枯羽の天使   作:難民180301

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最終話: 風に吹かれて

 走馬灯を見ようにも、振り返るべき記憶は少ない。

 

 孤児になり、改造され、戦えと言われ、もう必要ないと言われるまで戦い続けた。最後の一年になるまで死んだように毎日をやり過ごしていた。

 

 今わの際にさえ空虚な人生を実感し、山田は夢うつつの中で苦笑する。

 

 望みも願いも、過去もない。

 

 空っぽで、薄っぺら。

 

 それでも──

 

 

 

ーーー

 

 

 

「ちょっと昔の機体使って捨て身の特攻してくるわ、とか言ったら絶対反対されるじゃん? だから黙ってバイバイした。ごめんね」

「ひっぱたくぞテメェコラァ!?」

「ミサキちゃん落ち着いて! 気持ちは分かるけど!」

 

 滅竜作戦の成功から一週間。滅竜特務艦アメノムラクモの救護室にて、山田は仲間たちに囲まれていた。

 

 ミサキがずれるメガネにも構わず猛り狂っているのは無理もない。実はあの機体に乗っていたのは同じ部隊の仲間であると知らされ、やっと面会可能になった今日の出会いがしらに軽いノリでごめんされたのだ。山田が全身包帯だらけの重傷患者でなければオウカも止めなかっただろう。

 

「か、体は、大丈夫……?」

「火傷がめっちゃ痒くて痕も残るって言われたけど、まあ大丈夫かな」

「あんまり大丈夫じゃない……単機特攻は私の仕事なのに……! 許さない、撃滅殲滅絶滅……」

「相変わらず元気いっぱいだぁ」

 

 山田の身を案じつつ竜への憎悪を燃やすマシロ。呆れて頭を撫でてやると、マシロは気持ちよさそうに目を細めた。

 

「しかしびっくりだねぇ。まさか山田さんが枯羽のパイロットなんて」

「スミカちゃんには内緒ね、多分卒倒するから」

「あはは、言えてる」

 

 山田の秘密、伝説の機体のパイロットだったことは、すぐに広まった。物怖じせず誰とでも仲良くなる山田は滅竜隊の中でもっとも顔が広く、コックピットの残骸から回収されたのが山田と判明すると、瞬く間に情報が拡散したのだ。

 

 レイネは不思議そうに首を傾げる。

 

「でもなんで秘密にしてたの? 隠すことでもないんじゃ?」

 

 その場の全員興味を引かれたのだろう、暴れていたミサキさえ動きを止め、注目した。

 

 枯羽は伝説の機体であり、人類を絶滅から救った救世主だ。ミサキたち離島で生まれた世代は枯羽の活躍がなければ生まれなかったかもしれない。そのパイロットともなればまさに英雄、滅竜隊での扱いも相応のものになったろうに。

 

 山田は少し考えて、

 

「聞かれなかったから……あと、どうでもよかったから、かなぁ」

「どうでもよかった?」

「だって、あのとき枯羽に乗ったのは……ううん、やめよう」

 

 首を振り、不自然に言葉を切る山田。

 

「山田──」

「そんなことより、私が落ちた後どうなった?」

 

 何か言いかけたミサキの言葉をかき消すような、明るい声音だった。

 

 急な話題転換に戸惑いつつも、ミサキたちは作戦の顛末を語る。

 

 山田が竜王を撃破すると、中型以下の弱小な竜は潮を引くように本土の奥地へと姿を消した。種族を率いていた強大な王が死んだことで恐れをなしたと思われる。

 

 残ったのは竜王に近い関係だった大型竜たちだが、これらは滅竜隊と防衛隊混成の後詰部隊により殲滅された。防衛隊のPF八機が撃墜、オウカ機とマシロ機が中破したものの、死者はゼロ。作戦の結果としては重軽傷者数名の損害で敵の主戦力撃破と本土奪還の目的を果たしたことになり、大成功といえる。

 

 今は竜王の遺骸の処理、二十年不在だった土地の調査、帰還と復興事業の立ち上げ、そして祝勝パレードの段取りを平行して進めているという。

 

 ひとしきり話を聞くと、山田は最後に付け加える。

 

「もう一つ。今日は何月何日?」

「三月二十日ですが」

 

 目をぱちくりさせると、天井を仰いで「あー」と気の抜けた声を上げる山田。

 

 日付がどうかしたのだろうか。不思議そうに見守るミサキたちに、山田は言った。

 

「お花見に行こう」

 

 

 

ーーー

 

 

 

 滅竜隊パイロット科五人のお花見は、くしくも祝勝パレードの日と重なった。午後からは五人ともに勲章の授与式があるため別の日取りが望ましいが、山田は譲らなかった。

 

 山田のケガはほどなく快方に向かい、アメノムラクモ艦内でゆったりとした休暇を過ごす。

 

 そして迎えたお花見当日の早朝、山田は一人、徒歩で本土のある場所へ向かった。

 

 朝の冷えた空気の中、午後のパレードに備えた楽隊の音楽が響く。かつて町だった場所は竜の火に焼かれ黒ずみ、通りには煤と灰が堆く積もっている。その上に足跡を残しながら、山田は歩を進める。

 

 やがて廃墟の中でもひときわ大きな建物の残骸に、ふらりと入っていった。

 

 しばらくして出てくると、服や髪、手が煤と埃で汚れている。

 

「何か探しものですか?」

 

 汚れた山田を迎えたのはミサキだ。艦を出た山田が気にかかり、こっそりとつけてきた。

 

「ストーカーかよ」

「茶化すのはなしです」

 

 ミサキは建物の門扉にちらりと目をやる。経年劣化で字が掠れ、かろうじて「技研」の二文字が読み取れた。

 

 足りない。山田の抱える何かを推測するには。

 

「一つ聞かせてください」

 

 ハンカチで山田の顔や髪を拭いながら、何気なく問いかける。

 

「なぜ最初から枯羽を使わなかったんですか」

 

 先日聞こうとして、しかし聞けなかった疑問だ。

 

 枯羽の性能と、それを乗りこなす山田の力は圧倒的だった。最新の第三世代機が旧式に見えるほどの高機動、戦略兵器すら効かない竜王を一撃で消し飛ばす超高火力。絶滅の危機から人類を救った伝説に恥じない活躍だった。

 

 ならば、なぜ最高戦力を最初から使わなかったのか。

 

 過去の英雄に縋ることを上層部が恥じた、機体の整備に時間がかかった──理由はいくらでも思いつくし、本土奪還の悲願を達成した今、そんなことを懸念する者はほぼいない。

 

 ただ、ミサキの心にはどうしても不安が淀む。

 

 あの力は何か代償あってのものだったのではないか。本来、使ってはいけなかったのではないか。だとすればその代償の出どころは──

 

 山田は口を開くも、ミサキの表情を前に言葉を呑み込み、「んー」と唸る。

 

「今は言えない。もうすぐ分かるよ。ハンカチありがとー」

 

 望んだ答えは返ってこなかった。

 

 受け取ったハンカチは煤と埃だらけだ。そんなになるまで拭っても、完全にきれいにはならなかった。

 

 ハンカチを仕舞い、じっと目を合わせる。

 

「いい加減、やめませんか。一人で抱え込むの」

「それができたらよかったけどね」

 

 山田は自嘲するように笑った。

 

「私には何もない。抱え込んだり、背負ったりする重たい何かなんて持ってない。ここに来たのはそうだな、意思が弱いから。ただそれだけ……何だよ?」

 

 たまらなくなって、山田の小さな体を抱きしめる。腕の中の彼女の体は怖いほど薄く、実体のない靄を抱いているようだ。

 

「勝手にいなくならないで。あなたは私たちの仲間なんだから」

「……うん。ごめん」

 

 背中を撫でられる感触が心地よく、ミサキはしばらくじっとしていた。

 

 一度身支度を整えるため艦に戻る間、ミサキはずっと山田と手をつないでいた。決して離さないように、一人でどこかに消えないように。

 

 そうして迎えた約束の時間、滅竜隊の五人で車に乗り込み、防衛隊の人員に送ってもらう。廃墟群から少し離れたところに桜のきれいな丘が発見されたのだ。

 

「わぁ……」

 

 到着すると、一同は息を呑む。小高い丘に早咲きの桜が咲き誇り、花吹雪を散らせている。春の暖かな風が頬を撫で、甘い香りを運んでくる。

 

「ここが故郷なんだ」

 

 目前の光景に胸がいっぱいになるオウカ。抱えた『望郷』の思いが満たされていく。

 

「今度、スミカも連れてきたいなぁ」

 

 レイネがしみじみ言った。最大の脅威が除かれた今、不意に妹を奪われる恐怖は薄れている。

 

「素敵……だからこそ撃滅を……守るための絶滅を」

 

 マシロはやはり殺意を燃やしている。しかし思いを支える憎悪に加え、守るための優しい戦意が芽生えたことは成長だろう。

 

 シートを敷くと、五人は輪になって少し早めのお昼を楽しむ。きれいな桜に囲まれて、うららかな春の日差しを浴びながら、歓談に花が咲く。

 

「それにしても驚きだよね、まさか山田さんが三十路いってるなんて!」

「えっ」

 

 切り出したオウカ以外の全員が箸を止めた。

 

「だってそうでしょ。枯羽に乗ってた頃が十歳だったとして、プラス二十一年だから……いたた!?」

「桃ちゃんは算数できてえらいね、ついでに年上への敬意も覚えよっか」

 

 正直少し気にしてた山田がオウカの頬をつねる。

 

 ひとしきり制裁を済ませると小さなあくびを漏らし、それを見たマシロが両腕を広げる。山田は吸い込まれるようにマシロの懐に収まり、豊満な胸に背中を預けた。抱く方と抱かれる方も満足そうに顔を緩ませる。

 

「あ、大事なこと思い出したぁ」

 

 声を上げたのはレイネ。赤くなった頬をさするオウカに目を向ける。

 

「もし山田さんの正体が、大脱出時代の伝説のパイロットだったら、逆立ち腕立て百回やる約束だったよねぇ。桃ちゃんが」

「あれマジでやんの!?」

「言葉を違えるのは人としてよくありません。さっさとやりなさい隊長命令です」

「パワハラえぐいね! やりゃいいんでしょ!」

 

 ヤケクソで本当に逆立ち腕立てを始めるオウカ。

 

 四十までは順調だったが、悪い顔をした山田が脇腹をつつくとかいう悪質な妨害を始めたために、六十回でダウンしてしまった。

 

「ひどいよ山田さん……」

「あはは、ごめんて。ふぁ……」

 

 恨めし気な視線を受け流しながら山田はからから笑い、また眠そうなあくびを漏らす。

 

 涙を拭っていると今度はミサキと目が合う。ミサキは一度目を逸らしてから、自身の太ももを手のひらでタップする。よほど眠いのか、山田は何も言わずミサキの膝枕に身を横たえた。

 

 その様子を名残惜しそうに見るマシロ、微笑ましく見守るレイネ、デレたデレたとはやし立てるオウカ。和やかに緩やかに、平穏な日常が過ぎていく。

 

 とはいえどんな時間にも、終わりはひとしくやってくる。

 

 腕時計に目を落とし、ミサキが言う。

 

「さて、そろそろ時間です。艦に戻りましょう」

「午後から偉い人に褒められに行くんだよね!」

「山田さんと比べると……そんなに活躍してないけど……」

「いやいや、私らも頑張ったってぇ。もらえるもんはもらっとこー。ねっ、山田さん」

 

 山田はミサキの膝を枕に目を閉じていた。よほど深く眠っているのか、返答がない。

 

「寝ちゃってる。起きないとつんつんするよ、つんつん」

 

 頬をつつかれても動かない。

 

「疲れてんでしょぉ。マシロちゃんよろしくぅ」

 

 背負い上げるためマシロが近づき、ぴたりと止まる。

 

「え……?」

 

 愕然として震え出した。どんどん顔色を悪くしていく。

 

 その様子にぎょっとして、ミサキが膝の上の山田に視線を移すと、すぐに分かった。分かってしまった。

 

「山田……?」

 

 山田は、死んでいる。

 

 ざあ、と桜の梢が揺れる。勝利を祝う楽隊の演奏が遠くに響く。

 

 華やかな旋律と花弁を乗せた春風が、快晴の空に吸い込まれていった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

3月31日

 このページを読んでいるということは、私はもうこの世にいないだろう。

 

 一回使ってみたかったフレーズ使えて満足した。終わり。

 

 

 

 冗談だって。

 

 たぶん、遺品整理かなんかでこの日記を見つけて読んでる感じかな。ミサキか、桃ちゃんか、マシロかレイネか、それとも全員か。

 

 なんで私が死んだのかは最初らへんのページに書いてるよ。身体の中の機械が寿命を迎えた。メンテ用、つまり延命用のナノマシンも使い切った。だから死んだ。

 

 黙ってたのはごめん。湿っぽいのは嫌だったんだ。君たちとの日々がせっかく楽しかったから。

 

 私はきっと、すごく満足した顔で死んだと思う。

 

 だって、ちゃんと何かを成し遂げた。何者かになって死ねたから。

 

 なんて書き方をすると、「大脱出の時点でめっちゃ成し遂げてんじゃん」と思うかも。たしかにあの時私なりにがんばったから人が絶滅しなかったのは事実かもしれない。

 

 でも、そこに私の意思はなかった。気が付いたら孤児で、訳も分からず体を改造されて、枯羽に乗って戦えと言われた。たまたまうまくいったんで、なんとなく惰性で戦い続けた。結果に恥じるところはないけれど、状況と他人の指示に流されただけだ。

 

 最期の一年は違う。限られた時間に背中を押されたとはいえ、私は私の意思で一歩を踏み出した。だから君たちに会えた。楽しい日々があった。君たちの未来が欲しくて、持ってる全部を使い切る覚悟ができた。

 

 空っぽで薄っぺらな、流されるだけの私じゃない。

 

 心の底から何かを願い、望み、自分の意思で成し遂げる。そんな何者かになれたんだ。

 

 だから悔いはない。

 

 もしかしたら、最後の最期に往生際の悪いところを見せてるかもだけど、まあ愛嬌ってことで。

 

 さて、これからも忙しくて大変だろうけど、どうか頑張って──なんて安っぽい励ましがあってもなくても、どうせ君たちは頑張るだろう。なので結びの言葉はシンプルにする。

 

 

 

 ありがとう。

 

 さようなら。

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