時刻としては、夕食を終え、とりあえず今日はもういいかとなっているような時間。
にもかかわらず、俺は自室のソファではなく屋敷の裏手に来ている始末。
そう、人生はおろか、ゲームすらも思い通りに進まないのは割と現代ではありがちな真実と言えよう。
「そういえばだけど、あそこって二十四時間営業なのかな?」
「はっ? そんな地獄みたいな店が存在するっていうの?」
「いやすぐに働く側に立つなって……」
ゲーム世界の住人から見れば、コンビニは地獄らしい。もちろん、ちゃんと説明すればすぐに誤解は解けるのだが。
ただそういえば、フランチャイズがどうたらな社会問題を耳にしたことがあるようなないような。そう思うと、確かに二十四時間営業の店を回すよりは、現状の方が自分には合っていると考えて、前を向こうではないか。
「まぁ、閉店してようが店内まで直接踏み込める訳だし、問題はないか」
「っ……問題はあるけど、ちょっとそこは許してもらうしかないわね……」
「……」
呆れる水仙、黙り続けるラトーラ。俺的にはナビゲーション魔法生物のユッキーがいてくれた方が助かるのだが、アレは結構消耗が激しく、ラトーラも必要な時しか使おうとはしないので仕方ない。
「んじゃ、転移するからもう一歩だけ近付いて」
「「……」」
アルレッキーノがいない広々とした転移地点から、本当は気が進まない夜の空間跳躍と洒落込む。いや、洒落込んではいない。
「――っ、うおぉっ!? アルレッキーノぉぉっ!?」
「――っと……」
「っ……」
視界が切り替わった瞬間、キスするレベルの距離に馬面が現れた。もちろん、思いっ切り仰け反って倒れ込む俺だったが、後ろにいた水仙がガッチリと支えてくれる。柔らかくも、逞しい安心感。女なら恋に落ちるのかもしれん。
「――何となく、次は夜に来るんじゃないかって思ってたけど、意外と早かったね。それに、新しい人もいないじゃん」
カウンタ―の中で座り、瓶牛乳を飲んでいる赤毛ロリ。これまではこちらが驚かせる側だったが、どうやら向こうのターンに移ってしまったらしい。
「おいおい……馬を室内に入れとくのはさすがに非常識だろ……」
「いや、絶対わざと言ってるでしょ、それ……じゃなくて、留め具? みたいなのを壊して勝手に入ってきちゃったんだから、不可抗力だよ」
「はっ? 自分で留め具を? そんなことって……この子、大分穏やかな方だと思ってたんだけど……」
乗れないのに馬には慣れてる水仙。アルレッキーノも、首を撫でられて気持ち良さそうにしている。
「それで、多分レクスのことをずっとここで待ってたんだよ。忠義を尽くすような主じゃないと思うけど」
「最後の要らなくね?」
とにかく、俺は謝罪と労いを込めて収納からリンゴを取り出し、愛馬へと差し出す。
「やべぇ……アルレッキーノが食ってんの見たら腹減ってきた……」
「そんなことより、今日は何の用なの? 夜遅くに来たってことは、人間からすれば緊急の用事なんじゃないの?」
「あ、そうだった……それで、具体的にはどうするつもりな訳?」
とりあえず、アルレッキーノを窓の方へ寄せて最低限のスペースを確保し、カウンタ―の前にある椅子を水仙の方へ。ちなみに、ラトーラは転移地点となっている丸椅子に置物の如く腰掛けている。話についても、聞きたい箇所だけ耳に入れる感じであろう。
「よし……では、プランを発表しよう」
「予め発表してから来てほしいんだけど……」
悪性の小姑みたいになってきたローリーは捨て置き、俺は言葉を続けることとする。
「名付けて、四条水仙最強化計画、だっ」
「はっ?」
「「…………」」
水仙からはよく聞く一文字、二人は沈黙、アルレッキーノもリンゴ1個で静かにしてくれている。もしかしたら、一番大人なのはコイツなのかもしれない。
「それってさぁ、水仙に霊薬を飲ませるってこと?」
「そういうことだ」
当然、店の主であるローリーはすぐ計画の中身を看破する。
「けど、それなら何でレクスが……あ、そっか。効きが悪いって言ってたっけ。うーん……たださぁ、最強っていう位の量になると、そこに置いてある1億ガバチョじゃ足りないと思うよ」
「まぁ尤もな返しではあるな」
ただ、どう切り出したものか。前は普通に犯罪者扱いだったが、不自然に多額の現金を持っていたら怪しむのが当たり前と言われればそれまでではある。
「ねぇ、レイヤクって確かアンタの……っ……何、だったかしら?」
前に話した気もするが、説明が必要な様子の水仙。ラトーラは机に置いてあるカタログを眺めている。
「あー、あの時お前、チートポーションの値段の衝撃で全部飛んでたのかもな。何か、ほら? ステータス……力とか、魔力とか、っていうか耐久力を上げるポーションがあるって話したじゃん?」
「っ……それを、私が飲むってこと?」
「そうだ。各種200本ずつ位服用すれば百戦危うからずだろ」
もちろん飲むのは地獄だが、それでも延々ドラゴンにボコされ続けるよりはマシだろう。
「200って……だからお金――」
「――ふっ……」
「っ……」
俺は虚空から取り出したるズタ気味の袋をカウンタ―へぞんざいに投げる。イイ感じのジャラっとした音と、ローリーが息を呑む声が重なり、場は少し俺の方へ味方する、ような錯覚が広がる。
「これって……っ!? う……嘘……全部……100万ガバチョ、金貨……」
「その袋だけで10億ある……そして、俺の動かせる資金にはまだまだ余力があるとだけ言っておこう…………これでもまだ、我が崇高なる計画を、絵空事だと嘲るかね?」
「とりあえずうぜぇ……」
袋の中身をザっと確かめながら、赤毛ロリの表情は明確な敗北感で染まっていく。
「――ちょっと待って」
「うん?」
とそこで、折角の流れを一旦止めにくる金髪美少女。出来れば待たずにこのまま畳掛けたいのだが。
「そのポーションって、1本幾らするの?」
「いや、水仙。今は人命が関わる非常時だ。その辺りは気にしなくて――」
「――幾らなの?」
顔がヤバい。ユッキー、場を和ませるためだけに降臨してくれ。
「300万だけど、レクスにとっては大した額じゃないよ」
若干やさぐれ気味のロリだが、今はどうでもいい。
「っ!? それを……200本も……」
「違うよ。ステータスは計7項目だから、×7。各種200本で……42億とか? レクスのことだから、ちゃんと用意してるんでしょ? チートポーション1本買うのも普通の人間には無理って聞いてたのに、話が違い過ぎるよ……」
「………………」
絶句する水仙さん。そう聞くと、確かに手持ちの資金で十分賄える。元が賄賂というのはまぁまぁ問題アリだが、今後のアドバンテージを考えれば、決して悪手ではない。ただ、四条水仙が悪落ちしたら全てが終了する世界となってしまうのは、敢えて考えないでおこう。
「まぁ実際、全ステータスである必要はないし、差し当たってHPと力、守の3種盛りでイケるだろ。魔法がテーマな世界観ブチ壊しではあるけど、もうそういうこと言ってる段階じゃないし」
「はいはい。HPと力に守を200本ずつ……合計で18億ガバチョだよ」
「お得意様割引は?」
「うるせぇよ……」
「何で不機嫌なんだよ……車とか買ったら色々付いてくるのが普通なんだぞ。ったく――っ?」
もう一袋取り出そうと手を伸ばすが、ガッチリと右手首を掴まれる。
「何勝手に進めてんのよっ! そんなお金、私の曾孫の代になったって払い切れないわよっ! ただでさえ、死ぬ前に3500万も払わなきゃなんないのに……」
「いや何の話だよ――って痛い痛い痛い痛いっ! とりあえず落ち着けっ! 今は緊急時だからっ! それに、計画が完遂されれば、そもそも借金なんて余裕で踏み倒せるからっ」
「何の解決にもなってないわよ……」
「っていうかさぁ、レクスは水仙が裏切るとか考えてない訳?」
言いつつ、ローリーは何とか偽金貨にならないかという念でも込めるかのように、100万ガバチョ金貨を睨んでいる。
「裏切るっていうか、若干消去法になっちゃうけど、この世界を誰が治めた方が丸いかって考えると、結局水仙になるし、その存在が平和のための暴力装置になるのもアリっちゃアリなんじゃねって思うし」
世界割と狭いし、本編シナリオの顛末も足して、結構イケる気がしないでもない。
「暴力装置って……絶対になりたくない響きなんだけど……ってそもそも、私はこの世界を治めるつもりなんかないからっ! アンタ、最後は面倒なこと全部私に押し付けるつもりじゃないでしょうね……」
「ぃっ……その……一旦手を離そう……勝手に話は進めないから」
割と真面目に言ったのだが、握る力は緩めても、水仙にその手を離す気配はない。
「……とにかく、その馬鹿みたいなタイトルの計画は白紙に戻すわよ。いいわね?」
「おいおい……他に方法がないんだって……後、別に考えなしで言ってる訳じゃない。お前だったら大丈夫だって信頼した上での提案だ。それに、お金のことは割とガチで気にしなくていい。分家連中が軍勢を率いて文句言ってきたとしても、その時のお前ならワンパンだし」
「結局暴力じゃないの……」
「でも確かに、そうなると水仙って、あの収納魔法の話に出てきた魔神みたいな存在ではあるよね。その……自分が気に入らないものは全部破壊出来るって意味で」
「止めてよ……というかあの話、途中までは割と面白いのに、最後が酷過ぎるのよね……」
「えっ? お前『キャビネット』使えんの?」
「アンタが便利そうに使ってるから、覚えたのよ。実際凄い便利だし。何で今まで気付かなかったのかしら。それに、家の人に話しても、自分には必要ないって感じなのよね」
「何となく俺の特権みたいな感じだったのになぁ……」
しかもどうせ、寝る前にちゃちゃっと読んだって感じだろうし。俺は痛みに耐え、金を溶かしながら読破したというのに。
「そのクールなお姉さんじゃ駄目なの? 魔の霊薬だけで済むし、コスパもイイと思うけど」
「いやぁ……ラトーラはちょっと……」
「私は、そんなものは飲まないわ」
一応話聞いてたのか、コイツ。
ちなみにだが、自分の力で強くなる、それがこの人のスタイルである。その設定により、一部のプレイヤーは彼女に霊薬を使うことを躊躇ったそうな。俺なら使っちゃうね。
「そう言われればそうだよね。本来、強さっていうのは、ポーションを飲んで身に付けるようなものじゃないんだろうし」
「この店内で正論はキツいって……」
このロリ商売する気無さ過ぎじゃね。
「私もその正論に賛成。いいから、他の手を考えなさいよ」
やっと手を離してくれるが、これ以上押しても無理っぽい感じは変わらず。
「マジかよ……飲んで休んで飲んで休んでを繰り返してもらって、その間に俺の方は色々と動こうと思ってたのに。やっぱ人生思い通りには進まんな……」
そういえば小6の頃、独身アラサーの女性担任が見合いを断られた週明けの朝の会で、そう言い放っていたな。あれは真実だったようだ。
「いずれにしても、これからは絶対に考えを聞いてから動くことに決めたわ……」
「うーん……若干やりづらくなるが、まぁコンプラは結構大事だよな」
「…………」
「――っと……あ、サーセン。ちょっとイイスか?」
「おっ、ユッキー。もう会えないかと思ってたわ……」
「いやぁ、腹話術みたいな感じなんスけどね」
スッと出現した見た目雪の結晶。想定以上の早い再会。退勤後すぐに忘れ物を取りに来た感じもあるっちゃあるが。
「へぇ、魔力の塊……この前の氷もそうだったけど、お姉さんって複数の固有魔法が使えるんだね。大体、千年に一人位らしいけど」
「そう聞くと正に逸材だな……」
奴隷階級から現れたって所からも、やっぱりガチャは数が大事ということか。やや不謹慎な話かもしれないが。
「コレってつまり、ラトーラに考えがあるってことなの……ちょっと、信じられないんだけど……」
「まぁ確かに、そっちの方が先になっちゃう所ではあるな」
だとしても、まずはその考えとやらに耳を傾けるとしよう。