まぁ我慢強い勇者ならどんな苦難も乗り越えてアイドルを推せるだろう   作:ヒラメもち

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第2話(ビデオレター)

 

 アイが復帰する時期が近付いてきた。

 

 子育てと並行しつつ、(うち)でできる範囲でアイドルとしてのトレーニングを続けている。大きめの姿見を前にして踊ったり、発声練習をしていたり、失礼ながら軟体生物かと思うくらいの柔軟運動もしていたり。

 

 彼女は勉強があまり好きじゃないけど、高校英語のリスニングも行っていることもあった。表現力を身につけるため、様々なジャンルの本を読んでいることもある。

 

 これでまだ軽いほう。

 

 まるでスポーツ選手のように、筋トレをじっくり続けることもある。そんな大きく身体を動かす姿とは対照的に、何時間も鏡に目いっぱい近づいて、調律とでも言っておこうか、様々な表情を厳密な調整をしていた。

 

 アイは天才のアイドルだと世間的には言われているようだけど、ファンには見えないところでこれほどの苦難を乗り越えている。

 様々なタイプの天才が集まってくるような芸能界で、1番星として輝き続けるためには持続的な努力と向上心が必要なんだろう。

 

「瑠美衣と愛久愛海は、今日もアイドルとしてのママに興味津々だな」

 

 まだハイハイできない娘と息子を抱っこして、頑張っているママの姿を見せてあげる。ベビーベッドから気になるように見ていたようだったから。

 

「「……」」

 

 今は綺麗な黒髪をサイドテールにしているアイドルは、こっそり俺たちに見られていることに気づいたらしく。

 

「いぇい☆」

 

 アイドルスマイルと横ピースで、最高のファンサをしてくれる。

 

 さっき鏡に映っていた(つら)そうな表情も、疲れきって肩で息をしていた姿も、アイドルは決して見せないようにしている。アイドルはファンの前では、笑顔でいないといけないから。

 

「えへっ♡」

 

 

 スマイルを保って、モデルのように様々なポーズを見せてくれて、数分くらい経過しただろうか。

 

 

「…… ふぅーー」

 

 大きく息を吐いてから、アイはへなへなと床に敷いたタオルの上に座り込む。

 

 俺は瑠美衣と愛久愛海を赤ちゃん用の椅子に座らせる。

 汗びっしょりなアイにタオルを手渡すけど、急に身体を冷やすわけにはいかない。そのため一度切っている冷房もすぐに付けない。一応、薄めのスポーツドリンクも飲んでもらうけど、これもぬるくしているし。

 

「やっぱ体力落ちてるなぁ~」

「お疲れさま」

 

 手を広げてきたので、アイの身体をお姫様抱っこする。

 シャツは汗で湿っているけど、お互いそういうのを気にする距離感でもない。幼馴染だからか、愛し合っているからだからか、たぶんどっちもだと思う。

 

「何曲いけるかな……」

 

 その真剣な呟きに、俺は余計な口出しをしない。

 

 息を整えるだけでなく、さっきのトレーニングを頭の中で整理しているんだろう。俺は素人であって、それだけでなくアイも16歳とはいえプロ意識が高く、基本的にアイドルの仕事については自分自身で考える。

 

「よしっ…… にしても、ルビーとアクアってホント大人しいよね」

 

「2人とも、ちょっとだけ待っていてね」

 

 お姫様抱っこから降ろすと、アイは片付けを始めるので、俺もそれを手伝う。

 

「今日は何して遊ぼっか? 雨降っちゃってるし」

「またアイのライブ映像でも一緒に見る?」

 

 たまに家族で散歩に出かけることもあっても、それだって平日限定で頻度は決して多くない。

 だから少しでも多くのものを見て、聞いて、知ってほしい。そのため事前にいろいろと知育玩具は買い揃えていたものの、瑠美衣や愛久愛海はあまり興味を示さない。

 

 今となってはその多くが床下収納へ大切に保管されている。アイは『またいつか使うかもね?』って、つまり瑠美衣と愛久愛海に弟か妹ができるかもしれないということだろうか。

 

「私ってあんまり自分の持ってないから、クリス君が持っててよかったよ」

 

 その言葉に俺は頷いた。

 

 アイ自身にとって必要なのは音源程度、それに動画を見るにしてもデータでいいだろうからな。

 確かに実家から持ってきていてよかった。瑠美衣と愛久愛海は各種限定品に目をキラキラさせていたし、アイの人生初のサインはまるで家宝のように崇めている気がするし。

 

「愛久愛海は天体観測グッズも好きだと思う。今年の十五夜の月見が楽しみだな」

「そだねー、ほどほどに教えてあげてねー」

 

 親指でグッとすれば、片付け作業を続けながら返事をしてくれた。

 

 そうこうしているうちに、アイが冷房のスイッチをつける。

 アイドルとして身体を無理に冷やさないよう一時的に消していたとはいえ、ママさんとして瑠美衣と愛久愛海の熱中症対策もしないといけないからな。

 

「ルビーとアクアもごめんね? 暑かったでしょ?」

 

 アイが2人に近づいてそういうと、『ばぶばぶ』がまるで『気にしないで』と返事をしているみたいだ。

 

「もー、いい子すぎるよー 私たちの前では我慢しないでいいんだよ?」

 

 『でも外では上手くやるんだよ?』って、生後数ヶ月の瑠美衣と愛久愛海へ処世術を教えておられる。

 

 でもまあ、アイの子だと外ではバレないようにいずれ教えなければならない。子どもにとって余分な苦難をさせることは申し訳なく思うけど、その分は(うち)でいっぱい甘やかしてあげようと思っている。

 

 そういえばアイは子育てできるか不安がっている時も多かったけど。

 

「すっかりアイはステキなママさんだな」

 

「ん~ ありがとパパさん」

 

 腕を組んで猫のように頬っぺスリスリしてくる。

 こうやって甘えてくるアイも可愛らしくて仕方がない。

 

 夫婦仲の良さを見せておこうってイチャイチャしている間に、『やれやれ』という表情だった瑠美衣と愛久愛海だけど。

 

 どうやらお昼寝モードになってきたらしい。

 まだまだ体力がないからな。

 

「おやすみ、ルビー、アクア」

「いっぱい眠っていいからね」

 

 2人で撫でていると、スヤスヤと寝息をたて始める。

 

 可愛らしい寝顔だ。

 

 ずっとずっと一緒にいたいくらい。

 

 このままだとずっと子離れできそうにないかもなって、俺とアイは微笑み合った。

 

「そだ、ビデオメッセージ残しておかない? それでルビーとアクアが大きくなった時いっしょに見るの」

 

「ふむ」

 

 小声で提案されたので、思い浮かべてみる。

 

 瑠美衣と愛久愛海が高校生くらいに成長して、俺やアイはもっと大人になっている。俺の中身はそう変わらないと思うけど、アイは今まで以上に美しくなっていることだろう。

 そんな明るい未来で、当時のパパやママとしての『愛してる』を瑠美衣と愛久愛海が知ってくれて、今と比べてどうなのか教えてほしい。俺とアイは初心を思い出すように、さらに家族を愛するようにしよう。

 

 アイは早速スマホを立てるアイテムでセッティングしてくれていたけど、もう録画ボタンを押したような音がした。

 

 

☆☆☆☆☆☆

 

 

 カメラ代わりのスマホの奥で、瑠美衣と愛久愛海が眠っている。

 

 この動画を見ているのは未来の瑠美衣と愛久愛海たちと、そして俺たちだろう。

 

「台本なしのアドリブ? 服装はそれで?」

 

「いいじゃん、ありのままで」

 

 確かにな。

 (うち)では無理に飾らなくていいか。

 

「ほら、パパさん?」

「ママさんからと思っていた」

 

 俺が慣れていないのを楽しんでいるのか?

 それにしては、と思って。

 

 『ママさん緊張している?』と尋ねてみたら、指をもじもじと赤面して『ライブより緊張する』って、言い出しっぺさんの身体がぷるぷるしてお可愛いことになっている。

 

「と、撮り直そっか、クリス君?」

 

「今のアイの表情が激レアなのでダメです」

 

 指摘されたことでアイは口元を両手で隠しちゃって、ますます緊張しているので、俺が話を続けさせてもらおう。

 

「さて、瑠美衣と愛久愛海がまだ赤ちゃんだった頃、当時のメッセージを撮っておこうってなった」

 

 えーと、前置きはこれくらいでいいとして。

 

「瑠美衣も愛久愛海も可愛くて毎日が幸せです。正直言って、ずっと子離れできそうにありません。瑠美衣、もし彼氏ができたなら俺たちにすぐ紹介しましょう。ちゃんとご挨拶をします」

 

「あっ、愛久愛海も彼女がいるなら会わせてね?」

 

 この動画を見る時、瑠美衣はアイドルしているのだろうか、愛久愛海は高校ですごく成績良いのだろうか、いろいろと妄想は湧いてくるけど。

 

「ほか、何かある、かな?」

 

「これを聞いている瑠美衣と愛久愛海は…… いや、それは未来で聞けばいいか?」

 

 瑠美衣と愛久愛海のそれぞれの道だ。

 未来で自分たちの夢を語ってほしい。

 

「いっぱい苦難を乗り越えてきて、これからもたくさんの苦難があると思う。(つら)くなったら、俺たちを頼ってほしい。俺たちに言いづらいことも、誰かに相談してほしい」

 

「えっと私からは……

 これからも元気に育ってね!」

 

 まだ言葉で伝えたいものがあるだろう。

 そんなアイの肩を抱き込んでゆっくり待つ。

 

「あと、ルビー? アクア? もうちょっと待って?」

 

「アイ、がんばろう」

 

 頭の中で様々な感情がぐるぐるとしていることだろう。

 

 一度本棚を整理してから目的の本を見つけるように。

 言葉として引き出すために少し時間はかかるけど。

 

―――それでも、はあるから。

 

 

「ルビー、アクア、クリス君、心の底から愛してる

 

「瑠美衣、愛久愛海、未来のアイへ、愛してる

 

 

 

「じゃあ、あとは未来の私よろしくね?」

「どうやら、アイが限界突破したらしい」

 

 ぎゅ~ と抱き着いてきて顔を隠すアイは、まるで蛇口を限界まで開けたように、心が愛で溢れすぎちゃっている。他のことを考えられないくらいに、貯め込んできた愛によって、幸せの感情でいっぱいになってくれる。

 

「なら未来の俺に向けて」

 

 あとは俺以外にとって蛇足の部分だけど、言っておかないとな。

 

「何度でも思い出せ。平和ボケしている場合じゃない。敵はどこにいるか分からない。失ってからでは遅いと知っているはずだ」

 

 だから、お前が全力で守り通せ。

 

 

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