ゴマすり鉢が粉砕するレベルのゴマすられタイムを乗り越え、午後の日課を完了させた俺は、脳内のマップと現実との差異を埋めつつ、必要な情報を確認し、何処にいても人様の迷惑になる学園を早々に脱出する。
その流れのままに、通学路で見かけた商店の建ち並ぶエリアにおいて、出来る限りの早足でウィンドウショッピングを済ませ、金銭的な部分においても擦り合わせを完了させる。
そして、いざ店内へと入れば誰もが俺の顔を見て退店していくというコルフォート家の威光に心を萎えさせながら、生獣人店員への感慨も薄めに必要な物を購入して立ち去る。
この体験を通して得られた学びは、忌み嫌われるという言葉の意味。他には、金銭の受け取りを震えながら拒否されるというのも辛く、新鮮味の濃い経験であった。我が家の息が掛かった店とは知らず、申し訳ないことをした。こっちは金貨で買い物がしたかったのに。
ここまで空気感を身体で受けると「自分がやった訳じゃないから」と思うのも限界があることに気付く。既にもう、このカルマとは出来る限り向き合っていくべきだと思い始めていた。まぁ被害者からしたら「ならば死ね」の一択だと思われるが。
「……」
とどまる所を知らないのか、またもやの萎えポイント。
リタが門の前に控えている。きっと俺がそう課したのだろう。もしかしたら従者として当然のイモり待ちなのかもしれないが、どちらにせよ彼女からしたら苦痛でしかない時間であろう。
「おかえりなさいませ、レクス様」
「ただいま」
大仰な門が開かれ、馴染めそうにない自宅敷地内へ入る。昨日は不審を顕にしていたリタだったが、今朝にはもう一々反応するのを止めたらしい。それでも、俺が何かよからぬことを企んでいると警戒しているのは言うまでもないことだろう。
宣言通り、両親は王宮とやらへ既に出発したようで、それだけで周囲の雰囲気が幾分柔らかくなったように感じられる。少なくとも、使用人達の表情はそこまで暗くない。当然、俺の帰宅によりその平和は脅かされてしまったのだが。
民の心を気遣い、とにかく自室へ、一応のプライベート空間へ逃げ込む。
「それでは、食事の用意が整いましたら声を掛けさせていただきます」
「よろしく。で、リタ、少し尋ねたいんだが、この部屋の中にある物で両親が所有している物があれば、把握はしているか?」
宝石も沢山だが、それ以上に金色の物質が目に毒な空間を見渡しながら、質問を投げる。
「……はい。この部屋にあるのは、全てレクス様所有の物です」
「やはりそうだったか。一応聞いてみたが、なら安心だな」
「……」
本日初の不審な眼差し。リタが俺に向ける視線はこれと、殺意を内に秘めた睨みの二種類に限定されることがわかった。
「リタ、物の種類は問わず、買取を専門としている商人に、心当たりはあるか?」
「……はい。心当たりはあります」
「この部屋の物を売りたいんだが、適した者をここへ呼ぶことは可能か?」
「……はい。可能です……」
表情に出さないようしているのは明らかだが、それでも驚きが隠せないリタ。どうやらレクスという男はこの部屋にある物を大切にしていたらしい。きっと共にバンドを組んでも、すぐに音楽性の相違により解散を余儀なくされるであろう。それ以前に馬が合わなそうだが。
「もしかして、今すぐとか、可能?」
「レクス様の指示ならば、可能かと」
つまり普通ならもう営業時間外ということか。
「……明日のなるべく早い時間に呼んでほしい。その手配を頼めるか?」
いても断行する予定だったが、両親不在は非常に都合がよろしい。
「……承知致しました」
恭しく、俺から見れば痛々しく頭を下げ、リタは退出する。
上首尾な展開に内心で安堵しつつ、虚しくも購入ではなく略奪してしまった品々を、広い部屋の隅へと退けておく。
次に、食事までは今暫く猶予があるということで、取り巻きさん達のおかげで授業中は全く使用機会がなかった学生鞄を開け、図書室で借りてきたハードカバーを二冊取り出す。
この世界の魔法、そのシステムはそこそこわかりやすい。
元の世界みたいな科学文明が滅んだ後、それを地下へ葬った上で、すげ変わった魔法世界、誰かが使った魔法は大抵魔導書として書き下ろされて時を超え、現在では誰でも読めば該当の魔法を習得できる。
が、しかし、ここからが残酷なシステム。資質のない者が読むと死ぬレベルの頭痛に見舞われる。そして魔法習得の条件は一気読みであり、つまり才能のないものはお断りという話なのだ。
俺の手にある二冊。一冊目は作中最強の金属性魔法『ウルス・インヌ・ゴルシアス』――全ての攻撃を二回防ぐシールドをパーティ全員に付与する。
使い手は二週目以降で覚醒イベントを経た水仙のみ。ちなみに、これがないと反則攻撃連発してくる隠しボス達には歯が立たない。ただ、世間は広いというから、主要キャラ以外でも何処かに使える猛者がいるかもしれない。
「ふむ……西洋なのにテンプレの日本語表記……どれ……」
俺は無駄に芝居がかった咳払いをし、豪奢なベットに腰掛けると、おもむろにハードカバーを捲り、魔導の道へとダイヴしてみた――
「――ぅづっ!」
――所、唐突に眼球が爆破されたような激痛を受けてのたうち回る。てめぇ公式っ! 頭痛じゃなくて破壊光線によるピンポイント照射じゃねぇかっ! ふざけんなハゲがぁっ!
「レクス様っ! どうされましたっ!」
主の鈍い悲鳴を受け、メイドの鑑が馳せ参じてくれる。どうやら魔導書は明後日の方向へ投げ捨ててしまったらしい。
「いや……大丈夫だ、問題ない。そういえば、さっきの手配の件は?」
「……他の者が連絡を取っております。夕食の際に、またお伝え致します」
「頼む……」
リタが退室。こちらも視力が回復し、とりあえず落ち着きを得る。
「…………うん……無理だな」
熟考の結果、断念という結論に至る。多分2ページで死ねる。
この設定を想起した時「そんなん頭痛我慢して気合で読めばよくね」と思ったことを心から謝罪したい。最強の壁は途方もなく分厚いようだ。複製が可能ということも含め、魔導書が雑に扱われている理由が何となくわかる。っていうかこれ凶器だし、拷問具としても優秀やん。
「……」
もう一冊はまだマシそうだが、また後日ということにしておこう。魔導とは、険しいものなのだ。ただ、それでも出来得る限り底上げしたいのは言うまでもないだろう。
レクスが使える魔法はたったの二つ。
一つ目『バインド』――相手を拘束する金属性魔法。
説明だけ見ると結構強そうだけど全然そんなことはなく、自分より魔力の高い相手にはほぼ通用しない。そして俺の魔力は貴族としては決して高くない。なので、主要キャラには効かず、魔力の弱い学生には通る。対弱者最強のレクスらしい魔法である。
ちなみに、魔力の高さは基本的に貴族、平民、奴隷の順番であり、突然変異も存在するが、出現率的には貴族が有料ガチャ、平民が通常ガチャ、奴隷がデイリーガチャより酷いってイメージでいいらしい。つまり、奴隷の子どもで魔力が高い者が生まれる確率は万に一つ未満という話だ。
二つ目『ドゥルーガ』――全身を鋼鉄のように固める金属性魔法。
説明だけ見ると結構強そうだけど全然そんなことはなく、レクスの魔力と才覚では右足のつま先のみにしか効果が現れず、専らバインドで止めた弱者をいたぶることに使用される。
何故数多の魔導書が存在する中これしか使えないのか、というと、それはもちろんレクスが登場一回のみのザコかませキャラだからに他ならない。こんなんで水仙に目を付けられたら毎日ボロ雑巾生活は約束されたも同然であろう。
何故陰キャのカルシェラはその性質を活かしてレクスを闇討ちしないのだろう。まぁド陰キャが悪性方向へ極まっているからだろうが。
「――レクス様、お食事の準備が整いました」
嘆きと明日の準備を並行して進めていると、時間はいつの間にか夕食。先程の件については問題ないとの報告を受けつつ食堂へ移動。両親不在の現実を思い出し、若干心が軽い。
「っ………………」
そしてすぐ重くなる。起伏に富んだ異世界生活である。原因は、眼前に座る今にも過呼吸で搬送されそうな実の妹。
「……では、食事にしよう」
何も始まらないので要らん号令を掛けるが、愛する妹トリシャは俺が声を発しただけで怯えを更に深めている。一体どう追い込んだらここまでの状態が出来上がるのか、単純な知的好奇心として興味が湧く気持ちは否めないが、とにかく今日も彼女は俺が退席するまでまともに飯は食えんだろう。
「……」
加えて、右手にナイフ、左手にフォーク、慣れない俺にはストレス。左手のフォークで肉を口に運ぶと内心のぎこちなさにより風味が四割程削がれてしまうことを発見した。後はやっぱり米が欲しい。米を食わないと飯を食った気がしない。そういう人間もいるのだよ。
「……リタ」
「はい」
トリシャの苦難を前にしているからか、若干声の硬いメイドが左後方から窺うように近付く。
「……『箸』というものを、知っているか?」
「……それは、四条家で使われている棒状の食器のことでしょうか?」
相違ない。
そして、瞬間的に行われた何となくな推量の積み重ねを経て、俺は確信する。
「そうだ……それと、四条家とコルフォート家、最近の関係について、何か耳にすることはあるか?」
「ありません」
フラットな即答。
「そうか。わかった」
一礼の後、メイドの圧が背中から遠ざかる。
「……」
清廉潔白落ち目貧乏貴族の四条家、説明不要の我がコルフォート家、魔力至上主義のヴァーミリオン家、それに加えてやや宗教っぽい香りが混ざったシャンティエーカ家、四大貴族と呼ばれる大貴族の中で、勢いのある新参の後者二家に対し、古い歴史を持つ我が家と四条家は、その長い年月をひっくるめて仲がとても、とてもよろしくない。
「……ハァ」
箸なんかある訳ねぇだろ。きっと米もないし、醤油も味噌もない。
「――っ! あ、あのっ! お兄様っ……」
「うん?」
意を決したように立ち上がり、震えながら声を上げるトリシャ。完全に虚を突かれ、口に運ぶ予定だった牛肉を一旦皿へと不時着させる。その過程で、これが俺にとって妹との最初の会話であることに気付く。
「も……申し訳、ございません……ずっと……考えておりましたが、私などでは、お兄様の考えには及ばず……っ……また、どのような粗相をしてしまったのか……見当が……いつもいつも、お兄様を……落胆させてしまい……」
「……うん?」
どうした妹よ何故すすり泣く? 何故そそくさと食堂を出ていくのだメイド達よ。そしてリタが怖くて後ろが向けん。
「……」
クイックロードしたい気持ちをグッと堪えて考えろレクス。これはリアルであり、ゲームに非ず。まずは、事情聴取だ。
「っ……トリシャ――」
「――はいっ!」
「――っ!」
正に泣く子も黙る。トリシャは早押しクイズガチ勢も真っ青な超反応で俺の声に応えると、よたよたとテーブルを横切って俺の前に跪く。というか、これはもう土下座だ。もうどうでもいいが、何故要所でジャパニーズ。
「……」
醸し出す雰囲気、この感覚はついさっきまで味わっていたからよくわかる。一年A組の皆さんのそれと同様のものだ。
トリシャは元々引っ込み思案、間違ってもお転婆令嬢というタイプではない。
兄に叱責され、次はと思い頑張る。
でもまた叱責される。もう一度頑張る。
幾度かのループを経て、叱責の後、立ち上がれず自責に駆られる。
それでも叱責は止まらず、むしろ更に酷く、陰湿なものとなっていく。
やがて、習慣化された苦痛に何も考えられなくなり心が折れる。
解決策がないと確信に至ると対処を止めてしまう、学習性無力感が般化する。
「…………」
当然ながら、トリシャは生まれた瞬間からレクスの妹、彼女の人生は、兄からの迫害と共にあるといっても過言ではない。
内心で何度も至っていた結論ではあるが、これはもう全面的に謝罪すべきではないか。リタにも同様の対応をした上で、未来志向的に考え、償いの方法を模索していくことが正道なのではなかろうか。
「……」
否。即座に対抗意見が崩しにかかる。
そもそも許されるべきではないし、今は既に謝罪する段階ではない。慰めにもならない現状での謝罪は信用に値しないことに加え、形式上許す形をトリシャとリタが取ってしまえば、十数年の遺恨が悪い意味で風化してしまう可能性も考えられる。
実際、トリシャに殺されるルートでは最後の最後でレクスは普段以上に無様を晒して命乞いをするが、例によって「私がそう言った時、お兄様は何と仰っていたか、お忘れですか?」みたいなことを捨て台詞に、覚醒した水属性魔法で溺死に追い込まれていた。
「…………リタ、この場を任せる」
ナイフとフォークを置き、席を立つ。さすがにリタは反応できず、その表情には明確な狼狽が見て取れるが、構わず戦略的撤退を実行する。
若干迷いつつも自室へと逃げ帰る。借金を重ねた経験があるのかどうか、知る由もない話だが、他者の心を踏み躙り続けたというベクトルでの借金、過ち、罪、この際言葉は何でもいい。今この瞬間から真人間を目指し、マイナス無量大数から再出発するべきなのか。
「……いや、一貫性と弁別性に欠ける……か」
脳内の引き出しに収められた知識を紐解くに、他者から信用を得るための条件はこの二つ。
一つは一貫性。
月曜日にAと言っていた者が火曜日になってB、水曜はC、というようにコロコロと意見や態度を変えては誰からも相手にされないのは当然。俺が今から正論寄りな言動を始めても間違いなく悪巧みの下準備としか受け取られないだろう。実際、リタはそう思っている。
もう一つは弁別性。
これは一見して一貫性と対立するが、そうではなく、普段はAと言っているけど、この状況においてはさすがにBである、と他の要因による適切な柔軟性を持つことは信用に不可欠であろう。
つまり、いつ何時も安定してクズムーブを繰り返してきた俺には、クズであることの信用という、呪いに等しい枷が埋め込まれているのである。
結論、まぁそれなりに絶望。ただこれは、すごろくで言えばふりだしに戻っただけのことではある。少し時間が経過し、気付きが確信に変わっただけの話。
「罰当たりな手だけど、遺体を用意して事故死に見せかけて世を捨てるルートがやはり安定か」
レクスの死によって多くの人間はその呪縛から解放される。おまけに俺は死なないで済む。
「よし……」
自責と自罰の果てに明るい未来はないということで、事故死見せかけ逃亡を第一候補としながら、今年度中はとにかくできることを探し、できる範囲でやっていく、という至極無難な行動指針を設定した。
後は、そうは言っても自分のせいだと思い過ぎるのもやはり毒であろう。生まれた瞬間から罪を背負っているという考え方は、字義的には理解できるものの、我が身に降りかかったと考えた時、やはり納得できない部分もある。言うて俺何もしてないけど、って思ってしまうのだ。
いずれにせよ、明日のスケジュールは既に決定している。
本日は早々に入浴し、このキモ豪華なベットで休むとしよう。