10月3日
竜王が生きてたことで作戦の練り直しにてんやわんやしている。
私の心中もてんやわんやだ。なんで生きてんだあいつ。
一応、切断した翼が再生とかはしてなかったから、前みたく慣性無視の超音速飛行なんて芸当はできないと思う。
でも身体が倍以上にでかくなってタフに、炎ブレスは長射程高威力のレーザーになってた。その周りを強力な個体が数十体で固めてる。下手に近づけば竜王レーザーと竜の群れでボコボコにされちゃう。別の上陸地点を探すのもままならないし、よしんば上陸したって竜王がいたらまた焼かれるか食べられるかだ。
作戦でどうこうできるレベルかな、これ。
10月10日
とにかく竜王をどうにかしないと近づけないってことで、竜王を絶対に殺す兵器を作ることになった。さすが偉い人たちは頭の出来がちがうぜ。
その兵器とは、ものすごく大きな大砲だ。百十センチ口径の榴弾をぶっぱなす。竜王レーザーは水平線の向こうまでは届かない弱点があるので、こっちは射程外から山なりの弾道で一方的に撃ちまくろうって訳だ。無事に竜王を吹っ飛ばせたら、私たちPF部隊が突入して残敵を始末する。
いけそうな気がする。いくら通常兵器の効きが悪いとはいえ、何十発も直撃させればさすがに死ぬだろ。きっと。
兵器は今組み立て中で、出来上がるのは早くても十二月。それまでゆっくりしていよう。
11月10日
注射、残り五本。
もうすぐだ。
12月5日
例の兵器が完成した。
でっかい。アメノムラクモを縦にしたのよりずっと大きい大砲が四つ、小島にそびえ立ってる。名前はフツノミタマ一号から四号。
私たちは出撃準備を整えて、竜王の射程外ぎりぎりのところで待機中。竜王が沈黙したら全員で一気に攻め込む予定。今にも飛び出そうとするマシロを宥めるのがたいへんだ。どうどう。
出撃までまだ時間がある。日記を読み返しつつ、これまでの総括をしようか。
私は何かを成し遂げたい。誰の意思でもない、自分の意思で。
ぼんやりしていたその何かは、ついこの前はっきりした。仲間たちの思いを見届けることだ。
ミサキの義務、レイネの親愛、マシロの殺意、桃ちゃんの望郷。それだけじゃない、全力で戦っている人たちの思いが、実を結ぶところを見たい。
空っぽで薄っぺらな私には持ちえない熱い思いが成就したとき、あの子たちはどんな顔をして、どんな未来へ向かうのか。想像するだけでわくわくする。実際見られたらもう悔いはない。
というわけで竜王には死んでもらおう。
さあ出撃だ。
12月6日
空気おっも。前線基地の空気が最悪。
前回の竜王一方的にぶっ飛ばす作戦は、大失敗に終わった。
一射目と二射目まではよかった。竜王の巨体に直撃して確実にダメージを与えた。
でもそれ以降が地獄だ。あいつ、雨みたいに降ってくる榴弾を全部レーザーで迎撃しはじめた。弾切れで射撃が止んだとき無線で誰かが「ウソ……」って呟いてたの、全員の心の代弁だったと思う。
で、その後竜王がレーザーを撃ち返してきたんだ。基地は水平線の向こうにあるから大丈夫って考えは甘かった。レーザーは分厚い海面をぶち抜いて基地の巨砲を全部薙ぎ払った。
さすがに連射は効かないのか、高出力レーザーはそれきりだ。大急ぎでフツノミタマ五号作ってぶっぱなせば今度こそ勝てそうだけど、建設資源はカツカツだし、また撃たれない保証もない。あの理不尽生物どうすんの? ってみんな途方に暮れてる。
が、滅竜隊の面々はさすがにしぶとい。ミサキは連日偉い人たちの会議に顔を出して作戦を考えてるし、マシロは隙あらば単機特攻をかまそうとして捕まってるし(今日も捕まえた)、レイネは釣った魚を調理する腕を上げ、桃ちゃんは水平線の向こうに鋭い視線を送ってる。みんな諦めとは無縁の顔だ。
他の人たちも、暗い顔はしていても諦めはしていない。高くて厚い壁を前に困り果てはしても、目を逸らすことはない。
正直、そこまで必死にならんでも、とは思う。
離島にこもっていれば少なくとも現状維持はできる。いつか竜に勝てる技術を発明するまで、逃げ隠れし続ければいい。
そんな小賢しい逃げを選ばないからこそ、彼ら彼女らはここにいるんだろう。
帰りたい、取り戻したいって思いは、きっと理屈じゃない。
よし、決めた。
私も私にできることをやってみよう。
1月3日
年明けの宴会は楽しかった。
具体的にどう楽しかったかはまるで記憶にない。人生初の酒を口にしたところからすべてがぼんやりしている。でも漠然と楽しかった気がするのでヨシ。
あと、偉い人からお年玉ももらえた。近く搬入されるそうだ。
私の命は四月末まで。生理的な寿命じゃなく、機械的な耐久性の問題だから、延長はありえない。
それまでに成し遂げちゃおう。
2月2日
枯羽が届いた。
外見はキレイだけど内装はボロボロだ。技術的にも素材的にも修復不可能なところが多いらしい。
一応動くものの、全力稼働は五分が限界。四月末まで見込みの私の寿命も削れる、と警告された。
のんびりと他の部隊に合わせて動く時間はない。単機、五分で血路を開かなきゃいけないわけだ。
なんだ、二十年前にやったのと同じじゃん。
楽勝だぜ。
ーーー
深夜の前線基地。
いつもは昼も夜もひっきりなしに物資の搬入に訓練にと忙しないこの基地も、今だけは緊張を緩めている。狭いスペースに屋台を並べ、甘い匂いと香ばしい匂いが混ざり合い、どこからか太鼓と鐘の音が響く。新年を迎えるお祭り騒ぎだ。
竜王の生存と、それに伴う作戦の停滞によって一同の士気は下がったものの、潔く諦める者はいない。上官らが作戦を練る一方、手の空いた者たちはクリスマス、大晦日、元旦と季節の行事を楽しみ少しずつ気持ちを持ち直していた。
「お待たせしました。おや、山田は?」
「お疲れー。山田さんはまだだよ」
「寝坊に一票ぅ」
「わ、わたしも一票」
「叩き起こしてきます」
主戦力たる滅竜隊パイロットもまた、この催事に参加している。
埠頭にて待ち合わせた彼女たちだが、一人だけ刻限に来ていない。隊の規律を重んじる隊長、ミサキは踵を返し、だらしないねぼすけ山田を起こしに向かった。その表情にわずかな心配の色が混じっていたことに、幸いにも三人は気づかない。
「不思議な人だよね、山田さんって」
まぶしい屋台の方向を眺めながら、オウカがぽつりと言った。
「一年前のミサキちゃんなら、『時間を守れない愚か者に合わせる義理はありません』とか言いそうじゃない?」
「そもそも作戦以外で隊員と絡むことなさそぉ」
「み、ミサキさん、だけじゃない。私たちも、変わった。山田さんと、会って」
マシロの言葉が呼び水となって三人は、仲間の一人がもたらしたそれぞれの変化を省みる。
『負い目に思うな、胸ェ張れ!』
レイネは肯定された。養成校時代からずっと抱えていた劣等感、自分の根幹を成す意思が、周囲と比べてちっぽけて自己中心的である不安を、全肯定によって吹き飛ばされた。以来、負い目なく人と接することができている。偶然と勢いがあったとはいえ、心中を自然と吐露できたのは相手が山田だったからだろう。
『やりようがある、任せろ』
マシロは救われた。抑えきれない竜種そのものへの殺意と憎悪を、圧倒的操縦技術と変則的戦術によって制御され、部隊の仲間としての活動が可能になった。マシロを一番槍とする戦術はすっかり安定し、山田以外にもマシロのフォローができるほどに練度が高まっている。仲間として認められたことが嬉しくて、マシロは隙あらば山田にくっつこうとする。
『一人だけ仲間外れにされちゃうね、かわいそうだね?』
オウカは脅された。過労で倒れそうな仲間を作戦に連れて行くわけにはいかないと。脅迫する山田の顔は思い返してもムカつくものの、山田、ミサキ、現場が連携し労働意欲を管理してくれたおかげで、オウカは大切な作戦に万全の体調で臨むことができた。その借りを抜きにしても、山田とは馬が合う。うぇーいと叫んで手を差し出せば同じくうぇーいとハイタッチを返してくれる、気安い関係が好きだった。
そんな山田の素性は今なお謎だ。腕が立ち、肝が据わり、自然体のままでたくましい。名を残していそうなものなのに、まったくの無名。
とはいえ、三人もミサキもその程度の謎は気にしてはいない。仲間である、それだけで今は十分だ。
「この戦いが終わったら聞いてみようよ。結局山田さんって何なの? って」
「いいねぇ。私は、校則破って退学した超天才だと思う」
「だ、大脱出時代の生き残り、伝説のパイロット説……」
マシロの大胆な仮説にオウカとレイネはきょとんとして、噴き出す。
「あはは、さすがにないよマシロちゃん」
「もし当たってたら逆立ち腕立て伏せ百回やるよぉ、桃ちゃんが」
「なんでっ!?」
オウカが目をむいていると、ようやく待ち人がやってきた。
「普通に忘れてた……ふあぁ……」
寝ぼけ眼の山田がミサキに手を引かれ、タラップを降りてくる。やはり寝坊らしい。想像通りの展開に三人は顔を見合わせ、笑いあった。
それから滅竜隊の五人は屋台を回り、神社へ参詣。基地の片隅に建立された簡素なものだが、作りはしっかりしている。祭神ははるか昔に竜を倒したと言われる神だった。
願掛けをするミサキたちの表情はそろって勇ましく、願いが叶いますようにと念じているようには見えない。山田は彼女たちの形相にドン引きしてから、内容を察して苦笑した。
「君たち、あれだろ。絶対本土奪還するから見てろ、って思ってるだろ」
力強く四人が頷く。神頼みというより意思の宣誓だった。
彼女たちだけでなく、参拝客の多くは強い決意のにじみ出る険しい顔で柏手を打っている。願うだけで満足する手合いは元より防衛隊や滅竜隊には入れないのだろう。パイロットでなくとも、強い戦う意思を持つことがここにいる条件なのだから。
山田は眩しいものを見るように目を細め、「私も……」と口ごもる。
「山田、何か言いました?」
「……別に。それより、あっちで酒配ってるらしいよ。みんなでへべれけになろうぜ」
「いいね! おいしいのかな、私飲んだことない」
「つっても甘酒だけどねぇ」
「私も、初めて……」
振るまわれた甘酒を五人で楽しみ、果たして酔いつぶれたのは山田一人だった。アルコールは含まれていないはずだが、雰囲気酔いだろうか。紙コップ一杯で頬が紅潮し、目はとろんと細められ、足取りは千鳥足に。一同はそろそろ眠くなってきたこともあり、山田を支えて艦に戻ることになった。
「ぐぬ……歩きにくい」
「私が、おぶる……」
「ありがと」
低身長の山田に肩を貸すのは難しく、山田の身柄はミサキからマシロへ移る。
「軽い……」
マシロの体格の良さを差し引いても山田は軽く、背中にあたる柔らかさと温かさがなければ、まるでそこにいないような感覚だ。首に回された細い腕を、思わず強く握る。
「空っぽで……悪かったなぁ……どうせ私は薄っぺらだよ……何一つ背負ってな……」
山田は帰り道の途中、夢うつつの寝言をしきりに呻いていた。
ミサキたちは首を傾げるしかない。何一つ背負うものがない、薄っぺらな人間が、PFを動かせるはずがないからだ。山田ほどの腕利きが空っぽなら、自分たち含め全員空っぽだろう。酔っぱらいの戯言だ。
こうして滅竜隊のパイロットたちは、山田を部屋に送り届けて解散。
山田が行方をくらましたのは、この翌々日のことだった。
ーーー
山田の不在に気づいたのはミサキだ。よもや甘酒で二日酔いにはなるまいと思いつつ、念のためにと部屋を覗くと、もぬけの殻だった。それから格納庫、シミュレータールーム、上部甲板、食堂、仲間の元、心当たりをあたっても見つけられず、端末に連絡しても応答がない。
例の注射の件が頭をよぎった。この状況は山田の抱える病に何か関係があるのではないかと、直観がそう告げていた。
すぐさま仲間たちと上官に連絡を取り、捜索を始めようとした矢先、艦長室に呼び出しを受ける。
「山田少佐は特務のため、異動する運びとなった」
粛々と、機械的に艦長が言った。
ミサキは困惑する。異動? 竜王攻略のため気をもんでいるこの時期に、主戦力の一人を異動、それも隊長に事後報告する形で。何かがおかしいのは明白だ。
ミサキは感情を抑え、淡々と返す。
「特務とは?」
「言えん」
「復隊の時期は」
「不明だ」
「なぜ事後承諾になったのでしょう?」
「猶予がなかった故だ。君への知らせが遅れたのは謝罪しよう」
脱帽し、頭を下げる艦長。上官から部下への対応としては異例の真摯さで、ミサキは鼻白む。
艦長が頭を上げ、続けた。
「我々の目的は一致している。竜王の討伐と本土奪還だ。それに関して山田少佐の方から申し出があり、我々は承諾した。以上だ」
巌のように固く結ばれた口元から、それ以上の情報を聞き出すことは厳しそうだった。ミサキは敬礼して引き下がりつつ、思案する。
山田は竜王を倒す方法に心当たりがあったのだろうか。それを上層部に具申し、一人で隊を離れた。この推測は成立するが、ミサキは業腹だ。
「なんっでまず私たちに相談しねぇんですかあのボサボサ頭!」
「そーだそーだ! 寝ぼけて海に落ちたのかと思ったじゃん!」
「き、きっと何か事情があったんだよ……ね、レイネさん」
隊の仲間に共有すると、オウカは憤り、マシロは山田の肩を持ち、レイネは腕組みしてじっと情報を咀嚼していた。
「……言えない事情があった、に同意かなぁ。一人で突っ走る人じゃない。やむを得ない理由があったんだ」
「なんですかそれ」
「さあ。今の情報だけじゃ、全部憶測になっちゃう」
ミサキとオウカはいまだもやもやしていたが、レイネに噛みつくことはなかった。山田はいい加減でずぼらであっても、信頼を裏切るようなことはしない。想像もつかない事情がある点には二人も同意できる。
とはいえすっきりするにはほど遠く、その日以降、訓練と休暇の日々を悶々として過ごした。すぐそこにある本土に攻め込めないもどかしさも相まって、苦しいひと月になった。
状況に変化が現れたのは、二月に入ってからだ。
「何の騒ぎでしょうか?」
ミサキたちが格納庫で愛機の駆動系やシステムの定期点検をしていると、外がやけに騒がしい。コックピットから見下ろせば、作業員たちが興奮した面持ちでしきりに何かを言い合っている。
オウカが真っ先に機体を降りて何事か尋ねに行く。
「どーしたんですか?」
「離島から『枯羽』が運ばれてきたらしいんだ! しかも動いてるって!」
「えーっ!? みんな、たいへんだよー!」
言われるまでもない。ミサキたちは手早く作業を処理すると、上部甲板に急ぐ。
甲板から見える港には、防衛隊の母艦が一隻入港するところだった。母艦のエレベーターが起動し、一機のPFがせり上がってくる。姿が見えるにつれ、人だかりがざわつく。
「すごーい、本物は初めて見た!」
オウカの言葉はその場にいる者たちの興奮を端的に表していた。
甲板上に現れたのは、第一世代PF、枯羽。細身のフレームにシャープな装甲を纏い、肩と背には枯れ木を思わせる複雑な形状の翼がある。
大脱出の直前に開発され、生存者を乗せた脱出船団を離島まで守り抜いた、最初にして最強のPFである。枯羽の活躍がなければ、人類は離島に逃げることさえ叶わず絶滅していたと言われる。
いわば人類の救世主なのだが、知られていることは少ない。どこのメーカーが建造したのか、戦いの後どこへ姿を消したのか、どのような技術が使われているのか。激闘の末に沈んだとも、ひそかに回収され修復されているとも噂されていたが、現物があるということは後者なのだろう。
伝説的な機体が作戦の最前線に舞い戻った。この意味を群衆が理解しかけたそのとき、枯羽が動く。
膝を曲げ、脚部の力だけで跳ねる。二十メートルの巨体がふわりと浮き、母艦から港へなめらかに着地。そのまま目の前に口を広げた格納庫へ入っていった。
実際に稼働する様を初めて見たことで、群衆の歓声が爆発する。
竜王を倒すため、過去の伝説が蘇った。行き詰まっていた作戦に光明が差し、高揚しないものはいない。ミサキたち滅竜隊も一緒になって声を上げた。
この時点では、山田と枯羽の関係に勘付く者は誰一人いない。
伝説の機体が抱える致命的な欠陥も、もちろん誰も知らなかった。
ーーー
滅竜作戦第四段階、第二次竜王討伐任務が発令された。
作戦はいたって単純。まず枯羽が単機で本土に吶喊し竜王を撃破、後詰のPF部隊が続いて突入し残敵を掃討、本土を奪還する。先に失敗した超長距離砲撃を枯羽に置き換えただけの内容だ。
戦略兵器でも不可能だった竜王撃破を、いくら伝説とはいえPF単機で遂げられるものか。肝心の枯羽のパイロットがブリーフィングにも姿を見せないこともあり、ミサキたち滅竜隊や防衛隊のパイロットたちは一抹の不安を抱く。上層部は過去の伝説を過大評価し、縋っているのではないかと。
竜王の力は隊員たちの記憶に新しい。はるか水平線の彼方から海を割り、海底を削って飛来した極太の火炎が、天を衝く四つの巨砲を薙ぎ払った。あれほどの不条理を起こす怪物に単機で立ち向かえるのだろうか。
が、そういった不安は作戦が始まるや否や払拭されることになる。
『規定時刻まで三十秒』
本土を臨む海上、竜王の射程間際にて、滞空する枯羽から広域通信の機械音声が響く。背後に控えた滅竜隊、防衛隊の艦隊、PF部隊のパイロットたちは固唾を呑んで枯羽を見守る。
人生でもっとも長かったと後に評される三十秒が過ぎ、ついに枯羽が動く。
『規定時刻まで十秒……三、二、目標の排除を開始します』
通信と共に、二対四枚の翼を広げる。枯れ木や骨組みを思わせる黒い翼が展開すると、青空にヒビが入ったようだ。
両肩の小ぶりな翼と、身の丈ほどもある背部の翼、それらから発生する超高熱により周囲の大気が陽炎のように歪む。
同時、枯れ木の翼の付け根から青いバーニアの炎が噴き出し、機体を弾き飛ばす。瞬きの間に音速を超え、海面を裂きながらまっすぐ竜王へと突っ込んでいく。
そこからは口を挟む暇もない、超高速戦闘だ。
竜王が火を吐く。糸のように細いそれは貫通力と連射性に重きを置いているらしい。回避機動を読んでいるのか、枯羽の周囲の空間を埋め尽くすような弾幕が形成された。
対する枯羽は進路を変えない。軽く腕を振るい、両手首の根本からエネルギーブレードを形成。命中弾だけを切り払い、相殺し、前に進む。その機動に一切の無駄や遅延はなく、有機的でさえある。パイロットの運動イメージがスパインプラグにより瞬時に機体へ反映されているのだ。
偏差気味に置かれた竜王の火は、滅竜隊と防衛隊の頭上を通り過ぎ、中には海面に着弾し水蒸気爆発を起こすものもある。その際発生する水柱は雲よりも高く、並みのPFでは触れただけで蒸発する威力が見て取れた。
時間にして数秒が過ぎ、彼我の距離はおよそ半分。
枯羽の翼は、熱された鉄のように赤熱している。
『機体温度、規定値を超過。排熱レベル2へ移行』
コックピットに響くシステム音声を聞きながら、パイロットは変わらず前へ進む。
竜王は埒があかないと悟ったか、火の弾幕を中断。大きく息を吸い、太陽のような火球を吐き出す。
枯羽を丸ごと吞み込める大きさのそれは、当然ただ威力が高いだけではない。吐き出されてほどなく破裂し、無数の火線が放射状に広がったかと思うと、一つ一つが枯羽を追尾し始める。
正面だけではなく全方位から迫る追尾弾に、さすがの枯羽も進路を曲げざるを得ない。海面すれすれで躱し、水柱で火線のいくつかを相殺、すかさず前後から迫りくる火線を両手首のブレードで切り払い、それでも前へ。
『機体温度、規定値を超過。排熱レベル3へ移行』
現行機なら空中分解不可避の機動が連続し、排熱が追いつかない。赤熱する肩と背部の翼が白みを帯び、橙色に輝く。
しかしすでに竜王は目前だ。あと二秒足らずで必殺の間合いに入る程度の距離。今まで遠方に望んでいた竜王の巨体がよく見える。
大樹のような四肢、赤いグラデーションのかかった地層のように分厚い甲殻。鱗一枚で家一軒ほどのサイズがある。赤い島を彷彿とさせる体から伸びる両翼のうち、片方は根本から断たれ、もう片方はぐったりと垂れ下がっている。先の海を割るレーザーの影響か、口の端の甲殻が目元まで剥離し、露出した筋繊維は黒く炭化していた。
本土の丘の上から動かないその様子は、一見して死に体だ。しかし裂けた瞳孔から発される圧力は往時となんら遜色ない。
この怪物を仕留めるにはまだ遠い。あと少しだけ、前へ。
そんな気持ちを見抜いたのだろうか。
数百に及ぶ分裂追尾火線に対処しつつ、接近する枯羽。その移動先へ狙いすましたように、高威力の火球が放たれた。
動ける空間を徹底的に制限された枯羽に避けるすべはない。ブレードをクロスさせたところに直撃し、爆炎に包まれる。
後方の滅竜隊が悲鳴を上げる一方、竜王の周囲を飛び回っていた大型竜たちが、嬉々として枯羽へ近づいていく。あれほどの火球に呑まれ生きているはずがない、人も竜も誰もがそう考えた。
しかし、枯羽はまだ燃え尽きない。
『機体温度、規定値を超過。排熱レベル4へ移行。耐熱限界温度です、注意してください』
爆炎をたなびかせ大型竜の群れを迎え撃ち、ブレードを振るう。白い閃光が走った次の瞬間、竜の群れは細切れの肉片となっていた。
枯羽の装甲は欠け、溶解し、肩と背の翼は白熱している。漏出したエネルギーと途方もない余剰熱により大気がプラズマと化し、銀に輝く。
その輝きはやがて、機体上部に巨大な光輪として収束した。白い翼を広げた様も手伝い、後方の誰かが呟く。
枯羽の天使、と。
刹那の小休止を終え、枯羽は竜王へ向かっていく。
怖気づいたのか、直掩の大型竜による妨害はなかった。難なく竜王に肉迫し、枯羽の眼前に赤の巨体がそびえ立つ。
側面や後方に回り込む余裕はない。手首のブレードを消し、両手のひらを合わせて前へ突き出した。パイロットの莫大な心の力がエネルギーに変換され、収斂していく。
並行し、竜王も顎を開いた。関節の限界を度外視して開かれた大顎から、炭化した筋繊維が剥離していく。持ちうるすべての力を持って、正面から怨敵を焼き尽くさんと、炎を滾らせる。
『機体温度、危険域を超過。システム強制終了、パイロットをイジェクト──』
「うるさいっ!」
システム音声を一喝で黙らせる。コックピット内はすでに灼熱を超え、パイロットの肌を焼いている。肩部と背部の空力制御推進器兼、大型排熱機構は排熱限界を迎え、溶融を始めた。
それでもパイロットの思いは衰えず、体内に埋め込まれた
乗り手の心を燃やすと共に命も削る。最強の機体が抱える最悪の欠陥である。
パイロットの意識が混濁する。喉元に鉄臭い液体がこみ上げ、吐き出しても息苦しさが収まらず、呼吸ができない。コックピットがどす黒い血で染まる。
じれったい思いで懐を探り、ペン型注射器を二本、まとめて首に突き刺した。極小の機械が血流に乗って増幅器に達し、半壊状態のそれを健気に修復し始める。
霞んだ意識がクリアになり、どうにか一息をついた。
「状況に流されたんじゃない」
熱に焼かれながら、パイロットが呟く。
「誰かにやれと、言われたわけでもない」
竜王の火球が発射される。
「私の意思で、ここにいる」
少し遅れ、収束されたパイロットの思いが、光線となって発射された。
わずかに拮抗した光線は、火球を呑み込み、竜王を口腔から貫いて消し炭に変える。
そして燃え尽きた枯羽は、残骸が海に没すると共に、パイロットの意識もまた闇に落ちるのだった。