大分心に馴染んできた馬移動を挿み、俺は初めて四条領、中世風魔法ファンタジー世界における和テイストなゾーンへと足を踏み入れた。もちろん、特に郷愁の念は湧いてこない。
領を区切るドデカい門を通過すると、建物は石から木造へ、道幅はやや狭く、良く言えば自然豊か、雑感としては結構な田舎臭。
ここではさすがに馬に二人乗りも色々マズいため、コルフォートとはまたデザインの異なる馬車に揺られて領内を進む。
「いやぁ、座布団いいねぇ。っていうか、いきなりでアポ取れるとか、そこそこ意外だったわ」
普通に後日コースだと思ったんだが。
「はい。予定は全てキャンセルしましたので」
「ま、案件の重要性を鑑みれば当然よ。それに、予定と言っても大したものじゃないわ」
「……」
向かいに並んで座るダブル美人。
四条家主要キャラの一人、シオンさんの返しにはやや棘が見られるが、水仙はまぁまぁいつも通り、というか若干テンション低めか。むしろ、それに対して何か言いたげな視線を向ける緑髪の従者。
「でもまぁ、急なことに加えて来訪が遅くなったのは事実だしなぁ……」
しかも、単純に忘れてた所もあるから、若干の罪悪感。
二領を跨いで行われていた奴隷の不正売買。既に悪いことをした人達は全員捕まっている状態ではあるが、責任の所在を含めた諸々の話は最初にした書面上のやり取りで止まっているのが現状だった。
「……出来事の大きさに対して、遅くなった、というのは確かかと」
「別に気にしなくてイイわよ。普通にこっちが出向くべきだし、シオンはアンタのことが嫌いなだけだから」
「……」
「いや全部非言語で伝わってるから言わんでイイって……」
先日の半徹夜からの学園連行編ではそこまでは感じなかったのだが。
「うーん……最近はずっと水仙に同行してもらってたしなぁ……ちなみに、俺のことはどんな感じで話してる?」
諸々面倒なので、こっちもオープンリーチ気味でいくこととした。
「そのままよ。アンタは幼少からずっとクズ貴族を全力で演じてきた。それで、父親が失脚した今、本来の目的のために動き出したってだけ」
「あぁ、なるほど」
周囲に流れている噂の一つを公式にしていくパターンか。パッと見悪くないし、それ以外にないまであるかもしれん。
「…………正直、レクス様の幼少期をこの目で見ている身としては、あの振る舞いが子どもの演技とはどうしても思えません」
そりゃそうだ。だってナチュラルボーンキングオブクズガキなんだから。
「ちなみに、その時の俺の振る舞いとは、どんな?」
「……この場で話すような内容ではないかと」
「なるほど……」
とりあえず、シオンさんとのフラグは元々存在しないらしい。強いて言えばファーストコンタクトでそれはもうバッキバキ。
「ですが……こうしてお二人が場を同じくしたことで、水仙様が影響を受けられたのは貴方からだというのは、遺憾ながら理解しました」
淡々とした口調に含まれた、明確な嫌悪。ただ、リタのそれに比べれば圧は大分弱め。
「……」
「……」
ここで、自然な感じで水仙とアイコンタクト。おそらく、序二段先生から熱血指導を受けた話はオフレコだと思われる。そもそも、チートなポーションの存在も含めて、この世界の常人には理解し難い話なのは間違いないし、そうなって当然ではある。
実際、目の前で服用した時も、普通の飲み物っていう捉えだったっぽいし。
加えて、おたくのお嬢様は生死の境を数十往復反復横跳びしたので色々とパラダイムシフトしたんスよ、なんて言えないし言っても無駄。
「っていうかマジで人気者だな……馬車が結構離れるまで皆お辞儀してる……」
ワンチャン俺が乗ってるからピンポイントに投石とかしてくるかもって思ったが。
「止めてよ……後、あんまり顔出さないの」
「一応、言い含めた上で周囲を警戒させておりますが、レクス様の来訪に反感を抱いている者もおりますので……」
「んっ? それだと、反感を抱いているのが一部の者に限られるって聞こえるけど?」
「アンタどんだけ自分の評判に対して悲観的なのよ……」
「いやいや悲観的とかじゃなくて単なる事実だろ……っていうかマジ頼むぞ。いきなり刀で斬り掛かられたら俺の首なんて簡単に刎ね飛ぶし」
辻斬られるとかマジで勘弁。
「そうしたらすぐ生き返すし、そもそもアンタ、そんな簡単に死なないでしょ」
「そういやそうだった……」
戦闘における無力感が強いため、ドーピングによって得た耐久性を忘れていた。
「っ……演技をしていた、ということは、幼少より裏では鍛錬を……つまり、水仙様と渡り合える程の強さを……」
「それはない。努力不足以前に残酷なまでの才能の差が、そこにはある」
「力強く言うの止めなさいよ……」
いやだって、霊薬の効き目にまで雲泥の差があるなんて、もう諦めて然るべきだろ。それに、一瞬で拘束されて絞め落とされるという経験により、揺るがぬ生物上の優劣を本能的に刻み込まれてもいる。
と、そんな風に睨まれたりツッコまれたりしてる内に、馬車が緩やかに動きを停止させる。
「へぇ……イイ感じの平屋……なのに随分と広い屋敷だな……」
「はっ?」
「うん? ちょっ……」
純粋な感嘆を漏らした俺だったが、対面の金髪からの視線には若干の殺意。そしてその意図にすぐ気付く。
「いやいや、ウチのは広いじゃなくてキモい、とかだろ?」
何事にも相応という言葉がある。それを彼女にも知ってほしい。
「では、ご案内します。こちらへ」
俺らのやり取りには関わらず、フラットに先導ポジへと移るシオンさん。一応、好感度回復ミッションをサブクエストスロットへと挿入。ただ、達成されないまま期限切れが濃厚。
どういう文化なのか、細かくは知らんが、大抵の人は野良仕事をしており、この屋敷の周辺に人気はない。ただ、見た目だけでは食糧難な感じは伝わってこなかった。正直、それはゲーム内と同様で、人々から話を聞くまでマップ上の雰囲気に貧困は存在しない。
横幅のある玄関を通過し、靴を脱ぐかと思いきや、そこは欧州スタイル。何だか温泉地の高級旅館に入ったような雰囲気だが、設定上は温泉もあるはず。まぁさすがに入浴する機会はないだろうが。
「もう少し丁寧に世界観作り込めよ……」
コルフォートと四条って同じ国なのに文化違い過ぎだろ。領とかじゃねぇって。
「……別にイイけど、そんな忙しなく見渡さなくても、大した物はないでしょ……」
「いやいやそんなことないだろ……っていうか、何かお前少しだけ機嫌悪くない? 俺にも原因があるなら、全然土下座とかするけど?」
「何でそうなるのよ……というか、そんな安い土下座いらないし、もっと抵抗感持ちなさいよ……」
俺だって一応相手は選ぶが、少なくとも水仙になら土下座も靴舐めも余裕ではある。
筆頭従者の背に続き、二人で並んで奥へと進む。キモい広さの我が屋敷と比べ、温かみのある木造りな空間は、懐かしさを感じさせる障子の擦れる音も手伝い、本能的な居心地の良さとなってフィードバックされる。
もしかしたら、こういった部分に転生前の記憶を呼び起こす何かが隠されているのかもしれない。まぁ検証してる余裕はないが。
「………………レクス様をお連れ致しました」
「ご苦労、下がれ」
シオンさんの報告に応える、渋めな男性の声。
よぅ区切りますなぁと思う程度に開かれた障子の数は微妙に数え切れず、そんな中で最奥と思われる区切りの前に到着した様子。ここもそうだが、一、二か所後ろの畳オンリーな空間は何のために存在するのだろう。きっと時には皆で集まったりするのだろう。知らんけど。
「では、失礼致します」
「うん、ありがと」
敢えて俺には一瞥をくれず、シオンさんは去る。まぁ水仙やこの四条家のことがそれだけ大切なんだろうと思っておく。設定上も事実だし。
「っ……」
無言で障子をやや強めに開く水仙。何の心の準備も許されず、十畳程の距離を隔てて白髪白髭のマッチョなおっさんが仁王立ちしている。ちなみに、この方にボイスは実装されていない。一応、リメイク時にはワンチャンか。
仕方なく、水仙に続いて敷居を跨ぎ、出来る限り丁寧に障子を閉める。
「………………そうか。噂は誠であったか……よもや、その時分から私の目は曇っていたとは……水仙、お前も下がってよい」
「っ……後で聞き返すの面倒臭いから」
「…………」
「…………」
「っ……あれ? 父娘関係良好じゃなかったっけ?」
ヤバそうな無言を受け、ヒソヒソと水仙に耳打ちする。
「何でアンタが把握してんのよ……じゃなくて、あんな頭の固い人と仲良くなんてできる訳ないでしょ……今までがおかしかったのよ」
「お、おぉ……そう言われちゃうともう俺からは何も言えんわ……」
これがバタフライエフェクトか。既存の設定から外れた水仙は、俺から見れば正常な感じになったと言えるが、そうなったらもうあのオッサンとコミュニケーションを取るのは地獄であろうことは十分に理解できる。
そう考えると、シオンさんとの間にも影響はあったと見て間違いない。なら俺が睨まれるのも無理ないし、きっと娘にいきなり反抗期された父親も、そのストレスを誰かにぶつけ、バタフライがバタバタしてることだろう。これが、タイムマシンモノの難しさか。
「まぁ、そういうジャンルじゃねぇけど……」
「……いいだろう。レクス殿、と、この場では呼ばせてもらう……レクス殿、此度の愚行についてだ…………どうか、介錯を頼みたい」
「ハァ……」
「出た……」
四条家当主に内包されたBOTその一、切腹。
とりあえず、俺は大きな溜息を吐いたその一人娘へと視線で助けを求める。
「だから……今回のことは確かにそうなってもおかしくないのかもしれないけど、レクスが介錯するのはどう考えてもおかしいでしょ……というか、アンタも介錯って意味分かんないでしょ?」
「いや、意味は分かってるけど、俺には人の首を斬り落とす度胸も技術もない」
主には度胸と技術だが、力のパラメーター的にも多分無理。
「ほぅ……レクス殿は四条家に代々伝わる、切腹を知っておるのか……ならば尚更……刀は最も斬れ味の良い業物を用意し、シオンを指南役に付ける。それならば……どうだろう?」
いや、どうだろうじゃねぇよ。おそらく、ほぼ言葉が通じていない。
「あ、あの……お言葉ですが、こういったことがあったからこそ、四条家は今、当主を失う訳にはいかないのではないか、と……愚考します。私と、しましても、今後は四条家と協力関係を築いていきたいと考えております」
「うむ。心遣い、感謝する……だが心配無用っ。既にここ数日の内に、全てにおいて文をしたためた……以後のことは、それに目を通せば問題はなかろう」
「ハァ……」
「出た……」
四条家当主に内包されたBOTその二、何かと文をしたためる。
スタッフによる雑な仕事の賜物だ。
「水仙さん……今回のことは手打ちにして、協力関係構築、その第一歩に食糧支援って流れでいきたいって、伝えてくれたんじゃなかったっけ?」
全てを理解した上でそれでも尚、俺は矢面から遠ざかりたかった。
「言っても聞かないのよ……そもそも、切腹したって周りが迷惑するだけなのに……」
「まぁ確かに、我を通したいがための切腹って感じではあるな……ただ、ホントにやるって訳じゃない、よな?」
ゲーム内では切腹するする詐欺だったし。
「……今回みたいなのは前代未聞らしいし、責任を取ってっていうのも、四条家の歴史を振り返れば、納得できる話ではあるらしいわ。実際、一部の領民は不満を爆発させてる訳だし」
こっちとしても実際、人が沢山いればそう思う人は絶対にいるし、それが間違ってるとも言えないけど。
「ただ、多分切腹は回避できる方向で進むとは思うけど……原作的に……問題はどうやってコミュニケーションを――」
「――失礼致します……」
「「「っ……」」」
全く気配を感じさせず、シオンさんが正座のまま障子を少し開く。
「シオン……文にしたためていたはずだが?」
「これは王命です」
「王命……ならば、仕方ない」
「え……」
この世界の人達、王命という言葉に脆弱過ぎないだろうか。
「レクス様、水仙様。お二人共、直ちに王城へ、とのことです」
「「え……」」
ハモる我々。ただ、瞬間的に助かったと思ってしまう俺ではあった。
「いやでも……っていうかコレ、従わなきゃダメなやつ?」
「この家じゃ王命に背いたら、それこそ切腹らしいわよ」
水仙もうんざりしてくれてるのが救いか。
折角スムーズに退学し、やれることをと思った所での強制呼び出し。フリーシナリオ制のRPGで一定の条件を満たしてしまい、メインのお話に入ってしまった時のような感じか。
とにかく中座して向かうしかないらしいが、例によって昼食を取ってからにしたいと、心中でのボヤきは止まらなかった。