まぁ我慢強い勇者ならどんな苦難も乗り越えてアイドルを推せるだろう 作:ヒラメもち
第1話(友愛)
十で神童 十五で才子 二十過ぎれば只の人
この世界にはこういう言葉があるらしい。
かつて俺が生きた世界には魔王がいる。
人間界と魔界は密接していて、その境目では小競り合いが何百年と続いていたらしい。俺はそこそこの家の生まれで、国お抱えの魔法使いに匹敵する魔力を生まれ持っており、物心がついた頃には国境警備隊に所属していた。
詳しい事情は知らないが、たぶん元の両親には売られたのだろう。親子の愛情なんてなかったどころか、顔も知らないのでその時は興味がなかったが。
俺は広告塔として『勇者』と呼ばれたことも多かった。
しかし物語に出てくるような華々しい冒険なんてなかった。10歳を超えた頃には戦場に出ていて、血気盛んな魔族を次々と斬り殺しただけだ。何度か命令に従って魔界の町を襲ったこともあり、相手から見ればただの略奪者だっただろう。
それなりの活躍を続けた俺は思い上がっていた。
20歳の頃には、とうとう魔王がやってきた。
しかし彼が軽く手を振るえば、辺り一面は焦土と化したのだ。
俺の戦友たちも、魔族の軍も、等しく命が消えていく。
残った俺たちは怒り狂い、魔王へ立ち向かった。
その時の魔王のつまらそうな顔と言ったら、1000年も生きた彼は人間界への支配なんて興味ないのだろうと察した。
一般兵士の俺は政治を分かっていなかったが、人間と魔族の中で欲に溺れた者同士が引き起こしただけで、あの戦争は小競り合いに過ぎなかったんだ。
俺の人生は無駄だったと気づき、抵抗する気力すら起きなかった。
そんなクソな世界で1度死んだ俺は……
―――なぜか生まれ変わり、そして平和ボケを享受していた。
まず食べ物が美味い、さらには命の危機がない。いまだ素直に甘えづらいが、優しい両親だっている。
ある程度の義務として学校に通う必要があるとはいえ、別に剣術や魔法を訓練することもない。だからこれから先どういう道を歩んでいくかも模索していた。
精神年齢の違いもあって、前世と比べれば交友関係は狭いものだけど。
「社会の宿題見せて?」
紫がかった黒髪でお姫様のような子に懐かれていた。
「それだけでいい?」
「ん、えーとね、あとちょっとなんだ」
てへっという擬音が似合うポーズなんだけど、相変わらずこの少女は頼み方の要領がいい。
この子もまだまだ子どもだし、甘やかしたい気持ちでいっぱいなので、俺は机の中からノートを差し出した。
『ありがとっ』という安心した声がして急いで自分の席に座る。
見えているかどうか分からないけど、俺は少し手を挙げて返事をしておいた。
「うっ、書くこと多すぎ」
クラスの中でもこの少女は良い子で優等生なほうだけど、勉強が好きというわけでもない。暗記科目など興味がないことはあまり覚えられないようだ。
とはいえ宿題は必ず提出することや、テスト前の詰め込みの様子は……
『大人に怒られることを何よりも恐れている』のだろう。
比較的平和だが、相変わらず世界というものはクソなところも多いようだ。担任の先生もそこまでは厳しくないから、保護者と過去に何かあったと予想している。
小学校に転校してきた頃は、無理して笑っているような子だったけど。
例えば給食とか、忘れ物とか、その頃から陰ながらサポートしていたら、俺の前では少しずつ心の底からの明るさを見せてくれるようになった。
転生者の俺からしたら、同年代より少し大人びた考えを持っているため接しやすかったこともある。
まだ少女が抱えているトラウマについて相談されたことはない。他のクラスメイトとも、社交辞令的に関わっていて、どうやらあまり心を開いていないようだし。
「ねぇ、クリス君?」
「ん?」
青い空から視線を向ければ、星が宿っているかと思うほど輝く瞳がこちらを見つめていた。
「何かあった?」
「んー、アイが間に合うといいなって」
そう言うと。
ぶ~って唇を尖らせるところが可愛らしい。
ちょっと独特な持ち方だけど、シャーペンの動きを見れば、そこまで焦ってはいないようだ。
あと数分もすればチラホラと他のクラスメイトが来るだろうが、先生が来る頃には間に合うだろう。
「そだ、今日の放課後、ヒマ?」
「ああ、付き合うよ」
この少女はどこか放っておけないことからも、俺も接してきて仲間意識のようなものは芽生えている。仲間からの頼みとあれば、極力断るつもりもない。
そういえば、俺たちが付き合っているみたいな噂もあるが……
まぁアイのことが好きな人たちから万が一、背中を刺されても平気なように鍛えておかないとな。一度も実物を見たことはないが、まずはピストルを耐えるくらいに鍛錬をすることが目標の1つだ。
ただ、今日も平和な日になりそうだ。
アイと一緒にいると退屈じゃないし。
☆☆☆
部活も塾もなく、同じ小学校出身ということもあって、アイとは一緒に帰ることが多い。
そんなアイが思い出したように暇かどうか聞いてきたので、どこかへ出かけようという提案なのだろう。
お互いあまりお金は使わない気質であり、いつも公園を散歩するとか、ウィンドウショッピングか、だいぶ奮発してカラオケくらい。
今日もお姫様のボディーガードのように、隣り合って歩いていると。
「ねぇ、もしも私がアイドルになるって言ったら、どうする?」
後ろ手に鞄を持って、その星のような瞳で俺を見上げながら尋ねてきた。
少し考えたけど、今までそういった芸能界に興味を持ったことはなかったし。
「アイが決めたことなら応援するさ……
が、誰かに強制されているなら……」
俺はそこで言いよどんだ。
暴力で解決してしまうと、両親やアイに迷惑がかかるか。
「大げさだよ。スカウトされただけだから」
少し俯いた少女が、まるで魔女のようにニヤニヤしているように見えたけど、通りすぎていった車の音で俺は視線を前へ向ける。
アイが
さて、質問されたことについてちゃんと考えてみる。
アイドルは歌って踊る職業というイメージだけど、アイは容姿も可愛らしい。本格的な訓練は続けていけばいいとして。
「アイ次第だな。さっきも言ったけど、続けたいなら応援するよ」
「そっか……でもアイドルって、みんなに愛してるって言うでしょ?」
『愛してる』と話す声は、どこか愛を期待しているようで、なんだかドキッとしてしまうな。
「私、愛が分からないのに、みんなに愛してるって嘘をついて、それでも推せる?」
『推せるかどうか』というのはどうにも分からないけど、アイは一体どういう答えを求めているのか。
いや、こういうのは時間をかけて悩むほどでもないか。
仲間として本心を言えばいいだろう。
「嘘と言っても悪質なものでもないんだろう? それで推せるかどうかだったか。少なくとも俺は、アイが歌っている姿は見ていて心地いいよ」
この子は愛を求めているのだろうか。
正直俺にも具体的にどういうものか分からないし。
ただ、俺の恩師から教えてもらったことがある。
「全ての魔法は『愛』から生まれた」
「えっ? どういうこと?」
輝く星の目を見開いて、少女は期待している。
「愛があれば、不可能も可能にできるってことなんじゃないか。あの人はまた別の考えだったらしいけど、今となっては聞けないしな」
実際に仲間を救おうとした時は何倍もの力を発揮できたように思える。たとえ魔力がほぼ尽きて攻撃魔法という形にならずとも、いつもより身体が動いてくれるほどだ。
「話が逸れたか? まぁアイのやりたいことは応援するし、もし
人通りの少ない駐車場付近にたどり着くと、まるでアイドルのステップを踏むように少し足早に前へ出た。
その素振りは、すでに周りの人の目を惹きつけそうだ。
紫がかった黒髪を揺らしながら、振り返る。
その星を浮かべたような瞳はいつも以上に輝いて見えた。
「ねぇ、キミは私のこと、愛してるの?」
「ん、正直俺にも具体的に愛がどういうものか分からないな。よくある恋愛というのも経験がないわけで、そうだな、キミに仲間意識は……」
『愛していない』というのはハッキリと違うようで、かといって恋愛感情よりは仲間意識が強いように思える。
やりたいことをがんばって、本当の愛を知りたいのだとあがいてもいいけど、何よりもこの子には幸せに生きてほしいと思う。
そんな今の感情を愛と繋げて言葉にすれば。
「友愛ともいうか? そういうのは感じているな」
「……そっか」
くるりと背を向けて、前へ歩き始めた。
どうやら今日はこのファミレスに用があるらしい。
「アイドルの歌う愛や恋は必ずしも本物でなくてもいいし、嘘でも貫けば本物になるかもしれない、か~」
『ますます欲しくなっちゃった』って小さく呟きながら、扉をその細い腕で開ける。
後ろから俺が支えると、アイはニコッと微笑んだ。
「ありがとっ♪ 」
その笑顔を見れば、嘘か本物かなんて関係なく、余裕で推せると思う。