「――相手のゴールにぃ……シュートォ!」
「――ゲラッ! ハッ!?」
完全なるデジャヴを生み出しながら、蹴りを受けて吹っ飛ぶ小太りの中年男性。
「超っ! エキサイティング!」
「何なんのよ……それ……」
「知らん。親戚のおじさんが正月に叫んでた」
とにかく、目の前の虚しさに対処しなければならないウンザリが心を侵食していく。
「っ……というか、ゴメン……私は流せない……流せなかったわ……この人、じゃなくて……あ、そっか……四大分家って、それぞれが親戚、よね? だから……いや無理っ。どう見ても双子……それも一卵性じゃないと納得できないレベルよ……」
元の生真面目さにしがみ付かれたのか、水仙は目の前のどうでも良過ぎる要素を無視できなかった様子。そして、確かに目の前で悶絶しているシュラスコさんは、パッと見でパニーニさんと区別が付かない。
「まぁ……そもそものパニーニとシュラスコは全然ヴィジュアルが違うからなぁ……」
「嘘……どの辺りが違うのよ……領主だけが持つ、特殊な目がある訳?」
「そんなものはない。後、今のは聞かなかったことにしてくれ」
パニーニは遠目にはサンドイッチで、シュラスコはケバブの亜型みたいな感じだろ。まぁ知らんし、特に無くても困らんけど。
「っていうか、折角流そうと思ってたのに、水仙が指摘するから俺も流せないポイントが気になってきたし……」
「はっ? 俺もって……顔……というか存在自体が同じってことよりも気になることなんてないでしょ……」
水仙も同様にウンザリ顔で呆然としているメイドさんを助け起こしている。
「ぅ……うぅ……んなっ!? レ……レレレ、レクス……様……な、何故……そ、それに……四条家の……」
「よしよし。若干リアクションが違ったのでその点においては許そう」
「いや誤差の範囲でしょ……」
「まぁまぁまぁ。分家だから似てるってことで、納得してくれ」
「それは絶対無理……」
そんなゴネられても、キャラデザが色違いだからなんて言っても通じはしないだろう。加えて、モブキャラに個別のデザインを求める方が酷であることは重々承知してはいるものの、現実として目の前に現れると、やはりその限りではない。
「まぁ……彼がモンスターだったら、図鑑では同じ種族にされてしまうんだろうなぁ……」
おじさんを集めるゲームも存在する訳だし、需要はあるのかもしれない。つまり、俺にとってはどうでもいい。
「シュラスコ……何を置いてもまずは一つ尋ねたい……いいか?」
「っ!? っ……は……はい……」
その絶望した表情にも目新しさはないが、今後俺がその類を気にすることはもうないだろう。
「何故……玄関ホールのド真ん中で事に?」
「っ…………えっ?」
その絶望に、昏迷が加わる。
「いやいやいやいや、当然の質問だろう。そっちにとってタイミングが最悪だったことは察するが、それについては頻度の問題もあるはずだ。とにかく、何で入ってすぐのここで? 寝室にしろよ……」
「そういう問題じゃないけど、容姿と共に気になると言えば、そうね……」
どうやら、一応ギリギリで常識人枠の水仙も、その違和感に至った様子。さっきそう漏らしてた気もするし。
「っ……そ……その……お、思い、出しますと……確かに……数十年前までは、寝室で、その……行っていた、と記憶しておりますが……」
「うわぁ……本当に聞きたくない……」
「それはそう」
「っ……うぅーむぅ……その……最初は、寝室が面倒で、食堂か、書斎で……その……」
「ほぅ……共感は難しいが理解は可能だ。だが、まだまだ玄関は遠いぞ」
「私は理解もできないわ……」
「あ、ありがとう、ございます……そ、それで……あ……その、屋敷に帰ってから、すぐ……となると……その、食堂や書斎が、メイドの私室になり、階段……に、なり……その……数十年前から、この……玄関、ホールに……」
つまり、本当に面倒でズルズルと入口に近付いたって話か。寝室を玄関の近くに作るって発想にはならない、のか。そっすか。
「っていうかそもそも、こんな所業を数十年も続けてるって冷静にヤバいな……」
「でもそれが、コルフォートなのね……」
何かもう、同じ人間として会話が成立するとは思えない次元かもしれない。ただ、クズ貴族の中身を考察してみれば、こんな感じなのは割と納得できるっちゃできる。
「っ……っ、その……」
「何だシュラスコ。四大分家で最もそれっぽい響きの名前なのに、お前も己の道に罪悪感を抱えて生きてきたのか? 自分が悪行を重ねてきたという自覚が無ければ、そんな表情にはならんぞ」
「っ……あ……うぅ……」
新の悪とは、自身の行いに罪悪感などなく、そもそも罪悪という言葉が辞書に搭載されていない。聞く所によると、それが悪という概念のイロハのイの一画目らしい。
「……ごめんね。貴女、今、幾つ?」
「っ……あ、あの……じゅ、10才……です」
「アウトやんっ!」
てか初等教育やんっ。
「終わってる……この系列は、世間の目も冷たいぞ……」
それで気付いたが、周りに見える面々にしても、その位の年齢に見えてしょうがない。
「そ……その……兎人族の10歳は、我々人間の18歳以上になる、と……」
「何の言い訳にもならんが、へぇ……」
業界における暗黙の了解が、そのような形で顕現しているというのか。何か、その手の部分について確かめるの結構おもろいかも。
「まぁそんなトコに手を伸ばせる日は遠い……いや、訪れないと言った方が近いか……」
そして、明日とは言わず、夕食までには記憶から消えているであろうやり取りを経て、玄関ホールに全メイドが集結する。シュラスコ家はパニーニ家よりも更に狂った過剰採用だが、文字通り人のことは言えない俺んち。
「――100……ちょい……っていうかこれワンチャン、平均年齢一桁もあるんじゃね?」
「わんちゃんっていうのが何なのかは知らないけど、十分あり得るわね……」
ちょいちょい言葉が通じないことには気付いているが、まぁ発売日の問題とかだろうか。
「うーん……どうしたもんか……」
「――待って。また気になることがあるわ」
「いやそれ、夕飯ん時に聞くわ」
俺はそれより、この痛々しい場を一秒でも早くバラしたい。
「無理。アンタだって内心思ってるでしょ? 成人している給仕の人は数人……今聞いた状態が数十年も続いているのだとしたら、どう考えてもおかしいわ」
「まぁ……他の三家と協力して循環させてんじゃね? 例えば、三家の小さい子と年齢の上がった子を移籍させる、とか」
「っ……そ、その通り、です……12の誕生日を迎えたメイドは、他の家へ送り、その年齢までに、一通りのことを学習させる仕組みとなっております……」
「何かそう聞くと、年月を経て円滑に回る仕組みが出来上がっていったみたいな響きだけど、どう考えてもキモいシステムだな……」
本家と分家にいる奴隷は全てこのシュラスコ家によって教育されている、とか。きっと父上が気に入った人を勝手に引き抜いていくみたいなことも日常茶飯事だったのだろうと推測される。まぁまぁ掘りたくない話だ。
「さっきのが底辺かと思ったけど、まだまだ底は深そうね……貴女達っ! コルフォート本家に来れば、十分な食事と暴行を受けない生活は保障されるわ。それを望むなら、私達に付いてきて」
女性はロリコンに冷たいという説を耳にしたことはあるが、水仙さんもそれに該当するのだろうか。有無を言わさぬ圧を伴ったその背中に、まるで吸い寄せられるように子ども達が扉へと足を向ける。
「……残るは赤と黄色の二か所か……まぁ色と性癖以外は同じと考えて間違いないな」
「パニーニ、シュラスコ……後は、ハンバーガー家とカツサンド家ね」
「発音してみると更に酷いな……水仙も、さすがにハンバーガーとカツサンドはないって思わない?」
どちらかというと、四条は名字として勝ち組に属すると思われる。
「はっ? 何が?」
「いやだから、変な名前だって思わないすか?」
「それを言ったら他領の私からすれば、コルフォートだって十分変な名前よ」
「あ、そういう感覚すか……」
えーでも俺、自分がレクス・フォン・カツサンドだったら秒で法改正して改名するけど。当然、コルフォートが気に入っている訳ではないが。
そんな、無為なやり取りをしつつ、水仙主導で子ども達が保護されていく。今更だが、教育係も兼ねているであろう残った成人のメイドさん達は、皆一様に嬉し泣きな雰囲気だったので、まぁ良かったと思っておこう。
「――そんじゃまぁ、また移動シークエンスに入るか……」
馬で移動、凸、茶番、撤収、馬で移動、凸、茶番、撤収、馬で屋敷へ戻る。今ココ。
「――何だか、精神的に疲れたわね……」
「いやマジでお疲れ。屋敷に着いたら夜だな……色々ありそうだけど、一旦夕食にしたい」
ハンバーガーさんはドMで、それはそれは水仙さんがキモがったそうな。だがそんなエピソードが消し飛ぶカツサンドさんの寝取り性癖に素ギレした水仙が、その熱弁を遮って半殺しにしてしまい、仕方なくポーションを使用することとなった。
「……確かに、あの性癖は創作物の世界に止まるべきかもしれん……」
ただ実際、古代の権力者にはありがちな性癖だったとかどうとか。
まぁ当分、そっち系の話は勘弁してほしいと思う。
加えて、我々が四連凸を敢行している間に、有能な従者の皆さんは指示通り、各家庭を回って一定基準を超える劣悪な環境に置かれた子ども達を保護兼強制拘束してくれたとのこと。
また本日の活動について、四大分家における残念さ以外の部分では、領内をこの目で見て回れたのは良かったかもしれない。
隅まで確かめた訳ではないものの、貴族は全体的に終わってて、平民に飢える者は少なく、雰囲気は一様に暗い。元気の無さが治安の良さに繋がっているのかは定かではないが、平均35点位の生活が約束されていることで保たれている平和、といった印象。
あんな感じだと、数少ない血の気の多い層は死んでも構わんから冒険者という流れになるのも理解できるし、設定の拘束力も手伝って色々と停滞しているのも不思議ではない。
「――おかえりなさいませ、レクス様」
そんな話を軸に水仙と意見交換していると、やはり体感時間短めで屋敷に到着。リタの出迎えでスムーズに馬を預け、敷地へ入る。この流れは間違いなく、夕食の準備も完璧と見た。
「お疲れ。何となくでイイんだけど、屋敷に来た子ども達の人数って分かる?」
「はい。894人になります」
「っ……たった一日で相当動いたわね……」
「いやぁ……領主の命令は絶対っていう歪んだ文化の為せる業か……」
そして人数もしっかり把握している。声を上げない優秀な方々のおかげで、杜撰(ずさん)なゲーム世界は成り立っているのかもしれない。
「それと……レクス様……パニーニ、シュラスコ、ハンバーガー、カツサンドの四家から、先程金品を中心に献上物が届きました」
「えっ? 何で?」
一応、会話の中に強請りの要素は無かったと思うんだけど。
「書状に目を通させていただいた所、新たな領主となられるレクス様への忠誠を示すためだとのことです」
「随分とあからさまなすり寄り方ね……」
ただ、非常にコルフォートっぽいやり方ではある。
「金品を中心に……か。ちなみに、お金……ガバチョはどれ位?」
「はい。合計でちょうど、160億ガバチョになります」
「――ひゃっ!?」
鋭い叫び声を上げて固まる水仙。俺にとっても十分に驚きだったが、彼女のそれにより全て消し飛んでしまった。これはおそらく、滅茶苦茶緊張している人を見て緊張が解けるヤツだ。
仕方なく、ドでかい庭の中央でフリーズした金髪少女の再起動を待つ。夜になっても、この辺りは魔法の光でまぁまぁ明るい。電気代という概念のない世界。
「何かもう、食糧の供給を調整して、平民と奴隷の皆さんに一定額バラ撒けば解決するような気がしてきたな……」
近い内に細かくリサーチして、定額給付とかしようかな。まぁ実質返還なんだけど。
「――っ……いた……」
「ん?」
「――えっ? あ……ラトーラ?」
銀髪少女の不法侵入により、金髪少女の再起動が急に完了した様子。水仙とリタもそうだが、クソ豪華な庭に映える無表情系美少女。数歩分の距離を隔てて周囲の空気が凍り付いている。何かよく知らんが、魔力を用いて登場したと理解しておこう。
だが。
「――とりあえず、飯にしようぜ……」
と言ったものの、拒否られたら先に話を聞くしかないのだが。
それなりに腹の減った俺は、そう思いつつラトーラが首を縦に振ってくれることを祈った。