屋敷に踏み入る、7メートル先で強姦の現行犯、険呑な圧を放つ水仙。今ここ。
「――っ、『ドゥルーガ』……キィィックッ!」
「――ゲラッ! ハッ!?」
瞬時の判断を迫られた俺は、エロいおっさんの命を救うため、爪先を硬化させながら一般的な中段蹴りをその横っ腹にヒットさせる。サッカー的にはトゥキック。
「イイ声で吹っ飛ぶじゃないか。さすが、腐ってもクズ貴族」
「……クズ貴族は最初から腐ってるでしょ……」
クズという言葉が腐敗を含むかは置いといて、俺は早急に場を進めるため、処理の追い付いていないメイドさんを抱き起こし、パパっと乱れた衣服を勝手に正す。
「キミ、私が誰だか、分かるかね?」
「ぇ……っ!?」
「何? その口調……」
転がっている中年男性を一瞥し、やっと現象の理解をスタートさせた様子のメイドさん。
「……レ、レクス様……」
「へぇ……領土の端っこでも普通に顔知られてんだ」
門番さん達も含めて、そろそろそう捉えてもよいだろう。
「キミ、名前は? いや、きっと覚えられないから割愛しよう。この屋敷にいる奴隷を全てこの場に集めなさい。出来るかね?」
「え……ぁ……は、はい……承知、致しました……」
素直に頷き、早足で奥へと去るメイド。周囲にいた数人も、俺の声が聞こえたのか、こちらに集まってくる様子。それは非常に都合がよろしい。
「水仙、気持ちは分かるが、お前に暴行されたら一般人は最悪死んでしまう。俺は一応、霊薬によって耐久が上乗せされているが、それでも暴力は控えてほしいっちゃほしい」
「っ……分かってるわよ。というか、そういえばアンタと私って、耐久面ではそんなに変わらないのよね。それは、イイことを聞いたわ」
「いやいやいや……」
ドラゴンにボコられた時のことを思い出しているのか、余計な再確認をしてしまったようだが、当然覆水は盆に返らない。
「むぅ……っ!? レ、レクス様っ!? それに、四条家の……」
何世かは知らないが、とりあえずパニーニおじさんからは貴族としての優雅さや気品や余裕は窺えない。まぁこんな形で凸られたのだから仕方がない話なのだが。
「まぁ……その体格で正座はさすがにキツかろう。足を崩していいから、そこに座って俺からの質問に答えたまへ。キミに……出来るかね?」
「っ……はっ、はい……仰せのままに……」
「……何か、そのキャラ、イラっとするわね……」
そんな水仙に睨まれつつ数分。玄関には使用人が勢揃いしていた。
「えぇっと……………………66人……意外と少ないな」
「いやどう考えても多いでしょ……にしても、全員猫族の人なのね」
「それはまぁ……」
パニパニの趣味でしょ。そこにまでヘイトを向けるのは違うと思う。
「さて、使用人諸君、私の名はレクス・フォン・コルフォート。噂されている父の失脚は事実だ。つまり近い将来、私が領主になる……かもしれない」
「いやだから、確定でしょ……」
でも何か言い切れない。一体誰がいきなり領主になるという現実を容易く受け入れられるというのか。
「イエスかノーかは挙手で答えてもらう。この人数だとどうにも分かりづらいため、挙手する時は空に真っ直ぐ突き出すような模範的な挙手を期待する。では、今ここに座っている小太りの中年男性に、暴行を加えられた経験のある者は、挙手を」
「――っ!?」
焦るパニパニ、恐る恐る上がっていく手、手、手。
「おぉ……」
「ハァ……見れば分かるけど」
特に衝撃でもなく全会一致、オールコンプリート。そもそも水仙が言うように、中には見える位置に痣ができている方も複数人見受けられる。ただむしろ、ファンタジー世界においてはまだマシとも思えてしまうが、これは程度の問題ではなかろう。
「い、いえ……これは……」
「パニーニ、何を狼狽えている。もしかして、積み重ねた己の所業に罪悪感でもあったのか? まぁあったんだろうなぁ……まぁまぁドンマイだ。いや、全然ドンマイではないんだが、とにかく、だ。新しく領主になるはずの俺から、言葉を授ける。傾注せよっ」
「っ……はっ!」
ホントは事務連絡っぽく言いたいんだけど、こんな舞台劇のセットみたいな空間ではこんな感じの方がむしろ馴染んでしまう今日この頃。
「俺は、人を物扱いして迫害する奴隷という概念が嫌いだ。お前は今日まで、父上に気に入られようと努力を続けてきたのだろうが、これからはどう努力していくことが自身の地位を守るのか、よく考えるといい」
「…………は、はい……」
「後、領民から金を搾取するのも嫌いだし、そもそも弱い者イジメや裏でコソコソと残念な悪行を重ねるのも趣味じゃない。その意を汲んでくれる者に、然るべき権力を与えることだろう」
「――っ!? はっ!」
まぁ何を言ってもナチュラルボーンクズ貴族のこの人は変わらん。駄目そうだったら別の人材を探すしかないだろうが、面倒だから勘弁してほしいというのが本音ではある。彼の存在意義、保身のための活力が上手い方向へ転がってくれることを雑に祈っておくとしよう。
「で、さて……あ、もう手、下ろしていい……っすよ」
何人か腕プルプルしとるやん。
「ちゃんとキャラを貫きなさいよ……」
「まぁまぁまぁ。で、全員女性か…………3人、小っちゃい子いるけど、何歳位に見える?」
「そうね。10歳……前後じゃない?」
見解はほぼ一致。ただ、外見から年齢を当てるのはほぼ安定しない。とりあえず、コルフォート屋敷による錯視で妙に狭く見える玄関ホールの端へ。
「っ……」
「っ……」
「……」
「っ……立場上、他領の取り決めには何も言えないけど……」
「そういや、ここの法律って簡単に変えられるんだよな。ただ、現状で法がしっかりと機能する感じでもないっぽいし……」
とにかく、手を付けるべき部分が多過ぎる。どうしたものか。
とは言え、まずは明らかに酷い扱いを受けているこの子達を最優先とする。
「うーん……この子達は、使用人の娘さん、とか?」
横に立つメイドさんに聞いてみる。ただ、未だ領主の息子がアポなしで訪問してきたショックを咀嚼し切れていない様子ではある。
「っ……あ、あの……っ、は、はい。あ、いえ。この子達は、3人共孤児で、親は……えっと、おりません」
「なるほど。では、この3人は強制的に引き取る。まず……キミ達、コレを飲みなさい」
俺はおもむろにキャビネットを使い、3本のチートポーションを取り出す。当然、俺がキャビネットを使用していることに周囲は驚愕の息を漏らすが、もうそういうのは気にしないことに決めたので気にしない。
「……」
「……」
「……」
指示を聞くことに慣れすぎているのか、受け取ってから遅れて困惑がやってきた感じの3人。水仙が優しく促すと、恐る恐るといった様子で蓋を開け、ゆっくりとボトルを傾ける。
「「「――っ!?」」」
淡い光がそれぞれを包むエフェクト。これは俺もそうだったが、爽快な衝撃よりも起こった現象への驚きが先行してしまう。生気を失った瞳に年相応の輝きが戻る。正直、300万の価値は十分にあるのではないか。
「――では、本日はこれで終了とするが、また近い内にいきなり来ることになるだろう。その時に、俺の望んだ変化が見られなければ…………」
「っ……ぁ……は、はい……」
脂ぎった髭面を凍らせながら緩慢に頷くパニパニを一瞥し、出口へと足を向ける。油が冷えて固まるとこの上なく最悪だからもう見たくない。また、3人は拒まずに付いてきてくれるようで一安心。
「まぁ世の中思い通りには進まないのが常だけど……別に千のキャパを満たす必要もない、のか…………いや、水仙。こうなったらもう後の三家も凸ろう。というか、そうしないと何だか不公平な気がしない?」
「そうかもしれないけど、後もこんな様子なら、不公平でも問題ないんじゃないの」
「ごもっとも過ぎる……」
我が領の歴史は正にその言葉に集約されるのかもしれない。ただ、ガバガバな設定が起源なら、覆すことも十分可能だとふんわり思っておこう。
「ま、悪くない対応だったんじゃない? 悪法もまた法って言うし、ああいう手合いは追いつめられると短絡的な行動に出るから。実際、そういうことがあったみたいだし」
「へぇ……結構コルフォートに詳しい?」
「そりゃ、立場上は対になる領な訳だし。少なくとも、小さい頃に聞いてたどうでもいい話が、最近少しだけ役に立ってるって感じね」
「まぁ、分からんではない……」
作品には直接反映されないスタッフの設定が情報として活用されている俺の現状と、似たようなものだろう。多分。
とりあえず腹一杯飯が食えることを伝え、3人を従者に預けて再び馬に乗る。続けて、我々が離れないと動き出せない方々を気遣い、適当に馬を走らせる。改めて、こういう展開ならアルレッキーノをレッカーしてから事に及べばよかったがまーしゃーない。
「……四大分家。パニーニ家と、位置的に四条領と接しているシュラスコ家。後は……」
「ハンバーガーとカツサンドだな。やや偏見に満ちてるけど、何処もその響きだけで太ってそうではある」
せめてパニーニさんとシュラスコさんはスリムであってほしい所だったが、もしかしたら痩せよりデブの方がイラストが描きやすいのかもしれない。加えて実際、歴史上のどの国の貴族も晩年肥満になる人が多いと聞く。適度な運動の大切さを説いてくれる材料の一つだ。
「確かに、コルフォートの権力者って、皆ふくよかなイメージがあるわね……それで、次は何処へ行くの?」
「うん……馬なりで行くと四条領の方向だし、シュラスコさんちに向かおう。ちなみにだけど、会ったことあったりする?」
「ある訳ないでしょ……裏では酷い繋がりがあった訳だけど、表はしっかり国交断絶してるんだから……」
「そういや、そっちに一枚噛んでたのがシュラスコ家か……」
立地的に接触している訳だから当然だが、父上はシュラスコ家に人払いを命令していただけで、彼らはやってることの中身は知らなかったというのが事実。奴隷になる人が行き来してんだから、どう考えても無理があるだろ。
「そう考えると、この領の貴族さん達は本当に言われたことしかやらない……というか、言われたことだけをしっかりとやってくれると言い換えることもできるか……」
「保身しか考えていない人間なら、そうかもしれないわね」
確かに、価値観のトップが保身である人間の行動原理と見ると、かなりしっくりくる話ではある。利害関係の雁字搦めというのも、中々に悲惨なものなのかもしれんがよくは知らん。
「……まぁ、それは置いといて、さっきのパニパニさんもこんな時間からあんなんだった訳で……そういえばな話、コルフォートの貴族の人ってどんな仕事をしてんだ? 知ってる?」
「っ…………」
「えっ?」
微妙な沈黙に思わず振り返ると、金髪の美少女はどうにも気まずそうな表情を浮かべている。
「……何もしていないわ。もちろん、実務をこなしている人はいるんだろうけど、権力を握っている貴族は、その誰もが仕事と言えるようなことはしていないはずよ」
「ヤバっ……魔法インフラ強過ぎだろ……なら、さっきのは聞いてた話が目の前でって感じか……」
「そうね。ただ、何で玄関ホールだったのかが謎だけど……」
「それは俺もそう……」
そんな、コルフォート貴族の生態について、不毛な考察を重ねつつ、俺は馬を走らせ続けた。
「――パニーニが青で、シュラスコが緑……」
「何でこうもハッキリと色分けされてるのかしら」
それはゲームだから。と言っても、声のトーンから興味は薄いことが察せられる。
何故シュラスコ家に、と聞きたいけど聞けない様子の従者達に馬を任せ、水仙と並んで緑色の屋根の屋敷へ向かう。色以外はガチめな既視感。
「――レ、レ、レ……レクス、様……」
「親戚か?」
「あ、私も思った」
門番さんとの焼き増しなやり取りを経て、我々は屋敷の庭を直進していく。
「何回も言ってるけど、家ってさぁ、この屋敷の離れの半分未満の広さで十分じゃね?」
「ま、それはそうね」
同意が得られて一安心しつつ、妙に若いメイドさん二人が怯えながら開いてくれる扉から、屋敷内へと足を踏み入れる。
「「…………」」
衝撃はなく、あるのは落胆のみ。
「――何だ? 獣人風情が、主の慰めを拒むというのか?」
「ハァ……」
「天丼かよ……」
いや、こんなものは天丼とは呼ばない。ただのつまらん重ねだ。
そう思いながら、俺は直接フリーキックを蹴るサッカープレイヤーのように、軽い助走へと入った。