まぁ我慢強い勇者ならどんな苦難も乗り越えてアイドルを推せるだろう   作:ヒラメもち

10 / 108
第1話のつづき (アイ視点)

 

 目を開けた瞬間に、まず感じたのは温かさだった。

 全身がすっぽり包まれてる。逃げ場がないのに、息苦しさはなくて、むしろこのままでいいと身体は知っている感じ。

 

 ほっぺは、ゴツゴツしてる胸元に当たってる。

 呼吸に合わせて、ゆっくり上下してる。

 

「……あ」

 

 抱きしめられてるんだ。

 そうだった、昨日はクリス君と寝たんだった。

 

 そう理解した途端、心臓が跳ねるようにドキドキする。熱くなってポカポカする。背中に回された腕は大きくて、でもまったく痛くない。

 

「起きた?」

「……ん、おはよう?」

 

 あぁ、これクセになりそうなやつ。

 

「おはよう」

 

 家族って感じがする。

 ホントはまだ家族じゃないけど、こういうのを求めてる。それはずっとで、ずっとがいい。

 

 まだカノジョとか、婚約者とか、そういうやつ?

 付き合ってることにはなるのかな。

 

 カッコいいクリス君を、朝から独占できてる。

 私もちゃんと綺麗でかわいいとは思う。

 

「……ぅ」

 

 ふと自分の姿を見れば、黒いパジャマだった。背伸びしたデザインのやつ。大人っぽいほうがいいかなって思って選んだのに、今はしわだらけだった。

 それよりもだ。

 

 まず髪だ。

 寝ぐせ、絶対ついてる。

 

 あと顔なんて、もっとヤバイ。

 たぶん、よだれの跡とかある。

 

「うぅ~」

 

 アイドルとして、外じゃ絶対見せられない顔してる。

 こんなのだらしない。綺麗じゃない。かわいくない。

 

 初めてで、一緒に朝を迎えられたのに。

 

 そんなヒヤヒヤな感じで、完全に目が覚めた。

 ゆっくりと視線を上げると、クリス君も寝ぐせがある。アクアマリンのような瞳はまっすぐ見てきてて、寝起きな感じじゃない。先に起きてたんだと思う。

 

「……寝顔、見た?」

「ん」

 

 やっぱりだ。

 顔を隠すために、彼の胸板に額を押しつけた。

 

「……私、ひどいでしょ」

 

 何が、とは言わなかったけど、伝わるはず。

 顔を洗ってなくて、髪を整えてなくて、軽くお化粧してなくて、そんな私だもん。

 

「それはない」

 

 クリス君はそう言って、優しく撫でてくれる。

 

「どう言えばいいか、アイは、アイだから。俺の幼馴染の女の子」

 

 そんな言葉に私は、もっと顔をうずめてしまう。胸元に額を押しつけると、鼓動が近い。大きくて、落ち着いた音だ。

 

 評価も、役割も、求められてない。

 アイドルでも、完璧な恋人でもなくていいと思える。

 

 きっと、私なりでいいんだって思ってくれてる。

 もしも疑ったりなんてしたら、たぶんまた優しく叱られる。

 

 クリス君の隣は、昔から私が無理をしなくていい場所だった。

 小学校の頃、思い出すとちょっと恥ずかしくなるような時から、ずっと優しかった。

 

 しばらく、そのままでいた。

 腕の中は暖かくて、外の冬を忘れてしまいそうだった。カーテンの向こうはきっと冷えているのに、ここは時間がゆっくりで安心する。

 

 今日は休日だから、私もクリス君もゆっくりでいい。

 彼の両親はまだ帰ってこないらしい。

 

 起きて、顔を洗って、あとは何から始めよう。

 話し合わなきゃなことはたくさんあるし、まず朝ご飯を考えなきゃ。

 

 クリス君のことだから、お腹がすいたって言ったら、すぐ準備してくれるんだろうな。

 でも、まだ一緒に、ここでぬくぬくしていたい。

 

「……まだ…いてね?」

「ああ」

 

 また子どもみたいにワガママを言っちゃった。

 そんなワガママも受け入れてくれる。

 

 あれ、一緒に暮らす予行演習かも。

 そんな考えがふと浮かべば、心がホカホカしてくる。

 

 そのうちママとパパになったら、夫婦でもあるんだよね。

 

 勝手にいろいろ想像する。朝ごはんの香りとか、お買い物とか、洗濯とか、赤ちゃんのお世話とか、こうして一緒に休む時間とか。

 

 全部ぼんやりしてるのに、現実にしたい。

 

「……あっ」

 

 私、家事なんてほとんどやったことない。

 ミヤコママがしてくれてて、私は言われたことを少し手伝うくらい。自分の洗濯物を受け取って、それを片付けるくらいだ。料理なんてほとんど作れない。現場でもお弁当とかパンとかもらえるし、1人の時は外食か作り置きしてもらって、それで済ませちゃうし。

 

 クリス君は料理が上手だ。きっと掃除も洗濯も、なんでもできる。そう思うとちょっと焦る。

 

 ダメダメだなぁ、私って。

 

 だからこそ思うんだ。

 がんばろうって。

 

 できないままじゃいたくない。これからママになって、クリス君たちと家族になるなら、ちゃんと向き合わなきゃいけない。

 

 そんな風に考えてたら、ますます不安になる。

 ちゃんとママ、できるのかなって。

 

 子どもを幸せにしたい気持ちは、ずっと前からあった。でも具体的なことというか、真面目にちゃんと考えてこなかった。クリス君がいるから、細かいことなんとかなるって自分勝手に思ってた。

 

 私のお母さんも、途中までは私を育ててくれた。

 その時からお父さんいなかったのか知らないけど、赤ちゃんだった私のお世話は大変だったと思う。

 

 お母さんとは、幼い頃は仲が良かった。手をつないで、笑ってくれて、安心できる存在だった。でも、男の人を連れてくるようになってから、家の空気は変わった。

 

 お酒の匂い。大きな声。喧嘩。別れ。

 そしてお母さんまで帰ってこなくなった。

 

 こんな、つらさを、私たちの子どもには見せたくない。

 

「ねぇ……」

 

「どうした?」

 

 ずっと撫でてくれてる。甘えたくなる。頼りきるのはダメだけど。

 私がこの不安を抱えたままだと、叱られちゃうもんね。

 

「……ちゃんと、できるかなって、いろいろ」

 

 夫婦となること、母親となること、アイドルとの両立、他にも未来のこと、全部含めてだ。

 

 クリス君は、私の髪を整えるように撫でてから。

 両腕で優しく、顔を見合わせるように、私は引っ張り上げられた。

 

 顔が見えるし、顔を見られてるし。

 

「一緒に考えよう。1つ1つ、乗り越えるように」

 

「……ん、そうだね」

 

 どこまでも、まっすぐな人だった。

 

 1人で完璧にならなくていい。

 2人で、寄り添えばいい。

 

 そう思える。

 だから私もちゃんと考えるんだ。

 

「……これからのこと」

 

 いっぱいあって、何から話そうかな。

 私たちのこれからのことを、クリス君と一緒に考えなきゃ。

 

「アイドルお休みになる、かな。1年じゃ足りないよね?」

 

「だろうな」

 

 B小町のみんな、なんて言うだろうなぁ。

 不動のセンターがいなくなってラッキーとか?

 体調不良ってことにするし、ちょっとは心配してくれるかな?

 

 クリス君のことも、子どものことも、隠し通す。

 スキャンダルとかに巻き込みたくない。私は我慢するにしても、クリス君と子どもまで叩かれるなんてイヤだ。保護者だからって、サイトウさんやミヤコママまで叩かれたらイヤだ。

 

「あと、早めに言っておくべきだな」

 

 次は、クリス君の考えを話してくれると思う。上手くできそうなのに、私と一緒に悩んでくれる。

 

「俺の両親にも相談することになる。それこそ2人が戻ってきたら、すぐだ」

 

 その提案に、胸が少しだけきゅっとなる。

 

 止められるかもしれない。反対されるかもしれない。

 逃げない覚悟ができてるんだと伝わってくる。嬉しくなる。

 

「私も」

 

 私は、小さく息を吸った。

 

「サイトウさんと、ミヤコママにも、ちゃんと話す」

 

 怒られるだろうね。ドームにも行ってないのに、長く休むんだもん。とにかく評価に厳しい芸能界で、復帰してもパフォーマンスが落ちてるかもだし。

 迷惑も心配もたくさんかける。万が一ってことだってあるかもしれない。

 

 あの2人とも、喧嘩別れだけはイヤだ。疎遠になるのはイヤだ。

 

 私は本当の子どもじゃない。

 でも、お義父さんとお義母さんだと思ってる。

 

 だから、ちゃんと覚悟を伝えよう。

 

「言うときは一緒にしよ。だから私も呼んでよね、スケジュールなんとかするから」

 

「そうか、えらいな」

 

 頭を撫でてくれる。

 クリス君の両親も優しい人だと思うけど、大切な1人息子を、めっちゃ大変な目に合わせることになるもんね。

 

 きっと私は悪い魔女だ。

 でもクリス君は味方になってくれる。もしお互いの両親と大喧嘩になっても、一緒に悪者になる。そんな覚悟で伝えよう。

 

「ありがとうな」

「こっちこそありがとう、だよ」

 

 

 それからも、これからのことをたくさん話した。

 

 さすがに起きだして、一緒に朝ごはんを作ったり、食べたり。

 

 洗濯のやり方とか教えてもらったり。

 新品のノートに、やらなきゃいけないことを一緒に書きこんだり。

 

 いつの間にか、やってみたいことも一緒に書いていたり。

 

 

 私も、彼も、とにかく夢中になっていた。

 彼は、私と子どもを支えながら生きてくれる。なんだかそれを、ず~っと前から願っていたような気がした。『生まれてよかったと幸せになってほしい』と言ってたのは、私のことも入ってると思っていいのかな。

 

 嬉しいなぁ。

 あなたの夢も、ふたりの夢にしてくれてるんだもん。

 

 

☆☆

 

 

 夢のような1日だったから、現実に戻るのが少しだけ惜しかった。

 

 また明日からアイドルのことしながら、しなきゃいけないことを1つ1つやらなきゃね。

 

 サイトウさんやミヤコママも心配するから、今日は帰らなきゃいけない。

 昨日のうちに泊まるとは伝えてあるけど、さすがにそろそろ心配するだろうな。

 

「もう16歳なんだよ? 暗くなっても平気なんだけどなぁ」

「ちゃんと送る。というかまだ16歳だ」

 

 お互いできる限り変装して、目立たないように、バレないように。

 外の風はやっぱり冷たかった。

 

 でも、優しく寄り添ってくれる人がいる。

 クリス君は、昨夜もすごく優しかったなぁ。

 

「初めて、立てなくなるかと思ってた」

 

 私は、軽い冗談みたいに笑ってみせた。

 言ったあとで、ちょっぴり恥ずかしくなる。

 

「……疑ってたのか?」

「てへっ! ごめんごめん」

 

 鍛えてる腕で、無茶苦茶にされるかと思ってたもん。

 我ながら焦ってて、誘惑しすぎたかな~って自覚あるし。

 

「痛いのが苦手なのは知ってる」

「……ん、そうなんだ」

 

 私より、私のこと知ってるみたいだよね。

 やっぱりこの人がいい。

 

 ちゃんと顔を上げて、目を見て伝える。

 

「これからもよろしくね」

「ああ、よろしく」

 

 付き合ってから、初めてデートしてるみたいだ。

 

 手を繋いで帰り道を歩いているだけ。

 たまに彼の顔を見上げて、ドキドキする。

 

 周りを見ても、何組かのカップルが歩いてる。私たちが目立たないほどに、気の早いクリスマスムードな夜だよね。

 

 参考までに、女性のいろいろな服を見る。

 かわいい服も意外と多かった。

 

 『アイは、アイだから。俺の幼馴染の女の子』だっけ。

 私なりでいいんだよね。

 

 女の子は、好きな男の子にかわいい姿を見せたい生き物、ってどっかで聞いたんだけどなぁ。

 男の子は、いろいろな姿で、全部見たい欲張りさんなのかもね。

 

 ずっと前から、私の心を見てくれる。

 どこまでも、まっすぐな人。

 

「あのさ……」

 

 私は、ゆっくりと気持ちを整える。

 この幸せな感情を、ぎゅっと詰め込んで、今は嘘は必要なくて、本音だけを残して。歌に込めるようにすれば、ちゃんと想いは伝えられるはず。そして、ちゃんと受け取ってくれるとも確信できる。

 

 今日の分をまだ言葉で伝えられてないから。

 もうすぐ着いちゃうから。

 

 このまっすぐな人が、何度も教えてくれて。

 綺麗な嘘でも言葉にしながら考えてきた。

 

 今の私は、この言葉は、『誰かを満足させるため』だとか、『関係を壊さないため』だとか、そういうのだけじゃなくて。

 自分勝手に愛の感情を教えたいだけだとも思えるから。

 

 誰にも見られてないとこで、少し(かが)んでもらって、彼を見つめて。

 

愛してる

 

 

 誰かのために生きること 。誰かの愛を受け入れること 。

 そうやって、いまを、ちょっとずつ重ねて。

 

 

 








蛇足:
星野アイの声優(高橋李依さん)の、いきものがかり「ありがとう」のカバーを聴きながら追加で書きました。もしお時間があれば検索してみてください。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。