「っ……戻られました……」
「OK。じゃあ、もうそのまま上がってもろて」
「っ、は、はい……」
報告してくれた白兎耳メイドは挙動不審なままに場を去るが、これについてはもうこちらが慣れた方が早いことは明白か。こちらとしては、既に気にする段階を過ぎている今日この頃。
「――んじゃ、手筈通りに頼む」
「承知しました……」
続けて、そんなモードがあるのかは不明だが、返事と共にステルス状態に入ったリタが、無駄に大きな扉の陰に隠れる。今思えば、このために用意された衣装だったのかもしれない。まぁ違うんだけど。
「……」
リタはこちらと目を合わせない。俺は再び、空白の時間を無心で埋める。
特に考えることはないし、メンタル的にも大分吹っ切れているようで、これからすることに迷いやネガティブな心境は見当たらない。
現在地は屋敷の玄関ロビーど真ん中。内心で完全に待ち疲れていた俺は、半分面倒臭くなっている意識に鞭を打つが、第一声も含めて全て流れに任せようという、杜撰(ずさん)なプランについては揺るがない。
気配を感じるなんて芸当など出来るはずもない俺でも分かる、偉そうに響く靴音。それが停止した瞬間、二人のメイドが同時に扉を押し開け、音の主が登場する。
「――お帰りなさいませ、お父様」
「むっ?」
酒の抜けない赤ら顔で首を傾げているのは我が愛しの父、コルフォート十四世。ここに来て、後で本名を調べようと思っていたりはする。
ちゃんと真っ直ぐ見たのは初めてだが、禿げ気味に肥満、明らかな短足と、それなりに揃っている。そういえばだが、俺もトリシャも容姿の上では受け継いだ要素が見当たらない。ワンチャン、両親共に若い頃は美男美女だったのかもしれない。
「……レクスか。出迎えなど珍しいではないか。だが、今は少々疲れている。話があるなら明日にでも……そう、だな……明日にでも聞こう」
まぁまぁ酔っぱらっているが、一応会話は出来そうで何よりだ。
「今日も精が出ますね、父上。それで、明日ではなく、今この場でどうしてもしなければならない話がありまして。あぁご安心を。母上は既に就寝されてます」
ダルさが言葉に混入し、若干煽るような口調になってしまったが、まぁいいだろうと流しておく。ただその表情を見るに、相手はそうではないらしい。
「何? レクス貴様……この私に逆らうつもりか?」
さすが、嫌いなものの欄には自分に逆らう者と書いてそうな我が父。その匂いを瞬時に察知したのか、眼光からは酔いが消し飛んでいるようにも窺える。
「いえ、その更に上のヤツです」
「っ……何だと?」
今度は怒りではなく、困惑が先行している様子。
「リタっ」
「――――むぅっ!?」
変な服を来た小太りの男を、くノ一が後方から押さえ込み、制圧する。うつ伏せで床に叩き付けられ、背中に右膝を乗せられた格好の当主様は、全く身動きが取れない。
「っ……ぐっ……ぅ……リタ……貴様ぁ……」
「……」
「うーん……」
言葉を返さないリタは全然イイとして、首が短くて全然振り返れてない父ちゃんが切ない。ただともかく、設定上も魔法の才は俺とどっこいの彼に、リタの拘束を逃れる術はないだろう。それは別に切なくない。
「で、父上。短くシンプルに行きましょう。これは所謂弾劾です。俺は今後、おっさんが好き勝手やり倒して腐敗に腐敗を重ねて、もう珍味みたいになっちゃってるコルフォート家を、出来る範囲で浄化していきます。つまり……世代交代です」
「――なっ!? レクスっ! 貴様あぁぁっ!」
「おぉっと……」
煽り耐性ゼロの反応に感嘆が漏れる。
そして、ここで少しデジャヴる。
こういう場面での小悪党的リアクションには二種類ある。一つは一旦余裕を見せ、すぐに崩壊するという一連の流れだが、彼はもう一つのすぐに全力でキレるという道を征く様子。個人的には何を莫迦なと嘲るムーブも悪くはないのだが、その体勢でされてもって話ではある。
「それで、本題に移るけど、おっさんはもう長いこと一族が決めた法を犯し続けている訳で。その自覚ってあったりする?」
「っ……何だその態度は……貴様っ! 親に向かって何という口の聞き方――ぶふぉあっ!?」
「っ……」
とりあえずテンプルは外して顔面を蹴る。押さえ付けているリタは驚いているが、俺はとにかく早く終わらせたいのである。そしてその意思は初めに伝えておいたはず。一瞬魔法で爪先を強化しようかと思ったが、話せなくなったらダルいので止めておいた。
「こっちも別に、そっちの人格否定をして嬲る気はない。客観的な方向で事務的に話を進めよう。んじゃ、テイク2。それで、自分がこの自治領の法を犯し倒してる自覚は?」
何だか少しだけ、質問ループを続けるキャラの気持ちに思いを馳せる。確かに、何を言われても同じことを返せばいいというのは楽ではある。当然、人間味は皆無だが。
「…………お前が何を言っているのか、分からん……」
蹴り一発で折れつつある雰囲気の十四世。リタを加入させるためのコルフォート家シナリオでの情けない印象が鮮明に蘇る。
「分かり易い所をピックアップすると、食料品、日用品の料金一生踏み倒し、税金の一方的な引き上げ……後は、指導という名の領民への慢性的な暴力行為……婦女暴行も含む」
「「っ……」」
父と従者がほぼ同時に息を呑むが、細かいことを挙げ出したら割とマジでキリがないだろうと思われる。
「何でこんな行いが常態化されてるのに領民が一斉蜂起しないのかは謎だけど、領内が豊かなのが理由ってことだとは思う」
ただ、本当の答えはそういう設定だから。そして当然、彼は本編が始まる大分前からしっかり腐っていたということか。
「レ、レクス……お前……どうやってそのような証拠を……帳簿から全て、厳重に管理されているというのに……」
「おいおい……」
まさかの一撃で瓦解。
何故そんな決定的なことをすぐ吐くのだろう。元の世界の政治家先生達は、もっと粘り強く記憶障害を起こし続けるというのに。ただ、臨床心理学的な見地から言えば、ある程度の知能がある人間がそのような濃い目のエピソード記憶を失うことはどうにも考えにくかったり。
つまり、ファンタジー世界の悪役は大変素直でよろしいという話だ。何たって、こっちはシナリオを知っているだけで証拠など掴んでいないのだから。
加えて、この後の展開もまぁまぁに予定調和なものとなるのであろう。
「法は領内で暮らす全員に例外なく適応される。そうなると、自分が重ねた罪による量刑がどの程度になるか……まぁ想像もつかんと思うけど」
その中身は懲役何年とかって話ではなく、普通に死刑となるであろう。また、普通という言葉を用いるなら、やはり革命のような何かが起きていて然るべきでもある。でもそれはゲーム世界あるあるなのでスルー。
「っ…………」
「……相手が奴隷ではなく領民であった場合、婦女暴行は死罪となります」
押し黙るおっさんに代わり、リタが淡々と言葉を返す。
「なるほど。先代の方々はそういう感じだった訳だ」
もちろん、規制ではなく、自分だけがやりたい放題やるための法整備だったことは間違いないが。
「命は一つしかないけど、一体何個あれば助かるレベルに罪を重ねたのか……そう考えると、滞納っていう概念はやっぱり恐ろしいな……」
そういえば何処かの教員も、滞納だけは止めておけみたいなことを結構なマジ顔で説明していた気がする。普段授業を聞かない生徒達も、割と印象に残ったフレーズなのではなかろうか。
「……っ……ふっ、この私が死罪だと? 何をふざけたことを言っている? レクス……お前はまだまだコルフォートを理解していないようだ」
「「……」」
何かを思い出し、自信を取り戻す父上。ただ、それでも絵面自体はSMプレイ中の小太りおじさんに相違ない。まぁそれでも、さすがに意識から酒は抜けたらしい。
「コルフォート家の法は当主であるこの偉大なるコルフォート十四世の一存で決まるのだ。今ここに、我が罪を全て不問とする法を制定するっ!」
「うーわっ……」
不遡及、というか法の基本原則に背く後出しじゃんけんに呆れが広がる。せめて議会を開いてほしいが、そんな手間は勘弁願いたい。
「……ですが、それ自体は事実となります……」
ニュートラル属性のリタが、補足説明をくれる。
つまり、さっきまでは108個命があっても余裕で貫通しそうな塩梅だった量刑が、たった今この場で無に帰したということらしい。
「お前が法を持ち出すなど想像もしなかったが……この私に歯向かうことがどのような罪となるか……それを先に調べておくべきだったようだな」
一転して勝ち誇る中年男性。今更だが、おそらくリタに押さえ付けられている体勢を内心では前向きに捉えているように見えてならない。まぁ確かに、リタの下半身は非常に肉感的ではあるため、無理もない話なのかもしれないが。
「分かりました、父上。では、今まで領内で犯した罪については全て無かったということでよろしいですか? もちろん、今後もそのように」
「ふんっ、だからそうだと言っている。何なら、父親に歯向かった子どもは死罪……そのような法を作っても構わんのだぞ?」
その法を敷くと、割と世界滅ぶ気がするけど。少なくとも、俺は二分の一成人式前に死ぬっぽい。
「んじゃ、その前に、とある方にご登場願います」
「……」
「っ? 何だと?」
沈黙を守るリタ、訝しがる現当主。
「…………うん? ちょっと。水仙さん? 出番っすよ」
「っ……ちょっとじゃないわよ。アンタ、ちゃんと打合せ通りにしなさいよ……」
「あー、ごめん。待ちが長過ぎて完全に飛んだわ……」
「だと思ったけど……」
突っ伏した人からは見えない位置で控えていたゲストが、俺の隣に立つ。
「――なっ!? 貴……さま…………」
「あ、水仙。その位置だとがっつりスカートの中が見えるっぽいよ」
性欲塗れのおっさんにとっては、登場のインパクトよりもそっちの方が優先順位が高かった様子。マジで世も末である。
「別にどうでもいいわよ……もうとにかく早く終わらせたいっていうのはアンタだけじゃないの」
「そりゃそうだ」
むしろその一点において団結してる空気感の俺達。
「ってことで、コルフォート領で言う所の奴隷制を禁止してる四条領に対して、おっさんが隠れて奴隷を売買していた事実は、既に四条家の中でも確認されてる。まぁ、細かい諸々はこれからって感じではあるらしいけど」
「当然でしょ。正式なことについては、全てが明らかになった後よ。大分狡猾にやり取りしていたみたいだけど、やってることが全部バレてるんじゃ、隠しようもないわよね……」
怒りや悲しみ等を通り越して呆れの領域に入っている様子の水仙は、自身の格好にも構わずもう一歩前へ踏み込む。どうやら、そっち系に耐性がないキャラ設定についても、ドラゴンに殴られて砕け散ったらしい。
「な……な、ななな、何……だと……」
急に過呼吸気味な感じで余裕を失う偉大なる十四世。
「はい。なので、コルフォートではなく、四条の方から色々あると思いますが、自分も息子として、誠実に対応させてもらうんで……えっと、どうすんだっけ?」
「ハァ……身柄を幽閉しておくんでしょ? その役目の人達が、後ろで待ってるわよ」
そうだった。
「では……そんな感じで。リタも、それが終わったら休んでもらう感じで大丈夫?」
「承知いたしました」
「――っ!? 何だっ!? 何を――――」
何故か溌溂とした感じで現れた猫耳犬耳メイドコンビによって、ガチガチに拘束されていく現当主兼父親。後はちゃんと考えていた時に話した通りに進めてくれることだろう。
で、とりあえずは。
「うん……一旦帰って寝て……明日の昼頃改めて、でイイすか?」
「何言ってんのよ……明日は普通に学園でしょ……」
「いや、ちょっと過労で休むわ……」
「いいから。来なかったら迎えを寄越すわよ。学園で話しましょう……」
「ダル……」
それだけ言って、俺達は解散する。周りの音は、不思議な程に耳へ届かない。
何故なら、現時刻は既に日も変わって午前の2時半過ぎだったからだ。