「――っと、まぁそれはゆくゆく、追々、今後考えていかなければならない喫緊の課題ってことで置いとくとして――」
「――いや置かせないから……それで、しじょーすいせん、さん、だっけ? レクスの積み重ねてきた悪事について、ヤバい順で聞かせてほしいんだけど」
発言を遮られ、ローリーは椅子を水仙の横に持ってきて座り、構図的にも二対一を形成してくる。
「水仙でいいわよ。私も、ローリー、でいいのかしら?」
「ま、今更だからいいよ。それで、この人は何をしたの?」
「今までで一番興味持ってるやん……」
もっと商品を売り込むのに熱を割けって。
「そりゃそうだよ。もう色々力も貸しちゃったんだから。これでレクスが大悪党だったらウチだってヤバいかもしんないし」
確かに、登場人物的には敵キャラに物を売った訳だし、神視点のような何かが存在しているのであれば、ローリーは既に十分ギルティだとは思う。
「もちろんいいけど、その前に。レクス、アンタは自分のことを記憶喪失って言ったけど、それって分かり易くするための言い回しよね? 聞きたいのは、アンタがレクス本人を自覚しているのかどうかよ。私は……絶対に別人だと思ってるけど」
「それ、別人だと思う理由があるって話?」
俺より先に、ローリーが質問する。
「まず顔付きが違う。それに、人間性が変わり過ぎてる。そういうものって言われたらそれまでだけど、アンタ、学園でスープを頭から掛けられた人に、ハンカチを渡すみたいに置いていったでしょ? もしアンタがレクス本人なら、とても考えられないわ」
おそらく、俺的学園生活初日の食堂でのエピソードだと思われる。が、しかし。
「えっ? お前、あの時俺のことストーキングしてたってこと?」
「えっ?」
「違うわよ……アンタがどういう様子か、窺ってただけよ……」
「……あれ? ストーカーって、そういうことする人を言うんでしょ?」
「俺も、生で見たことないから分からんけど、多分そういう感じだよな?」
そういえば、あのハンカチはちゃんと有効活用されたのだろうか。きっと高い素材の物だと思うし、売っ払って何かの足しにしてほしい所だ。
「もうそれはいいから……で、どうなの? アンタは自分をレクスだと認識してるの?」
「凄ぇ質問だな……そう聞かれたらもちろん、レクスの自覚はないけど、実際レクスな訳だし、違う証拠を沢山並べたとしても、揺るぎない結果があるだろ」
設定上も、憑依するような魔法はないし。
「つまり、レクスは記憶喪失じゃなくて、そもそも他の人ってこと? しかもその誰かって記憶がないって……正体不明じゃん」
「何言ってんだ? そんなこと言い出したら俺ら正体不明繋がりだろ」
「あ、そうだった……」
俺は勝手にシンパシーを感じていたのだが、向こうにとってはただのショックな事実であったらしい。
「……ねぇ、記憶を失ったとして、周囲の人に自分の名前や身の上を聞かされたとしたら、自分のことをレクスだと認識するはずよね? 何でアンタは自分がレクスでない確信を持ってる訳?」
「おぉ……あれ? 水仙って実は、別に馬鹿ではない?」
「……言っておくけど、その気になれば一瞬でアンタのこと殺せるから」
怖っ。しかも現状だとローリーも守ってくれないっぽいし。
「ま、まぁ……どう説明するのがいいか……エピソードのような記憶はないけど、知識はあって……うん。それは、ドラゴンの件や、この店の存在で納得してもらえるはず。で、知識の中には人についての情報もあって、俺はレクスの為人を知ってる。なのでって話」
キミ達はゲームの登場人物なんですよぉ、って言うのはさすがにチャレンジが過ぎるか。ここまで言えたならワンチャンある気がしないでもないが。というより、この手の話は何かに制限されてるか、絶対に信じてもらえないの二択なはずなのだが。
「……ならやっぱり、アンタは今までの行いを償うべきよ。正直な話、もし別人じゃなくて本人だったら絶対に許せないし、許されるべきではないと思うわ。けど、私にはそうじゃない確信があった。アンタがやった訳じゃないなら、今後の行動で正していけばいい」
美人が目力を込めて言い切ると、中々に迫力がある。
「ほぅ…………うん、ローリー、どう思う?」
我が身のことなので、どうにも難しい。なのでオブザーバーに振ってみる。
「どうって、悪行を忘れたなら思い出して死ねって話だけど、そもそもやってないならそりゃ無罪でしょ。行動を起こすのは、身体じゃなくて意思なんだから。ただまぁ、剣や銃と違って、身体は手放せないから、人間から見れば罪をそのまま背負わされるかもだけど」
「さすがローリー、一般的な考えではないな……でも一理あるか……」
開き直りルートが出現してしまった感もある。
「というか、ほんのちょっとだけ哲学な話になってくるな。水仙の考えは……あ、そっか。ローリーと同じ方向性か……」
「アンタ自身はどうなの? 考えなかった訳じゃないでしょ?」
「そりゃ……ねぇ」
他にやり場がないので再度視線はローリーへ。
こっちとしては、俺はやってねぇしって気持ちもあるし、でも俺は今レクスだしって気持ちもある。つまり、気分や精神的な安定の度合によって揺れ動くってこと。
「価値観の話だから結論は出ないよ。それより、レクスってヤツは今まで何をしてきたの? そっちのが全然気になるんだけど」
「確かに、ある程度の共有は必要、か。じゃ、交互に言ってく? レクスの悪エピソード」
「っ……いいけど。どっちが先?」
多少不服ながらも、その方向性に応じる水仙。
「では、先攻は譲ろう」
まぁ、細かいの言い出したら夜が明けても終わらんレベルなんだろうけど。
「まず……ただでさえ重税で苦しんでいる領民に対して、何かと理由を付けて金銭を納めさせてるらしいわ。そんな噂が広がって、何処の商店もレクスから代金を取ることはないって話」
しかも噂じゃなくてガチだしね。
「それはまた、分かり易い悪行だね。よく知らないけど、革命とか起きないもんなの?」
「あぁ、確かに……って、思わなくもないけど、多分そういう派手なことは起きないんだろうなぁ。コルフォート領では割とそれが当たり前ってスタンスが蔓延してる感じだし、目を付けられる位なら、お金を払って済ませてもらおうって感覚だと思う」
コルフォートの腐敗は根強い。何たって子ども世代への社畜教育にも余念がないし、周囲の中小貴族もそれに倣って、雑魚ムーブを家訓として血を繋いでいる。正に受け継がれし人でなしの血脈。後はやっぱり、奴隷の売買を仕切ってるのはデカいか。
「他には?」
「次は……領民、というか、迫害は平民や奴隷、周辺貴族だけでなく、妹や屋敷で働いてくれている人達にも及んでいる。特に、幼少から禿上がる勢いでいじめられた妹は、今じゃ俺の顔を見るだけで動悸、息切れ、気つけを引き起こして飯も食えない状態になってしまう」
ライブでその一部始終を見てしまった身としては、今思い出しても衝撃的な絵面だったと振り返ることができる。
「迫害……いじめ……具体的にはどういうことするの?」
「身体的には殴る、蹴る、絞める、極める、投げる、斬るが基本で、精神的には理不尽な叱責からの人格否定の後、掘った穴をまた埋めさせる……例えば、紅茶を淹れたら零してメイドのせいにして、また淹れさせて零す、謎の叱責、を延々繰り返し、クビにして路頭へ迷わせる」
「想像以上に酷いわね……」
「何か、嫌がらせをしているだけで一日が終わりそうだけど、そんな感じが貴族だってことは知ってるよ。うーん……確かに、そんな暇なことをする感じには見えないね」
「まぁ実際、紅茶のくだりとかは普通に飲むよな。故意じゃなくてメイドさんが零しちゃったとしても、淹れてもらってる立場でキレたりはしないし、そもそも理不尽なこと言うのって、ノリでやるなら場合によっては楽しいけど、本気で虐げるのは何が楽しいかわからんわ」
とは言っても、カルシェラについてはもはや例外枠と化したが。
「ふぅん。どんなものかと思ったけど、大体はわかったよ。けど……ちょっと戻るけど、水仙は何で、レクスに罪を償ってもらいたい訳? その方がいいのは理解できるけど、別に水仙は関係なくない?」
「あー、それ俺も思ってた。何で?」
精神的生まれ変わりを決めたのなら、初手はやっぱり自分に関する所から始めるべきだと思わなくもない。
「何でって、単純に気に入らないからよ。さっき言ったでしょ? 一人で色々考えたって。今の私の正直な気持ちがそうなんだから、他人に文句を言われることじゃないわ」
「えっ? でも二人って付き合ってる訳じゃないんだよね?」
「うん? まぁ、少なくとも今はそういう関係じゃないな。いや……ローリーは知らなくて当然だけど、コルフォートと四条は敵国同士みたいなモンだから、環境的にはガチで不可能と言ってもいいだろうな。つまり、当人達の気持ちの前に、巨大な抑止力があるって話」
「でも、舞台劇ってそういう話が多いんでしょ?」
「いや、これ一応現実だから」
まぁローリーにとってはフィクションもノンフィクションも大差ないのはわかるが。
「一つ否定しておくけど、私とコイツが付き合ってないのは家柄の問題じゃないわよ。そういうのに縛られるのは止めるって決めたんだから」
「極端だな……俺はさすがにそこまで自分の環境に喧嘩を売る気はないが」
それだけ、現状へのフラストレーションは溜まりに溜まっていたのだろう。
水仙からすれば、生まれた時から家は貧乏で、善良なのはいいとしても、その古きにしがみ付いたカッチカチのやり方で、没落街道の真ん中を一直線に進んできた訳だし。ここまでの道のりで、相当な苦労と口に出せぬ不満を抱えて、気の休まる時間もなかったのかもしれない。
考えてみれば、これもゲーム世界あるある。
個人的には、シナリオ、世界観のために極端な設定を押し付けられている国や一族には同情してしまう部分もあるし、実際プレイしていると、もう少し柔軟に生きられんもんかと考えてしまうことは多々ある。
「それで、アンタにその気はあるの? ま、聞けばここに移住して、全てから逃げるつもりだったみたいだけど」
「お前、積荷を全部降ろした途端、随分と察しがよくなったな……」
「いやだから、罪人の移住なんて認めないって」
「えっ? 身体に罪はない言うたやん」
「だとしても、このままじゃ水仙が認めないよ。それを押し切って来られたら、絶対こっちにも面倒が飛び火するじゃん」
「……確かに。えっと、その……水仙の言うレクス贖罪計画って、何か具体的な方法があったりするのか?」
「謝罪と補償。まずこの二つは必須ね」
どうやら、本当に一人で色々と考えていたらしい。
「それに、アンタが許されることに大した意味はないわ。大事なのは、レクスに人生を狂わされた人達が幸せに人生を送ることよ」
「だったら、もうレクスがコル、フォート? その実家を継いで、人間の暮らしやすい治世を築くのが近道なんじゃないの?」
「サラッと言うけどそれはガチな茨の道だな……いや、トゲトゲであっても道があるだけマシなのか……」
ただそうなると、もうこの世界自体を救わなきゃならんルートに乗っかる気もする。
「待て。でもまぁ考えてみれば、そこまで一気に出来る話でもないな。世捨て人ルートを捨てるなら、これからの状況には対処していかなきゃならない訳だし」
「対処? それって、さっき言ってた禁域の話? ローリーはそれについて何か知ってるの?」
幼女に聞く水仙。俺の発言だけでは信憑性が足りないのはよくわかる。
「禁域は古代世界の崩壊の終着点、その成れの果てだよ。二人が言われてたメンバーに入ってるなら、遅かれ早かれ行くことになるんじゃないの。でも、多分大したことないよ」
「さすがクリア後の存在……」
俺も正直、認識としては全然大したことはないと思ってしまってはいる。そして俺はそのメンバーには該当しない。
「古代世界……それって、王国よりも古い……ということなの?」
一気にそっち系の話になってしまったが、水仙にとっては小さい頃から聞いていた話がそこそこひっくり返る内容なので、困惑するのも無理はない。丸いと思っていた地球が、実は平坦だったと聞く感じのレベルか。
「詳しいことは知らないし、行けば分かるよ」
「っ…………だったら、私もアンタに協力する。だからアンタも、レクスの罪を償う。それならどう?」
「あれ? でもレクスってここに移住して畑を耕すんでしょ? そんなことに協力するの?」
「何? アンタまだそんなふざけたことを考えてる訳?」
睨む水仙。つまり、結局は暴力に勝る側が優勢なのか。それ自体は、異世界でも通用する摂理な様子。
「まぁ確かに、現実的じゃないよなぁ……」
全てをほったらかして逃げる選択肢はたまに見かけるが、その後は安定の死亡エンドが待ってるしなぁ。しかも結構惨い死に方が多い気もする。レクスのキャラ性を鑑みれば、何かよくわからん風土病に侵されてひっそりと逝きそうでもあるが。
「うん、わかった。本来は、協力者がいるならって流れは良くないと思うけど、出来る限りの償いはしようと今思った。で、それでなんだけど……先に、そっちから協力してもらう感じでもイイ?」
「構わないわ。こちらから言い出したことだから、元々そうするつもりだったし」
やっぱりこういう所は律儀で真面目。実際、その協力にしても、長い目で見れば贖罪に繋がる訳で、しかもこっちは割と差し迫っている可能性もある。
「それで、レクスは移住しないならどうするの? ウチは助かるけど」
何だよコイツ。俺が移住しないことが助かることなのかよ。ちょっと傷付いた。
「パーティの強化だな。ということで……」
一年前倒しになるが、もうその辺りを気にしてもしょうがない。俺はボロ机の上に放置されたままの袋へと手を伸ばし、結んであった紐を解く。どうやらローリーが結んでおいたっぽい。
「っ……アンタ、何勝手に――っ!? え……嘘……」
「うん? あぁいや、ちなみにこれは一応俺のだから」
言ってから気付いたが、四条家の人間にはやや刺激が強かったかもしれない。
「百万……ガバチョ金貨……えっ? それ……何枚あるの?」
「ん? 一億だから、100枚かな」
「ひゃっ……………………」
今度は完全にフリーズする水仙。とりあえずこちらについては再起動まで待つとしよう。この手のものは殴っても直らない所かキレ出す可能性もある。
「ローリー、商品メニュー取って」
「はいよ」
やっと本分に触れたというのに、このロリに勤労意欲という概念は備わっていないらしい。
「えっと……とりあえず先に話を進めなきゃ、か……」
「えっ? これ以上何を買うのさ……」
うんざりした様子で後方に回り込んでくるロリっ娘。そもそも商売する気がない様子。
「……コレ、ちょっと見せてもらってもいい?」
「はいはい」
ローリーは面倒臭そうにカウンタ―へ引き返し、その下を漁ってまた戻ってくる。
「…………は! あ……」
ちょうど良いタイミングで水仙がトリップから帰還する。
「水仙、ちょっと……コレ、着替えてもらっていい?」
「っ……え? はっ? コレ……っ、何これ?」
「あー、ローリー、コレの商品名を頼む」
「はっ? 何でウチが……ハイレグアーマーでしょ?」
「は、い……れぐ?」
それが一体何なのかを言語化するのは少々憚られるのだが、とりあえず有料ダウンロードコンテンツであることだけは間違いなかった。