「…………」
くノ一装束姿の褐色メイド、リタ。
その沈黙は、既に10秒を超える。そして放たれる抗議の視線、それが俺へ向けられてからは、5秒が経過した。残念ながら、俺が喋るターンらしい。
「だがしかし。まぁ気にするな。その昔、俺を指導してくれていた爽やかな教員も、うさぎ跳びをし続けると身体を壊すかもしれんが気にするな、と白い歯を見せながら笑顔で言い放っていた。それより――」
「――いいから、説明して。この服、どう見ても出所はあの小屋でしょ?」
本当にこの世界の人間は細かいことに囚われがちだ。嘆かわしい。
「でも……まぁ、短く説明すると……いや、とにかく、前向きに聞いてほしい。言葉尻を捕らえてネガティブな解釈をされたら全く伝わらん。いいか?」
「ハァ……短い分には助かるから、早くして」
何故お前がうんざりする。逆だろ。
「つまり…………俺の趣味だ。実際似合ってるし。そして、決して邪な思いはない」
「どう解釈してもネガティブなんだけど……」
「いやいや、言葉をそのまま受け取れって。邪な思いを否定しただろ?」
「前向きに捉えろって言ったのはアンタでしょ……こっちからしたらそれが無理だったって話なのに……ホント面倒臭い……」
最後だけはその通り。足踏みはもう小屋で十分踏み締めた。本来なら床が抜けている程に、だ。
「――で、リタ。お前を呼んだのは他でもない。少し話がしたい。そこへ掛けてくれ」
「……承知しました」
「結局強引に進めるし……」
とにかく、毎度無駄に広い部屋の中央へ集まる。一人でもそうだが、三人でも普通に広過ぎる。貧乏人は狭い場所に慣れてるからすぐ振り返る、と聞くが、こんな不便な空間で過ごし続ける位なら、金持ちからよく分からんことを言われる方がまだマシだ。
「――て、ソファに三人で座る訳?」
俺もそう思った。このソファだけでは対面で話が出来ない。
「まぁついさっきまでは来客を想定してなかったからなぁ……じゃあ、俺らが端に座って、リタが真ん中で」
「……承知しました」
スペース的には三人は余裕。ベットとしても十分機能してるし。
「ねぇ。この部屋、ベットはないの? どうやって寝てる訳?」
「まーよ。それより、こっからはお前のプランで進めていいぞ」
このソファがそれだ、と言ったらまた数分失うことになる。しかも、水仙が座っている方が頭側だし、今日寝る時に思い出すことは間違いない。ただ、それは不可抗力だ。
「――レクス様、一つ、言伝があるのですが、よろしいでしょうか?」
「えっ? うん、どうぞ」
表面的イエスレディのリタがこう言う時は、大抵知っておかないと後で面倒になる情報で確定している。
「先程、おそらく学園の授業が終了した頃だと思われますが、王宮から、至急参上するようにとのことです。学園の生徒会全員の招集となりますので、四条様も同様かと」
「えっ? あ……終わってすぐ出てきたから、か。じゃあもう、会長達は王宮へ向かっているかもしれないわね」
「そのように、伺っております」
「なるほど。まぁそれは一旦置いといて。じゃあ、水仙、頼む」
「――何でよっ!? 駄目に決まってんでしょっ!? アンタだって分かってるでしょ? 国王に呼び出し喰らってんのよ?」
「ちょい……この部屋、デカい声出すと響くんだから止めようぜ……」
「確かに滅茶苦茶響くわね……けど、すぐに行かないと、大変なことになるわよ?」
「お前、自分で言ってただろ? もうそういうの止めるって。しかもお前、分かってる? ノコノコ参上したら、あの髭おじさんに長話の後、何て言われるか」
「そんなの、行って聞かなきゃ分かんないでしょ……」
どうせならコイツにも早くこっち側に来てほしい。酒でも飲みながら裏の話をフルオープンしてやろうか。
「何処かへ行って、何かを調べてこい。もしくは、何処かへ行って、何かを倒してこい。この二択だ。嘘じゃない。1億ガバチョ賭けてもいい」
「い、1億……」
「……」
どうやら、水仙を怯ませたい時は大金をチラつかせるのが一番手っ取り早いらしい。でも何だか悲しい。
大体、ゲームの王様なんて、最も代表的なのが何度断ってもゴリ押してくるボケ老人な訳だし、耳鼻科か脳神経外科的なトコへ連れてかない周りは、きっと全員無能か反王政派だ。彼が悪いわけではない。様式美が歪んでいるのだ。しかも、別にそれでイイと思っている。
旅へ出る前に1時間ゴネ続けた俺でも、今ではそれも良い思い出だと捉えられているのだから。俺はあの王様、嫌いじゃないぜ。関わりたくないだけで。
「そもそも、この前だってそうだよ……お前、俺がクソタワーへ向かう馬車の中で、本気で行きたく無さそうにしてたの、覚えてないのか?」
「はっ? あ、うん…………確かに、その時は只々ウザかっただけだけど、今そう聞かれれば、アンタは知ってたのよね? タワーへ向かえば、ドラゴンと戦うことになるって」
「えっ? いや、そうは思ってなかったけど?」
「はっ?」
俺はあの時、全然次の階へ進めず、酷い空気のまま帰ってくると思ってた。だってそれが公式の流れなのだから。だが、思えば遠くへ来たものだ。
「でもまぁもちろん、ドラゴンがあの階にいることは知ってた。それはお前にも伝えた通り――っていうか、これは本気で聞きたいわ。あの時、内心ではどうだった? あの面子、メンバーでタワーを攻略出来るって思ってた? レクスが壮絶に足を引っ張るはず、とかなかった?」
そういえばな質問を、急遽ぶつけてみる。
「っ……レクスが足を引っ張る、とは思ってた。単独で勝手に先行して、それは会長と一緒に注意しようって、前の日に話もしてた。けど、ラトーラもいるし、気を抜かなければって、思ってた。もちろん……私だって、ドラゴンがいるって知ってたら、そうはならないわよ」
「なるほど。それ自体はいい答えだな」
「何がよ……」
つまり、俺がしっかりとレクスなら、その水仙の推量通りに足を引っ張っていた展開が濃厚と思える。まぁ覆水は盆に返らんし、ドンマイって話だ。
「――とにかく。俺はもうそういう世界からの力動には従わないことにした」
だって俺、そもそもかませ犬未満のキャラだし。レクスになって思ったけど、せめてもうちょっとかませてくれよ。一応生徒会メンバーだぞ。
「そして、従わなくてはいけなくなっても正面からは向き合わない。で、水仙からしたら何を言っているか分からんだろうが、例えば、今度学園である、ペア戦のヤツも、当日は絶対休む」
何故なら、無意味だから。
「ペア戦って、二対二の対抗戦のこと? それが、世界からの力動っていうものなの?」
最早メタな話題も一蹴しなくなった水仙。一見システムのままにこちらをボコってきた序二段先生だったが、彼はショック療法的アプローチを用いて、俺達に大切なことを教えてくれたのかもしれない。ありがとう、先生。
「水仙、落ち着いて考えてみてくれ。学園の行事にまでして、二対二を行う必要性って、あると思うか? 大してためにならない学園の授業でも、基本ロールはアタッカーとタンクとヒーラー、バッファーの4種類と教えているだろう?」
「っ…………そう言われてみれば、確かに二対二の場面なんて、作為的にそうしない限り、あり得ないわ……魔物だって、はぐれの1体はいても、2体で行動している例は少ない……じゃあ、どうして、そんな行事が、ずっと……」
これがエロゲーで、ペアに選んだヒロインとの個別シナリオが存在するからだ。そう言いたいが、さすがにメタが過ぎる。
「まぁ……そもそもを言い出したら、ここが変だよのコーナーで夜が明けるから止めよう。つまり、今伝えたいのは、このまま王宮へ顔を出したら、死ぬレベルで面倒なおつかいを頼まれるって話だ。しかも、どうせアルフェンが出頭してるから、その展開自体は避けられん」
「確かに……けど、国王の要請を無視するなんて、前代未聞よ。どう言い訳する気?」
「そこは今考えた。忘れたか? 俺はドラゴンを前にして動悸、息切れ、きつけを引き起こし、身体を痙攣させながら嘔吐し、失禁し、脱糞するというある意味で三冠王を達成している。国王の要請を恐れて、屋敷の自室でガタガタと震えていたとしても、不自然ではない」
「……サンカンオーが何なのかは知らないけど、本当に、それを真実にしてもいいの……私なら、耐えられない汚名なんだけど……」
「そこは単純な男女差もあるかもしれん。というより、今のは三割三分カルシェラへの暴言だぞ? アイツは本当に嘔吐したんだから」
「う……そう、だったわね……折角忘れてたのに……っ、あの……リタさん、私達が何を言っているのか、多分分からないと思うけど、それでも何か、聞きたいこと、あるわよね? どう見ても……」
その指摘通り、リタはもうずっと水仙をガン見し続けている。ただ、ボンボン二人に囲まれたメイドの立場も考えたい所ではある。
「…………」
「あ、そういうこと、か……なら、私が許すわ。何か、言いたいことはない?」
「……申し訳ありません」
「あー、俺が主っていう基本原理故に話せんのか……不便なルールだな……」
「っ……コルフォート家って、これが普通なの?」
もしそっちへ目を向ければ、他にもポンポン出てくるのだが、水仙は一つのカルチャーギャップに気付いたらしい。
「しんどいよなぁ。ただ、そこはヴァーミリオンもシャンティエーカも大差ないぞ。もちろん、俺としては四条家の感じでも全然息苦しいけど、確かにまだマシだよな。俺、自分で着た服は基本自分で洗濯したい派だし」
まぁ、この世界は魔法で洗う感じだから今は別にこだわらないけど。
「洗濯はともかく、私は身の回りのことは自分でしてる。もちろん、貴族としては普通じゃないことは分かってるけど、今はもうその普通とか、よりどうでもいいって思ってる」
マジで転生したな、この人。そういう細かいことを内心で気にし倒してストレスフルな感じだったのに。
「とりあえず、間に挟まれて関係ない話を垂れ流されてた訳だし、一旦リタのターンにはしたいな。えっと……発言を、許可する?」
「何で聞くのよ……ほら、主の許しも出たわよ」
そして10秒経過時点で思っているが、ソファで話すにはリタはキツい。せめてローリー程度の親密度が欲しい所。
「……では、一つ、四条様にお尋ねしたいのですが、先日の探索遠征において、ドラゴンを撃破し、それによりレクス様も含め、生徒会の方々は勇者の称号を得ました。それそのものが、非常に驚くべきことなのですが……」
最近では多少マシにはなったが、それでも、リタの話し方は俺と話す時のそれとは大分違う。端的に、こちらは感情が隠れずにしっかりと存在感を放っている。
「先程もそのように受け取ることができる会話が聞こえました。ドラゴンとの戦闘の際、レクス様は本当に、嘔吐し、失禁し、脱糞したのでしょうか?」
「そこかよ……」
ちなみに、我が両親は、息子が勇者の称号を得たという天国から、この汚名三種盛りのエピソードにより地獄へ落とされたそうな。それ自体はアーメン。文字通り汚点としては、中々に受け止め難い内容であろう。
「っ……それって、でも……そうとしか……あの、ごめんなさい。その前に、なんだけど、貴女、以前コイツが家の者に送り届けられた日のこと、覚えてる?」
「はい、記憶しております」
「それから目覚めて以降、コイツの様子、変だとは思わない?」
「……」
「あ、基本答えていいよ。別にリタが俺を殺して野犬に喰わせたい程度には恨んでるってことは知ってるから」
「アンタね……」
何かもう、別にイイっしょ。流れ的に。
「っ…………では、率直に。その日から今この場に至るまで、変だと、思っております」
律儀に水仙の言葉を借りて質問に答えるリタ。バランスは全然悪いが、無駄に教育が行き届いている。
「ありがと。それで、質問の答えだけど、ドラゴンを倒せたのは、間違いなくこのレクスのおかげ。私は貢献度で言っても、ラトーラより上だと思ってる。当然、そんな功労者が、吐いた上に漏らす訳がないわ。それは、何故かコイツが捏造した大嘘よ」
「っ…………」
「今の話、信じられない?」
ポーカーフェイスを僅かに崩し、表情に驚きが加わるリタに対し、水仙は確認するようにそう切り込む。
「…………はい。今までの……レクス様ならば、そうです。ですが……今の話が本当であれば、納得できる……そういう部分も、あります。あり得ない、あってはならないこと、ですが」
「……レクス、彼女なら――っ」
「――っ?」
こちら側から見ても悪趣味な扉が、コンコンと二度ノックされる。
「――レクス君、すまない。不躾な来訪となってしまったが、王命ということもあり、屋敷の中まで踏み入れさせてもらった。だがさすがに、この扉を僕が開けることは許されない。申し訳ないが、出て来てもらえないだろうか?」
「おいおい何パシられてんだよあの会長……長としての誇りはないのかよ……」
「ま……ず……どうしよ……レクス、マズいわよっ」
何故かヒソヒソし始める四条水仙。こいつはどちらかと言えば招集に応じる派だった気がするのだが。
「……レクス様。私が出て、応接室にご案内します。四条様は、ソファの陰にお隠れ下さい」
「あ、ありがと。助かるわ」
「え? うーんと……あれ? 水仙って、実は会長狙い? でもマウストゥマウス秒で拒否ってなかったか? あの場面で照れ隠し? いや、ファーストは勝手に奪えない的な騎士道?」
「何訳分かんないこと言ってんのよっ。ここで見られたら、アンタだって色々終わるわよ」
「……今、行きますので、少々お待ちいただいてもよろしいですか? アルフェン様」
「――っ! 申し訳ありません。では、ここで待たせていただきます」
ソファから立ち上がり、扉の方へ声を掛けると、リタはこちらへ振り返る。
「これは、どうしても確認しなければなりません」
そして、リタもヒソヒソモードへ入る。何故に。
「お二人は、近く婚姻関係を結ばれる訳ではないのですか?」
「えっ? あぁ、部屋に入れたからか。えぇでもそう思うって……リタは察しがイイ方だと思ったんだけど――いった! えっ? お前、抓る力ヤバ過ぎだろっ」
「いいから早く否定しなさいよっ」
力のパラメーターが違い過ぎる。ここで改めて、水仙がその気ならすぐにでも俺を殺れるという事実に、背筋が凍る。
「あぁいや、もちろんないって。大体そんなことしたら、ヴァーミリオンとシャンティエーカが素ギレするだろ……」
最もヤバい点はそれだが、ちょっと考えれば後10個位はヤバい未来が欄に記入できるはず。
「レクス様。貴族――コルフォート家、四条家のような大貴族なら尚更ですが、男性が女性を私室へ招くことは、それ自体が婚姻を意味します。実際に、騙される形で私室へ入れられ、婚姻するケースは珍しくもありません」
リタはヒソヒソのまま見事な早口で説明してくれる。それにより、やっと二人の様子を理解する俺。
「っ……あー、なる、ほど……そういう文脈は理解できるんだけど……えっ? それ、厳密?」
「現実が、それを如実に示しております」
「ハァ……やっぱり知らなかったのね……この世界の貴族なら、初等部で習うことよ」
「……この世界の小学校、詰め込み過ぎじゃね?」
今度教科書取り寄せようかな、と考えている内に、リタは扉の方へ向かう。
当然、エロくノ一装束を身に付けたままで。