「うーん……どうしたことか……」
考えなければならないことは沢山ある。だというのに、気になってしまうとそれが頭から離れない。人間、そういう時もある。
「みかん、オレンジ、は場から除外してもいいだろう」
つい思考が口から漏れる。
俺は今、昨日、一昨日を費やして100本飲み干した守りの霊薬、そのフレーバーについて思いを馳せていた。
それは確かに柑橘類だった。
先程、断定は困難だと諦める決心がやっと固まった所であったが、仮でもいいから解答欄を埋めておきたい。
ぽんかん、たんかん、デコポン、日向夏に清見オレンジ辺りが最終候補か。柚子ではなく、もちろんレモンでもない。
ただ、最初の3つの違いを言語的に説明できない時点でどん詰まってはいる。
「はい、じゃデコポンってことで」
落ち着けるような状況が訪れたのなら、この世界にある全ての柑橘類を収集しよう。もちろん、コルフォートの権力を使わずに。
「……よし、切り替えよう」
気付けば、屋敷を出て歩き、教室の前に到着していた。話し掛けられることは疎か、誰もこちらと目を合わせようとしないため、考え事が非常に捗った。
「「「――――っ!」」」
俺の入室と同時に空間は静寂に包まれる。楽しそうに話していた学生達は、皆一様に表情を引き攣らせ、仲間になりたくなさそうな目でこちらを見ている。わかる、その気持ち。
「……」
ただ、少し様子がおかしい。
我が傀儡達はこちらに挨拶もせず、生贄を選抜するように互いを見合い、その表情を絶望で染めていく。
「……どうかしたのか?」
「――ひぃっ!」
不幸にも、物理的距離が最も近かった女子学生は、俺に話し掛けられたことで悲鳴を上げ、尻もちを着き、命乞いをするように謝罪を繰り返すBOTと化してしまった。まぁ最初から俺にへりくだるBOTだからあまり変わらんのだが。
「…………」
「っ……あの、レクス様、本日は、その……探索遠征の日、かと……」
彼は確か、傀儡筆頭の、何とか君。今度クラスメートの名前覚えよう。
「えっ? 週末、ではなく?」
今日は憂鬱な月曜だけど。
「――あぁっ! 申し訳ございませんっ! 私などがレクス様に……」
「ちょっと君落ち着こうか……つまり、皆も、探索遠征?」
「っ……我々は、週末、なのですが、生徒会の方々は……当日、何かあった際の救助役に回る、ため……本日の、予定となっております……も、申し訳ございませんっ!」
「――いた……アンタ、何でこんなとこにいんのよ……もう全員集まってるわよ……」
「……」
後方からのうんざり+呆れ声。あまり振り向きたくないが、午前中から現実逃避もないだろう。
「ちなみに、何時に出発なんだ?」
現在時刻は8時過ぎ。授業の30分前到着なんて、本来なら優等生の部類だと思う。
「っ……2分前よ。いいからっ! 早く来なさい」
怯えるクラスメート達に見送られながら、金髪貴族に朝から連行される。
学園に友達が一人もいないため、予定について話す機会もなく、教えてもらうなんてこともない。加えて、ゲーム内には曜日などは言及されておらず、完全なる分からん殺しに反省するモチベが全く湧いてこない。リタが週末って言ってたのは、せめてもの嫌がらせだったっぽい。
どうしたものか。
本日はクラス全体を巻き込み、学園でのレクスの所業を知るために『第一回レクスなりきり選手権大会』を開催し、全員にものまねをさせ、各自10点満点でレクスっぽさを採点、モデリングすべき言動を探ろうかと思っていたというのに。
「参ったなぁ……」
週末のつもりだったから、何にも考えてない。
「…………わかってるわよ。本調子じゃないんでしょ?」
「うん? 何が?」
足を止め、振り返る水仙さん。微妙にしおらしいのはどういうことか。
「言ったけど、身体はちゃんと回復させたわ。でも、精神的な部分は治せない……アンタ、あの日から……絶対おかしい。今だって、顔付きがおかしいし」
「……まぁ、確かにあそこでボコられてからの話だけど」
顔付きかぁ。それはもうどうしようもないなぁ。鏡の前で下卑た表情の練習が必要なのか。
「っ……謝らないわよ。こっちは話すだけのつもりだったのに、アンタから仕掛けてきたんじゃない」
「……」
レクス大丈夫か? 万に一つも勝ち目ないのに、何で水仙に仕掛けたんだろう。確かに、かませな雑魚って自分の実力を客観視出来てないけど。まぁ出来ちゃったらかませな雑魚にはなれないか。
「他のメンバーには、伝えておいたわよ。アンタが、調子悪いって。ほら、さっさと行くわよ」
「……」
いやぁ、水仙、イイヤツ過ぎて逆に引くわぁ。
よくレクスにそんな優しくできるな。レクスも、水仙の忠告に耳を貸せれば、妹に殺されたり、メイドに八つ裂きにされたり、野犬のエサになったりしないで済んだかもしれないのに。
「いや、その程度では変わらんだろ」
無理な理由が100あって、1個や2個解消されたとしよう。まだまだ全然無理なのである。神様助けてくれ。
マップ的な見覚えから察しは付いていたが、生徒会室が奥に見える。どうでもいいけど、観音開きの扉っぽい。
「っ……」
どう振る舞うべきか。
今の所、偽者断定によるリタの暗殺はない。だが、生徒会長のアルフェンはマズい。しっかりとクズを演じなければならない。
「よし…………」
荒ぶる魂を、この星、いや、全銀河に住まう数多の生物から少しずつクズの欠片を分けてもらうつもりで、混じり気のないクズを体現する。差し当たっては思い出せ。出番の少ないレクスのクズ語録の数々を。いや、数々って言う程セリフがない。辛い。
だが無情にも扉が開かれ、状況がスタートしてしまう。頼むからクイックセーブさせてくれ。
「――おっと、ありがとう四条さん。これで、生徒会メンバー全員集合だね」
メッチャ高そうな椅子に座っていた赤髪の貴公子がスタンダップする。机も高そう。
ヤツがアルフェン。選べるならこの人に成り代わりたかった。まぁ別に完璧ではないがキャラスペックは高く、悪落ちしなければ純粋にイイ人。でも貴族がメッチャ嫌い。レクスのことは、もっと嫌い。
「……ちょっと、一言くらい謝りなさいよ」
「っ……何を言っている? 俺はコルフォート家の嫡子、レクス・フォン・コルフォートだぞ。俺に頭を下げさせたいのなら、国王でも連れてこい。まぁ連れてきた所で頭など下げんがな」
「アンタ首飛ぶわよ……」
「ふっ、本来の調子ではないと聞いていたが、大丈夫なようだね。安心したよ、レクス君」
「フン、この暴力女に襲われて頭を打ち、本調子ではないのは本当だがな」
「はあぁぁぁっ!? 襲ってきたのはアンタでしょうがっ!」
よし。とりあえず何を言われてもなるべく理不尽なことを喋ろう。それしかない。
「あ、あの……すいま、せん……コルフォート、君……」
向かって左に座っていた女子が立ち上がり、震えながら頭を下げている。
紫色の癖っ毛、猫背、目の下のクマに陰気な表情。カルシェラ・シャンティエーカに相違ない。声が小さいし、何を言っているのかわからない。
「うん? 何だ貴様は、そのような穢れた視線を俺に向けるな。虫唾が走るだけでなく、打った頭の鈍痛がぶり返し、吐き気を催してきたではないかっ! カルシェラ、貴様はいつになったら俺の意を汲んで動くのだ? 差し当たって、その目の下のクマをどうにかしろ。これは命令だ。今日から、16時間睡眠を徹底しろ」
「――っ! は、はいぃ……承知、致しました……」
調教済みじゃねーか。
「いやいくら何でも寝過ぎでしょ……カルシェラ、相手にしなくていいから。ほら、会長、出発しましょう」
「あぁ、そうしよう。皆、今日は期待しているよ」
アルフェンが先頭に立ち、一行は生徒会室を後にする。
イケメンのアルフェン。
ツンデレの水仙。
陰キャのカルシェラ。
戦闘能力を持たないレクスこと俺。
「……」
そして、ほとんど喋らない銀髪の少女、ラトーラ。
超絶美人、スタイル良し、改造制服もナチュラルで露出度が高い。
カルシェラと同じ四大貴族、シャンティエーカ家が見つけた奴隷階級の突然変異。
ヒロイン人気第一位に加えて、全キャラ中最強の火力を誇る。水属性と見せかけて回復魔法は一切使えず、氷と闇の魔力で敵を殲滅する。木火土金水設定は何処へ行った。尚、極限まで鍛えたら最強は水仙だが、カジュアル層は皆このラトーラが一番強いと思っているはず。
どうやら、というか間違いなく、探索遠征へは馬車で行くらしい。だって馬車が正門前にあるから。
「……」
ヤバい、地獄だ。
馬車は一台。大きさ的に、全員で乗るのだろう。あの感じだと新幹線みたいに向かい合って座る形になる。
あの馬は我が愛馬のように休まず走ってくれるのだろうか。目的地のアルティメットタワーまでは結構遠いはず。
「では、馬車に乗るとしよう」
ですよねー。帰りたい。
コルフォート家の威光を発動してサボタージュもワンチャンありか。
などと迷っている内に馬車へと押し込まれ、馬が歩き出す。いや走れよ。ガンダッシュで。
「…………」
正門から出発して数分。既に場の大勢は決した。ちなみに俺と水仙が右左で隣同士、向かって右からアルフェン、カルシェラ、ラトーラという席順。当然ながら、俺と水仙の間には一人分の空白がある。っていうか、皆荷物とか無いんすね。
ラトーラは外へ目を向けたまま一生沈黙。
カルシェラは全身全霊で俺に怯えている。
時折アルフェンが水仙に話し掛け、水仙が真面目な返しをする。別に盛り上がらない。
何この空気。
「……」
皆から興味を持たれ、明るく優しいカナト。
気配り上手の聞き上手、しかも元気なリース。
この二人がいて、初めて生徒会には真っ当な空気が流れるのだ。そういえば、去年に比べたら本当に良い雰囲気になったわね、っていうセリフが水仙にあったような。
「…………」
うん。寝よう。唯一の最適解だ。
「――ちょっと、アンタ寝るつもり?」
「何か文句でもあるのか? まぁあっても聞かんがな」
お前、一日にジュースを85本も飲んだことがあるのか? 昨日はもうお腹たっぷんたっぷんであんまり寝られなかったし、今ちょっと眠気が迎えにきてくれたんだ。割とマジで邪魔。
「止めなさい。起きてすぐは、魔力が安定しない。アンタ、死ぬわよ」
「……」
それは違う。魔力の安定性など問題にならないレベルで、俺は弱い。はい論破。
「っ……いいから。黙って座ってなさい」
「ちょっ」
左肩を掴まれて、軽く揺らされる。マジでうぜぇんだけど。
「……俺が死ぬなら、お前も死んでいるがな」
「はっ? アンタなんかと一緒にしないで。私は魔物なんかに遅れは取らないわ」
「ハァ……さえずるな。それで考えて喋っているつもりか? もっと頭を使え頭を……」
「っ……」
顔を近付けてきた水仙の米嚙み辺りを、二度ノックして押し返す。これは俺の記憶の中にある、最もウザいお爺さん教師の完コピだ。と思ったが、少々嫌味ったらしさが不足しているか。
「俺はこの世界の中心、栄えあるコルフォート家の嫡子、レクス・フォン・コルフォートだぞ」
「っ、何回名乗るのよ……」
「お前ら有象無象が魔物とじゃれ合っている間、この俺は後方で控え、場を俯瞰している。その俺が死ぬというのなら、その時には有象無象の一欠片であるお前の命は既に散っている。そんなこともわからんのか、この痴れ者がぁっ! カルシェラ、この脳味噌がピスタチオサイズの女に『スリープ・トゥワイス』を唱えろ」
「――っ! 『スリープ・トゥワイス』」
「――ちょっ! 止めてカルシェラ、眠くなっちゃうからっ!」
よし、これで我が眠りを妨げる者なし。
「ふぅ…………」
「っ……ぐっ……はあぁぁぁっ……っ……ハァ、ハァ、ハァ……ちょっとアンタ、何本気で寝る感じになってんのよっ! 起きなさいっ!」
「っ……チッ」
どうやら気合で眠気を飛ばしたらしい。おいおい精神に負けるとか、魔法のくせに、これなら全身麻酔の方が優秀じゃねぇか。まぁ普通に優秀なんだが。
「カルシェラ、貴様には失望した」
「――ヒィッ! も、申し訳……ありません」
「謝罪など無意味だ、結果を出せ。それから、その下卑た視線を向けるなと出発前に言っただろう。あぁいや、貴様がそんな前の記憶を保持できる訳がないな。やはり身体で分からせる必要があるか。カルシェラ、来週までに『スリープ・トゥワイス』を両親の前で500回音読し、一冊100個のスタンプカードを作って5枚分提出しろ。目の前で千切り捨ててやる」
「――っ! は、はいぃぃぃぃっ!」
「っ……アンタ、いい加減にしなさいよっ! 会長も、何とか言って下さい」
いやもうマジで寝かしてほしい。っていうか『スリープ・トゥワイス』をこっちに向けてもらえば早くね。
「はっはっはっ、いやぁ賑やかで結構じゃないか。それにレクス君、その作戦は素晴らしい。今日は、レクス君には後方で場を見ていてもらおう」
「最初からそのつもりだ。とにかく、俺は寝る。カルシェラ、俺に『スリープ・トゥワイス』を唱えろ」
「ちょっとアンタ」
「――っ! っ……っ……」
どういう不具合か、カルシェラの口から詠唱が聞こえてこない。
「俺に二度同じことを言わせるつもりか? カルシェラ。貴様の粗相を綴り、シャンティエーカ家に書状として送り、その慰謝料として奴隷商の関税を引き上げてもいいのだぞ?」
「――ヒィィッ!」
「嫌がらせのスケールじゃないでしょ……」
「っ……っ……あの、でも……魔法の眠り、は……身体に……あまり、良くない……です」
「何?」
まさかの初見情報。やはりゲームを基本に所々調整されているようだ。
「貴様、そんな危険な魔法を水仙に放ったのか? 同じ生徒会の仲間を傷付けるなど、言語道断だ。貴様には、ノブリスオブリージュの信念はないのか? まぁある訳がないのだが。二度と『スリープ・トゥワイス』を人に向けるな。禁を破れば、適当な術者を買収し、毎晩貴様に『スリープ・トゥワイス』を唱えさせに寝室へ送り込むぞ」
「――ヒィィィッ! も、申し訳、ございません……」
「それは、ちょっとその通りかも……」
「……これで最後だ。俺は寝る。タワーに到着したら、四人で探索しろ。俺は終わるまでここで待っていてやる」
「せめて後方で場を俯瞰しなさいよ……」
そして幸いなことに、これ以降、タワー到着まで、水仙に肩を掴まれることはもうなかった。