6月1日
つかれた。ねる
6月3日
こんなに疲れてもとりあえず日記を開く私、えらい
6月7日
桃ちゃんに本土でとった写真を見せてもらった。
桜、きれい。
6月10日
うちの部隊に人の形をした大型犬がいる。白辻マシロとかいうらしい。
散歩中にリードが千切れそうになり、今日はくたくただ。
7月1日
滅竜作戦が始まり、第一段階が終わった。
死ぬほど忙しかった。明日からは予定が空くので、今日は夜更かしだ。
いざ竜たちを倒しに行くといっても、いきなり本土へは攻め込めない。そのくらい離島とは距離がある。
なのでまずは本土に近い「小島」に前線基地を作る必要がある。第一段階は、離島から小島までの補給路の確保だった。
これがもう目が回るほど大変だった。不穏な動きをかぎつけたのか、竜たちがひっきりなしに襲ってくるのだ。昼夜の別なく出撃、補給、整備の毎日。昔みたいに一人で対処してたらストレスでおかしくなっていたかもしれない。苦労を押し付ける、もとい分かち合う仲間がいてよかった。
そんなこんなで補給路を抑え、明日から前線基地の建設が始まる。私たち滅竜隊はしばらく休暇だ。
甲板に出ると、木々に覆われた島が見える。こんな何もないところ、たった三か月で切り拓けるんだろうか。
まあ私たちの仕事じゃない。のんびり眺めていよう。
7月3日
暇だ。訓練と出撃待機はあったけど、先月に比べると楽すぎる。こんなので給料出るんだからパイロットは割のいい仕事だぜ。お金あっても使い道ないけど。
今日みたいに暇な日にこそ、個性が出るらしい。ミサキは訓練、戦術や歴史の勉強と研鑽に余念がない。マシロは私にくっついてだらだら。レイネは甲板で昼寝か釣りをして、釣れた魚を振舞ってくれる。アジフライおいしかった。
ちょっと気になるのは桃ちゃんだ。一日中落ち着かない様子で、隙あらば甲板から基地の建設を眺めている。数日で作れるもんじゃないだろうに。
私たちの出番はもっと後の方。それまで羽を伸ばしておくのが一番だ。
7月6日
みんなすごく仕事が速い。
ちょっと前まで手付かずの林と荒地だけだった小島に、もう倉庫やドックなんかの施設が建ち始めてる。さすが人類、住んでるところを捨てては移ってを強いられてきただけある。私の生まれるずっと前から、逃げた先でこんな風に生活を立て直してきたのだと思うと、感慨深い。
歴史に思いをはせて頭が良くなった気がする。気持ち良く寝よう。
7月10日
完全にオフの日。嫌な予感がする。
ミサキと話をしていたら大脱出の話題になった。二十年前、竜王から船を守りながら離島まで落ち延びたときの話だ。初めて知ったんだけど、竜王の死体は誰も見ていないらしい。
私も見てない。というか、ほとんど刺し違える形だったからそんな余裕なかった。お腹に穴あいてたし。
でも普通、雲より高いところから翼を斬られてきりもみ落下すれば、どんな生き物でも死ぬはず。きっと。じゃないとすごく困る。
嫌な感じだ。そういえば桃ちゃんの姿を見ていない。体調を崩してないといいのだけど。
7月12日
桃ちゃんめ。最近付き合いが悪いと思ったら、あんな悪行に手を染めているとは。
説教したけど反省してない。どうしてくれようか。
7月15日
桃地ィ!
8月1日
どうにか桃ちゃんの正気を取り戻すことができた。マシロと同様、抱える思いに振り回されていたようだ。
無理もない。二十メートルもの巨大な金属を自在に動かすほどの意思を、子供の心で抱えているんだ。時には空回りもするだろう。
これで仲間たちの思いをみんな知れた。空っぽの私もちょっと感化されたかもしれない。
成し遂げたい『何か』。何者かになりたい思い。
その輪郭を掴めた気がする。
ーーー
滅竜作戦第一段階、前線基地敷設のための輸送路確保が完了した。
上層部の見込みよりも早く、また人的損害ゼロでこの段階を終えられた要因の一つは、長年離島を防衛してきたことで蓄積された海域データだ。これにより基地の敷設予定地と、竜の飛行ルートから極力離れた輸送路を素早く選定できた。二十年の積み重ねが実を結んだ、と上層部は大盛り上がりだったという。
しかしもう一つの大きな要因、現場の人間による必死の尽力も忘れてはならない。
「殺す殺す殺すぅー!」
「元気いっぱいだなぁオイ」
「レイネさん、数は?」
「三十八、そのうち二体は準中型。群れの後方二十八キロ地点の十三番島が巣になってるみたいだねぇ」
「巣、多くない? 今日で千個は壊したよね!?」
輸送路周辺海域の掃討を受け持ったのは、まさにこの任務のために建造された特務艦アメノムラクモに所属するPFパイロットたちだ。
さすがにオウカの一日千個は盛りすぎだが、本土に近づくにつれ竜の巣の数は増していった。遭遇する個体も三十メートル級の小型だけでなく、五十メートル級の中型、それに近い準中型など手ごわくなっていく。縄張りに踏み込まんとする外敵にそこかしこから群れが飛来し、迎撃の後巣を焼き払い、母艦へ補給に戻るや否やまた新たな警報が鳴る。就寝中に叩き起こされる日も少なくなく、さしものエリート部隊である滅竜隊といえど疲労は隠せない──と思いきや、五人中四人は割と元気だった。
「ああっ、殺す! 今ここにっ、心躍る撃滅を、胸がときめく絶滅をォォ!」
一人は白辻マシロ。竜という種そのものに対する憎悪と殺意をPFの動力に
「いいぞーマシロ、やっちまえ! レイネ、合図したら私を撃って、三、二、一、どん!」
「無茶言ってくれちゃってぇ……!」
二人目は、暴走するマシロの手綱を握る山田だ。どんなときでも普段の平静さを失わない彼女だが、ひっきりなしに竜を相手取る土壇場でもその落ち着きは健在で、マシロをフォローしつつ自分を的にして乱戦中の援護を補助するなど、危険かつ実践的な戦術で戦果を稼いだ。
「わわっ、五時方向に増援、数は六、一体大型、他は中型! 接敵前に中型落としとこうねぇ!」
三人目は橙堂レイネ。広域レーダーで常に周囲を警戒し、接敵前に狙撃で敵戦力を削る。その腕前はみるみる向上し、見える範囲ならどこでも撃ち抜けると豪語するほどだ。
「んもー、邪魔しないで!」
四人目の元気娘は桃地オウカ、重装甲機『ノスタルジア』を駆るピンクツインテが特徴の少女。山田の背後に陣取り、襲い来る竜の群れを機関砲で薙ぎ払い、ときに牙や爪を装甲で受け止めながら、火力のある盾としての役割を果たした。不思議なことに彼女の士気は戦いを重ねるごとに、つまり本土が近づくにつれ増していくようだった。
「やることと……見るところが多い……部屋に戻ったら作戦報告書……」
残った一人、金藤ミサキはグロッキーである。気合と根性で戦闘中だけは気を張っているが、母艦に戻ってPFから降りるなりぺたんと座り込んでしまう。
「はいはい、休むなら仮眠室に行こうねー。マシロ、戻ってこい」
「殺す殺すぶっころ……あっ、うん」
「私も手伝う!」
「足の方持つよぉ」
そんなミサキを元気な四人が持ち上げ、仮眠室へ運ぶ。いつだれが限界を迎えてもおかしくはない、というか実際はもう限界を超えていたのかもしれない、悪夢的な激務だった。
そうした苦労を乗り越え、彼女たちを乗せたアメノムラクモは基地敷設予定地の小島へ到達。安全が確保された航路を使い、離島から続々と物資と戦力が運び込まれるのだった。
ーーー
滅竜作戦第二段階、前線基地敷設と物資の集積は急ピッチで進められた。山田たちが来た当初は岩礁だらけの海岸線と荒地が広がるだけだった小島には、一週間で倉庫と港湾施設が整備され、その合間を作業員と建設重機が忙しなく動き回っている。防衛戦力として第二世代機クサナギや大口径対空砲の配備も順調で、二か月後の第三段階目の開始には確実に間に合うと見込まれた。
まさしく目が回る忙しさに追われる防衛隊と作業員たち。
一方、山田たち滅竜隊は暇なものだ。勘が鈍らない程度の訓練の他は、自由に休暇を過ごしている。
「労働者を見下ろしながらふんぞり返っていると、王様になった気分だぜ」
「……これ、楽しい?」
「全然」
休暇が始まってすぐのころ、山田とマシロは甲板から作業者たちを見下ろして悦に浸る遊びをやっていたが、すぐにやめた。誰に咎められるでもなく、むしろ防衛隊の人間と目が合うとキラキラした目で敬礼されて、いたたまれなくなるからだ。
「おーい、いいのが釣れたよー」
「どうせタコとかフグだろ」
昼寝と釣りに興じるレイネは、釣り上げたものをカセットコンロで調理し振舞ってくれるが、八割がたゲテモノだった。しかし残りの二割は普通においしいため、呼び止められると寄らざるを得ない。アジやイワシのフライが特に好評だった。
「桃地ちゃーん。おーい。桃ちゃんのあほー。どこ行ったあの女」
レイネに餌付けされるマシロを置き去りにして、山田は桃地を探しに向かう。しかし部屋や食堂、格納庫、娯楽室、外遊びに適した甲板など、普段見かけるどこを見てもいない。今回だけでなく連日だ。
肩透かしを食らった気分を覚えながら、最後の一人の元へ。
栄えある滅竜隊隊長であるミサキは、「作戦資料室」と呼ばれる紙だらけの小部屋に入り浸って勉学に耽っていた。
「今更メガネっぽいことやっても遅いぞミサキィ」
「キャラづくりでやってんじゃないんですよ」
ダル絡みしにいくと、視線を資料に落としたまま言い返される。
「次の作戦に向け、本土の地形や敵戦力の情報がないかと思ったのですが、あてになりませんね。どの資料にも『枯羽が単機で獅子奮迅の活躍をした』としかありません」
「今にも絶滅しそうってときに、詳しい記録なんてできないよ」
「それはそうなのですが……うーん」
資料を棚にしまうと、難しい顔で考え込むミサキ。
「竜王と枯羽はどこに行ったんでしょう?」
私が殺した、と答えかけた山田は、とっさに口を噤んで思考に浸る。
竜王とは、人類と長年に渡り争い続ける竜種の中でもとりわけ巨大かつ強力な個体であり、最強最古の竜とされる。人はこの竜王を中心とした群れに追い回され、本土の広い土地を転々とし、ついには離島へ逃げ込むに至った。
当然、離島へ向かう海上でも追撃があり、その間生き残りの人類を竜王から守り抜いたのが第一世代機、最初にして最強のPFと伝わる『枯羽』だった。
「記録上の竜王はとても攻撃的で執拗です。本土から離島までの間には羽を休める諸島もあった。にもかかわらず記録から消えるんです。枯羽が撃墜したのならそう明記するはずなのに、記録にはない……どうかしました?」
「な、なんでもない」
冷汗を流す山田。
ミサキは不思議そうに首を傾げ、別の資料を棚から抜き出して広げる。
「枯羽の足取りも不明瞭です。脱出船団を護衛した後、離島の居住基盤と防衛体制が整うまでの十三年間、たった一機で周辺海域を守り続けたとありますが……」
「ありますが、何?」
「さすがに盛りすぎでは?」
「盛ってねえよ!」
心外だとばかり食いつく山田に、ミサキは目を丸くする。
「ですがもし事実なら、今の防衛隊がこなしている任務を単独で請け負っていたことになるんですよ? PF運用母艦十三隻、人員にして二万名弱の労働で構成される防衛網を、一人で十三年間維持していた。現実離れしすぎです」
「そんなことは……ない……ないか? いやあるかも」
ぶつぶつ言って混乱し始める山田はさておいて、ミサキは続ける。
「ある程度は後世の作り話でいいとして、気がかりなのはその足取りです。七年前の時点で忽然と記録から消えている。一体どこに行ったんでしょう?」
ぱらぱらと、足跡を探すように資料をめくる。
遠い目をしていた山田が我に返って、探るように問いかけた。
「知ってどうすんの」
「枯羽は最初にして最強の機体です。戦力の足しになるじゃないですか。見つかれば私が乗って、オブリージュは山田が乗ればいい」
ミサキは資料を見たままあっさりと答えた。明らかに高い実力と腕がありながら量産機のクサナギに搭乗している山田には思うところがあり、もしも過去の強力なPFがどこかに存在するなら、使わない手はない。竜王が死んだ保証はないのだから。
「……ミサキみたいなヘタクソには乗れないよ」
「おっ、ケンカですか? 養成校首席卒業の力見ます?」
資料入りファイルの角を振りかざすと、山田は俊敏な動きで資料室を出て行く。
ミサキは荒々しく息をついてから、資料漁りを再開するのだった。
ーーー
つかの間の休暇を思い思いに過ごす滅竜隊。
しかし、行方のしれない人物が一人だけいる。
「桃ちゃんよォ……最近コソコソと何やってんの?」
「ナニモシテナイヨ」
桃地オウカである。山田の問いかけに冷や汗を流し、秒間四回もの瞬きをしつつ目を逸らしている。
山田とてそれぞれプライベートの時間に口出しする気はなく、部隊として決められた訓練にきちんと顔を出すオウカに、本来干渉する気はなかった。
とはいえ顔を合わすたび目の下のクマが濃くなり、動きは緩慢に、自慢のピンクツインテの毛先が荒れていくオウカを見て見ぬふりはできない。
というわけで訓練の終わり際、ミサキと肩を並べオウカに詰め寄っている。
「桃地さん、悩みがあれば何でも相談してほしいわけではありません。ただ、一度考えてみてほしい。あなたの抱える悩みは、一人で解決すべき問題ですか? 誰かに頼ってみてはいけませんか?」
「悩みがあるの前提なんだね……」
「答えの分かり切った問答はしませんよ。それで、どうですか?」
オウカはツインテールの毛先をいじりながら、難しそうに唸る。
「困ってるわけでも、悩んでるわけでもなくて……やりたいようにやってるだけなんだよね。別に手を貸してもらうようなことでもないし」
「私たちでは助けになれないと?」
「たぶんそうかも。これは私の問題」
普段の陽気さが嘘のように冷たくそう言われると、ミサキは首肯して「無理だけはしないように」と引き下がった。
山田もその場では口出ししない。一人で抱え込むよりも誰かに相談した方がうまくいくこともある。それを知っているオウカがそうしないということは、踏み込むべきではない。
と、一度は納得したものの、オウカはますますやつれていった。クマは更に濃く、自慢のピンクツインテは結ばれることさえなく寝ぐせだらけに。足元はおぼつかず今にも倒れそうだ。
これで訓練中に寝落ちでもすれば「任務に支障を来たすから」とミサキが無理やりに踏み込めたのだが、オウカもそこが一線だと分かっているのだろう。訓練では変わらぬ動きでノスタルジアを操り、部隊の練度向上に貢献した。
「ぐぬぬ……」
訓練終了後、ふらふらと部屋に戻っていくオウカの背中に、ミサキはもどかしそうな視線を送っていた。根が真面目バカなミサキは、仲間が心配だからと強権を使うことができない。
反面、山田は違う。
いざとなれば嫌われようが殴られようが構わない。放っておけないと判断すれば即動く。建前や責任など知ったことではない。
山田はオウカを尾行した。果たして彼女はどこで何をして休暇を過ごしているのだろうか。日ごとに増していく疲れの原因は何だろう。
その答えはすぐに分かった。
「はて?」
訓練終了後、オウカがまず向かったのは母艦の外、小島である。タラップから埠頭に降り立ち、重機と資材、作業員の行き交う現場へ向かう。しきりに前後左右を見回しているので、山田は資材の影に隠れ慎重に後を追う。
やがてオウカが足を止めたのは、集積した資材で四方を囲まれた小さな空間だ。埃っぽいそこの壁にはヘルメットと作業ズボン、安全帯がかけられている。
オウカは滅竜隊の制服を脱ぎ、ズボン、安全帯、それから特徴的なピンクの髪をまとめ、ヘルメットの下にしまい込んだ。ぱっと見はやたらに顔立ちの整った女性作業員だ。
「今日もがんばるぞー!」
胸の前で拳を作り、隠れる山田のすぐそばを通って、オウカは現場へと姿を消した。
「……は?」
変な声が出る。あまりにも想定外の事態に後をつけるのも忘れてしまった。休暇中に何をしているのかあの子は。
狭い空間から外に出れば、目の前には人と重機が絶えず行き来する現場。
途方に暮れていると、体格のいい防衛隊員に声をかけられた。
「滅竜隊の方ですね。何か御用でしょうか」
「あ、ええ、はい。人を探していまして」
「人を?」
事情を話すと、作業員は心当たりがあるらしい。
「すごく熱心な若い作業者がいると、このあたりで噂になっています。てっきり養成校からのボランティアかと思っていたのですが、まさか滅竜隊の方とは……」
「どこで働いてんです?」
「案内しましょう、ヘルメットを」
手渡されたヘルメットをかぶり、オウカの出没現場へ向かう。
そこには、建設重機を乗り回し木を根本から掘り返すオウカの姿があった。
「……いつもここで?」
「工程の厳しい現場ならどこでも、ですね。腕のいいオペさんらしく、ありがたい限りなのですが、一つ困ったことがありまして」
「なんです」
一拍を置いて、気まずげに目を逸らす作業員。
「昼も夜も働いてるんです。止めても別人だと惚け、無理に休ませるとまた別の現場に行くそうで……」
前線基地敷設は最重要タスクであり、二十四時間ローテーションを組んで休みなく進められている。桃地はそのうち十六時間、可能なら二十時間働いて、空いた時間を睡眠と滅竜隊の訓練に充てている。やつれるのは当たり前のハードスケジュールだった。
事情を把握した山田は、
「はぁ?」
と、怒りや呆れを通り越し、ひたすら困惑するしかなかった。
ーーー
とにかく話し合う必要がある。判断を下した山田は即座に動いた。
現場の作業員に頭を下げ、作業中のオウカを力づくで引っ張ってアメノムラクモへ帰還。服をはぎ取り風呂に入れた。その間ずっと悲痛な叫びを上げ抵抗していたものの、疲労困憊の少女の抵抗など山田にさえ脅威にならない。無理やり着替えさせてベッドに叩きこむと、ぐっすり十二時間の眠りについた。
そうして労働の疲れを取った後、あわれなオウカに待っていたのは山田による取り調べだ。
「で、何考えてあんなことを? 遠まわしな自殺? 十六時間労働が体に悪いことくらい誰でも分かるよね?」
「これ食べていい? お腹空いた」
「質問に答えたら食べていいよ──答えたらっつったじゃん! あーあーもう無茶苦茶だよ!」
朝ご飯兼、尋問の道具として用意した卵がゆが瞬く間に平らげられていく。質問一つにつき一口を想定していた山田は頭を抱えた。
「あっ、いただきます忘れた! いただきますごちそうさま!」
「お粗末様! おいしかった?」
「すっごくおいしかった!」
「良かったね!」
もうヤケクソである。
お腹を満たして満足したのか、オウカは足を投げ出して後ろにのけぞる。
「体に悪いと分かってても、やりたくなることってあるじゃない。たとえば食べた後すぐ寝るとか。二度寝していい?」
「いい加減シバくぞ?」
「あはは、ごめんごめん」
山田の脅しをものともせず、オウカは続ける。
「でも私だって驚いてるんだ。自分で思ってた以上に、本土に帰りたいと思ってるみたい」
やっと話が本題に入った。
が、すぐに引っかかりを覚える。オウカも承知の上らしく、首肯する。
「うん、私は大脱出の後、離島で生まれた。だから本土に帰るっていうのはおかしい。なのに帰りたい、早く、今すぐ故郷に帰りたいって思う。そしたらいても立ってもいられなくなって、お手伝いしに行っちゃった」
「ふぅん?」
気持ちが逸ったのは分かった。しかし、その気持ちが分からない。行ったことのない土地を故郷と呼び、帰りたいなどと思うだろうか。
「お父さんとお母さんから聞いたんだ」
遠い目で見る先には、未知の故郷を見ているのだろう。訥々と語り出す。
この時期の本土は蒸し暑く、濃い緑の匂いが縁側を駆け抜けて、風鈴の音が鳴る。抜けるような深い青空に入道雲がくっきりと浮かび、蝉時雨が耳をつく。秋が近づくとどこからかキンモクセイが香り、水田の稲が黄金の穂を実らせて、風にたなびいている。冬は肌を刺す冷たさの中、鐘をつく音を聞きながら神社に向かい、酒を飲み、餅を食べる。
「で、春には桜がいっぱい咲く。ほら、ちょうど私の髪みたいな色の桜がたくさん咲いて、花びらが雪みたいに舞い散って、それがすーっごくきれいなんだって。私は──」
言葉を切って、視線を落とす。一つ一つ、気持ちを慎重に言葉へと変えていく。
「私はね、お父さんたちから本土の話を聞いて、『懐かしい』って思ったんだ。見たこともないのに、帰りたいって。不思議だよね。でも、それならさ」
顔を上げたオウカの目には、気圧されるほどの熱く、深い気持ちが煌めいている。
「離島生まれの私ですらこんなに懐かしいって思うなら。本土で生まれた人たちは、どれだけ帰りたいって思ってるんだろう。きっと私の何倍も思いは強いはずだよ。お父さんもお母さんも、おじいちゃんもおばあちゃんも」
その思いは『望郷』だ。故郷への帰還を願う家族と、本能的な懐かしさがないまぜになった、純度の高い
「そんな風に考えたら、じっとなんてしてられないよ。本土はすぐそこなのに……」
声を震わせ、肩を落とす。床についた手は固く握られている。
今のオウカは、マシロと同じ状態だ。自身を構成する重要な思いの対象を目前にして、冷静ではいられない。前線基地の敷設を手伝うことで、少しでも作戦の進行を早めたいのだ。
莫大なエネルギーを生む心の力はときに持ち主の制御を外れる。PFパイロットには往々にしてあることだ。
だからといって、オウカの過重労働を看過できるはずはない。
「桃ちゃん。基地が完成したら、次は何だったかな?」
「強行偵察。本土に近づいて地形とか竜の数とかを確認するんだよね」
「このまま働き続けたら、その前に過労死だよ?」
「む、むむ」
痛いところをつかれた、というように眉をひそめるオウカ。
すかさず畳みかける。
「ワンチャン死ななくても、ふらっふらの桃ちゃんなんて使い物にならない。足手まといを任務に連れて行くとか論外だから。一人だけ仲間外れにされちゃうね? かわいそうだね?」
「な、なんでそんなひどいこと言うの!?」
オウカは涙目で睨みつけるが、山田はどこ吹く風だ。
「そうならないように対策を考えました。今日のお昼までにはどうにかなると思います。さて、それまでここで大人しくしてられる?」
「まあ……そのくらいなら」
「よし言ったな」
山田は立ち上がりつつ携帯端末を取り出し、滅竜隊メンバーに集合をかける。部屋を出てすぐのところに立っていた防衛隊の男性にアイコンタクト、見張りを頼み、対策を実行しに向かった。
ーーー
オウカの過労対策は二点、管理と周知徹底だった。
今のオウカは餌を前にした犬、竜を前にしたマシロだ。帰りたい本土がすぐそこにあるのに待つしかない状況で気持ちが先走り、無茶をする。
であれば気持ちの矛先を別に用意し、管理すればいい。
「桃ちゃん、これ二十五区画まで持っていってくれ。そしたら上がっていいから」
「了解です! あと西の工程詰まってるらしいので、そっち手伝ってから──」
「ダメだ、あと十五分で定時だぞ。聞かないようなら山田ちゃんに言いつけるからな」
「わ、分かりましたよっ!」
「お疲れぃ!」
現場の手伝いは続行させた。基地敷設において有用な能力があるのは事実だし、現場の人間にも使い勝手がいいと評判なので、腐らせておくのはもったいない。
ただし残業は禁止した。気持ちの逸るままに無限に残業するのが目に見えているからだ。この点を現場に周知し、オウカの労働時間は定時で終わるよう徹底した。
「あー、じっとしてられない! マシロちゃん!」
「はぁい……殺す」
それでも元気が余っているときは、シミュレーター室にこもり、仲間との連携訓練。竜を模した仮想敵相手に暴れ回る。
ここでへとへとにさせ、就寝時間に部屋まで送り届けてから、見張りを一人外に立たせて一日が終わる。とにかく疲労がたまらないよう滅竜隊をあげてしっかり管理する。
そのかいあって、対策実行から三日後には体調が戻った。クマは消え、ピンクツインテはキューティクルを取り戻し、活力がみなぎっている。
そうして第二段階、基地の敷設と物資の集積は計画よりも数日前倒しで完了し、大規模作戦の下地が整ったのだった。