9月1日
夕食のサバの切り身が五割増しで大きかった。たくさん食べて大きくなれ、と食堂のおばちゃん。
もう二十九歳なんですけど。成長期とっくに終わってるんですけど。
とは思ったものの、おいしかったのでよし。
9月4日
防衛隊と滅竜隊のパイロット対抗でバスケなる球遊びをやった。
もちろんこの私は何をやらせてもすぐ達人級に上達する天才肌の権化なので、並みいる強敵をばったばったとなぎ倒し獅子奮迅の大活躍、一生分の拍手喝さいを浴びてたいへん気持ち良かった。
そういうことにしておこう。
あの体力おバカどもめ。
9月6日
今日は離島からやってくる偉い人の護衛に出た。
メンバーは私、マシロ、過労大好き桃ちゃんの三人。警戒網をくぐり抜けた小型竜に襲われるも、特に苦労なく撃破した。働き盛りの二人にはいい運動になっただろう。
偉い人といえば、枯羽が今どうなってるか聞くつもりだったのを忘れていた。
明日聞く。
9月10日
何かすごいものを見た気がする。
偉い人に枯羽のことを聞きに行ったら、娘さんと仲良く話してるところだった。娘にデレデレしていた偉い人はスイッチが入ったみたいにきりっとして、団らんを中断してしまった。親子水入らずに割って入ったようで申し訳ない。
で、肝心の枯羽は離島の研究所に保管されているらしい。最悪とっくにスクラップにされているかと危惧していたから安心した。
またアレに乗る気かと聞かれたけど、そんなつもりは毛頭ない。だって乗ったら死にそうだし。
枯羽はとにかく燃費が悪く、体に埋め込んだアンプをフル稼働させてやっと起動できる。ナノマシン注射でどうにか生命維持機能を動かしている今アレに乗ったら、寿命がさらに短くなる。
そういえば、スミカちゃんが言っていた。枯羽の超高出力なエンジンは原理不明のロマンだと。そりゃ不明になるはずだ、パイロットの改造と命削るの前提にした設計なんてろくでもない。ずっと謎のままでいい。
せっかく成し遂げたい何かが見えてきたんだ。もうちょい生きてたい。
幸いミサキたち滅竜隊は結構強くなったし、防衛隊の援軍と物資も続々と到着している。大型竜の十や二十程度なら枯羽を使うまでもないだろう。
それこそ何かの間違いで竜王が生きてたりしない限り、私たちの勝利は決まってる。
作戦が成功したら、隊のみんなでどこかに遊びに行きたい。
そのころには春だ。桜の下でのんびりお花見とかしたいな。
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10月2日
終わった。人類詰んだ。
どうしよう。
ーーー
人類の未来を賭けた作戦の最中とはいえ、息抜きの時間は存在する。防衛隊は自分たちの手で建設したバーや飲食店で腹を満たし、歓談に花を咲かせ、補給所では離島から運ばれてきた嗜好品を吟味するなど、思い思いにオフの時間を過ごす。
そうした余暇の中で、活動的な手合いに好まれるのがバスケットボールだった。アメノムラクモを傍に望む埠頭の広場にコートを設え、簡易の客席には血気盛んな隊員たちが詰めかける。有志の隊員がしょっぴかれるのを覚悟で賭けを募っており、試合を控えたチームそれぞれに相当な額の夢が賭けられる。
「防衛隊の意地見せたれー!」
「せめて陸では負けんなよぉ!」
「死ぬ気でがんばれ、先月の給料全部つぎ込んだからな!」
連日盛んな催しだが、今日の歓声は特にすさまじい。
それもそのはず、一方のチームは防衛隊の古参メンバー五人。対するもう一方は、滅竜作戦の要を担うエリート集団、滅竜隊の少女たちである。今更作戦に難癖をつける者はいないが、先輩としてせめて遊びの場ではいいところを見せようと、防衛隊の面々は気合が入っている。
「……規律が乱れていますね」
「まあまあ、ちょっとした遊びなんだから、ね?」
滅竜隊も負けていない。ミサキは隊規的にグレーな賭博に青筋を立てており、オウカに窘められている。
「ど、どうして、こんなことに」
「いいじゃない、たまには運動するのも」
体格的にもっとも有利なマシロは観客たちの熱気にびくついており、対照的にレイネは気楽な調子で背伸びをしている。ちなみにこうなった経緯は、滅竜隊が暇をしていると聞きつけた防衛隊が全員引っ張ってきただけである。要は娯楽に飢えた連中に目をつけられたのだ。
「……」
滅竜隊の五人目、山田は無言で目をすがめていた。
仲間たちを見、整列した相手チームを見、次にコートとボールを見て、知った風に頷く。
「バスケとは?」
「双方、礼!」
疑問の声は、開始のあいさつによってかき消された。
意味が分からないまま事態がめまぐるしく動く。両チームの各員がコートに散らばり、ボールを取り合いながらコートの一方へ、またもう一方へと進退を繰り返す。
「山田ァ! 何ボーっとしてんですか動け動け!」
「えっ、あ、うん」
まごついていると叱責された。遊びのルールを聞くタイミングは完全に逸している。
ミサキたちは、まさか山田がルールを知らないとは思わず、何か深い意図の元に動かないのだと察した。戦場においても冷静沈着、泰然自若としてどっしり構える山田が、普通に混乱してついていけてないだけとは考えられない。
コートを行き来するうち、ついにその深遠な意図が明らかになった。
防衛隊チームは山田をすっかり戦力外として無視しており、マークが外れている。しかもゴールを楽に狙える絶好の位置だ。
「や、山田さぁん……!」
マシロがその大きな体を活かし、相手メンバーの頭上を通してパスを出す。
山なりの軌道で、山田の体めがけてボールが飛び──
「ぶべらっ」
「えっ」
顔面に直撃した。
コートの空気が固まる。歓声が瞬きの間途切れ、戸惑いがちなざわめきに変わった。
あの滅竜隊の一員なのだから、戦力外に見えて実は作戦があるのでは。そうした観衆の微かな期待に応え得るパスだったが、山田はやらかした。
「いたい……」
鼻血をだらだら流し、膝をつく山田。天を仰ぐと、そのまま横にぶっ倒れた。
「タンカ急いでっ!」
ミサキが叫ぶとすぐさま救護班が駆け付け、コートサイドへ運ばれる。
手当ての様子を滅竜隊、防衛隊の面々が心配げに覗き込み、やがて告げられたのは拍子抜けするような診断だった。
「軽い貧血と脱水ですね。少し休めばよくなります」
「へ? それだけですか?」
「はい。お節介かもしれませんが、もう少し体重と体力をつけた方がよろしいですよ」
山田が倒れたのはひとえに体力不足である。
本来PFパイロットになるには厳しい教練を乗り越える必要があり、ミサキたちにはその過程で身に着けた体力がある。しかし非正規のルートでパイロットとなった山田にはそれがない。同じペースで動こうとすれば倒れるのは必然だ。
「よかった……」
一同はほっと胸をなでおろす。特に、山田の持病のことを知るミサキの安堵はひとしおだ。
「ごめんなさい、山田さん……」
「別に謝ることない。ごめんよりも勝利をよこせ」
パスを出したマシロが肩を落とし、対する山田は寝たままなんてことない風に言ってのけた。
その言葉を契機に、中断された試合に会場の注意が向く。勝敗つかずでは収まりが悪く、ミサキたちとしても再開したいところだが、山田の容態が気にかかる。
「私やーめた」
「レイネさん?」
逡巡するミサキよりも早く、レイネが声を上げる。
「こういうのあんまり得意じゃないしぃ。三人でいけるでしょ?」
「……では、山田は頼みます」
「あいあい」
後ろ髪ひかれる思いを断ち切るように、ミサキはコートに足を向け表情を引き締める。
「しゃオラしまってくぞォ!」
「竜相手にするより気合入ってんね」
「竜……? 撃滅殲滅絶滅……」
「こっちはこっちでスイッチ入っちゃった」
二人の気迫にドン引きするオウカを伴って滅竜隊がコートに戻り、試合が再開された。数的不利をものともせず、若さと体力と気合で徐々に押していく。
山田はベンチに寝転びながら、ぼうっとその激しい試合模様を眺めていた。
茫洋とした目つきに思わずレイネが声をかける。
「山田さん、大丈夫?」
「大丈夫じゃない。体力オバケどもめ……」
「山田さんの方が体力ないないオバケなんだと思うなぁ」
苦笑交じりに言ってから、はっと息を呑む。
山田の体は小さく、手足は折れそうなほど細い。目の光が乏しく、少し猫背で声はかすれ、全体的に覇気がない。ミサキの与えたヘアピンで長い前髪を止めていなければ、幼い亡霊のようだ。
間違っても体力のある外見はしていない。にもかかわらず山田の活躍を疑わなかったのは、それほど頼りにしているからだろう。実戦で微塵の焦りも見せず、実力もある山田は、思いのほか部隊の支えになっていた。
「うわっ、私、世紀の大発見したかも」
「なんだよ」
「山田さんにもできないことがある」
「うるせー」
拗ねたように顔を逸らす山田。
レイネはくすくす笑って続けた。
「ねー、山田さんはここに来る前何してたの?」
「無職」
「変な冗談はいいから」
山田の年齢は不詳だが、養成校の同級生とは雰囲気が違う。おそらく二十歳は超えていると見ており、その年代の女性が無職でいられるはずがない。離島という限られた生活基盤を維持するため、成人した住民には必ず何かしらの職分が与えられるのだ。
しかし山田は心外だとばかり眉をひそめ、
「無職をバカにするなよ。昼起きてご飯食べてトイレ行って、何をするでもなくぼーっとして、眠くなったら寝る。七年も繰り返せば悟りを開けるぜ」
「え……マジ?」
「まじまじ」
山田の真剣な顔から本気を感じ取り、レイネは唖然とした。この厳しい情勢の中、本当に七年も怠惰に過ごしていれば防衛隊の治安科が指導に向かいそうなものだが。戦場での落ち着きぶりも悟りによるものなのだろうか。
「親か親戚がすんごい偉い人だったとか?」
「親も親戚も一人も知らんよ。気づけば私だけ。もしかしたら偉かったかもね」
あっけらかんとした口調に耳を疑った。
竜に家族を殺されたケースは珍しくはない。ただ、山田にはそうした別れを経験した者特有の陰がまるでなく、レイネの意表をついた。
「ごめん……」
「許す。あーあ、ちくしょー」
鼻白むレイネをさておいて、山田はコート内を苦々し気に睨みつけている。そちらでは滅竜隊と防衛隊が一進一退の熾烈な戦いを繰り広げている。
「私も全財産賭けときゃよかった」
山田が言うと同時、勝負を決するシュートが放たれ、ゴールリングを通過。広場が割れんばかりの大歓声に包まれる。
「や、山田さん、やり、ました……!」
「やめろやめろ高すぎ落ちる私ゃ赤ちゃんか!」
一直線に駆け寄ってきたマシロにひょいと抱かれて振り回され、山田は目を回す。ミサキとオウカも合流し、滅竜隊総出で拍手喝さいを受ける。
華々しい祝勝ムードに流されて、「それより前は何をしてたの」と聞くことは、ついぞできなかった。
ーーー
ある日の前線基地、総合庁舎。
離島との連絡や管制、作戦指揮などを一手に担う建物の一室で、親子が顔を合わせている。
「──そんな感じで、また山田よ! また山田がどうにかしちゃったの!」
「しかし、過労の原因を突き止めたのは彼女でも、その後の対応はみんなで協力したんだろう?」
「そうだけど、隊長として! 隊員の不調には私が真っ先に気付いて解決したかったの!」
「上に立つと見えない部分はある。肝心なのは仲間たちがいざというとき相談してくれる関係を保つことだ。その点ミサキはがんばっているよ」
「えらい?」
「えらいえらい」
父親に頭を撫でてもらいながら、娘──金藤ミサキはだらしなく頬を緩めた。防衛隊上級将校の制服を纏った父親も、誰もいないのをいいことに緩み切った笑顔で娘を甘やかしている。二人がいるのは作戦会議室の一つであり、今日一日使用申請が入っていないのは確認済みだ。
ミサキにとって父親は憧れだった。恐ろしい竜から人々を守る防衛隊に勤め、離島の安全を守っている。父親の役に立ちたい、褒められたい思いのままにパイロットを目指し、いつしかその思いは選ばれた者の特別感、使命感へと昇華した。親子愛こそが彼女の意思の原点なのだ。
とはいえ十三にもなって父親にべったりなことには恥じらいがあり、あくまでも人目を忍んでいる。もし第三者に見られたら、羞恥のあまり卒倒するかもしれない。
ひとしきり娘を撫でると、父親は微笑む。
「山田さんに相当ご執心だね。今も、手紙でも彼女の話ばかりだ」
「それだけ目につくし手がかかるってこと! 嫌でも気にしちゃうの!」
「嫌なのかい?」
「嫌じゃないけど!」
ミサキとしては、任務や隊員のことをまんべんなく話題にしているつもりだ。滅竜作戦、明るく前向きで過労気味のオウカ、気弱なくせに戦いとなると獰猛な狂犬と化すマシロ、マイペースなのんびり屋に見えて抜け目のないレイネ。
それでも山田に話が偏ってしまうのは、放っておけないからだ。第一印象はだらしなくて情けない。かと思うと冷静でしっかりしている。あけすけなのにつかみどころがなく、まるで霞のようで──気が付けばすり抜けてどこかへ消えてしまいそう。
だから放っておけず、構いたくなる。
「別に特別意識してるとかじゃなくてね、ちょっと目を離した隙に何かやらかしそうというか──」
「失礼しまーす。ん?」
ミサキのあたふたした言葉が途切れた。会議室が重たい沈黙に満たされる。
ノックもなしに会議室の扉を開けたのは、山田だった。石のごとく固まったミサキと目が合う。
ミサキと父親はソファで親し気に肩を寄せ合って歓談しており、健全な親愛の情がにじみ出ている。親子団らんの場であることは山田にも察せられた。気まずさと罪悪感、羞恥心で動けなくなる山田とミサキ。
「貴女は……そうか、山田さんとは……!」
他方、父親は山田を前に瞠目していた。思わずといった風に起立し、山田を凝視する。
見られる方は気まずげに不格好な敬礼をしつつ、
「ええと、金藤大将に聞きたいことがありまして……申し訳ない、出直します」
「その必要はありません。大脱出以来、貴女と言葉を交わす日を心待ちにしていました」
「そ、そですか。光栄です」
「ミサキ、少し外で待ってくれ」
豹変した父の態度にミサキは面食らい、言われるままに部屋を出るしかなかった。
外に出ると、よりにもよって山田に恥ずかしいところを見られた羞恥心に襲われ、時間差で疑問と困惑がやってくる。
父のあんな物腰は見たことがない。まるで昔ながらの友人に会ったような、それでいておとぎ話の人物を目撃したような、敬意と憧憬の入り混じった表情。
大脱出以来、とも言っていた。大脱出は二十年前、生き残りの人類が本土から離島へ逃れたことを指す。
山田は背丈も顔立ちも幼く、高く見積もって二十歳頃に見える。しかし父親の言からすると、二人は二十年前から面識があるのだろうか。
「あの時のことを……」
疑問に背中を押され、中の声につい耳を澄ませる。
「いえ……私はただ……枯羽は……」
「……研究所……まさか……最悪の欠陥機……」
会議室の扉は厚く、山田の声は普段からかすれ気味で父親は声が低い。断片的な情報しか聞き取れなかった。
やきもきし始めて数分後、山田が部屋から出てくる。
「失礼しました。あ、ミサキ」
ミサキは山田を睨みつけた。記憶を消す方法はないかと夢想に耽りつつ、口封じ、脅迫の文言を検討中だ。
ようやく口を開こうかというとき、先んじて山田が言った。
「家族は大事だ。仲良くできるうちに仲良くしとくのは、全然悪くない」
「むっ」
予想していたからかいの言葉ではない、しみじみした言い方に、ミサキは機先を制される。
山田はそのまま横を通り過ぎざま、
「なので、あのミサキ隊長がパパ呼びでデレデレしてたことは、共有しちゃって問題ないね」
「どつきまわすぞ」
山田の襟首をつかもうとするも、すでにヤツは走り出している。
ミサキも後を追って走り出し、その日一日をしょうもない追いかけっこに費やした結果、どうにか秘密にするよう言い聞かせたのだった。
ーーー
九月半ば。強固な前線基地と盤石の補給線に支えられ、アメノムラクモは本土へ向けて出航した。
滅竜作戦第三段階、強行偵察である。本土近海及び本土の竜の分布、戦力を偵察し、分析する。アメノムラクモを主戦力に、護衛艦として防衛軍から二隻と数機のPFを伴った、片道五日の航海だ。
その結果は最悪に近かった。
「なんであいつ生きてんの? こわっ」
山田いわくの「あいつ」。人類を絶滅の間際まで追いやり、本土から放逐した上に海上まで追いかけてきた最悪の竜。
竜王が、生きていた。