まぁ我慢強い勇者ならどんな苦難も乗り越えてアイドルを推せるだろう 作:ヒラメもち
僕、星野アクアマリンには前世の記憶がある。
それは雨宮吾郎としての記憶だ。
病院の周りをうろつく不審者を
なぜなら、僕がその星野さんの子どもの1人として生まれ変わっているから。
どこぞの名探偵のように小さくなっただけでなく、まさか転生して0歳児の生活を経験することになるなんて思っていなかったな。しかも今度は彼女たちに助けてもらう側となったのだ。
「ぁ~」
まだ言葉も上手く話せず、ハイハイだって上手くいかず、ベビーベッドから自分で出られない。それでも暇な時間があるわけではなく、起きていられる時間自体が少ない。
本当は前世持ち以外の子どもを産ませてあげたかった気持ちも少しはあった。でも心の底から幸せそうな2人の顔を見ていると、そんな不安が消えていくように思えた。
「アクア、おはよかな~?」
だって推しの顔が大きく目の前にッ!
「ぁぅー」
幸せが、元社会人の疲れた心に染み渡る。
実は僕って図太いのかもしれない。
「も~ 起きたなら起きたって呼んでくれていいのに」
部屋着らしくゆったりとしたTシャツの母に抱っこされる。
僕がファンだった頃は、想いはあくまでアイドルに向けるものだった。
ただ、今の僕は精神が身体に引っ張られることもあるようで、どうしても母性に甘えたくなってしまうんだ。
「オムツにする? ご飯にする? それともママ?」
これはファンとアイドルの握手会じゃない。
子どもとして、母親に手を伸ばしたっていいんだ。
その柔らかそうな―――
「おぎゃぁー!」
「ルビー、どどどどうしたの!?」
あとちょっとというところで、双子の片割れに母を呼ばれてしまった。
「どどどどうしよ! 私じゃ2人抱っこ不安だし! クリス君~!」
まずは落ち着きましょう、星野さん。
慌てて僕を揺らしすぎるのは危険だ。
「ぁー」
かろうじて動かせる範囲で、ルビーを指差した。
「そ、そだね! アクアごめんね、ちょっと待ってて?」
僕を丁寧にベビーベッドへ寝かせた後に、母はスタスタとルビーに駆け寄っていく。
双子の片割れも恐らく転生者であると思われ、母を呼びたい合図でしか泣かない。それすらも、ある程度タイミングを選んでいるほどだ。
今は寝起きで泣いてしまい、母を慌てさせてしまったようだけど、何か嫌な夢でも見たのだろうか。
「よしよし、ママがいますよ~? オムツ替えてあげるからね~?」
さてと、ちょっとだけ気になるが、さすがにレディーたちのあれこれを見るわけにもいくまい…… ちょっとだけだぞ。
「えっと、オムツは用意してくれてたよね」
そんな声が聞こえてきて、16歳にして新米ママさんは今日も育児を頑張ってくれているらしい。そんな彼女を手厚くサポートしているのは僕やルビーの父親である月村栗栖君だが。
あれで本当に高校2年なのか?
今日も朝からバイトに出かけているようで、学校に関しては通信制のものだ。母は家事に関してまだ不慣れなところも多く、よく彼に教えてもらっている。
特に当番は決めていないらしいが、父の手際がよくて、母からすればいつの間にか終わっているのだろう。
「ルビーどう? きつくない?」
「ぁ~」
ルビーが幸せそうな声を出した。
あんなに母に懐いているので、どうしても彼女の育児はアイが中心になっている。さすがに夜泣きが必要になった際は、父で妥協しているようだが、前世持ちの女子にとってかなり複雑な心情だろう。
というか、僕が小さな声で呼ぶだけでも来てくれるのは、いつ寝ているんだあの父親。
アイが休んでいて僕たちが起きている時は、暇じゃないようにってずっと遊んでくれたり、アイの出た番組の録画やライブ映像を見せてくれたり。
何となくだが、僕たちが転生者ということを察してくれているのかもしれない。
「よいしょ ルビーえらいね~」
「おぎゃばぶ~」
どうやらオムツ替えも……って!
ご飯タイムだったようで慌てて視線を逸らす。
「ルビーも幸せそうで、ママも幸せだよ~」
これが父や母の愛情というものなんだろうか。
おぼれそうなくらいだよ、ホントに。
「アクアも幸せ?」
「ぁぁ」
僕は心の中で頷く。
まるで夢なんじゃないかと思うくらい、幸せだよ。
「ルビー、愛してるよ
アクア、愛してるよ」
近づいてきて、僕の額にもキスをくれた。
父の『愛してる』は大きく包み込まれて父性を感じる。
母の『愛してる』は宝石のように輝いて母性を感じる。
ホント、年甲斐もなく甘えてもいいやってなるよ。
さりなちゃんも、今度は幸せな家庭で生まれ変われているといいな。
☆☆☆
私、星野ルビーは、最高の生まれ変わりができた。
たまに病院へ連れていかれるけど何よりも健康で、天然ものの金髪で、宝石のような瞳で、そして将来的にはアイちゃんのような可愛い容姿に成長すると思う。
推しのアイドルだったアイちゃんが、今の私のママになってくれた。私をお世話してくれて、おぎゃばぶランドで、つまりママは世界で1番最高だってこと。
ママがまだJKの年齢ってのがビックリ。
かわいいも綺麗もさらに輝きが増していて、天使のようなアイちゃんが、究極の母性すら感じる女神になっていたもん。
そんなママのおかげでとても幸せな日々。
まあ、ある一点を除けばだけど。
「ぅ~~~~」
「ママがいい? 我慢しなくていいよ?」
私やアクアの金髪は、ママからの黒髪じゃなくて、パパからの遺伝なんだろう。百歩くらい、いや百万光年くらい譲って、アイちゃんに釣り合うとは思っている。
どっかでモデルや俳優やっててもおかしくないくらいにはイケメンだもん。しかもファンとして同志で、料理好きで家庭的なところもポイント高いよね。まあたまに星座オタクだけど。
「ぅぅ」
「お昼寝中のママを起こしたくないって? 瑠美衣は優しくてえらいね」
ホントにいろいろと察してくれるパパだと思う。今日はママに甘えすぎちゃって、たぶんママがお昼ご飯食べれないくらいに構ってくれたから。
確かに父性は感じる。
でもオムツ替えを任せるのは複雑すぎる。
「じゃ、目隠しすればいい?」
「ぅ?」
何言っているんだと思っていたら、ホントに目隠しをして、オムツ替えを始めてくれる。目隠しは嘘で本当は見ているんじゃないか、なんて、そんな疑いが起きないくらいにはパパって正直者だから。
「どう? きつくない?」
「ぁぅ」
早すぎない?
オムツ替えの世界記録じゃない?
「じっとしてくれてて、えらかったね瑠美衣」
パパが目隠しをはずせば、また綺麗な青い瞳が見える。
「もうちょっとしたら、ママに飲ませてもらおっか?」
「ぅ…… ぅ!」
そうか、この感じは
我慢しないでいいよって寄り添ってくれるような。
アイちゃんが… ママがパパを好きになるのも分かる気がする。
テレビに映っていたようなアイちゃんの姿はあまり見せなくて、ママは心の底から私たちを愛してくれる。そして、1人の女の子として幸せそうに、パパに甘えている姿もよく見る。
「抱っこしてほしいの?」
仕方ない、ちょっとくらい甘えてあげよう。
これはパパのためなんだからね。
「ぁー」
「たまには、パパに甘えたくなってくれた?」
大きな腕で抱っこされる。
マシュマロみたく柔らかいママより、ゴツゴツだ。
「よしよし、瑠美衣は今日も可愛いね」
たまにはパパに甘えるのも、悪くないかも。
まあ1番はママで揺るがないけどさ。
「アクアも起きた? オムツは平気そう?」
「ぅ」
私の楽園にはもう1人の双子のアクアもいる。どこか遠慮がちで、あまり泣かないから、彼も転生者なのかなと思うけどさ。ママに甘えられることをもっと光栄に思って感謝してほしいな。
私とアクアを軽々と抱っこして、ソファに運んでくれる。
リモコンを持って、テレビをつけたけど。
やっぱりパパも気づいていそうだよね。
「これは、ひとり言だよ」
パパが前を向いたまま、そう呟いた。
「変わらないものもあるけど、精神は身体に引っ張られやすいと思っている。実際に俺はそうだった」
メニューを開く音がした。
「言葉を話せるようになってから、話してくれていいし、話さなくてもいいし、自分で選んでいい」
画面ではリストから選択している音が聞こえる。
「俺とアイは、キミたちを愛してる」
そして、その1つを再生する前で止まった。
「キミたちは賢いから、アイドルの隠し子だって気づいていると思う。でも、俺とアイ、そしてキミたちの祖父母には望まれて生まれてきたんだ。それは覚えておいて」
「ぅ」
「ぅ!」
パパはちょっときびしいところもあるみたい。
私の悩みを、ちゃんと自分で考えさせてくる。
でも助けを求めたら、全力で助けてくれると思う。
パパとママの愛でおぼれそうなくらいだよ。
「お待たせ、俺たちの推しのライブ映像だよ」
私、パパとママの子どもに生まれ変わってよかった。
こんなにも家族って幸せだったっけ。
まあ今は、いっぱい甘えてていいんだよね。
今は私、こんなにも元気で幸せだよ。
せんせも元気してるといいな。