まぁ我慢強い勇者ならどんな苦難も乗り越えてアイドルを推せるだろう 作:ヒラメもち
アイが宮崎で入院してから。
俺は近くにマンションを借りて、通信制高校の勉強を続けながら、面会時間の許す限り彼女のところへ通う日々だった。
一緒に病院の敷地内を散歩したり、入院室で一緒に過ごしたり。
彼女もアイドルでいつも大変だった分、この期間はリラックスしていたように思える。しかし時には体調不良もあって、面会時間外は側にいられず歯がゆかった。
母さんも女性同士としてアイの相談に乗ってくれて、父さんや斉藤さんも交代するように病院を訪れてくれる。しかもアイは雨宮先生にも懐いていて、いろいろと子育てについて質問していた。
双子が男の子と女の子だと分かったため、2人で名前についても本格的に相談を始めた。『2人とも幸福や愛情に囲まれて育つように』って、『宝石のルビーやアクアマリンを意識しよ』って、アイからのご希望だった。
『ちゃんと漢字でも考えるよ』って漢字辞典を熟読しながらノートに漢字を書き込んでいた。俺の名前の由来も当て字らしいから『親子お揃いだな』って仲良く一緒に考えた。
子育てについても、アイ自身だけでノート数冊が全て埋まるほどの勉強を一緒にしている。俺も負けないよう勉強をしたけど、通信制高校のあれこれをやっている間も、アイはスマホに数時間触れないくらいの真剣さだった。
こうして、季節は移り変わっていく。
☆☆☆
月日がどんどん過ぎていって。
そして、出産予定日は間近となった。
同時にこちらを視ている気配もいくつか感じている。アイを守り通すために、最近はできる限り寄り添っていたため、今のところちゃんと無事だけど。
しかし少し嫌な予感もしている。
俺は屋上から周囲の様子を確認していて、その勢いのまま駐車場へ降り立つ。
「ようやく隙を見せてくれたか」
まさか感じてきた異様な視線の1つが、カラスだったなんてな。
なかなか見つからないわけだ。
「今更、聞こえてないフリはしないでくれ」
俺は威圧するように見下ろすが、どうやら焦っている様子だ。
しかし敵意は感じさせず、その瞳は『邪魔をしないでほしい』と訴えているようで。
どうやらこいつは、アイを狙っているわけではないようだ。
「すまない、敵とは違ったらしい」
東京にいる頃にアイを興味本位に視ていた存在と、確かに同じ気配ではあって。
アイを追いかけてここまで来たのかと思っていたが、それにしては森の方向を気にしている。
そんなとき。
森の奥からカラスの大群が飛び立つ。
『カァ!』と鳴いて、目の前のカラスも飛んだ。
『あの子は貴方が守りなさい』と言われた気がしたが。
「……そういうことか」
真に警戒すべきは、人間だったわけか
薄暗い病院の周りをどれだけ確認しようと、人間程度の殺気は感じることができない。どこに何人潜んでいるかなんて分からない。そもそもどこから情報が漏れたんだ。犯人も協力者も必ず見つけ出して引き摺りだしてやる。
そんな焦りが生じたが、俺は一度立ち止まる。
アイのところから、数分も離れてしまっている。
「今、優先するべきはアイたちの安全だ」
そう呟いて俺は部屋の前まで急いで戻る。
アイはしっかり休んでくれていて。
斉藤さんが変わらない体勢で座っていた。
俺は一度だけホッとした息を吐き出す。
「どうだった?」
「いえ特に何も……やはりお医者様、雨宮先生は?」
気難しい顔をしながら、斉藤さんも首を振った。
まだ連絡がつかないか。
「当日は別の先生が見てくれる予定になったが」
「実は先ほど、森のカラスたちが騒がしく。最悪の場合は」
斉藤さんはガシガシと頭をかく。
何度か話したことがあるけど、出産予定日に姿を見せないような人ではない。電話が繋がらないと看護師さんには聞いていて、警察にも連絡をしたようだ。
まだ雨宮先生個人に関する悪意の可能性も残っていても、今はアイにとってタイミングが最悪すぎるから。
「最悪の場合か…… クソッ…… すまん……」
「いえ、まだ決まったわけではありませんから」
SNSを見ていた限り、情報は世間に出回っていない。だから少なからず、芸能界に情報を漏らしたヤツがいる可能性が高い。
斉藤さん自身の苺プロダクションの内部に、犯人の協力者がいる場合だってある。
何人だ? どいつだ?
この病院の近くにいるのか?
「今までより更に、俺はアイの側にいるようにしますけど」
「復帰してからが課題か。そっちは任せてくれ」
斉藤さんも自分の膝を強く叩いて、気合いを入れ直した。
愛してる女の子が頑張ってくれるから、俺もそれに釣り合うくらい頑張らないといけない。だからいつか見つけ出して、犯人も協力者も……
どうせ俺の存在にも気づいているんだろう。
俺をターゲットにしてほしいくらいだ。
でも今は動くことはできない。
大事な日が間近に迫っているから。
出産予定日まで、あと―――
☆☆☆
その日、陣痛が始まった。
これから何時間もかかる予定らしい。
その部屋に
こんなにも頑張ってくれている。
アイに頼まれたことは全部やる。
スタッフの方々に従って、できる限りのことをした。
ストローで水分はとってもらう。
食べられそうな時にゆっくり口に入れてもらう。
うまくいかないときは、大丈夫だよって撫でる。
ごめんねと涙を流すアイに、愛してると返す。
少しでも楽になるならって、ずっと側を離れなかった。
リラックスできるような曲を聴かせる。
何度でも、何度でも、さすってあげる。
いろいろな言葉で、声をかけ続けて励ます。
どれだけの時間が経過したかなんて考えなかった。
アイが感情を伝えてくれることも多くなる。
愛してるって何度だって伝える。
呼吸しやすくなるよう声かけも一緒に続ける。
俺にできることならどんなことでもやる。
スタッフさんに任せて、部屋を移動した。
どうか、どうかアイも双子も無事に。
ますます陣痛は多く、そして長くなる。
何度でもさすって、何度でも声をかける。
あとちょっとだって元気づける。
それでも、途方もなく長く感じた。
もう、俺には祈ることしかできない。
アイも、2人の子供も、無事でいてくれ。
どうか、どうか、どうか―――
「「 」」
「声……?」
スタッフさんに言われるがまま、アイたちの目の前までたどり着く。自然と身体が震えてしまい、上手く歩けなかった。
心臓がドクンドクンと音を立てる。
さっきのは確かに2人の産声だった。
間違いなんかじゃない。
俺はゆっくりと。
アイたちの姿を見上げる。
「無事で……よかった……」
ちゃんと、肩で息をしている。
アイも双子も生きている。
元気に、2人の赤ちゃんは声を聴かせてくれる。
「泣いてるの? うれしいから?」
「がまんできるか……こんなの……」
泣いたことなんて、いつぶりだろう。
袖でどれだけ拭こうと涙が溢れてくる。
「アイ、ありがとう……本当にありがとう……」
「ん、クリス君も、いっぱい、ありがとね」
1番頑張ったのはアイだ。
そんな彼女を少しでも支えられてよかった。
「どう? 2人とも元気そう?」
「ああ、元気そうだよ」
ホッとした様子のアイは、枕へ体重を預けるように横になって、双子の声へ耳を澄ませる。そして、今の幸せを、心いっぱいに味わうように大きく深呼吸した。
「元気な声だね、よかったぁ~ 」
「本当に、よかった」
こっちの女の子が瑠美衣で、こっちの男の子が愛久愛海だろう。
どうやら2人は魔力は受け継がなかったみたいだけど、別にそんなことどっちでもいい。だって、無事に生まれてくれただけでこんなに幸せじゃないか。
こんなにも、愛で心がいっぱいじゃないか。
「瑠美衣、生まれてきてくれてありがとう
愛久愛海、生まれてきてくれてありがとう」
「ママからも言うね、生まれてきてくれてありがとう」
俺たちの愛が、2人に伝わっているといいな。
まあ、物心がついたときに何度だって言おうか。
「幸せだな~ 私たち家族なんだよ~」
「これからは4人家族だな」
アイも幸せを感じてくれている。
その頭をそっと撫でる。
「夢、1つ叶っちゃったなぁ~」
「まだまだこれから。もっと夢を増やしていって」
『欲張りさんめ~』ってアイは微笑む。
頑張ってくれた報酬はいっぱい貰ってほしい。
「アイ、お疲れさま。本当にありがとう」
「どういたしまして、クリス君」
これからたくさんの苦難があるだろう。
子育ても始まって忙しくなる。
でも疲れた時はゆっくり休んでほしい。
瑠美衣と愛久愛海を元気に産んでくれたアイへの感謝を、俺は絶対に忘れない。