほど熱量についていけていない者もいたが、一同は見ないふりをした。

 

 ブリーフィングが終わると、艦は二度目の訓練航海を終え離島へ向かう。作戦開始前の補給と、隊員たちの休暇を兼ねている。

 

 それぞれ実家や娯楽施設、病院などで用を済ませ、パイロットたちは出航の三日前には帰投した。PFの整備を万全にするためだ。

 

 そうして順調に段取りが進む中、とんでもない火種が投下される。

 

「私、隊長やめます。後任は山田にお願いします」

「寝言は寝て言おうぜ」

 

 滅竜隊の主力たるPFパイロット、その隊長が突然辞めるなどと言い出したのだ。

 

 後任を言い渡された山田は何言ってんだこいつとばかり目をむく。

 

「いやいやいや、この時期にそれは、いやいついかなるときでもお断りだけども、よりにもよって今それはないだろ、ねえ?」

「そうだよ、どうしちゃったの?」

「ミサキさん、らしくないです……」

「変なもんでも食べたぁ?」

 

 隊員たちに詰め寄られても、ミサキは冷静な面持ちを崩さない。

 

「大切な作戦の前だからこそです。私には隊長の資質が欠けている。人類の存亡がかかったこの作戦の陣頭指揮は、山田がとるべきです」

「やだ」

 

 即答で断ると、ミサキがむっと顔をしかめる。

 

「冗談で言ってるんじゃありません。私なりに考えてこの結論に至ったんですよ」

「ならその考えは間違ってる」

「問答は結構。今やるべきは、山田を隊長に据えた立ち回りの訓練です」

「やだ」

 

 びしり、と空気が凍った。同時に、どこからか開戦のゴングが聞こえたと、後に隊員たちは語る。

 

 ミサキはうつむいて肩を震わせると、勢いよく山田に詰め寄った。

 

「やだやだって、子供じゃないんですよ! 考えて考えて私には無理って結論出したんですから、汲んでくださいよっ!」

「どう考えても子供だろうがこっちの都合も考えず責任を押し付けやがって! 嫌なもんは嫌なんだよ!」

 

 第一ラウンドは平行線だった。隊長をやめるから後はよろしく、もう一方はヤダの一点張り。ぎゃあぎゃあ怒鳴り合うばかりで話にならない。

 

「二人とも、とりあえず今日は終わりにしとこう?」

「明日、落ち着いてお話を……」

「この世でもっとも不毛なやりとりだったねぇ」

 

 お互い喉が枯れてきたところで仲裁が入り、その日はお開きに。そうして三日にわたる滅竜隊隊長押し付け合戦が始まったのだ。

 

 翌日、双方は甲板上で待ち合わせた。さすがに日を改めて頭が冷え、前日よりは理性的な話し合いになった。

 

 並んで手すりに寄りかかり、ミサキが口火を切る。

 

「単純に、私は隊長としての素質がありません」

 

 海面に目を落としながら、ぽつぽつと続ける。

 

「PFの腕はとっくに山田に抜かれました。隊員の動きを戦場でも平時にも把握し、適切に動けているのは私ではなく山田です」

「そんなことは……ある、か?」

 

 言われてみればそんな気がしてきた。

 

 言葉を詰まらせる山田に好機を見たか、ミサキが畳みかける。

 

「マシロの暴走に新戦術を考案したのは山田でした。あの子とは養成校の頃から付き合いがあるのに、私は暴走を予想することもできず、パニックになるばかりでした」

「うーん」

「レイネのこともです。あの子は昔から誰にでも一線を引いて接していました。ですが今では心を開き、私たちを戦友と認めてくれているように見えます。山田が何かしたからでしょう」

「そう、なのかな?」

「そうです」

 

 理路整然とした言いくるめに、山田は陥落寸前だ。

 

 ダメ押しの一撃を重ねるミサキ。

 

「PFが心の力で動く以上、メンタルの重要性は推して知るべしでしょう。その点、山田は実力、戦術眼、隊員のメンタルケアすべてを高水準でこなせる能力を持っています。私よりもはるかに隊長にふさわしいのは明白です」

「へへっ、そうかな。照れる」

 

 素で嬉しそうな山田に多少イラっとしつつ、ミサキは勝利を宣言した。

 

「というわけで、後はよろしくお願いします」

「そこまで言うなら仕方ないなー。よっし、一日考えさせて!」

 

 が、山田はアホで愚かだが救いようのないバカではなかった。その場で承諾はせず、一旦持ち帰ることにして、その日は解散となる。

 

 翌日、今度は格納庫で待ち合わせた。すでにPFの整備は完了しており、五機の巨人が万全の態勢でたたずんでいる。

 

 機体を見下ろすキャットウォークに並んだ二人。

 

 山田は微妙に赤面しながら、吐き捨てるように言った。

 

「こんの詐欺師が。あの程度の口車に乗せられると思うなよ」

「ほぼ乗ってましたよね?」

「フリだよフリ!」

 

 そんなフリに何の意味が、と言いたげなミサキの視線を無視して、山田はそっぽを向く。

 

 しばしの沈黙。

 

 やがて落ち着いた様子の山田が切り出す。

 

「無理だ」

 

 視線で続きを促され、山田は言葉を選びながら、

 

「隊長ってのは、隊員の命を預かる。私にはその資格がない。だから無理だ」

「資格とは? 具体的に何です?」

「それは、その……」

 

 言いよどんだ間隙にすかさず口を挟むミサキ。

 

「私にとってその資格は、思いの強さです」

 

 PFに目線を移して続ける。

 

「PFは心の力、戦う意思を動力とする兵器。単に強い意思では足りず、子供に特有の純度の高さがなければ、起動さえ叶わない。誰にでも動かせるものではありません」

 

 声を低くし、恥じるように目を伏せた。

 

「選ばれた者だけが動かせる特別感、それが私の戦う意思です。力ある者としての使命感、責任感と言い換えてもいい。その思いを燃やしてここへ至りました。ふふ、養成校では首席だったんですよ。でも──」

 

 顔を上げると、自嘲の笑みが浮かんでいる。

 

「井の中の蛙でした。操縦技術だけではありません。私には、メインブースターを破損させ、シミュレーターを破壊するほどの強烈な意思の力はない。力ある者の使命と責任など──高慢な子供の戯言に過ぎなかった」

 

 ミサキが山田に正面から向き直る。メガネの奥の瞳には、一切の虚偽を許さない真摯な光が輝いている。

 

「あなたの『意思』が何なのかは知りません。ですが、人の行く末をかけた戦いで指揮をとるのは、もっとも強く純粋な想いを持つ山田さん、あなたの他にいない。だから、私は隊長を辞そうというのです」

 

 静かに見つめ合い、ミサキの意思と言葉を正面から受け止める。

 

 山田のやることなすことがたまたまうまくいき、自信を失った。それもあるのだろう。しかしミサキは、今後の戦いでもっとも大切なものを自分なりに考え、その上で山田がふさわしいと結論を出したのだ。

 

 すなわち、戦う意思。強大な敵に立ち向かう兵器を、唯一動かせる人間の力。山田の持つそれこそが必要な素質であると。

 

 山田はゆっくりと一分、二分と時間をかけてミサキの考えを咀嚼し、もう一度反芻してよく考える。口車に乗せようなんて無粋な意思は、欠片も感じられない。間違いなく心底から語っている。

 

 明確な正誤はないとはいえ、山田はミサキが正しいと確信している。納得も理解もした。直観に従って首を縦に振りそうになる。

 

 しかしそれでも、山田は了承できない。

 

「……話してくれてありがとう」

「では──」

「でもごめん。少し時間がほしい」

 

 ミサキの目にわずかな落胆が浮かぶものの、「分かりました」と首肯する。

 

「ですが余裕はありません。今夜、お部屋にうかがいます。それまでに覚悟を決めておいてください」

 

 勝利を信じている力強い声音。

 

 一方の山田は対照的に、かすかに頷いてみせると、力ない足取りで格納庫を後にした。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 水平線に日が掛かる頃合いに、ミサキは山田の部屋に訪れた。

 

 扉の前に立ち、端末で時間を見ると六時五分前。夜と言えなくもない範疇だ。

 

 昼間の説得は、ウソ偽りのない本心をぶつけただけあって手ごたえを感じた。適当な思いつきで駄々をこねているわけではないのは伝わっただろうし、それでも断るなら相応の反論があるはずだ。

 

 果たしてどう転ぶか。緊張の面持ちで、扉を叩こうとすると──ごとん、と何か硬質なものがぶつかるような音。

 

「山田?」

 

 呼びかけに答えはない。代わりに部屋の中から聞こえるのは、床を引っかく軽い音と、過呼吸に似た喘鳴。

 

「山田っ!」

 

 緊急と判断し、扉を開ける。鍵はかかっていなかった。

 

 玄関で靴を脱ぎ捨て短い廊下を踏み越えると、山田は据え置きのベッドからずり落ちて苦し気に喘いでいた。落ちた拍子にぶつけたのか頭から血を流している。

 

 過呼吸の類だろうか。教本で見た処置を思い出しながら、必要な道具を探そうと目を走らせる。

 

 すると、袖を引かれた。浅い呼吸でどうにか持ちこたえながら、山田が震える手で引いたのだ。

 

「何ですか、どこが痛いんですか」

「……っあ」

 

 重たい鉛の腕を持ち上げるように、部屋のある一点を指さす。その先にあったのはトレーよりも少し大きい程度の白いプラスチックケースだ。

 

 傍に持ってきて蓋を開けると、中には万年筆のような器具が十一本格納されている。

 

 これをどうしろというのか。

 

 一本取り出して困惑していると、ひどく冷たい山田の手がミサキの腕に触れた。よこせとばかりに開かれた手のひらに、器具を握らせる。

 

 すると山田は器用に片手でキャップの部分を外し、器具の先端を首に押し当てた。どうやら注射だったようで、かちりと音を立てて何らかの薬剤が注入されていく。

 

 効果はてきめんだった。青を通り越して白かった山田の顔に血色が戻り、呼吸も深くなっていく。一分もすると、自力で汗を拭いため息をつける程度には回復した。

 

「ふぅー……あっぶねー。いやほんとやばかった、マジでありがとう。その端末はしまっていいよ」

「医療科を呼ぶべきでしょう。いえ、呼ぶべきです絶対に」

 

 有無を言わさず携帯端末に医療科の呼び出しコードを打ち込むミサキ。

 

 しかし山田が強くその手をつかみ、首を横に振る。

 

「いいんだって。ちょっとした持病だ。定期的に薬を打ってれば大丈夫」

「ではなぜ……まさかそれほど重要な薬を忘れていたわけではないですよね?」

「んー、むむむ」

「こっちを見ろおバカ」

 

 そっぽを向いてとぼける山田はすっかり平生通りの態度に見える。

 

 だがミサキは気が気ではない。先ほどまでの、今にも息絶えそうなほど弱り切った山田の姿が脳裏にこびりついている。戦場での命のやり取りを日常の一幕のごとく捌く、泰然とした彼女からかけ離れたイメージ。普段の元気が、頼りない小さな注射によって保たれている驚愕と不安感。かき乱された感情が心拍を上げていく。

 

「私は真剣に……」

 

 声を荒げて追及しかけたそのとき、ミサキは唐突に閃いて、口を噤んだ。

 

 不明瞭だった山田の素性。頑なに隊長の任を拒む理由。それらはすべて、抱えている病によって説明がつく。

 

 山田は配属当初から高い実力と経験を持ちながら、まったくの無名だった。その力はおそらくかつて戦場で身に着けたものだったのだ。しかし全盛期の最中で病に倒れ、退役を余儀なくされた。目を見張る早さで上達していったのは、ブランクを取り戻していたからだ。

 

 病を押して滅竜隊に配属された事情は教導役だろう。顔合わせの際、艦長の思わせぶりな言動もそういった事情故だ。

 

 そして、隊長の任を拒む理由。

 

 すでに第一線を引いた身であるから。だとすれば、まだいい。

 

 しかし万が一、病状が悪化していて、現状の教導役で精いっぱいであるとすれば──山田にとってはとても無理な要求だろう。

 

「分かりました」

 

 すべての事情を推察し、ミサキは覚悟を決めた。

 

「隊長は引き続き私が務めます。山田は無理のない範囲で、今の役割をお願いします」

「えっ、何急に」

 

 山田にはいきなり物分かりがよくなったようにしか見えない。

 

 戸惑う山田をよそに、ミサキはぴしゃりと言い放つ。

 

「早速隊長命令です。作戦よりも健康を最優先にしてください。今後この命令が守れないと判断した場合、薬の使用と保管含めすべて私が管理します」

「分かってますって。こんなうっかりは今日だけだよ」

 

 拗ねたように頬を膨らませる山田。

 

 子供っぽいその仕草に少し溜飲が下がり、ミサキが表情を緩める。

 

「頼みますよ。では、手当するので動かないでください」

「えー、もう治ったじゃん」

「血が出てます。一応医務室にも行きましょうね」

「それよりお腹空いたんだけど」

「ダメです大人しくしなさい」

 

 二人は応急処置を終えると医務室に向かい、少し額を切っただけで問題なしとお墨付きを受ける。

 

 その後食堂に姿を見せたときにはすっかりいつもの二人に戻り、隊員たちは隊長押し付け合戦の終わりを察し、胸をなでおろすのだった。

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