現状は、予想の斜め上を豪快に突き抜けたと言った所だろうか。
想定とは離れた途方もない額の金を手に入れてしまった俺は、屋敷の裏手で馬と相対していた。不思議と新鮮味がなく、馬の扱いについての知識は備わっている。知らないのに知っている、この感覚にも、随分慣れてきたように感じられる。
とは言っても、理不尽と違和感には慣れることはないのか。
この世界の移動手段、その主役は馬なのである。
我が愛しのクズ両親も、馬車に揺られて出かけたそうな。
「何故だ……」
インフラを魔法で賄っているのに何故移動が馬なのか。正直理解しようとするよりも、スタッフの浅はかな時代考証と諦めた方がむしろ清々しい。細かい部分へのツッコミが大分優しい時代に制作されたという背景も、大いに手伝っていることだろう。
「だって、ワールドマップねぇしな……」
むしろ、ワールドマップのないRPGの方が主流なのかもしれない。これギャルゲーが本質だけど。
都市から都市へはカーソルを合わせれば瞬時に移動できていたので、裏でキャラ達が時間を掛けて移動していた苦労などプレイヤーは知る由もない。そう思うと、安い宿屋に泊まるために初期の街へ戻る節約行為は、控えるべきだったのかもしれない。
頭は雑念だらけだが、仕方なく馬に跨って出発する。
事前に手に入れておいた地図を見るに、最悪泊まりになる距離だと思われるが、俺が外泊して悲しむ者などこの世界にはいない、と思ったが、俺に対応する宿の従業員が悲しむことに思い当たった。やはり、俺に安息の地はないのか。
乗り心地は普通。元の世界では馬術部やカントリークラブ的な何かに所属していたのかは知らんが、どうやら問題なく移動できそうで一安心しておく。
俺が考えたレクス生存戦略の屋台骨。それは、ゲーム内の隠し要素である、謎の店に行って裏アイテムを買い漁ることだった。
所持金は驚愕の6億ガバチョ。日本円だとすれば、人生3セット分の無職人生が可能という額に近いらしい。そう考えると、心臓が早鐘を打つのを止められない。
「うわぁ……現代日本じゃあり得ない酷さだな……」
このゲームは魔法学園を中心に話が展開され、遠出は全て学園から東側に限定される。つまり画面で言えば、昔懐かしのアクションゲーのように、どんどん右へ進んでいく訳だ。だが俺は今、一心不乱に左へ進んでいる。その左、西側には何があるのかというと。
「ストーリー的には本当に何もないんだよなぁ……」
そもそもマップ上で見ることができない。もう海とかにしとけよと思ったものだ。
そして件の謎の店には二週目以降、条件を満たすことで足を運べるようになるが、その際に一応、今目の前に広がっているようなスラム街を通る設定になっている。
「適当かと思えば、こんなに生々しいスラム……」
震災後が連想されるように崩れ、朽ちた建物群、座り込む人間に動きはなく、馬を走らせるこちらへ注意を払う体力もないように見える。このような本編と絡みがない場所に来る人間などいないのだから、物乞いも成立しないだろうに。
彼らは一体、どうやって生計を立てているのだろう。
「謎過ぎるな……絶対スラムの設定要らないだろ……」
強制馬移動以上の怒りを感じてしまう。
それに加えて、既にスラムを抜けた後はただ荒野を行くのみ。これ絶対宿屋とかないだろ。
ここで馬が不調を訴えたり、突然走れなくなってしまったら程よく詰みそうだ。こんな大金を所持して野垂れ死ぬとか、結構レクスにはお似合いな最期と思えなくもない。
「……」
マジで遠い。
ゲーム内では、左の方へ延々とカーソルを動かし、初見プレイヤーにとってはバグだと思わせる程に西へ西へと移動させると、最後に行き着くのがその謎の店なのである。
「…………」
まるで西部劇の気分だ。と言っても、西部劇が何なのかいまいち理解していないので、あくまで雰囲気的な意味でそう思っているだけなのだが、とにかく砂埃が舞う道なき道を真っ直ぐに進む。
体感だが30分毎に馬を休ませ、また走らせ、それを繰り返す。気温は高過ぎず低過ぎず、空も曇天であることは地味に救いだった。
「……全然元気だな」
さすがはコルフォート家の馬。酷使されることへの耐性レベルが一味違うのかもしれん。
どうやら馬には嫌われていないようで、休憩させようとしてもまだまだ走れそうな意思を見せてくれる。もしかして内心では嫌われていて、学園のクラスメートのように表面上のみ従順な移動手段を演じてくれているだけなのかもしれない。
「あり得なくもないと思ってしまうのは、ここまでの体験によるものか……」
本音で接してくれた者など水仙只一人であり、それにしたって嫌悪感青天井な塩梅だった。考えれば考える程に気分が沈む。
「…………」
そして馬が勝手にスピードを上げてしまう。
お前、大丈夫か。イイ感じの所で泡拭いて死んで、俺を野垂れさせるつもりなのか。
「うーん……正直、ただタフなだけ説を推したくなるな……魔法とかで強化された馬ってのもあり得るか」
思えば、一生直進なため、馬を気遣う以外にやることがないのも事実。
そんな風にして馬を宥めつつ、結局は速度が出てしまうというちぐはぐな現象を繰り返して5時間が経過。
「っ…………おぉ……」
あった。
特に道が終点となっている訳ではない。
目の前に見えるのは木で建てられた小屋。
感じることとしては、只々、その立地で大丈夫か、と言いたい。そして復路を思って既に憂鬱になっている自分に気付く。少々早まったのかもしれん。
一人で住むには十分なサイズの小屋、横に馬を繋いでおく場所が用意されている。立地的な非常識とは相反する気遣いに、もうそういう感想は全て流すべきかと思い始める。
「……よし」
労うように軽く撫で、馬を繋ぐ。とにかく入店以外の選択肢はない。
「…………」
ボロい扉を引いて中へ入る。
「あ? えぇ……客って……お兄さん、何でこんなとこに来たの? 頭大丈夫?」
「……」
まともな接客など微塵も期待してはいなかったが、暴言を吐かれて喜ぶ趣味もまたない。
謎の店、その店員である名無しの癖っ毛ロリ。
ボサボサの赤毛に緑色のツナギ、軍手に、履いてるのは設定通りならブーツ。年齢は多分、小5から中1ら辺。
「はいはいどんまいどんまい。ちなみに、いつ以来の客?」
「そんなの初めてに決まってるじゃん。こんなトコ、誰も来ないよ」
何じゃそら。
「まぁいいや。売ってる物、見せてもらってもいい?」
「ここお店だよ? イイに決まってるじゃん……」
ローテンション、呆れ顔、140センチくらい。ゲーム内と違わぬ赤毛ロリだ。
「どうせ暇なんだから、まともな接客を少しでも心掛けろ」
店内は広い訳ではなく、入店したら自動的に対面するカウンター、その前にある丸椅子は一つだけ、後ろのデカい棚には雑多な商品が敷き詰められている。左右に窓が無かったら、結構な閉塞感かもしれない。
「そんなこと言ってて大丈夫? ここ、お兄さんの手持ちじゃ何にも買えないよ」
「わかったわかった。実はまともな接客なんて期待してない。何か……商品のリストとかあったら見せて」
「はいよ。手が出ないってわかったら帰ってよ」
欠伸を嚙み殺すこともせず、面倒臭そうに羊皮紙を三枚カウンターに投げ置くと、ロリ店員は棚の前の椅子へ戻って新聞のようなものを広げる。
「……っ……」
「言っとくけど、1ガバチョもオマケはしないよぉ」
ロリの妄言は無視し、羊皮紙の内容に集中する。
ラインナップに変更はなし。というか、過度な変更があったら計画は全て破綻する。
「……」
謎の店で扱っている商品は一つとして巷には出回っていない。
主な商品はチートな各種回復薬、霊薬と呼ばれる各種ステータスをアップさせるアイテム、それに加えて。
「マジか……有料ダウンロードコンテンツを完備……」
「それ何語?」
「っ……」
落ち着け。
値段も事前情報通り。
考えた購入予定ラインナップは主に三つ。
一つ目はチートポーション。正直、ド直球な名前には好感が持てる。
これは戦闘不能を貫通してHPを全回復するアイテム。多分小瓶に入っている液体を飲めばよいと思われる。1本100万ガバチョ。
二つ目はマジックポーション。その名の通り、MP回復アイテム。
このゲームの不評部分の一つは、通常のMP回復手段が宿屋一択という不親切さ。レベルが上がっても回復するのはHPだけ、セーブポイントに入っても回復するのはHPだけ。昨今のゲームなら考えられない。
おまけに何と、章を跨いでも回復しない。いや数日後って出てましたよ? 寝たでしょ? キミ達。
なので章が切り替わって最初にすること、それは出発直後の宿屋宿泊。おいおいスタッフ、デバックとかテストプレイで気付いたでしょ? 面倒臭がらずに修正しようぜ。
だが、この不満点は大量の金で解決可能。まぁ二週目以降だが。これも多分、グイっと一杯イケばMPが全快するっぽい。お値段1本150万ガバチョ。結構良心的。
ラストが霊薬なんだが、ここでもう一度検討を重ねたい。
「うん……ちっとローリーさぁ、相談に乗ってもらってもイイ?」
商品についての知識がある訳だし、他にアテがない。
「あん? ローリーって、ウチのこと呼んだ?」
「他に誰もいないだろ……でさぁ、この霊薬なんだけ――」
「――ローリーって誰だよっ! ウチに名前なんかねぇし、何勝手に変な名前付けて呼んでんだよっ。アンタ、何者なんだよ?」
「はぁ? こんなクソみたいな場所で店構えてるヤツにそんな細かいことを尋ねる権利はない。いいから、客の相談だ。応じろって」
こっちは生きるか死ぬかなんだよ。
「何でウチが怒られんだよ……大体、値段見たのかよ……物の相談の前に、金の相談しろって」
「ほれっ」
全財産を6つに分けた皮袋の内の一つを、カウンターに置く。
「え…………何、これ……」
「100万ガバチョ金貨が100枚入ってる。とにかく金の心配はするな。ちょろまかすつもりもないから」
「……っ! は、犯罪者……」
袋の紐を少し緩め、中を確認したローリーが飛び退く。
「止めろ。言っておくが、俺はお前よりも遥かに弱いぞ。これは…………民の血だ」
「やっぱ犯罪者じゃんっ」
「じょ、冗談だよ……」
ヤバい。確かに、俺って犯罪者と変わらない。どうしましょ。
「とにかく、ちゃんと払うから、対話に応じろ。んでもって、何て呼べばいいんだ? 他にはレッドロリにロリレッド、ツナギロリ、癖っ毛赤ロリ牛乳とかもあるけど?」
事実、今も瓶牛乳が棚のトコに置いてある。
「最後の悪口じゃん……もういいよ。それで、相談って何?」
「ステータスってさぁ、どれが一番大事だと思う?」
0になったら戦闘不能のHP。
0になったらただの人間MP。
物理で殴るのダメージ源、力。
魔法で殴るのダメージ源、魔。
受けるダメージを抑える、守。
回避と動く順番に関わる、速。
バフとデバフの効果上昇、運。
「は? そんなの魔に決まってるでしょ。ここ、どういう世界だと思ってるの?」
浅いなぁ、ロリレッド。
「魔を上げても絶対たかが知れてるんだよなぁ……」
これは、ゲームあるあるかもしれないが、お気に入りの弱キャラをアタッカーにしたいと、様々なドーピングを駆使する人は結構いるだろうが、大して育ててない強キャラの使い勝手の良さに絶望することが多い。
また、これがシミュレーションRPGだと、強キャラは強過ぎるが故に、弱キャラに経験値を渡さない。俺の中にある遠い記憶から、気に入らない強キャラが勝手に反撃し、苦労の末に弱らせていた敵を殺していく様が、瑞々しく蘇る。
話が逸れた。
本題に戻れば、詰まる所、俺はその弱キャラ未満、そもそもプレイアブルではない。
「……よし、質問を変えよう。一番厄介な雑魚敵、雑魚な魔物って、どういうヤツだと思う?」
「何言ってんのこの人……」
「いいから。別に俺という人間を理解しようとしなくていい。ただ相談に乗ってくれ。キミの叡智が必要なんだ」
「っ……雑魚敵……魔物って、森とか洞窟とか、廃墟に住み着くヤツだろ。その中には、人間じゃ敵わないのも沢山いる」
何だかんだで話は聞いてくれるらしい。俺の素性を知らないというだけで、これ程対話がスムーズに進むとは、コルフォートの呪い、恐るべし。
「そういう強い個体じゃなくて、比較的小さくて、群れてる感じの……それが、所謂一つの雑魚敵。で、そういう雑魚敵の中で、一番面倒なのって、どんな特徴を持ってると思う?」
「……わかったけど、それがわかって何の意味があんの? うーん……攻撃力が高いヤツ?」
「なるほど。でも、攻撃力高かったら、もう雑魚じゃなくね?」
だって、殺れる力を持っちゃってるやん。
「でも、耐久が低かったり、動きが遅かったりしたら、別に大した敵じゃないよ」
「耐久が低い……確かに、火力あって耐久高かったらもう雑魚じゃなくて強敵だよな……」
一芸に秀でても、結局穴は大きい。
かと言って、均等にステータスを上げるのは避けたい。雑魚が器用貧乏になっても誰も気付かないだろうし。一方で、二つ伸ばすのも手だが、やはり自分の素材の残念さをしっかりと理解した上で選択することが重要だと結論付ける。
「よし、ちょっと想像して」
「は? まだ続けんの?」
「あー、うん……ちょっと軽くカミングアウト、話しておきたいんだけど、実は俺、まともに話を聞いてもらえる知り合い、ローリーしかいないんだ」
「いや、初対面だけど……」
「実はさぁ、俺ずっと頭の中で自分と会話してたんだよ。だから目の前に話が通じる相手が現れて、無駄に話をしたい感じになっていることは否めない」
「えっ? いや、だから初対面……」
何かロリが困惑しているが、知ったことではない。
「俺の記憶にこびり付いてる、現代では実用性の低い古の戦法なんだけど、まず極限まで守りを固める。次に、相手に毒を放つ。これは、徐々に体力を蝕むやつね。もし治癒されてもしつこく放つ。で、相手が攻撃してきたら耐えて、体力減ったら回復。ここまで大丈夫?」
「……うん。馬鹿でズッコい戦法だと思う」
「よし。じゃあ、雑魚敵が……それを一生繰り返してきたら、どう?」
「うぜぇ……」
まるで俺がガチでウザいみたいな顔をされた。
「……道は決したな」
結局の所、昨日考えていた通りのプランに落ち着いた訳だが、決めたからには覚悟を持って進むとしよう。
「じゃ、とりあえず、守りの霊薬を100個下さい」
「……」
おいロリ。軽蔑の眼差しを送りながら表情を固めるな。