「――ふぅ……何とかなった、か。やっぱ、何事も経験がモノを言う世の中だな」
「ぅ…………」
むしろゲーム世界はそれが全てなのでむしろ自然なことのように思えてくる。
何やかんやで現在地はとある城跡の地下、状況は一戦終えた直後。階段を下ってすぐの地点でダル絡みされた俺達は、何とかそれを撃退することに成功した。今ココ。
地下ってことで真っ暗な空間を予想していたがそうでもなく、ちょっと薄暗い程度なのに加え、中は割と広いため、閉塞感もあまりない。理由は単純で、ここは暗くないという設定のダンジョンだからである。多分。
「ラトーラ。魔力……『銀世界』後何発撃てる?」
「……2発」
「じゃ1本渡しとくわ」
「……」
無言で差し出した瓶を受け取る、無口な銀髪美少女。
「よし、水仙。後2回……ワンチャン3回目も予想されるけど、まぁ頑張ろう」
「ぅ……っ……何でアンタ、そんなに余裕あんのよ……」
肉壁弐号こと四条水仙が、苦々しく言葉を返す。
「いやだから言っただろ? これは霊薬をオーバードーズした経験値の差だ」
「何を言ってるのか分からないけどとにかくムカつくわ……」
どうやら、沢山食べるのと沢山飲むのは系統が微妙に異なるらしい。
こちらも正直な所、辛いか辛くないかで言えば圧倒的に前者な訳だが、俺は事が始まったら文句は言わない主義なのだ。もちろん、納得している場合に限る。
「何か機嫌最悪な感じだったから聞かなかったけど、結局何本飲んだん?」
「言われた通りに40本飲んだわよ……半日で」
そう、俺と水仙は今、お腹たっぷんたっぷんなのである。
ちなみに、一度入れてしまえば吐いてもよいらしいが、両者共にポリシーとして過飲嘔吐はしていない。というか、レクスはともかく、そんな四条水仙は嫌だ。
彼女が言うように、ちょうど半日前、世にも珍しいラトーラの自発的な提案によって、現在の流れは決定付けられた。
件の提案というのはつまり、言いたかないけどこれまでの方略のカーボンコピー。やはり、上位互換とは言えないだろうと思う。それでも、実現の可能性と感情的な落とし所としては、必要条件を満たしていた。
中身は単純。
俺と水仙が守の霊薬を飲み、一段階上の肉壁となることで、耐久パーティとしての質を同様に向上させるという丸めな案であった。
この話に対し、自分だけが飲まされるという被害感を覚えていたらしい水仙が積極的肯定を示し、その流れのままに押し切られる形となって、指針は決定に至った。が、実の所、金の問題は考えないとして、本作戦は俺への負担が非常に大きいものでもあった。
その点もおそらく、水仙さんがお気に召した要因だったことだろうと振り返ることができる。
実際には赤毛幼女が秒でツッコミを入れてきた感じだったのだが、俺という名のレクス・フォン・コルフォートは霊薬の効き目が弱く、その分を補うためには当然、摂取量を更に増やさなければならなかった。
だがしかし、ここで話が冒頭へと還る。
俺は既に、その苦しみを経験していたのだ。おすすめはしないが、試してみてほしい。350ミリリットルの缶ジュースを短期間に100本飲むという苦行を。
無論、豊かな老後のためにも絶対に止めた方がいいし、一切れのピザにタバスコを100回振るゲームも、今思えば控えるべきだったかもしれない。何事も、分相応というものがあるのだ。これは、勢いで生きてる小学生にはちょっと難しい話だろうと思う。
とりあえず、職業的に水抜きを経験しているボクサーと卓を囲む機会があれば、互いの傷を舐め合うことも出来よう。
と、言うことで、耐久力のみアンバランスに成長した俺と水仙を肉壁に、後方からラトーラが魔法を撃ちまくるという馴染みの戦術で、クリア後レベルのモンスターの打倒を果たしたモブ+ダブルヒロインパーティな俺達。今更だが、何故こうなった。
「……というか、水分の話は止めよう……お互いのためにも」
俺の方も、忘れていた不快感が意識内でフォーカスされてしまう。
「っ……そうね」
「そもそもだけど、あんだけボコられてよく吐かなかったな」
俺もだけど。
「……吐くの、嫌いなのよね、本当に。小さい頃、吐くのが嫌で、一晩中腹痛に耐えたこともあるわ……周りの人達が吐いたら楽になるって言うのが、また辛いのよね……」
「わかる」
俺もほぼ同じ理由で吐いてない。しかも、お互い守の数値が一定を超えたからか、派手に吹っ飛ぶ感じじゃなくなったし。何でこんな訳わからんトコだけ気が合う俺達。
「まぁ、とにかく油断なく進もう」
加えて、多少ぶっちゃけると、今の俺と水仙はこんなことをしている場合ではなかったりもする。俺としては、こんな苦行はさっさと切り上げて四条領に顔を出したい所ではある。だからこそ、遺体の腐敗とは関係なく出来る限りの爆速でここに来ているのであった。
ちなみに、俺と水仙は2、3時間の仮眠、ラトーラは安定の8時間睡眠という不平等なコンディション格差も萎えポイントではある。
「ぅ……というか、あれって……もしかしなくてもカルシェラ、よね?」
「あぁ、けどまぁ、あんま見てやるなって」
さすがに。
ちょっと天井が低い位で、カタコンペというよりは横穴のダンジョンといった雰囲気の城跡地下。若干狭い階段を下り切って15メートル程で戦闘になり、その更に10メートル程の地点に、該当を遺体が横たわっている。
それは、苦悶の表情を伴い、まるでこちらを見ているかのような、紫髪の少女の亡骸。
「とは言っても、死んでるって感じは薄めだよな。今までもそうだったけど、蘇生が不可能になった時点から……その……死体って風になる感じか……」
それはそうと、さすがカルシェラ。最も遠くまで逃げられたで賞を進呈する。俺の精神も大分、エロゲの世界に馴染んだようだ。それとラトーラには、せめて一人は回収してほしかったと思わなくもない今日この頃。
「……それ以外があるっていう口振りだけど、まぁいいわ。気は乗らないけど、先に進みましょう」
「よし。じゃあ…………最後、デスゴマすり鉢の回転アタックを喰らったのが俺だったから……そっちが先頭か。うっし……バックアップに入る」
「はっ? それ……って…………そういう取り決めだった……かしら?」
最悪なことに、水仙さんから不穏な雰囲気。思えば、この種の気配に対し、俺のセンサーは大分働いてくれるようになってはきた。これも、人の持つ高い適応能力なのだろう。
「いやいや自然な話だろ? 月曜日の次は火曜日だろ? それと同じだって」
「っ……アンタの例えって、その時はそれっぽく聞こえるけど、寝る前に思い出すと何か少しズレてる気がするのよね……」
毎晩一日を振り返る習慣でもあるのだろうか。ほぼほぼ共感できん。
「まぁまぁまぁ、これについては大丈夫。ただの順番って話だから。どうせシバかれる数は変わらんから。はいっ、気持ち切り替えてこっ」
「その感じが腹立つのよね……」
言いつつ、何とか前を向かせることに成功。そしてその水面下、さっきの戦闘では水仙が最初の最前衛だったため、それを出されたらダル過ぎるとひやひやしてはいた。何となく、個別ルートに入ってからの理不尽ツンデレ色が強くなってきた気がしないでもない。
「――うわぁ……微妙な地点でエンカウント……」
その微妙という感想の根源、カルシェラの遺体前バス停留所。端的に、眼前の魔物達とはもう数メートル先で出会いたかった。
「ラトーラっ、いつも通りで頼む」
敵モンスターは三体、隊列は古のRPGリスペクトで仲良く縦一列。ちなみに、後半からクリア後の敵はほぼほぼこの陣形を採用しているため、横範囲攻撃スキルや魔法は軒並みティアが下がり、どう頑張っても縦に火力が出せるラトーラ無双は避けられない。
悔しいことに、ラトーラなし縛りプレイは数学的に不可能なのである。
「よし、こっちのツモは悪くない。真ん中のボトルシップは一生俺らにダメージデバフを掛けてくるだけだから、前衛のロボットボクサーと後衛の二層式洗濯機だけ注意すればいい」
「っ……さっきもだけど、こんな強力なモンスターがいるなんて……姿形も、生物とは思えない……」
「だよな」
このゲームのモンスターデザインを担当しているのは三人。本編に登場するのはメインの方がファンタジーに仕上げてくれているが、それ以外はテキトーな感じに二人のイラストレーターが悪ふざけしている。これもまぁまぁあるある。
先手に浮遊する巨大ボトルシップのコルクが開き、前衛の俺にデバフがかかるが、どうということはない。俺は攻撃しませんので。
続けて、ラトーラの『銀世界』が炸裂する。最早見慣れたスペクタクルが無機物達を蹂躙していく。その際、視界の隅にはどうしてもカルシェラへ死体蹴りする氷の刃が居座ってしまうが、何とか気合で意識から押し出す。
「――づっ!?」
そして、我々の勤務が始まる。
色気ゼロ、卑猥さに全振りした青い人型ビキニボクシングロボットの右ストレートが、ガードの上から水仙をノックバックさせる。ふざけた話だが、今のでHPの7割強が持っていかれるという終末感。
隊列移動コマンドの手間を省いて下がった金髪美少女に代わり、俺は渋々休憩室から現場へ向かう。また、至極どうでもよいが、水仙も『キャビネット』を習得したため、我々は独立した肉壁個人事業主にクラスチェンジしており、特に声掛けもなしにスイッチを可能としている。
「――ぐっ!?」
カーブをかけたフリスビーのような軌道とビジュアルで滑空してきた洗濯機の蓋が、ストライクに俺という目標を捉える。
両腕でブロックするが、それでも肋骨が複数本折れたと確信できるダメージを頂戴した。言うまでもなく耐え難い激痛ではあるが、俺も水仙も内部からの腹痛を苦しみの最上位としているため、単純な物理的衝撃はまだマシな部類なのである。コレ、割とガチ。
しかし、本当の地獄はここから。
後方の水仙も同じく、俺は既にたっぷんたっぷんなお腹を押して、更にポーションを服用しなければならない。比喩ではなく、そうしないと死ぬ。
「んっ……んっ……んっ……あぁ……」
傷が癒える快楽と、水分不要な状態から何故か水分を摂取したアホな不快感が並列して体内を駆け巡る。とりあえず、唐揚げとか食いたい。そしてスピードだけは壊れているボトルシップが、再び俺にデバフを掛ける。このくそボットがっ。
ここで、吹雪と氷塊の雨が一周の経過を伝える。
そんな代わり映えのない地獄を、俺と水仙は40ターン程過ごした。
「…………」
「…………」
互いに無言。気がかりなのは、ランダム要素の攻撃をほとんど水仙が受けているという事実。これは、絶対に後で火種になる。ボコられ続けることに心が動かされなくなった俺は、ぼんやりとその対処と言い訳の台詞について、考えを巡らせていた。
「――おっ」
そんな中、クソキモロボットの巨乳がズレ落ち、ボクサーは分解されながら瓦解、その機能を完全に停止させる。また、同じ被弾タイミングで後衛の洗濯機もお陀仏。今後の成長を待ってプレイする子ども達は、二層式などわからんだろうに。
「――っ?」
爆散する洗濯機、その最後の足掻きに水仙が反応を示すが、撃破されたと同時に飛んでくる脱水部分の蓋は、誰もいない後衛に落ちるので気にせんでよし。
「――――――」
「うん?」
が、しかし、後方からは人の倒れるドサッという音が耳に届く。何故、ホワイ。
「ラトーラっ!?」
俺よりも先に状況を確認した水仙が叫ぶ。遅れて後方を振り返ると、確かにそこには、顔面から地面にキスする感じでうつ伏せになってる銀髪少女の姿がある。
「え……………………………あ」
驚愕しつつ、頭は勝手に起きた現象の原因究明に乗り出すと、まもなく答えに行き着いた。
俺と水仙は別枠として、この世界の住人にはモンスターとの戦闘において、ゲームを基とした行動パターンが染み付いている。少なくとも、俺はそう見ている。これは、睡眠状態付与魔法を一生唱え続けるアホキャラが良例であろう。
そしてラトーラの行動パターンは95パーが攻撃魔法、残りの5パーが。
「ポジション移動……最後衛と後衛を行き来する……」
ラトーラ散歩やラトーラうろちょろすんな、のフレーズで知られる正式加入までの不確定要素。そう考えると、完全に俺のプレミであることが分かる。
「…………」
そんな、やってしまった感が込み上げてくる中、マイペースなボトルシップは定時連絡のように俺へデバフを掛けてくるのだった。