「――あ、ヤバっ、完全に手癖出た……」
自宅から気に入りの店までの転移。その際、常に一緒だった愛馬を、俺は無意識の内に連れて来てしまった。
「――っ!? あ、はいはい……どうせ連れてくると思ったよ……」
カウンタ―の中で寛いでいた様子の赤毛女児からは慣れたリアクション。今度こそ本当にそんなつもりはなかったと弁明したいが、緊急時であるため、それは後回しとさせてもらいたい。
「あの変な色の、何?」
「いやぁ、ちょっと一風変わったボスキャラなんだけど――っとドゥドゥド――いでっ」
愛馬に後ろ足で蹴られる。というか、この狭い空間に四人と一頭と一体はしんどい。面積の都合上なのか、山吹色騎士は転移地点であるはずのテーブルとは反対方向に出現している。
「――げっ」
だが、空気を察するという機能を持たない動く鎧は、無慈悲な刃を馬へと振り上げる。
「アルレッキーノぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
胴体から真っ二つにされ、鮮血が爆散するように弾ける。
が、モーションから既に事を予見していた俺は、虚空から取り出したポーションの蓋を外しながら駆け寄り、瓶の先をアルレッキーノの口へと突っ込む。人間と比べて、とても飲ませやすい。
「おぉ……」
どういうエフェクトになるかと思ったが、両断された胴体が瞬時に繋がり、血だまりも含めてまるで無かったことのように愛馬は息を吹き返す。てっきり後ろ脚の方はそのままで、生えてくる感じかと思っていた。
「ローリーっ! 今後はホントにもう少しちゃんと考えるから、とにかく前衛に出て敵の攻撃を引き受けてほしいっ」
ちなみに、拒否られたら逃げるしか手はない。
「ハァ……別にそれは期待しないけど、あんなのいたらこっちだって困るし、早く倒しちゃってよ」
今までの億劫そうな動きは何処へ消えたのか、ローリーはカウンタ―に片足を着き、一歩で山吹色騎士の前に立つ。
「水仙、アルレッキーノを外へ頼む。ラトーラは魔法で攻撃、小屋が吹っ飛んでも構わんから、ドラゴン戦の時みたいな感じでよろしく」
「っ、分かったわよ……けど、何が起こったのか理解できなくて、意外と落ち着いてくれてるわね」
馬一頭を余裕で抱えて外へ出る水仙。当然ながら、戦闘モードに入った彼女は俺の知っている人間という存在からはかけ離れている。
「――ねぇ」
「うん? どした?」
ヤバい状況だが、ラトーラから話し掛けてくるという場面のレアさに意識が引っ張られる。
「あのポーション、ここで買えるの?」
「っ……」
こいつはどうやら、マイペースに棚の中にある箱とかを観察していたらしい。
「そこそこ値が張るけどな。後で1本奢るから、攻撃を頼む」
「わかった」
しっかりと限界まで後ろへ下がったラトーラは、この閉鎖空間での戦闘にもビビる様子は見せず、魔法を発動させる。既に向こうは一回動いているため、こちらが早い。
「――て」
低い屋根ギリギリで展開された魔法陣から、無数の剣がコンパクトに落とされ、棒立ちの甲冑騎士へ降り注ぐ。こうかはイマイチのようだ。
「ラトーラ……えっと……『氷結乱舞』って使える?」
俺も日々成長している、訳ではないが、死者っぽい魔物に闇属性の魔法を放つという、ほのおタイプにほのおをぶつけるみたいな所業にも、もうキレたりはしない。だって世界が違うから。
もし彼らが、俺と同じ元の世界の人間を見れば、きっと何故魔法が使えないのかと呆れることだろう。多分それと同じだ。精神衛生上の都合で、そう思っておくこととする。
「っ……使える」
「じゃ、それで頼む。後、今度暇な時に試してもらいたいんだけど、集団相手は『銀世界』で、単体相手は『氷結乱舞』で、水とか氷に強そうな相手は闇属性魔法がオススメ。逆に……あぁいいや。あまり詰め込み過ぎるのは良くないな」
加えて、家主の言葉通り、今の『ダークナイトオブザソウル』によって、内装が破壊された痕跡は見当たらない。町の建物は普通に壊れるらしいが、これも設定なのだろう。
「わかった」
多分、それで頼む、以降の話は聞いてない。段々コイツという存在を理解し始めたような気もしないではないが、きっと道は険しい。
「っ……」
そしてある意味で運命の瞬間。ローリーは死なないだけで、ノーダメージとは言っていなかった。瀕死状態を何十回も経験したことも含め、幼女を前衛に立たせる罪悪感は中々にしんどい。ただ、もちろんそんなことを嘆く権利は俺にはない。
そんな心中を余所に、凶刃が幼女へ迫る。
「っ……」
「っ……」
息を呑み、ラトーラの詠唱にも動揺による遅延が加わったかもしれない。
「…………」
会長をワンパンした時と同じ挙動による剣の振り下ろしを、ローリーは棒立ちのまま喰らい、無言。着ているツナギが未知の素材で出来ているのか、幼女の左肩に直撃した山吹色騎士の剣は、受け止められたようにその表面で停止している。
のたうち回った末にキレ散らかすだけで死なない。それが俺の予想だったが、実際の現象はその遥か上だった様子。
「その……ローリーって、死なないってだけで、ダメージ自体は喰らう……んじゃなかったっけ?」
「――はっ? だってコイツ雑魚じゃん。さすがに平気だよ……馬は、家畜だからしょうがないと思うけど」
「あ、そっすか……」
ローリーから見たら、俺とアルレッキーノのHPに大差はないと思われるが。
「――――」
俺の抱える驚きと萎えなどお構いなしに、ラトーラの魔法が炸裂。一瞬で氷漬けにされたと思ったらすぐに氷塊は割れて消え、結構なダメージが山吹色騎士のHPを削る。
「そのクール美人さんの魔法は普通に凄いね。何だ、やっぱレクスも強いんじゃん。ちょっと安心したよ」
「それはマジで誤解」
どうやら、ローリーの戦力理解にはパーティ平均レベルの概念が採用されているらしい。確かに、通常のRPGでは一緒にいるだけでほぼ戦力は均等な形となっていくのが常であり、この作品も例外ではない。ただ、俺の置かれているシチュエーションが例外なのだ。
そこからは、少し切ない絵面が繰り返し展開され続ける。山吹色騎士攻撃、ローリー待機、ラトーラ魔法、がワンセットである。画面の中だと、結構見る展開であり、しかもボス戦の方が長さ的にもよく見るっちゃよく見る。
「……ローリーを何とか生徒会に入れるって……無理なのよね?」
そしてドラゴンにボコられ続けたご褒美か、俺と水仙は見に回って待機ボタンを連打し続けている。この待機を防御に変化させる裏技とかないのだろうか。
「そうしたいってのはあるけど、実際無理だし、そのアプローチじゃ何も変わらんな……」
「っ、どういうこと?」
「このままだと、山吹色騎士を倒しても、また次のおつかいが待ってる。ヤバいことがあるにしても、この世界はまだ一年以上余裕があるはずだし……とにかく、俺は今回でそのルートからは外れることに決めたわ」
だってそうしないと、カナトの代わりをやらされる感じになっちゃうし、それだともう既にどん詰まってる訳だし。とにかくどんな手を使ってもこの因果から脱さなければなるまい。ローリーにも悪いし。
「……私にも分かるように言ってほしいんだけど……それって、勇者を辞退するってこと?」
このエキセントリック且つシュールなバトル場面にも、冷静さを失わない水仙。さすが、設定から脱したキャラ第一号だと言っておこう。
「考えてみれば、それが一番だな。ただ、出来る限り敵を作らずに辞めたい所ではある。そもそも、戦力的には俺は必要ないし……うーん……」
まだ焦る時期ではないにしても、死亡フラグもある。もうそういう既存のルートから取り返しがつかないレベルで逸れてしまえばイイのかもしれない。それで死んだ時は、そもそも今あるフラグとは違う何かが原因であろう。無論、断定は不可能だけど。
「…………」
「…………」
氷漬けになった騎士が、またすぐ氷結責めから解放され、ダメージを負っている。そのまま氷塊状態の方がキツそうだけど、割れるエフェクトの迫力という力技で、何か威力ありそうなイメージが表現されている。
またどうでもいいが、何だか随分、山吹色がくすんできた気がする。
「…………何か、不憫ね……」
「そうだな……機会があったら、お墓参りに行こう」
「そうね……」
戦いにおいて、攻撃が相手に全く通用しないのは、最高峰の絶望と言っていいだろう。敗色濃厚な環境下にあっても、悪足搔きという選択肢は、当事者にとっては時に華であり、また救いである場合も考えられる。実際、スポーツでは結構楽しい要素だったりもする。
だがしかし、今の山吹さんに前向きな要素はない。自慢の斬撃はノーダメで弾かれ、後衛への攻撃手段はない。
近年では、雑魚敵に恐れという設定を付加し、不要な戦闘を自発的に避けてくれるシステムが当然となったが、そんなユーザーと魔物に対してフレンドリーな機能は、このエロゲに実装されているはずもない。
やり込み要素を全て走破した、存在自体がチートみたいなパーティに凸られたラスボスは、一体どんな気持ちでお決まりの口上を述べているのだろう。機会を貰えるならば、是非インタビューしてみたい。
「――えむぴー、切れたんだけど」
「だろうね。じゃあちょっとチャレンジで、後2回だけ『氷の牙』撃ってみて」
「……」
言語での返答はないが、指鉄砲の構えに切り替わったため、どうやら伝わったらしい。設定では、5才から使える魔法だとのことだが、そんな5歳児は何か嫌だ。
「ラトーラの魔法を知っているのも、他のことと同じなのよね?」
「あぁ。ただ、これも考えてみればだけど、ラトーラは逆にここから一年以上はほとんど実力が変わらないんだな。まぁ既に完成されていると言ってもイイけど」
プレイアブルキャラとしての加入は最後になるし、その前のオートキャラの時点で滅茶苦茶強い。しかも、動かせるようになってもやることは変わらん。
「「っ……」」
そして、ラトーラの人差し指から発射された氷の杭が相手の顔面、というか兜部分を貫き、それがトドメとなった様子。つまり、マジックポーション1本分得した気分。
山吹色の光を放って霧散した騎士は、代わりにそこそこ大きな宝箱を置き土産に消えていった。まぁここは、墓でのイモり生活から解放されたと捉えておこう。
「……宝箱ね。アレって、何が入ってるの?」
「強めの盾だね。ただ、ここにいるメンバーじゃ誰も装備できない」
「それって、会長専用?」
「いや、アルフェンも無理」
「つまり、骨折り損って訳ね……」
「けどまぁ、ドラゴンと違って経験値入るから、無駄ではないな」
付け足すと、このゲームのレベルアップは宿屋で上げる方式なので、寝ないと強くなった実感は得られないと思われる。果たして、レクスに伸びしろはあるのだろうか。
「何言ってんのかわかんないけど、確かに、これだけ強い敵と戦ったから、今日寝れば結構強くなるかもしれないわね」
これまた随分とフワッとした認識。以前のカルシェラのリアクションからも、レベルが隠しパラメーターみたいになってるっぽいし、無理もない話だが。
また、考えてみれば、倒したその場でレベルアップする方が不自然な気がしてくる。満身創痍で何とか倒して、その瞬間強くなって体力も全開するとか、敵目線だと結構複雑だろ。
まぁ何にせよ、本日の危機は脱した。速やかな事後処理の後、明日以降の指針についてしっかりと考えていきたい所だ。
「――とにかく、ローリー先生、お疲れ様です。あの、肩とか、揉みましょうか?」
とりあえずゴマをする。こういう場面での安定行動である。
「だからウザいって……言っておくけど、これかなりグレーゾーンだからね。次はないよ」
「大丈夫だ。このパターンが通用するボス敵は、もうこの世界に存在しない」
「っ……そういう話じゃないんだけど……こんなことなら、変なこと教えなきゃよかったよ」
「まぁ……実際すまん。考えてみれば、ローリーは勇者をサポートする立場な訳だし、ちゃんとその役割の範囲は守るべきだとは思った」
「あ、そういう話なら、そんなにグレーでもないのかも。だって、レクスも勇者な訳だし」
ガチ目な謝罪のつもりが、逆に解釈されてしまった様子。何処かの時点で俺が正規メンバーではないことは理解してもらわねばなるまい。
「いや、間接的なサポート役だから、やっぱ今回のはマズいと思う」
もしも、神的な存在がいればイエローカードが出されてもおかしくないだろう。というか、下手したらレッド。
「――それで、さっき言ってた話だけど、結局これからどうする訳?」
不必要な戦利品の箱をテーブルの上の置きつつ、水仙が質問してくる。
やっぱり、今まで逃げてきたレクスという存在と向き合う。これしかないのだろう。
「まぁ、やっぱり――」
「――ねぇ、マジックポーション、2本貰える?」
「「っ……」」
割とシリアスな話をしようと思った矢先、それはマイペースな銀髪美少女によって遮られた。
「あ、毎度アリ」
とは言っても、今回も圧倒的火力担当をしっかりと果たしてくれたラトーラに、文句を言う気にもならないし、とりあえず一旦休憩しつつ、可能な範囲で会話を試みてみるのもイイかもしれない。
「――て、ラトーラ、金持ってんの?」
とりあえず、それが気になった。