「――いやぁお待たせっす……っていうか、やっぱ昼飯食ってからじゃ駄目なんかなぁ……」
「それで、何話してたの?」
「まぁ色々……って程でもないけど。とりあえず本人的には娘の耳に入れたくない話なんじゃないか」
数分遅れで先程の馬車へ、正にタッチアンドゴーである。一時的に従者となってくれていたシオンさんが続けてさっきのポジションに座る。正直、彼女がいなければ未だ平屋迷路から抜け出せていないであろう。
「…………シオンは聞いてたの?」
黙秘した俺に、ジト目を向ける水仙。
よく見るヤツだが、水仙は先に行っておれ、みたいな展開で俺は数分の居残り会話に付き合わされていた。それを聞き出そうとするのは、そこそこ無粋ではなかろうか。
「……はい。聞き耳を立てていたので、内容は把握しております」
「じゃ、かいつまんで教えて」
「承知致しました」
「えー」
いやいやコイツら終わってるだろ。もしくは、そのレベルで父娘の間に強めな亀裂が入っていたのかもしれない。
「では……旦那様はレクス様にまずこう仰りました。『レクス殿……其方と以前言葉を交わしたのは確か、7年程前のことか……あの無礼な態度が演技だと思うと、妙な感慨が湧いてくるものだが……』と……」
声真似が無駄に上手。ゲームや漫画内におけるメイドのハイスペックは、どうにもアホなベクトルにまで手が伸びていることが多い。
「いや内容だけでいいから……」
だろうな。
「はい……詰まる所、内容は婚姻の打診かと。確かに、レクス様と水仙様がそうなれば、コルフォート家と四条家……レクス様が仰っていた以上の強固な関係を結べることでしょう」
「っ…………それで、アンタは何て返したの?」
無言で鉄拳が飛んでくるのも想定していたが、何か心当たりでもあったのか、水仙さんは意外と冷静。ただ、言外の圧は相当なレベル。っていうか、婚姻は打診するものじゃないだろ。
「え……いや、まぁ……何と言ったらイイか……」
そして、素でどう説明したらよいか分からず、言葉に詰まる。というか、ここだけの話がこんな秒で暴露されるとかさすがに鬼畜だろ。
加えて、この場では容易に完全犯罪が成立する。そう考えると、実は転生以来最大のピンチなのかもしれない。
「レクス様は関係強化の重要性については同意したものの、婚姻の必要性においては夫婦の関係悪化がそのまま領民へのリスクになるとの理由により、結局回答は控えるに至りました」
「ふーん……」
端的な説明ではあったが、それだと俺が水仙を袖にしたようなニュアンスで伝わってしまい、ただただよろしくない。また対面のリアクションを見るに、俺は死に一歩近付いたように思えなくもない。
「……ただ、水仙様について……『見た目は申し分なさ過ぎますし、自分は黒髪ロング好きですが、好みなど関係なく最高の金髪美女です。変な所で融通が利かなかったり、よく分からん所でキレたりもしますが、基本優しく、気遣いも出来て、芯のブレない強さも含めて、女性として非常に魅力的だと感じております。まぁ好きかと聞かれれば、普通に結婚したい程度には好きですね……』と仰っていました」
「っ……」
「最悪かよ……」
今のモノマネが似ているのかは本人では判断できないが、この上なく完全に晒されたことは間違いない。
「…………」
「あ、いや――」
「――黙って。喋らないで」
「あ、はい……」
キレるでもなく、恥ずかしがるでもなく、まさかの真顔。
また、そのフラットな声には有無を言わさぬ何かが込められていた。ので、黙る以外の選択肢がない俺。
そして、主が黙れば従者も黙る。
「…………」
「…………」
「…………」
一生思案顔の水仙、無言無表情のシオンさん、只々気まず過ぎる俺。
重ねて最悪なことに、王城到着までの小一時間、車内の雰囲気と状況に変化は訪れず、俺はそんな精神的地獄に耐えるしかなかったそうな。
「――おぉ……着いたか……」
時の流れは平等なれど、世には相対性という概念が存在する。絶世の美女との楽しい一時は一瞬の如く過ぎ去るというが、そうは言ってもやはり中身のニュアンスが肝要か。
下車してお使いの人に案内される間も水仙は長考を継続、もしや、俺をどう殺そうか入念に考え倒しているとでもいうのだろうか。まぁそうだったら俺の命運もここまでではある。
結局、王の間まで通されてもそのままという、ワンチャン侮辱罪も見えてくる上の空モードで冠を被ったおっさんと対面する四条家次期当主。前室での僅かな待ち時間で声を掛けるべきだったと今になって後悔するが、シオンさんによりガードされていたっていうのはある。
ちなみに、この世界では特に跪いたりはしなくてよいし、面倒な儀礼的手続きもないのは非常に好感が持てる。まぁエロゲだからね。
「――おぉ、勇者よ、待っておったぞ」
そして、一方通行コミュニケーションもどきが始まる。この御方は自身に都合の悪い言葉は認識されないという、ある意味で哀しき呪いが掛けられている。つまり、大抵の古代RPGにおける王様とそう変わりはない。
毒にも薬にもならない言葉がしばらく続いた後、話は本題へと入る。
「――つまり、機は熟したということだ。私が王位に就いている間に其方らと出会えたことは、王としてこの上ない幸福と言えるであろう」
「っ……」
雲行きが一気に怪しい。何故なら今のは俺にとって、かなりデジャヴるフレーズなので。
ちなみに、退学によって勇者の位を回避したつもりになっていたが、案内してくれた人曰く、称号は個人に与えられているため、特に意味はないとのこと。それに加えて、俺と水仙の家庭事情は理解してくれているらしい。要らんトコだけ鷹揚というクソ仕様は健在。
また、会長不在なため繰り上げで副会長が呼ばれているというのも道義上は納得できなくもないが、このバランスの悪さがゲーム世界の狂気と言ってもよいだろう。
「伝承に従い、お主らに試練を与えよう。突然のことで戸惑うかもしれんが、苦難を乗り越えた後、全てを語ろう」
「……」
いや、本来のシナリオに比べて百倍突然なんですけど。
「……行ってくれるだろうか? 勇者よ……」
ヤバい、詰んだ。
「っ……あ、あの……ちょっとぉ……それは……」
広々とした王の間にいるのは俺と水仙、王様と大臣だけ。もちろん、大臣は王様以上にBOT。そのアホな状況が、俺にチャレンジする勇気を与えた。
「……………………行ってくれるだろうか? 勇者よ……」
始まったよ。
言うに及ばず、首を縦に振るまで出られない牢獄へとインしてしまった俺と水仙。ただ、横の金髪は完全に話を聞いていない。なので状況はちょっとだけカオス。
「はい、わかりました――ただっ! ただ……ですが、現状の戦力では不十分なため、然るべき人材を加入させ、その増強を図りたいと考えます。それについて、王命としての許可をいただきたいのですが……」
とりあえず捻じ込めそうなモノは捻じ込んでおくことにした。
「よろしい、許可しよう。では、試練に挑む勇者達に……コレを……」
出番を待っていたBOTが動き出す。
「……」
どうやら、認めざるを得ない。
この流れはストーリー終盤一歩手前。だが何故今なのか、そればかりが頭でグルグル。つまり、この場には正常に思考している人間は存在しない。
ゲーム内なら自然でも、現実に見るとシュールでしかない宝箱が我々の前に置かれ、おっさん二人は退場する。ここからは再び、プレイヤーが操作する時間に戻る。
「で、そろそろ――」
「――その前に、ちょっと話聞いてもらってもイイ?」
「えっ? 今すか?」
「ここなら邪魔も入らないし、ちょうどイイわ」
カットインされたことよりも、やっと言葉を発してくれたことに安堵する俺。ただ、ここは早めに出た方がイイんじゃないすかねぇ。会議の後で残って話してると、スタッフさんが早く片付けたそうな目でこちらを見る的なヤツ。
「えっと……じゃあまぁ、どうぞ」
「ありがと。出来る限り短く、なんだけど……私って、生まれた時から四条家の跡取りだったのよね。家庭の、環境? も……その辺りも、多分知ってるんでしょ?」
「そっすねぇ……大体は」
水仙の母親は出産後すぐに他界、育ての親はシオンさんの姉で、この人も既に他界している。だが、唐突に始まった自分語りは一体何処へ着地するのか。どうしてもそこが気になってしまう。
「小さい頃のことで覚えてるのは、私が暗い顔をしてると周りの皆も辛そうで、だから笑っていた方がイイんだって……多分それが、自分のことを縛った最初なんだと思う」
「うん……ただ、しょうがないし、偉いことだと思うけどな」
家柄が強めだと、それだけでもれなく付いてくる縛りはきつく、また重くなるし、とは言え得られるギフトも盛り沢山にはなる。当然、人が裸で生まれてくるというフレーズは、道徳の教科書内限定の真実ではある。
「レクスのことは、普通に憐れんでた。自由に振る舞ってああなるなら、自分の方が全然イイってなってたし、色々と諦めも付いてたし」
「なるほど。まぁ共感は出来る」
実際、レクス死去の後で唯一その存在を話題にするのが水仙であり、逆にあんなクズにも同情する水仙ってどうなの、と思うユーザーも結構いた感じ。ただ、俺は結構悪役の末路に感情移入してしまう方ではある。それでも、他の転生先を希望したかった思いは変わらんのだが。
「そこからは、もう最近のこと。あの時、ここで死ぬんだなぁって思って、色々後悔して……アンタに救われて……多分、何十回も全身の骨を砕かれて、自分のことを他人事みたいに見れたのが大きかったのかな……」
それは、そう思わないと自分の心を守れなかったというのが理由。少なくとも俺はそう。
「今考えれば、魔法のことももっと考えて、色々習得しとけばよかった……他にも、馬には乗れた方が便利、とか……そういう所に、意識が向かなかったのよね……」
「うん……」
それは見えざる手の仕業だからしゃーないって。っていうか、今の水仙にはもうメタ系も全部説明しても大丈夫っぽいとは思う。俺って実は、記憶バグってるけど多分異世界人なんすよねぇ、とか。
「――それで、色々考えたんだけど……」
「あ、うん……」
一旦、目先の話へ意識を戻す。
「私、アンタのこと好きかも」
「っ…………………………マ?」
「……はっ?」
ヤバい、選択肢ミスった。
「いやゴメン待って。えっと…………かも? つまり、推量?」
「アンタは私のこと、結婚したい位に好きな訳だし、コレって、こっちに選択権があるってことなのよね? なんか、こういうのよくわからないんだけど……」
「おぉっと……」
最後のフレーズだけは、原作において聞き覚えがあるヤツだった。
そして、薄々気付いてはいたものの、まさかと思って目を背けていたことが意識される。少なくとも、あのマッチョな父上からされたのは、全てが確定したことを示す会話イベントに他ならない。もちろん、唐突なことに加え、色々とツッコミたい所ではあるのだが。
「っ……あ、ねぇコレって、貰っちゃっても問題ない物なの?」
「あ……あぁ……そういう、ことになるな……」
足元に置かれたままのデカい箱。ここまで完全にその存在を忘れていたが、実は現状と無関係な代物という訳でもない。
とりあえず、仮説を実証するためにその箱の中身を確認してみる。
「――あ……」
そして、秒で疑問は氷解し、一向に構わんと瞬間的に納得、どう考えても収納の仕方を間違えられている中身を摘まみ上げる。
「指輪? それって装備品……ラトーラの物?」
「いや……コレは――」
とりあえず、もうしょうがないので立ち上がり、水仙に向き直る。
「っ……えっ?」
「――お前にしか装備できない……」
その左手を取って、唯一納まる指にそれを通す。もちろん、採寸は完璧。
どうやら俺は、四条水仙ルートに入ったらしい。