憐れな色物騎士を屠った直後、店内は通常営業へと問題なく移行する。そして客であるラトーラは、カウンターに置いてあるとんかつ屋のメニューみたいなヤツを眺めている。
「……」
所持金について尋ねた俺の言葉はやはり安定のシカト、彼女にとっては不必要な会話と判断されたらしい。
「――えっと、1本150万だから、300万になります」
文句を言う気は起きないが、ローリーの接客態度が俺に対するものとは大分違う。まぁポジティブに親密度の差と捉えておく。
「…………300万?」
そして、静かに聞き返したラトーラは、無表情のまま首を少しだけ右に傾ける。それで驚いてるつもりなのだろうか。
「うん。書いてあると……思うんですけど、マジックポーションは1本150万ガバチョなので、2本で300万ガバチョになります」
「おいおいローリー、何でそんな丁寧なんだよ? 初来店の俺に対してはもっとぞんざいな扱いだっただろ?」
さすがにツッコむ俺。
「人間だって、相手によって態度を変えるでしょ? それと同じだよ」
「いや幼女が言う言葉じゃないだろ……」
「見た目で人を判断しちゃいけないっていうのも、人間の基本でしょ?」
「おぉう……」
何だかよくわからんが、完全敗北を喫した空気感が漂う。もしや、他の知的生命体から見ると、人間ってツッコミ所満載な存在なのかもしれない。
「……3000ガバチョではないの?」
「うん? あぁ、このチョンって付いてんのは小数点じゃなくて、その……千の区切りで、つまり、一、十、百、千、万で……150万なんよ。ラトーラ、自分で買い物とかしなそうだもんな……」
後ろから覗き込んでいたので、反射的に説明する。ただ、確かにこの世界では宝石も数万で手に入るし、ここまで値の張る商品をこういうメニュー上で見る機会はないだろうと思われる。
「…………そんな大金、誰が払えるの?」
「こいつよ」
今度は右から水仙。その四文字には若干ヘイトが込められていた気がしないでもない。
「悪いけど、お金がない人には売れないし、泥棒しようとしたりすると、死んじゃうから気を付けて下さい」
「――はっ? おいおい店長……俺お得意さんなのに今の初耳なんですけどぉ……」
「お得意さんって決めるのは店側だって……そういえば、最初に来た時は盗賊の類かと思ったから、内心盗んだりその場で勝手に飲んだりしないかなって思ってはいたかな。死体も残らず消えるみたいだし」
「――怖っ!? って思ったけど、確かにそっちからしたらいきなり若い男が変なテンションで入ってきた感じだろうし、しょうがないっちゃしょうがない、のか……」
実際、密室にロリと二人きりな事実について、その日の夜に気付いて、少し思う所はあった訳だし。
「ま、とりあえず、ラトーラ。約束通り、1本渡すわ。っていうか、ちなみになんだけど、ラトーラでも、150万はやっぱ高額なのか?」
差し当たって、ブツを出して献上する。何となく怖かったので。
「っ……お金は、必要な分しか渡されない」
「そうなの? 貴女なら、シャンティエーカもそれなりの額を出しそうだけど」
金銭的没落貴族の水仙が、意外そうにそう尋ねる。
「……要らないと言ったから、だと思う」
言語的には後悔してそうだが、抑揚と顔からは全く分からない。そもそも、ルートに入ってから明らかになるラトーラの中身は、魔法一辺倒で生活力皆無系女子と言って相違ない。また、実際に対峙してみると、その印象以上に意図が掴みづらい。
「確かに……あぁでも、シャンティエーカは財政的には微妙、か……」
実力派貴族のシャンティエーカとヴァーミリオン。前者は修行僧、後者は最新科学技術ってイメージ。つまり、ヴァーミリオンの方は魔法の実力だけでなく、金もある。コルフォートは奴隷で儲けた金のみ、四条家は時代に対応できず金もない。何だか寂しい話だ。
「……帰りたいんだけど」
「だろうね」
留まる理由はないのだから、当然の一言か。ただ、俺はここで面倒なことを思い出してしまう。それでも、忘れていたらとんでもない展開も予想されるため、ネガティブな気付きではない。
「…………よし。ラトーラ、一旦休憩してもらって、その後、水仙が手配した人達を護衛してほしい。墓の中で置き去りになってるアルフェンの身体を回収しないといけないから」
「あ……そう、だったわね……っ、でも、あそこには山吹色騎士以外、魔物の姿は見なかったけど?」
「いや、今頃アンデットと亡霊の巣窟と化しているはずだ。正直、ラトーラがいないと最奥まで行って戻ってくるのは不可能だと思われる」
「つくづく、ラトーラだけ生きてる世界が違うわね……」
「…………」
が、無言の銀髪美少女。ならば仕方がない。
「マジックポーションもう1本でどうっすか? 俺と水仙は、ちょっと色々、やらなきゃならないことがあるし」
「わかった」
今度は即答。もしかしたら、とてもシンプルな価値観で生きているのかもしれない。もしそうなら、少し羨ましくはある。カナトに恋をして人間らしくなっていく彼女よりも、黙って一生敵を屠っていく彼女の方が好きだというユーザーも一定数いるらしい。まぁ分かる。
「マジで助かる。んじゃ、ローリー。今度は本当に茶菓子を持ってくる……っていうか、お礼に伺うわ」
「お茶はいらないよ。どうせなら、牛乳に合うお菓子を持ってきて」
「了解。じゃ、二人共、戻るから――」
「「――――」」
ちょうどいた場所が転移の範囲内だったため、確認すると見せ掛けて強制でワープ。そのまま流れで屋敷に戻ると、コルフォートの方でも回収班を用意できることが判明し、ポーションを受け取ったラトーラは、一旦宿屋へと向かう馬車に乗り込む。
「――そろそろ陽が沈むか……逆に言うと、まだ時間はあるな」
「そうね。リタさんとの話が途中だった訳だし」
馬車を見送りつつ、水仙からは若干の圧が感じられる。そういえば、王様のおつかいにより、水仙のターンは強制中断という憂き目に遭っていたことを思い出す。
そして、アルレッキーノを置いてきてしまったが、どうしたものか。まぁ、彼なら牛乳だけの生活も余裕だろう。ローリーも、何とか気合でドアから出ずにエサを供給してくれるはず。
「うーん……とは言っても、リタと和解出来るならかなり道は開けそうだな」
「それって、さっき言ってた話よね。本当に、勇者を辞退するつもりなの?」
とりあえず、客間に戻ろうということで門から敷地へ入る。
「だとしたら、学園を辞めて、生徒会を抜けることでの辞退って形がイイかもな。そもそも、魔法の伸びしろが皆無な俺が、学園に通い続けるメリットはないし、クラスメート達も解放してやりたいし」
「っ……四大貴族の嫡子が学園を辞めるなんて、この国の長い歴史を振り返ってもあり得ないことよ……アンタの両親だって、きっと許さないわ」
「だと思う。ただ、レクスである俺の強みは、コルフォート家の権力だけだしなぁ。しかも、結構大きなアクションを起こさないと、結局はまた王様のおつかいルートに戻されるかもしれん。少なくとも、次があったら絶対にバックレると、俺は心に決めた」
退学が厳しいにしても、この部分は譲らんと宣言しておきたい。
「何でそんなトコだけ力強いのよ……」
呆れられてもしょうがないが、そもそもの戦闘能力が皆無な俺としては、これ以上のストーリー介入は気が進まない。ポーションだって有限なのだ。
屋敷に入ると、ちょうど目立ち過ぎるリタの姿が見える。母上は変わらずだし、父上も女遊びに精を出しているだろうから、帰宅はまだまだ先であろう。
「……お帰りなさいませ、レクス様……」
瞬間、幾つかの疑問がリタの頭を過ぎったことだろうが、メイドの鑑は私情を表に出すことなく主へ首を垂れる。
「ナイスタイミング。で、リタ。さっきの話の続きがしたいんだけど、今、平気?」
「はい……仕事を他の者に引き継いでからでもよろしいでしょうか?」
「うん、助かる。じゃあ、さっきの客間に来てほしい」
「はい。では……一度失礼致します」
逡巡したような様子も見られたが、リタは再び頭を下げ、奥へ一旦去る。おそらく、スムーズなやり取りに慣れていないのだろう。
「…………水仙、さっきの客間の場所、分かる?」
「はっ? そんなの…………分からないわよ……」
広いロビーで顔を見合わせる俺達。水仙も、アンタの屋敷でしょっ、とかは言い出さない。とにかく、この建物はデカいのである。
若干の気まずさを押し殺し、最初に目の合ってしまった運の悪いメイドに案内してもらい、俺と水仙は客間に到着する。
「「……」」
ある程度予感はあったが、リタの方が先に着いているというこれまた気まずい展開。しかも、既に紅茶も淹れ終わっている。これがくノ一クオリティか。
「――お待たせ致しました、レクス様」
それは本来、先にいる者の台詞ではない。
もし友達レベルの距離感だったら、ちょっとした弄りに聞こえるはずだがそうではなく、これがコルフォートスタイルなのである。とりあえず滅びてしまえ。
促されるままに入室し、俺と水仙は対面する形でソファに腰を下ろし、それを確認したリタがティーカップをテーブルに置く。
「で、さっきって何処まで話したんだっけ?」
それなりに喉が渇いていたため、紅茶が身に沁みる。さっきは香りを味わう精神状態ではなかったが、普通に美味。
そして同時に、改めて覚悟を決める。都合のイイ話だが、正直な所、水仙やローリーがいてくれなかったら、レクスという存在から逃げる道を選んでいたことだろう。
「話そうとした所で、会長が部屋の扉をノックしたんじゃなかったかしら?」
「そう聞くと最早その後の最悪展開のことしか思い出せんな……」
「私だってそうよ……」
水仙もティーカップを傾け、精神を落ち着かせている様子。
「とりあえず、リタはその誕生席に座ってもらってイイ?」
「……はい」
俺の私室程ではないが、無駄に立派な扉を背にする形で、リタが席に着く。
「話をする前に、まずは謝罪から入らせてほしい。リタ……今日に至るまで、申し訳なかった……許しを乞うつもりはない。ただ、それでも俺は、今この瞬間から行動で示していきたいと考えている。って言ってみると、この上なく都合のイイ話だけど」
「っ……」
「――ちょっと待って。アンタはそれでイイの?」
不審な表情で押し黙るリタだったが、水仙が先に質問を投げる。もちろん、言いたいことは分かっている。
「うん。水仙とローリーは、そもそも俺からの実害がないから大丈夫っていう考えだけど、少なくともリタにそのスタイルはフェアじゃない。リタの俺に対する憎悪は言葉で表せるレベルじゃないと思うけど、だからこそ、それを無かったことにするような対応は駄目だ」
「うわ、いきなりちゃんとしたこと言い出した……」
そのリアクションを受けてから、自身の唐突さに気付く。
「いやいや、王様がダルいおつかいパナしてこなかったらもうちょっと落ち着いて話が出来たんだって……」
こっちは色々と立ち止まりたいのに、次から次へとトラブルや話の腰を両断するような横槍が入ってきたのが悪い。少なくとも半分はそんな感じなはず。
「っ……ま。アンタがそう言うなら構わないし、正直に言えば、私もそうするべきだとは思ってたし」
だと思った。根っこの真面目さというのは、一念発起してもすぐに変わるものではない。
「…………」
そして、俺と水仙がやり取りを続ける中、リタは沈黙を続けている。
「……リタさんは、今のレクスの言葉を聞いて……どう、思ったの? あ、レクスは貴女の発言を認めてるわよ」
俺の所業をライブで見ていないからか、水仙は恐る恐るといった具合ではあるが、聞きにくいことを聞いてくれた。
「……」
リタは一瞬俺の方を見た後、すぐに水仙へと視線を移す。
「私は、コルフォート家に仕える者です。レクス様から謝罪を受けることなど一切憶えがありません…………本来ならば……」
そこで一度言葉を止めたリタは、俺の目を見る。
「ただ…………その、行動というのは、具体的には何をされるのでしょうか?」
初めて向けられた真摯な眼差し。俺は、彼女に忍び装束を着せたことを、深く後悔したが、二律背反な思いというのが正直な所。そんな自分にガッカリする。
「具体的に、か…………そうだな……」
ここでノープランと返すのはあまりにバイト感覚過ぎる。そろそろ、俺もしっかりとこの世界で生きていくべきなのだろう。
そう思った。
「意味合いは違うかもしれないけど、イメージ的には……ちょっと軽く、革命しようかなぁとは思ってる」
「「――――はっ?」」
女子二人の疑問がハモる。
聞かれたから絞り出しただけなのに、そう聞き返されると若干辛くなる。
それでも、この吐いた唾を飲むのはさすがに無理だろうとは思った。