まぁ我慢強い勇者ならどんな苦難も乗り越えてアイドルを推せるだろう 作:ヒラメもち
今日からアイがアイドルに復帰する。
服装は変装のためにボーイッシュ風にしている。体調面もばっちり、持っていく物もリュックに入れて準備万端なようだ。残る問題は、アイが子どもたちから離れたがらないことか。
「かわいいでちゅね~ アクア~」
「ぁぅ~」
自然な笑顔で愛久愛海を抱っこして、頬っぺすりすりとスキンシップをとっている。俺たちの息子は、俺やアイから甘やかさないと、あまり甘えてこないからな。
そんな姿を思わず撮影したくなったので、スマホを向けると、さすがはアイドルなのですぐにカメラ目線になってくれる。
「アクアもピースできそう?」
「ぅ」
カシャッと音が鳴る。
ちょっと恥ずかしそうな息子と、自然な笑顔でピースするママとしてのアイが、写真として映っていた。
「はんぎゃ~! はんぎゃ~!」
「は~い、ルビーもママに甘えたくなった?」
ママがお仕事に行ってしまうと分かっているらしく、準備中も瑠美衣は『う~ う~』と、抱っこしている俺に『さびしい』という感じで訴えてきた。
準備や仕事だから我慢してくれるくらいに優しい娘なんだけど、いざ出かけていく前にはいっぱい甘えたくなったらしい。
「ルビーもおいで~」
「ほら瑠美衣、ママのところに行っておいで」
アイは愛久愛海を抱っこしたままソファにすっかり座ってしまって、瑠美衣を側に座らせれば、両腕で『ぎゅ~』って子どもたちを優しく抱え込む。アイ自身も幸せを補給しているような表情で、2人も幸せそうだ。
息子や娘とのスキンシップに熱中しているらしく、今度はカメラを向けても気づかないくらいだった。カシャッという音で、アイは慌ててカメラ目線になろうとする。
なかなか珍しい表情を撮ることができた。
なんだか面白くて、お互い笑顔を見せ合う。
「えへへ、幸せだなぁ~」
「………申し訳ないが、そろそろ時間だ」
その声は斉藤さんだった。
そういやいたな。
「「ぶ~~」」
アイと瑠美衣で、ブーイングをする。
愛久愛海や斉藤さんはやれやれとした表情だ。
「「ぶ~ ぶ~」」
「これでも待ったほうだ、ほら2人預けたら行くぞ」
「ぁぃー」
キッチンのテーブルからミヤコさんも立ち上がったけど、瑠美衣や愛久愛海が早熟な様子を見て目をパチクリしているようだ。
「ミヤコさんも、アイのことよろしくお願いします」
「え、ええ。ありがとう、紅茶美味しかったわ」
なんだかんだミヤコさんと直接会うことはなかったけど、アイに聞いていた通り若くて美人さんだな。斉藤さんの奥さんだが、女優やモデルでもやっていたのだろうか。
「子どもたちはあんなに賢くて、将来有望ね」
「2人とも、アイくらい可愛く育ってくれると思いますよ」
さて、そろそろ背中がゾクゾクとしてきたので。
振り向いてアイの抱き着きを受け入れる。
「クリス君、ルビーとアクアのこと、お願いね?」
「任された。アイも無理のない範囲でね」
そしてアイからキスしてきたけど、だからまだリップは塗ってなかったのか。
「ミヤコ、手筈通りに」
「ええ、分かっているわ」
「ルビー、アクア、お留守番よろしくね」
瑠美衣や愛久愛海のおでこにもキスする。
アイからの愛情表現の1つだな。
斉藤さんが先にリビングから出て、玄関の扉を開けて出ていく。
「じゃ、いってきます♪」
「いってらっしゃい。気をつけてね」
斉藤さんが外から親指でゴーサインを見せる。そして、まるで親子のようにミヤコさんとアイは手を繋いで、リビングから出ていった。
「瑠美衣と愛久愛海もごめんな? 玄関までお見送りしたかっただろうに」
「「ぅーぅ」」
2人してソファの上で、まるで『気にしないで』と言っているように、軽く首まで振ってくれる。なんだか赤ちゃんの首がどうこうって話はあったけど、これも早熟ってやつだろうか。というか早熟って響きがいいな。
少しずつ動けるようになっていて、たぶんもう少しすれば話せるようにもなるだろう。そうすれば、もっと自分の趣味を自由に楽しむことができるだろう。
さて、今日はどうしたものか。
俺と瑠美衣と愛久愛海で出かける分には、それほど周囲に隠すこともない。あまり家にいるままというのも、子どもたちにとって暇に感じる時間が多いと思うけど。
とりあえず、今日も録画をテレビで流してみる。
アイが食レポした番組にしておいた。
「「ぁぃ! ぁぃ!」」
2人ともインドア派なんだよな。
無理のない範囲で運動はしてくれるとはいえ。
俺自身も2人と遊ぶことや、家事くらいしかやることがない。通信制高校の勉強も時間を見つけて続けているけど、今の時期は直接的な稼ぎに繋がらないのがどうにもな。
相変わらず大人気の『借金5億円チャンネル』さんみたいにyoutuberでもやってみようか。
☆☆☆
俺とアイの子どもたちは、やはり早熟だと思う。
例えば、自分で哺乳瓶からミルクを飲める。
ママがいないなら、瑠美衣も哺乳瓶でいいみたいだ。
あらかじめ試していたとはいえ、アイが完全にいないのは今日のお昼が初だったので不安だった。アイドルのレッスンの休憩時間の度に、アイから心配メッセージが来ていたので、無事に飲めたと返事をしておく。
愛久愛海に至っては、自分でオムツすら変えようとしていた。もう少し筋力が足りていれば、オムツ替えは成功していたのではないだろうか。
瑠美衣や愛久愛海も、まるで映画館に入る前のように、入念に準備していた。
「そろそろアイの出番だな」
3人揃って、テレビに集中する。
どうせ復帰するなら大々的なほうがいいだろうって、アイは今日の生放送に出演することになっている。しかも、大手の歌番組にB小町として出るのだ。
予定通りならB小町の代表的な曲を1曲だけらしいが、誰かと合わせるのは半年以上のブランクがある。
「ぁぃ! ぁぃ!」
「……ぁぃ」
瑠美衣はママが映った瞬間に喜び、愛久愛海は心配そうな表情を浮かべている。
「がんばれよ、アイ」
俺たちの推しは顔色と表情も完璧のようだ。
『本日活動再開となったアイさん! 大丈夫? ちゃんとご飯食べてた?』
『はい! しっかり食べてます! 昨日ビーフシチュー作ってくれたんですけど、美味しくて食べすぎちゃいました☆』
てへっ というポーズも付けている。
たとえ演技でも自然に見えるのが、魔法のようだな。
親に作ってもらったのだろうと思わせるような嘘をつきつつ、料理を作ってくれたことの感謝も籠った声だった。
横目にSNSの画面を軽くスクロールすれば、『こんな子が欲しい』と言われたり、『アイが元気でよかった』だったり、アイの復帰を喜んでくれるファンが多いといいな。
他のメンバーも紹介があって。
準備もあるようで、一度CMを挟むようだ。
「ふぅ~」
「「ぅぅ~」」
俺たちは一旦ひと息つく。
なんだか司会の様子から、アイを試すような番組だったな。
まあ半年を超える期間の体調不良だ。
今後どう扱っていくかを決めるのだろう。苺プロも決して大きい事務所ではなく、その歴史もまだまだ浅い。アイドルの業界だけで見ても、アイたちはチャレンジャーで、いくつもの課題を押しつけるのだろう。
それを乗り越えて、視聴率を上げないと、起用されなくなるわけか。
上等だ。
番組が再開すれば、ステージでアイも面白がっている様子だ。
「見せつけてやれ、アイの輝きを」
『ア・ナ・タのアイドル
サインはB チュッ♡ 』
完璧で究極の1番星が、再び世界を照らし始めた。
☆☆☆
『アイが出ているところだけリピートしてほしい』と言いたそうに催促するから、瑠美衣と愛久愛海はこのまま、アイが帰るまで起きたままじゃないかと思っていた。
こっそり鍵を開ける音がして。
そして、少し強めに扉を閉める音がした。
「…… ふ~~」
安心と疲れを感じさせる溜め息だ。
アイ自身の正体もあるけど、俺たちのことを隠し通すためにずっと警戒したまま帰ってきたのだろう。アイが顔を上げると、目が合ってお互いに微笑み合う。
「おかえり」
「ん、ただいま」
とても穏やかな表情だな。
瞳は潤んでいる。
「ルビーとアクアは?」
「眠っているよ。アイが出る番組を見てからな」
アイが帽子を投げながら、綺麗な髪が広がった。
勢いよく抱き着いてくるのを受け入れる。
その背中をゆっくりと撫でながら『お疲れさま』って伝える。
「えへへ、幸せだね」
「ああ、幸せだな」
そして一旦離れたアイは顔を見せないよう、洗面所に向かって、とことこ駆けていった。
少し待っていると。
「お待たせ」
戻ってきてまた抱き着いてくる。
半日も離れるなんて久しぶりだからな。
「今日はどうだった?」
「楽しかったよ。復帰してよかった」
斉藤さんの夢もあるだろうけど、アイはアイドルの仕事自体も結構気に入っているらしい。自分たちの歌で元気が出たと言われるのが嬉しい、といったインタビューは本音なのだろう。
「すっごく褒められたんだ。お休みする前より上手いって」
「瑠美衣と愛久愛海のおかげで、愛情マシマシなんだろうな」
『クリス君のおかげも~』ってグリグリと額を押し付けてくる。
「アイはどんどん可愛くなるな」
「ふふん、もっと褒めてくれていいよ」
ずっとイチャイチャしていたいが。
まあ明日もあるから休ませないといけないな。
「お風呂入ってすぐ休む? それとも何か食べたい?」
「その…… ルビーとアクアの様子、見てからさ」
頬を赤く染めて上目づかいをしてくる。
そんな計算高いところも愛らしい。
「一緒に… どうかな?」
「俺からしても大歓迎だ」
うちの働き者なママさんの疲れを癒すとしよう。