まぁ我慢強い勇者ならどんな苦難も乗り越えてアイドルを推せるだろう   作:ヒラメもち

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第3話(せんせ)

 

 あれから、検査や手続き等それなりの時間あれこれがようやく終わり、アイは気分転換に屋上へ行きたがった。

 

 双子のため、アイは予定通りすぐ管理入院させていただける。俺も結局ずっと一緒に長期的な滞在をするだろう。もし俺だけ東京に戻っても、たぶん不安で何も手がつかないから。

 

 斉藤さんは仕事関係の電話があるらしく、今も俺に彼女を任せてくれている。彼は明日の朝には出て、事務所に戻って仕事をするらしく、ホントに感謝しないとな。

 しかも俺の保護者と時期をずらしながら、定期的に様子を見にきてくれるらしい。

 

 屋上に向かう扉を開けたままにして、ゆっくりとアイを先へ歩かせる。

 

「わっ、すっごく綺麗! 夕方なのに星が見えるなんて!」

 

 上着を貸したとはいえ、今日は少し冷たい風が吹いている。

 こっちでもう少し厚着を買い足しておいたほうがいいな。

 

 今日のところは陣羽織みたいに後ろから抱き着いて、できる限りアイの身体が冷えないようにする。20cm以上の身長差があると、こういうことができるのはメリットだな。

 

「星空綺麗だなぁ~ 空気も気持ちいい~」

 

「月もかなり明るいな。もし望遠鏡を持ってくるとして星空指数は一体どれほど高いだろうな。天気は快晴、空気も澄んでいて、人工光源も少なく、だいたいで計算したとして」

 

 『計算だったの…? あっ、センセだ!』とアイが白衣のお医者様の姿を見つけたようだ。

 

 その声に彼は慌てたように振り向く。どうやら休憩時間らしく、今はさっきまでの引き締まった雰囲気ではないようだけど。

 

「センセ、何かあった?」

「……いえ」

 

 どこか感傷的に浸っていたようだった。

 まるでアイを通して誰かを見ているような、そんな寂しげな瞳だ。

 

「……星野さんと、えっと確か」

「月村栗栖です」

 

「良いところだね! ここにしてよかったよ!」

 

 『センセもいるし☆』と指でバキューンってファンサをすると、お医者様はハートを撃ち抜かれたようなリアクションで両膝をつく。さてはかなりアイのファンだな。

 

「くぅ~ 俺の心の健康に効くなぁ~」

「あはは♪ センセ自身の話ならホントかもね?」

 

 お医者様にそう言ってもらえるなんて。

 思わずアイも笑って嬉しそうだ。

 

 『病は気から』なんて言葉も俺たちは使うけど、本職のお医者様たちってそういう言葉は使うのだろうか。

 

「やっぱりセンセも私のこと知ってたんだ?」

「昔……患者の子にキミのファンがいてね。デビューしてすぐの頃からのファンだった」

 

 最初期というと、まだ東京でもB小町を知っている人は決して多くなかった。でもこの宮崎にもファンがいてくれたんだな。

 

「一緒に推し活をしていたら、俺もすっかりファンになって、今もキミが最推しだよ」

 

 懐かしみながら、彼は夜空を見上げる。

 

「……きっとあの子も、ずっとそうだよ」

 

 そう呟いた。

 

 俺とアイは何となく察しがついて。

 この静かな時間を待ってあげる。

 

 

 アイが伝えてきた愛も、その子の支えの1つになってくれたならいいな。

 

 

 やがて、彼は目頭(めがしら)を一度押さえてから、振り返った。

 

「ちなみに、2人はいつからの付き合いなのですか?」

 

「やだ、馴れ初めってやつ~? 聞いちゃう~?」

 

 俺の腕の中で、両頬っぺたを指先で抑えるアイが、可愛くもじもじと見せる。

 

「小学校の頃からで」

「どんなエピソードから話しちゃおうかな~ キャー!」

 

 どんな甘酸っぱいことがあったかな。

 じゃあ例えば、席が隣同士だったときの話で。

 

「教科書どころかランドセルを忘れて、その日は1日一緒に」

「わー! わー! 中学ではいっぱい放課後デートしたよね☆」

 

 アイは斜め方向に見上げてきて、プクプクと頬を膨らませる。

 

「ん、中学の頃はよくデートしてたよね」

 

 そう言いながら撫でると、アイは満足そうな表情を浮かべてパーカーの猫耳フードがぴょこぴょこ動いた気がする。

 出会った頃はこんな風に感情豊かではなくて…… 今はこんなに幸せそうでホントに良かった。

 

「小学生の頃からの付き合いで、中学で関係が進展しました」

「そうそう、アイドルになる前からの幼なじみってやつ!」

 

「そ、そうか…… 幼馴染で高校生くらいの年齢で子どもができるなんて……結構ありえるんだな」

 

 『確かに恩師も高校生で子どもができたらしいが』と彼は遠い目をした。

 

 それから彼は眼鏡をクイッと、軽くにらんでくる。

 雰囲気が更にフレンドリーなものに変わったようだ。

 

「見た感じハーフだと思うけど、月村君は俳優やモデル?」

 

 そういうのは考えたことがなかったな。もし俺まで芸能界に入っていたら、アイと会える時間がますます合わなくなっていたと思うから。

 こんな風に、長期的にアイの付き添いだってできないかもしれない。

 

「ハーフではありますけど、普通の高校生ですよ」

 

「やだもうセンセったら~! ……アハハ、彼が芸能界なんて入ったらライバルがどんどん出てきちゃうじゃん。中学で周り牽制するのだって大変だったんだよ。街を歩いてるだけでもナンパされるし。私は何となく分かるの、生まれた息子もイケメンで、将来ハーレムつくりそうだって

 

 視線を地面に落として早口だったが聞き取った。

 やはりアイからの愛情は心地いいな。

 

「そ、そうかー、普通の高校生だったかー」

 

「私と子どもたちのパパさんでもあるけどね☆」

「ママさんとは家族になる関係ですね」

 

 だいぶ彼とも打ち解けてきたけど。

 

 まだ不安が残るな。

 他の誰かから情報が漏れると困る。

 

 ちょうどいいから、『恐らく人間ではない監視者』にも聞いておくか。

 

彼女のプライバシーってどのくらい守られるので?

 

「っ!? いや、医者として妊婦のことを広めるなんてしない」

 

「もー、クリス君さー、そんなに(おど)さなくてもセンセたちなら信頼できるって~」

 

 『センセたちを信じよ』ってアイに言われたので『すみませんでした』と誠心誠意で謝っておく。アイのことが心配になりすぎて、少し焦りすぎたかもしれない。

 

 東京にいる時と同一の存在から視られている感覚があって、そいつに対する牽制もあったけど。

 

「いや、気にしなくていい。それくらい大切にしているってことが伝わった。俺の推しに……星野さんに信頼できるパートナーがいてよかったよ」

 

 医者として信頼してくれているようだ。

 でもファンとしては凄い複雑そうな表情だな。

 

「でしょでしょ! やっぱりセンセって良い人だよ!」

「好感度急上昇だな、ちょっと()いちゃうかも」

 

 『アイドルは別で、こういうのはクリス君と子どもたちの一筋だよ~』って、うちのママさんは浮気しそうになくて嬉しくなる。

 アイドルをしている時の愛、家族に向ける愛、少しずつ自覚してきてるのかもしれないな。2人も子どもたちが産まれてくれるだろうし。

 

「くっ… 推しとして見ても……幸せそうで嬉しいが……」

 

 お医者様の脳内で何かしら葛藤があるらしく、屋上に設置されている手すりをグググと握っている。仕事中は真面目で、普段や休憩中は表情豊かで接しやすく、この人かなりモテてそうだけど。

 

「はぁ~ でも本音を言えば、もうアイドルは引退かぁ……」

 

「ん? 子どもたちを産んでちょっとしたら復帰するよ?」

 

 ガバッと顔を上げたお医者様の気持ちはよく分かる。

 俺もアイのファン1号だからな。

 

「だ、だが、それは」

「そうだよ、公表しない。絶対に隠し通してみせる」

 

 アイは真剣な声でそう宣言した。

 

「嘘という魔法で輝いて、みんなに愛を伝える。そして本物の愛にたどりつくために、私はアイドルになったけど」

 

 嘘の愛であっても、喜んでくれる人は多くいる。

 彼女の輝きに焼き焦がされてファンになっていく。

 

「今は結構アイドル気に入ってるんだ。センセや、センセが言っていた子も、ずっとファンでいてくれて、心の底から嬉しいんだよ」

 

 アイは夜空の星々に手を伸ばす。

 その中の1つに向かって、愛を届かせるように。

 

「だから、子どもたちも、クリス君のことも、嘘で隠し通して、アイドルを続けるよ」

 

 伸ばした手を胸の前で重ねる。

 愛情を心の奥底で、宝物として大切にするように。

 

「パートナーとしての幸せ、ママとしての幸せ、アイドルとしての幸せ」

 

 アイは俺の手を握って、自分の頬に触れさせる。

 この温もりも幸せの1つなのだろう。

 

(つら)いこともあるだろうけど、全部ほしい。私って欲張りなんだよね」

 

 顔を上げて、目の前のお医者様に向き合う。

 俺も一緒に彼の瞳を真っすぐ見る。

 

「大変だって分かってる。不安もたくさんある。でも2人で一緒に乗り越えてみせるし」

 

 理想だけ語っているわけにはいかない。

 真剣に考えるべきことはたくさんある。

 

「私たちのために、センセたちも協力してくれるんでしょ?」

 

 俺たちの心の底からのお願いだ。

 この双子のために、お医者様たちを全力で頼りたい。

 

「すごいな……これがB小町のアイの……」

 

 彼は大きく首を振った。

 

「…いや、星野さんの輝きか。どうやら俺たちが見ていたのは、この輝きの一部だったらしいぞ」

 

 『見ているか?』と誰かへ語り掛けた。

 

 彼は顔を片手で覆って、夜空を見上げる。

 その口元はとても緩んでいた。

 

 

 

「星野さん、月村君……

 雨宮吾郎個人としても全力で協力しよう」

 

 眼鏡をかけ直して、その真剣な瞳で目を合わせてきて。

 

安全に、元気な子どもを……俺たちの手で!

 

 力強く、彼自身の本音を語ってくれた。

 担当してくれるのが、こんなに良い青年で良かった。

 

「「よろしくお願いします、先生」」

 

 俺たちは感謝とお願いを込めて、再び頭を下げた。

 

 

 

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