「…………四条さん、すまない。今、何と?」
「へぇ……」
これが古来より伝わるコミュニケーションあるある、聞こえていたのに聞き返す、か。現実で見ることになるとは、と思ったが、ここはゲーム世界。だがしかし、俺にとってはここが紛れもない現実なのである。そろそろ俺も、そう思うようになってきた。
「急な話で、申し訳ありません。ただ、家の事情なので……」
困惑状態のアルフェンに対し、言葉通りに申し訳なさそうな表情を浮かべる水仙。おそらく、その思い自体は本音だろう。つまり、今日学園に来た理由は退学の手続きと報告という話か。ただそれでも俺は、もう少し長く寝たかった。
「い、えの事情……いや、それなら尚更、四条家の次期当主である君がこの学園を退学するなど、あり得ないことだ……っ……レ、レクス君も、そうだろう?」
揺れる様子のない水仙に、若干助けを求めるようにアルフェンは俺へ振る。もしや、俺も引き留めてもらえるのか。いや、まぁないな。
「あー、その……水仙。会長には話しても問題ないんじゃないか? どうせ近い内に知れ渡る話だろ?」
ゲームカタログ的視点では、ロールプレイングからシミュレーションに舵を切りそうな今日この頃。今の質問で、その実感が足元からせり上がってきたそうな。
「っ……そうね。もう少し、アンタと細かいトコ詰めたかったんだけど。えっと……その、色々ありまして、今後、四条家は私が、コルフォート家はレクスが、それぞれ当主を務めることになります。一応、公の発表があるまでは内密でお願いしたい話ですが……」
「…………」
呆然とした表情を更に深めた会長は、そのやや虚ろな視線を俺へと移す。確かに、彼からすれば青天の霹靂だろうし、同情するべき状況ではあるのかもしれないが、現状なら俺と水仙が抜けても大した戦力ダウンにはならんだろう。だってワンマンチームだし。
「いやぁ……確かに、昨日から今日に掛けては結構色々あったんすよねぇ……」
「アンタが首謀者でしょ……」
「まぁまぁまぁ。とにかく、色々とごたつくと思うけど、学園の方へ害が及ぶ感じにはならないとは思うし、実はそこまで影響ないから。で、割と本気なアドバイスを最後に送りたいんだけど、いいっすか?」
思えば、アルフェンをどう引き込もうかと考えていたのは最早遥か昔。彼に対し、本筋から外れた展開になってしまったことは大変申し訳ないが、とにかく今年度は何とか誤魔化して過ごしてほしい所だ。
「っ……な、何を……」
続けて当然のリアクションを取るしかないアルフェンは、表情を呆然から怪訝へ変える。
「まず、連チャンで死んで学びを得たと信じている。それを前提として、今後投げられる王命については、拒否するのではなく、暫し鍛錬させていただく、みたいな感じで猶予を願い出ることをオススメしとく。何なら、副会長が二人抜けたことを言い訳にすればいい」
まぁ俺は半人前未満もいいとこなのだが。
「っ…………」
間違いないのは、ラストダンジョンである禁域へ凸したら間違いなく全滅するということだ。
「……君が、何を言っているのかわからない。だが、やはり君は道化を演じていたということか……そして、四条君も裏で繋がっていた……うん。理解したよ。貴族である君達の都合に、平民である僕が口出しするなど、許されることではない」
そこまで言って、アルフェンは水仙へと視線を移す。
「どうやら、邪魔をしてしまったようだね。二人共、いままでありがとう。僕はこれで失礼させてもらうよ」
「…………」
何かを言おうとして、言葉を飲み込んだ様子の水仙。アルフェンはもう俺の方を見ることはなく、生徒会室を去ってゆく。どうやら貴族嫌いの本質に触れたようだが、それでも過剰に嫌な感じを出さないのは、やはり好感度が高い。
そう。彼はクズではないのである。
余計なお世話かもしれんが、来年度カナトが入学し、ストーリーがまた動き出してくれるのなら、彼がラトーラルートを選択し、後日談以降でリースとワンチャンある未来を祈っておこうと思う。とにかく、達者でと伝えたかったが、今は昔か。
「……今の話だけど、これからも危険なことを命じられることは決まっているの?」
「それは……わからん。行事もあるし、ちょっとインターバルが生まれる可能性も十分ある。一応、人員も補充するだろうし、ラトーラが何とかするっていう説もなくはない」
出来る限り客観的に見た推量を述べる。ただ、人員についてはモブキャラになることが予想されるため、大した戦力補強にはならないだろう。
「ま、もう私達が気にするべきことじゃないわね。というより、気にする余裕なんてないっていうのが、本音にはなるわ」
「まぁ……罪悪感は避けられないよな。水仙は俺と違って立派な戦力だった訳だし」
とは言え、ある程度の流れについては予見出来た部分はあり、こちらからそれを伝えた上で、自身の判断であることを当人から念押しされている身としては、あまり言わない方がよいのかもしれない。
「ハァ……こっちだって言っても無駄よね。確かに、アンタじゃなくて、アンタが持ってたアイテムの力な訳だし」
「おぉ、本質を捉えてるねぇ」
これはつまり、お互いに気を遣い合った格好か。そして、それが不要であることを暗に示し合っているような気もする。
「とりあえず、大貴族の当主になるので退学するっていう所は、判断が合致したってことで。正式に引き継ぐのっていつになる感じ? こっちはもう発表すればすぐにもって感じらしいけど。リタ曰く」
お互いに座り直し、話の方を再開させる。
「……こっちは、もう少し先になるわね。摘発した件について全部調べ終わるのに、多分一週間は掛かるんじゃないかしら」
「さっき言ってた通りか……嫌いじゃないんだけど、もう少し融通利かせろよって……思っても無駄だからもう言わないわ。普通なら、俺が垂れ込んだにしても、コルフォートにがっつり賠償請求しそうなもんなのに」
「そう思ってそうなのはシオン位ね。一部の人達は、会長が今言ってたみたいに、アンタがずっと父親を失脚させるチャンスを窺って、わざと酷い言動を振り撒いていたって話してたわよ」
「こっちは多分全員がそう思ってる。てか、周りからしたらそうでも思わんと謎過ぎるしな」
実はクズを演じていたレクス・フォン・コルフォート。いよいよパロディ全開な世界観になってきた。レクズという安定の愛称も遂に返上か。
またそのため、俺が当主になるなら四条家からは何のお咎めもなしという流れが既に決定的であり、後は新たな当主となる水仙が認めれば終わりというのが、今の状態らしい。
「そういえばだけど、今の……じゃなくて、ここ数百年位の四条家って、お金が無くて、食糧的にも厳しいって感じだよな?」
「そこは別に今のでいいでしょ……と言っても、悪事に加担してたのは極少数だから、全く以て否定できない話ではあるわ……」
そんな長い期間に亘って貧乏が続けば、不正を働いてでも富を得ようとする人達はもっと現れそうなものだが、それは暴動の起きない国民性に近い概念だろうか、四条の領民達は質素倹約に努め続けて今日まで歩んできた様子。
「なら可及的速やかに、お金と食糧をズブズブな感じで援助するわ。だから、必要な分をシオンさん辺りに計算させて、こっちに送ってもらってもイイ?」
「はっ? な、何でそうなんのよ……」
さすがに困惑した様子の水仙さん。
「昨日ガチで寝たい中、最低限確認したんだけど、コルフォート家の当主って、マジで存在がルールブックみたいな感じなんよ。一見して秒で革命が起きそうなレベルで」
そう、潰れたカエルみたいな状態の父上がイキってた話は嘘ではなかった。
「っ……そういえば、その場で法律を変えられるみたいなこと言ってた気がする……待たされ過ぎて、あんまり記憶にないけど」
「それは俺も一緒……」
ギリギリで欠伸を噛み殺し、ちょっとだけ水仙に睨まれる。
「だとしても、そんなの受け入れられる訳ないでしょ。私だけじゃなくて、家の皆が納得しないわよ」
「だったら、今までの非礼を詫びる意味で、是非援助させて下さいって頭を下げに行くよ。俺の方も、どうせ一寸先は闇なら、やりたいようにやろうって決めた感じな訳だし。っていうか、コルフォートに巨大な食糧プラントがあるのは知ってるだろ?」
「もちろん、話には聞いてるけど、どういったものなのかは知らないわよ。それに、四条家の分まで製造が追い付く訳ないじゃない」
「そこら辺は今度出向いて色々と聞き込むけど、まぁとにかく考えといてくれ」
こっちが過剰な贅沢を止めれば、人口も少ない四条家の分を賄うのも不可能じゃない。ソースはファンブックの世界観説明ページ。
「……正直、食糧の供給はありがたいわ。けれど、あくまでこちらが対価を払うことが前提条件よ。少なくとも、私はコルフォートに隷従する気はないし」
水仙は真っ直ぐにこちらを見てそう言った。少しだけ、流れる雰囲気が引き締まる。あまりそういう意識はなかったが、所謂当主会談的な感じになってることに、今更気付く俺。
「なるほど……なら、単純な労働で支払ってもらうのが手っ取り早いし、この上なくこっちも助かる、か……その、やることパパっと済ませてさ。ちょっと今日一日付き合ってほしいんだけど、どうすか?」
考えてみれば、俺はここでやっとキャラの属性をその手中に収めたと言っても過言ではない。ある人にとっては神から授かった無双を可能にするギフト。そして言うに及ばず、俺の場合は腐敗貴族の持つ財と権力。
剣と魔法のファンタジーによく登場する態度デカい系テンプレ貴族は、それこそ主人公さえ現れなければ永遠に甘い汁を啜り倒して高笑いしてそうなノリではある。
去年もその店だったから今年もその店にしよう、といった思考停止に近い概念で脈々と受け継がれた強固で閉鎖的なパワー。それを手に入れた者は、一体何を望むのだろう。まぁもちろん、それは人それぞれであろうが。
「っ……身体で払えってこと? 一応聞くけど、何をさせる気?」
真っ直ぐな瞳はそのままに、微量の圧と殺気が加わる。
「いやいやもちろん、水仙さんにしか頼めないことっすよ。ただ、その前にもう一つ確認なんだけど、コルフォート領の人間で、水仙とタイマンして勝てる人間って存在する?」
頭の中でキャラ図鑑をパラパラと捲ってみるが、明確な該当データはなし。一応、リタがワンチャンあるかもしれん。というか、何故そういう人材を持たずにこんな世界でコルフォート家は栄えているのだろう。その答えはもちろん、杜撰(ずさん)な世界考証。
「…………絶対に無理なのはラトーラ……後、ヴァーミリオンとシャンティエーカを含んだら分からないけど……多分、いないと思う。アンタなら、分かってることなんじゃないの?」
「分かってるとは言わないけど、お前は運以外の全パラメーターが高いから、単純な近接戦闘においてはいずれ世界最強になる流れだとは思ってる」
「――ちょっと待って。ウン以外って何? そのウンって、もしかして運気のこと? 私って……そんなに運が悪いの?」
「――あ…………いや…………」
「…………」
やってしまった。最早水仙と話す時のノリはローリーと大して変わらない。それが仇となってしまったと振り返ることができる。
「まぁ…………あ、でも、私生活にまで影響があるかは定かではないし、そんなに気にする必要はないと思う。ドラゴンのブレスがよく飛んでくる程度の運の悪さって話だ」
シミュレーションゲームモードになれば、実害はないかもしれないし、ランダムイベントで悪いことばかり起こるのかもしれない。それに関しては神のみぞってヤツだが、これらの情報を口に出すことは誰も幸せにはしないだろう。
「むしろ致命的な運の悪さじゃないの……」
「大丈夫だよ。もうそんなシチュエーションには飛び込まないから」
これはフラグではなく、決意にも近い本音である。
「っ……」
「うん? どした?」
お茶を飲んで気分を落ち着けようとしたっぽい水仙の手が、途中で止まる。
「アンタ……私の運が悪いってことを知ってたのよね? なら、ドラゴンがブレスを私にばかり吐いてくることも、予め知ってたってこと……よね? ねぇ? どうなの?」
「いや……」
どうやら、ヤバいモードに突入してしまった様子の四条水仙。実際、この件については大分根に持っているのは間違いない。
「ねぇ? どうなの?」
現場で詰められた際の諸々がデジャヴる。が、打開策は一向に降りてこない。
「…………っ!」
「――――っ!」
一縷の望みに賭け、ノーモーションで扉へと走り出した俺だったが、次の瞬間には既にヘッドロックにより身体の自由は奪われていた。
これが、タイマントップ層の力ということだろう。